後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:暁刀魚
──人だかりは、おそらく中央にある”何か”を見て騒いでいるのだろう。
中には悲鳴を上げるものもいて、相当エグい何かであることが想像できる。
一つ気になることとして、昭華様の姿が見えない。
こういう事態になった場合即座に現場へ駆けつけて、女官達に囲まれているはずだ。
あの人は女性ではあるものの、装いが男装だし顔立ちも壮麗だから女性人気が高い。
だというのにそういう気配が見当たらないということは、あの人は不在か。
これは……私が何とかしないと事件が大事になるやつだな?
ええい、積極策。
こういう時に昭華様がいらっしゃらなくても、あの人は確実にいるはず──
「──陳徳殿」
騒ぎの外の方で、何やら周囲へ目を光らせている宦官に声をかける。
黒い髪と鋭い目付きの、顔立ちがたいへんよろしい宦官だ。
しかしどういうわけか周囲からはあまり注目を集めていない。
道術を使っているのだろう。
そんな彼に声をかけると、向こうもこちらを探していたかのようにすぐさま反応してみせた。
「幽蘭殿、よくぞ来てくださいました」
「……私をまっていましたね?」
「昭華様が所用で出かけており、自分一人ではどうにもならず……」
「私も書庫にいなかった……と、それでは致し方ありませんね」
「ふむ、宦官よ。ここで何があったのじゃ?」
私たちの会話に、ためらうこと無く割って入る紅玉様。
結構度胸はあるよなぁ、この人。
「──よろしいですか?」
「ええと……概要は問題ないかとおもいます。というか、聞かないと帰ってくれません」
「人を子どもみたいに言うな!」
子どもでしょう、八歳の!
小説に関しては非凡な才能を持ってるけど、語彙が少なくて誰かの助けがないと、まだ本をかけないくらいの!
「──動物の骸が、みつかりまして。それも無惨に轢殺された」
「……なるほど」
「むぅ」
コレに関して、異様なのは二つ。
一つは轢殺された骸、車に轢かれたみたいになっているんだろう。
当然ながらこの時代にそんな衝撃を発生させられる乗り物はそう存在しない。
そしてもう一つは動物が宮中にいるということ。
よほどのことがない限り、宮中に動物は入りこまない。
ネズミとかなら解るけど、周囲の女官が”気持ち悪い”という感情より”可哀想”という感情が強いように見受けられる。
愛玩に用いられるタイプのそこそこサイズが有る動物なんだろう。
「──呪いか」
「ご存知なのですか?」
ぽつりと、紅玉様がこぼした。
この人、呪いの存在を知ってるのか。
「……昔母が少し、な。それに妾が腹を下した時も、お主が呪いを解呪してくれたのだろう、幽蘭」
「思った以上に詳しいですね……」
何より母が少し……って、その母親が呪った相手が誰かは想像したくないぞ。
紅玉様の気丈に振る舞いながらも、明らかに恐怖を押さえつけている顔から、想像はできちゃうんだけどさ。
「呪いを施した主は解るか、幽蘭」
「……呪い主に関しては、比較的簡単に。どういった呪いかも、調べれば解るでしょう」
というか、呪い主に関しては一応心あたりがある。
私はちらりと、視線を人だかりの外に向けた。
隅の方で顔色を悪くしている女がいる。
先ほど、紅玉様をいびっていた中苑の妃だ。
隣には、私が本を渡した侍従がいて、妃を介抱している。
「陳徳様、あの妃はもしやこの骸の最初の発見者ではないですか?」
「……よくおわかりになられますね、幽蘭殿」
「ここは……中苑の妃が通るような場所ではないのだ。誰かが意図的にここへ連れて来ぬ限りは」
紅玉様も、なんとなく気付いているようだ。
すなわちあの中苑の妃の侍従が怪しい。
下苑に来た時は複数人の侍従を伴っていたのに、今回は一人しか伴がいないというのも。
「ただ、犯人は正直問題ではないでしょう。呪いそのものをどうにかしなくては」
「うむ……」
「──陳徳殿、この呪いは後宮だけで発生しているわけではありませんね?」
「……ええ、宮廷の方でも発生しております。そちらは、昭華様が対処しておられるかと」
昭華様がここにいないのも、それが理由だ。
あの人は後宮の管理者であると同時に、この国最高の道士でもあるからな。
「……幽蘭が呪いを対処するのだな?」
「ええ、まぁ」
「妾もついていくぞ!」
「いえ、それは……ああでも」
「うむ、妾が一人でいるよりは、幽蘭についていった方が逆に安全だ!」
あの中苑の妃の侍女が何を考えているかは不明だが、先程主がいびっていた紅玉様を狙わないとも限らない。
今回は自身の主の前に動物の骸を出現させるだけで終わったが、呪いというのは使うことで呪い主のタガが外れていくものだ。
エスカレートしていく可能性が高い。
次は同僚を、そして紅玉様を……想像に難くない光景だ。
「でしたら、私も同行いたします」
「お願いします」
紅玉様を連れて行くデメリットは、禁書の使用を隠さないといけないこと。
そこら辺を、道術とかで上手くごまかしてくれるのだろう。
というわけで、後宮司籍、下苑の妃、道士宦官というなんとも変なパーティ構成だが、事件の解決に出発だ。
■
そうして私達は、下苑の厨房にやってきた。
厨房!? (発作)
「で、なんとかするとは言ったが、なぜ厨房に来たのだ?」
「呪いを引き寄せる餌を作ります」
「餌……?」
私は陳徳殿に色々と準備をしてもらいつつ、紅玉様に説明をする。
説明以外の仕事……?
うすほそに何を期待してるんだ。
「此度の呪いは化生の呪いです」
「化粧」
「いえ、そちらではなく」
言いながら、懐の化粧道具を取り出す紅玉様。
はえー、妃ってのは八歳で下苑の紅玉様でも化粧道具を持ち歩いてるんだなあ。
私? 生まれてこのかた一度も化粧したことないですが……
「化生……すなわち人成らざる魔性の怪物です」
「なんと、恐ろしいな……」
「まあ今回は、おそらく愛玩用の動物が元となった化生なのでそこまで危険ではありませんが……」
禁書があって道術があるなら、神や妖怪の類いも存在するだろう。
ただし、中原では神は仙人、妖怪は化生と呼ばれる。
「化生の呪いは、化生が人に取り憑いた結果、人を操って起こした呪いです」
基本的に、化生は禁書とそう変わらない存在だ。
違いは、意思があるかどうか。
禁書はどこまで行っても道具でしかないのに対し、化生は自身で思考し自律して行動する。
中には、人語を解する化生もいるそうな。
「今回の場合は、例の中苑の妃の侍女に化生が取り憑いていますが、向こうも警戒しているので普通に声をかけただけではしっぽを出しません」
「そこで、餌を使って釣り出すのか」
「そう言うことです」
「……お待たせしました。幽蘭殿」
そこで、陳徳殿が帰ってきたので早速作業を開始する。
ここから先は、私が取り仕切りのでひとりでの作業だ。
うすほそになんてことさせるんだよ〜!
「何を作るのだ」
「──白切肉です」
「おお!」
要するに、鶏肉や豚肉を茹でて作った肉だ。
この時代の宴席などではよく見られた料理で、私が料理の歴史を千年進めるまでは、肉料理の定番といっていいものだっただろう。
作りやすく、それでいてたれの作り方で如何様にも味が変わるのが良い。
今回は、この白切肉がタレをつけなければ
「まずは豚肉の塊をそのまま鍋にいれて、水から出ないよう軽く抑えつつ、強火で沸かしてから弱火でじっくり煮ていきます」
「おー、いい感じじゃのお」
「この時に少し、細工をします」
「細工?」
「香草を混ぜるのです。これには呪術的な意味合いもあり、肉に化生が吸い寄せられる香を混ぜる感じですね」
今回使う香草は、宮廷の方から陳徳殿に持ってきてもらった霊験あらたかな山でとれた香草だ。
道術を使うために必要な”氣”を多量に含んだ非常にありがたい香草……だそうな。
宮中の儀式で使ったり、今回のように化生をおびき寄せて捕獲する際に使うらしい。
まぁ、ようするに正規の用途で私はこれを使っているというわけ。
「で、じっくりにおいをつけながら煮込みまして……終わったら冷ます……その間にたれを作っていきましょう」
「これが一番楽しみなのだ!」
「今回はシンプルににんにくとショウガと醤油と……」
こういう時に醤油を使えるのがありがたすぎるな、厨仙流。
まぁそれはそれとして、ここからさらに新しい兵器を私は投入するわけだけど。
「――辣油を使います」
「おお……これが最近話題の」
辣油。
中華発祥の調味料だから、当然ながらこの国にもあっておかしくはないんだけど。
開発されたのは結構最近だ。
ただし、作ったのは私ではない。
厨仙流を学んだ厨子の一人が、独自に開発したものだという。
私は料理の歴史を千年進めたけど、料理人としての実力は間違いなくこの世界のプロのほうが上。
人類の底力を感じるね。
「これらをいい感じに混ぜ合わせて……できました」
「おお……!」
そうして出来上がった白切肉とたれ。
肉の方は煮込み終わったらいい感じにスライスして、食べやすいサイズにする。
「……幽蘭殿、この料理……我々も試食することは可能ですか?」
「わかっているはずですよ、陳徳殿。貴方に頼んだ材料の量が、餌として用意する分には過剰だったことに」
「では食べるぞ!」
「あ、紅玉様!」
ずっとそわそわしていたけれど、食べていいと分かったとたんに行動する紅玉様。
私はあわてて紅玉様の分をさらに盛り付けて渡す。
全部は食べちゃだめですからね! 陳徳殿もですよ!
というわけで、さっそく食した二人であったが――
「……う」
「……く」
食べた瞬間、停止してしまった。
大丈夫なのか……?
とりあえず私もいただく。
うーん、たれをつけなくても、冷えて引き締まった肉が体温でふんわりと解けて、肉本来の甘味とコクが広まって……おいしい。
たれをつけると一気に味が鮮明になり、すっきりとした酸味がまた素晴らしいのだ。
我ながら、結構いい仕事をしたかなぁ。
なんて思っているとーー
「うううううぅぅ!
「くけぇえええええええええ!!」
何やら紅玉様と陳徳殿が暴走し始めた。
ええ……
「くけ! くけええ!」
「わんわん! わん!」
「お、落ち着いてください紅玉様、陳徳殿!」
と、とりあえず解析だ、解析しないと!
どうせ二人とも正気じゃないのだから、とがっつり目を光らせると、ある事実が判明した。
――香草がなんか、めちゃくちゃとんでもない効果を発揮してしまっているらしい。
いやいや、こんな効果を発揮する香草じゃないんですよ。
化生の類ならともかく、一般人にまで効果が発揮する想定はしていなかった。
多分、厨仙流に対する信仰が辣油や醤油に宿っていて、それが香草と特殊な反応を起こしてしまったんだろう。
さすがにそんなの想定することが難しいって!
「わん!」
「うわっ!」
と、そこにとびかかってくる紅玉様。
突然のことで、抵抗する間もなかった。
そして――なんか目を潤ませて顔を赤らめながら、私に抱き着いてきて――
「幽蘭……幽蘭……! 妾は……妾は……お主がいないとだめなのだ……妾をもっとよしよししてくれぇ……!」
「お、落ち着いて、落ち着いてください紅玉様ぁああ!」
――ど、どうすればいいんだぁ!
なんて、そんな私の叫びは、虚しくどこかへと消えていくのだった。
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