後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者   作:暁刀魚

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十五 読まずに積むとか許せない

 あの後、暴走する紅玉様と、なにやらカァカァうるさい陳徳殿が落ち着くのに、小一時間ほどかかった。

 幸いだったのは、陳徳殿が人払いをしてくれていたことか。

 これで誰かに見られてたら、今度こそ死ぬ。

 特に妃に言い寄られるとか、割と一大事である。

 二人は懇切丁寧に謝ってくれたけど、まぁぶっちゃけ何も起こらなければそれでいい。

 ただまあ、これほど効果の強い餌ができあがったのだ。

 そのあとの結果は、見るまでもなく明らかだった。

 

 

「うー! にゃあ! にゃあにゃあ!」

 

 

 例の中苑の妃の侍女が、猫の鳴き声を叫びながら餌にがっついたのである。

 

「か、確保ー!」

「は、はいっ!」

 

 私の号令で、陳徳殿がその侍女をひっとらえる。

 あまりにも餌に夢中になりすぎていた侍女を捕らえるのはそこまで難しくはなかった。

 が、あまりにも猫を追求するものだから、一瞬たじろいでしまう私。

 

「にゃあ! にゃあにゃあ! 離して! お肉! お肉お肉!!」

「幽蘭殿ーっ!」

「か、解体!」

 

 陳徳殿の言葉に慌てて意識を切り替え、解体を実行。

 侍女の体が金色に包まれ、最終的にぱきんと割れて化生は消え去った。

 ふ、ふぅ……

 

「…………あ、れ……私は……何を……にゃ?」

「若干影響が残っていますね……」

「おそらくは、明日になれば影響も抜けているかと」

 

 なるほど、まぁ陳徳殿がそういうならそうなのだろう。

 

「……あ、あなたは……司籍の……にゃ」

「紅玉様の侍女としてではなく、司籍の名前が出てくるのですか? ……比較的頻繁に書庫を利用しているのですか」

 

 瞳を手で覆って、光が漏れないようにしつつちょっとだけ解析。

 記憶をたどってみれば、確かにこの侍女は何度か書庫にやってきているな。

 ぶっちゃけ春杏以外の官女の顔と名前は一致しないので、こうして解析しないと思い出せないぞ。

 

「……あなたは化生に取りつかれていた……といってもわからないでしょうね。呪いのようなものに操られ、正気を失っていたのです」

「それは……にゃ……」

「自分の主人に恨みを抱いていたのでしょう。……なぜ、恨みを抱いたのですか?」

「……!!」

 

 侍女は、その言葉で一気に意識を覚醒させたらしい。

 操られている最中のことをはっきりと覚えてはいないけれど、自分が個人の悪感情で主人を呪ったことは覚えているんだろう。

 言いにくそうに侍女は視線を逸らすが、すでに宦官に取り押さえられ、完全に言い逃れはできない状況だ。

 ついでに、遠くからこちらの様子をうかがっている紅玉様にも気づいたのか、何やら顔を真っ青にしてぽつりとこぼす。

 

「…………許せなかったのよ」

 

 どうやら観念したらしく、それから一度だけ深呼吸をして、侍女は答えを口にした。

 

 

「……あの主人が、『双竜覇業録』を読んでもいないのに、自慢するためだけに本を借りてきたことが……!」

 

 

 ええと……

 

「一切読もうとしないのよ!? 一巻も二巻も、宮廷書庫からわざわざ借りてきたのに死蔵しているの! 私は後宮の官女が書き写した誤字だらけで字も汚い粗悪品でしか読めないのに! あいつは、宮廷の官吏が書いた美しい字の写本を持っているのに、読みすらしない! どころか、内心読んでるやつすら馬鹿にしている!!」

 

 それは……なんていうか……

 

「……普通に納得できてしまう理由ですね」

「いけません幽蘭殿! 如何に納得できる理由だろうと、この者のしたことはれっきとした呪いの行使です!」

「それは……そうなのですが……」

 

 いやでも、気持ちはわかる。

 私もなんとなくあの妃が、親のコネを見せつけるためだけに本を借りてきたな、というのは感じていたし。

 まさか一切読むことすらせず、自慢の道具にしているとは思わなかったが。

 というか、一巻も持ってるのかよ。

 後宮にある宮廷の人が書き写した『双竜覇業録』は本当に数が少ないんだぞ?

 それはさすがに返してほしいぞ、私も。

 

「司籍さん、あなたならわかってくださるでしょう? 本とは、読まなければ意味がないものなの。それをただ死蔵しておくなんて、あまりにも宝の持ち腐れよ!」

「うっ……」

 

 いやそれは……私も結構積読してるしな……

 昭華様から頂いた本、結構読まずに置いてあったりするぞ……

 というか、本は積んでもいいだろ……積みは罪であると同時に……至福な私腹でもあるのだ……

 

「だ、だから……わからせてやったのよ……! 本を積んでいる愚か者には、天罰が下るって……!」

「本と動物の死骸を目の前に置いておくことに、因果関係はないと思いますが……」

「う、うるさいわね! なによ、私を罰する気? ええ、別にいいわよ。何なら殺されたってかまわない! その責はどうせあの主人が受けるのだし、いい気味だわ!」

 

 うーん、これはなんというか……無敵になってしまっているなぁ。

 自分が痛い目を見ても、それが主人の咎になるならそれでいいって感じだ。

 はっきり言って、反省の色が全く見られない。

 あと、いつの間にか語尾の「にゃ」がどこかに行っている。

 まぁそれどころじゃないだけで、気が落ち着けばまたにゃが語尾についてくるんだろうけど。

 

「……あのですね」

「な、なによ……」

 

 主人は主人でろくでもないけど、侍女のほうも決して正しいとは言いがたい。

 どちらも等しく罰を受けるべきで、しかし侍女はむしろ罰を受けることが目的達成につながってしまう。

 面倒だなぁ、これは。

 そう思いながら口を開こうとしたところ――

 

 

「愚か者が!!」

 

 

 紅玉様が、物陰から飛び出して侍女を一喝した。

 うおう、すごい声量だ。

 侍女は完全に目を白黒させている。

 

「貴様は本から何を学んだのだ!」

「な、何の御用ですか紅玉妃……こ、これは読書家同士のまじめな話なのです。本も読めない小娘は黙っていてください!」

「本くらい妾とて読めるわ! 『双竜覇業録』の内容も理解しておる!」

 

 理解してるっていうか、自分で考えてますよね。

 いやいいんですけど。

 

「そんな妾だからこそ、よくわかるのだ。貴様は本を読んでも、何も身についていない!」

「なんですって!?」

「それはその……あれだ! 本を読んでいるのに読んでいないからだ!」

「何言ってるのかわからないです!」

 

 しまった。

 紅玉様の語彙が尽きたぞ!

 うまく自分の考えを言語化できていないのだ。

 仕方ない、ここからは私が引き継ぐしかないな。

 もともと、紅玉様が声を上げなければこっちで何とかするつもりだったし。

 

「……要するに、紅玉様はこう言いたいのです。『双竜覇業禄』には数多の英傑が登場します。彼らは素晴らしい考えを持ち、現状を変えるために正しい手段で臨みます」

「そ、それが何だというのかしら?」

「呪いという手段が正しいわけがないでしょう。本から学びを得るということは、本の中に記された善い行いをあなたも実践するということです。それが、あなたはまったくなっていない」

「な――」

 

 まぁそれができたら苦労はしないんだけど、結局はこの人も易きに流れてしまっている。

 ただそれは、明らかに本を読んでその内容に影響された人間のやることではないだろう。

 

「何より、なぜ主人に勧めなかったのです。『双竜覇業録』がそれほど面白いのなら、あなたがそれを使って主人の読書嫌いを治すことだってできたはずでしょう」

「それは……!」

「要するにあなたは――結局、本を読まない主人を見下していただけ。お似合いの主従ですね」

「……ふざけないでよっ!」

 

 侍女が暴れ始める。

 それを抑えながら、陳徳殿がこちらを見てきた。

 ”どう収めるおつもりなのか”、視線が雄弁に語ってくる。

 まぁ見ててくださいって。

 行動はすでに起こされているから。

 何しろ――

 

「愚か者だと、言っておろうが!」

 

 

 ――すでに紅玉様が、侍女の頬を叩いているのだから。

 

 

「……妾は、お主等のようなもののために話を考えているわけではない!」

「何を! ………………は?」

 

 ほら、言った。

 侍女は理解できなかったのか、完全に思考がフリーズする。

 そうして絞り出すように出てきた言葉は、現実を否定するものだった。

 

「あ、ありえない……あんたみたいな小娘が……」

「……第三巻では、いよいよ覇王が帝国に対して覇を唱える。名将率いる三十万の兵を、わずか十万で打ち負かすのだ!」

「い、いや! やめて! それだけは……それだけはやめてえええええ!」

 

 読者にとって、最も恐るべき罰は本編のネタバレだ。

 紅玉様もそれをわかっているのだろう、なかなかえげつないことをする。

 そして、ショックを受けた侍女はもともと呪いによって精神が疲弊しているのもあるのか、気を失ってしまった。

 

「……幽蘭殿、この侍女については呪いや紅玉様の正体などの記憶は道術にて削除させていただきます。余計な火種になりかねませんので」

「紅玉様が暴露した三巻の内容だけは、そのまま記憶に刻み付けておいてください。それが一番のバツとなるでしょう」

「……かしこまりました」

 

 いいながら、陳徳殿は侍女を縛り上げた。

 このまま昭華様のところへ連れて行くのだろう。

 

「……それと、紅玉様」

「……どうしたのだ」

「ええと……その、紅玉様があの『双竜覇業録』に関わっているとは思いませんでした」

「うむ。まぁ、妾の考えた内容を、本にしているのは幽蘭だがな」

「それでも……素晴らしいことだと思います。自分は……あの本を大変面白いと思っております」

「……そうか」

 

 そうして陳徳殿は一礼すると、その場から去っていった。

 あ、何か自分の額に手を当てて道術を使ってる……ネタバレの記憶を消したか?

 なんちゅう贅沢な使い方……!

 ともかく後には、私と紅玉様だけが残される。

 

「……やれやれ、面倒ばかりが重なる一日だったの」

「そうですね」

「だが……続きは思い浮かんだぞ」

「と、いいますと?」

「細かいことなどどうでもいい! とにかく勝てばよかろうなのだ! そうすれば自ずと強さの説得力もついてくる!」

「そ、そうですか……」

 

 それはなんというか、まぁ実際その通りといえばその通りではある。

 多分、先ほどからのやり取りで紅玉様も思ったのだろう。

 多くの読者は、そこまで『双竜覇業録』を読み込んでいない。

 勢いでいいのだ、勢いで。

 

「何より……あの陳徳とか言ったか。あの宦官の言葉は……うれしかった」

「……ですか」

「悪くないものだな。純粋な読者の感想というものは」

「……ですね」

 

 なんとなく、紅玉様の顔は晴れ晴れとしていた。

 決して、今回の出来事が彼女にとっていいことばかりではなかっただろうに。

 それでもまっすぐ前を向いて、楽しかったといえるなら――紅玉様には、英傑の素質があるのだろうな。

 なんてことに、私は思いをはせるのだった。

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