後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:暁刀魚
侍女を捕縛してから数日、昭華様からこんな頼み事をされた。
「宮廷書庫を自由に利用してどんな本でも借りてもよいから、宮中を散策して怪しいやつを探してくれんかのう」
「やります」
というやり取りがあって、私の姿は宮廷書庫にあった。
いやまあ、実際はもう少し色々と経緯があるんですけどね。
まず、動物の遺骸騒ぎは外朝の方も昭華様が片付けて一件落着。
しかしこの犯人、どうやら禁書に操られる形で呪いを行使していたらしい。
つまり、また宮中に禁書が持ち込まれたということだ。
相も変わらず便利極まりないテロの道具である。
ただ、今回の犯人──外朝の方まで含めて二人──は禁書の持ち主ではなかった。
彼らが使ったのは禁書の分書というやつである。
じゃあ犯人の目的は? そこがいまいち判然としないので、私にもう少し情報を集めて解析をさせたいというのが昭華様の考えだ。
まあそれはそれとして、私は宮廷書庫を堪能するんですけどね。
「ふほー、宝の山ですよぉ」
いいながら、腕いっぱいに本を抱えて書庫の中を歩いていく。
虚弱な私の体にとってはくそ重いけど、その重みが私の糧となっていくのだ。
昭華様は怪しいやつを探せといったけど、それはなかなか難しい話。
そもそも私の解析は、使うと目が光ってしまうせいで使いにくいのだ。
せいぜい、ばれない位置からこっそり解析をかけることくらいしかできない。
というか最近は禁書を送り込む側も、対策を重ねているためちょっと解析したくらいじゃ禁書使かどうか看破できないのである。
じっくり情報をあつめて、がっつり解析をかけないと。
多分昭華様は、私という身軽に動ける立場から宮中の雰囲気を感じ取り、意見が欲しいのだろう。
であれば、宮廷と後宮を往復する間の様子を報告するだけで充分。
あとはじっくり、持って帰る本を選べばいい。
昭華様に身体強化してもらってるから、今日の私は無敵だぁ~!
「うわっとと」
とはいえ、いっぱい持ってたらバランスを崩しやすくなるのが世の常。
慌てて体勢を立て直し、本を持ちなおそうとしたところで──本を誰かが支えてくれた。
一体何者ぉ?
「大丈夫かい?」
──見ればそこには、ずいぶんとさわやかそうな雰囲気の美丈夫が立っていた。
黒い髪の、ニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべる男性。
前にこいつのことを見たことあるぞ。
凌雲と二人でいるところを、無数の女官が言い寄っていたあいつだ。
すなわち──
「あなたは確か……
「おや、僕のことを知っているのか。凌雲の奴から聞いたのかな? そうだよ、僕が
沈承淵。
羽林軍の二大出世頭が一人。
向こうもこちらのことを把握しているのか、凌雲から聞いたんだろうな。
「お噂はかねがね」
「はは、それはこちらのセリフだよ。凌雲のやつ、ことあるごとに君の話をするからね」
「はぁ……いえ、気にしないで結構ですよ。昔の癖で私には絶対服従というのが染みついているだけでしょうから」
「……あいつも気の毒だな」
気の毒とはなんだ、気の毒とは。
賊徒一直線だったあいつを矯正して、品行方正な兵士にしたのは私だぞ?
こほん。
「それにしても、
「いえ、別に」
「ははは、まぁ君は本を読むのが好きなんだね、かわいいじゃないか」
「……っ」
なんだか、ぞわっとする視線が向けられた。
そもそも、この男は本に何一つ興味がなさそうなのに、どうしてここにいるんだ?
さっき本のことを「こんな本」というとき、明らかに本を見下している気配が感じられた。
先日の中苑の妃と同じ目だ。
「そんなことより、僕が君を助けてあげるよ。その本を運んであげよう。光栄だろう?」
「はぁ、そういうことであれば感謝いたしますが」
「だからこそ」
ぐいっと、承淵殿は私に詰め寄ってくる。
うわ、なんだなんだ。
少し気持ち悪いぞ。
「僕に、もっと言うべきことがあるだろう?」
「……わかりかねます」
「…………そうかい」
なんだこいつ、こちらが下がりながら拒絶するとなんか意外そうな顔をしたぞ。
……もしかして、あれか?
いわゆる「ふっ、おもしれー女」ってやつか!?
「わざわざ非番に、君のところまでこうして出向いてあげているというのに、僕を拒絶するのは理解ができないな」
「望んでもいませんし、そもそもどうやって私がここにいると知ったのですか?」
「それはたまたま宮廷を歩いている君を見かけたから、だけどね。なに、あの凌雲があれほどいう女がいるんだ。少し興味がわいたまでだよ」
や、やっぱり……おもしれー女認定!
イケメンといえばおもしれー女に目がないのが鉄板。
私みたいなつまらない女を、勝手におもしれー認定してからもうとしてくる。
そもそもなんだってこいつはわざわざ休日に書庫まで来て私の相手をしてるんだ。
凌雲は一体何を吹き込んだんだよ!
「とにかく、ほら。その本をもってやると言っているんだ。早く渡してくれないかな?」
「……遠慮しておきます。あなたの情けを受ける必要性を感じないので」
今の私には、昭華様がかけてくれた身体強化がある。
わざわざ他人の手を借りるまでもない。
そもそも、本の扱いが雑そうでいやなんだよこの人。
にじり寄ってくる承淵殿をさけつつ、私は先を急ぐ。
「な、おい待ちなよ」
「待ちません、ついてこなくても大丈夫ですよ」
とにかく、こういう時は徹底的な塩対応に限る。
好感度を下げて、つまらない女認定を受けるのだ!
──ついでに、向こうが顔を覗き込めない位置に自分を置いてから、私は瞳が見えないよう注意しつつ解析を行使しておく。
まぁこれだと禁書使かどうかまでは判別できないだろうけど、何か面白い情報があるかもしれない。
と思って、解析を確認した私は、すこしだけ「おや?」と思う内容を発見した。
どういうことだ、これは。
■
それから私は、どうしてもついてくる承淵殿を伴って、今回持って帰る本を集積している場所まで戻ってきた。
すでに数十冊がうずたかく積まれており、そこに今回もってきた数冊も積み上げる。
「こんなに本を持ち帰るのかい? 本なんて、必要な教養を得られればそれでおしまいだろうに」
「何を言っているんですか、何度も読むのが楽しいのですよ。その本がどのようにして記されたのか。著者の考えを読み解くことで本をより深く理解するのです」
「時間の無駄としか思えないね」
「……あの、どうして書庫まで来たのです? 私を口説こうとしているにしても、非効率ですよ」
ほんと、なんか知らないけど言動に許容しがたいものがあるな、この人。
私を口説いているにも関わらず、私を見下している。
こいつ、本当に女を口説くことになれてるのか?
いや、普段こいつに言い寄ってくる女は、そういう見下しに気づかない女ばかりだったんだろうか。
「ああそうだね、非効率極まりないことだった。こんなことなら、声をかけるんじゃなかったな。せっかくの人生を無駄にしてしまった」
「……人生とはそう簡単に行かないものですよ。生きることは難しく、そして行動を起こさなければ腐ってしまうものです」
「……」
「だからこそ私は、私らしく生きるために努力をしているつもりです」
前世の私が腐ってしまったように。
しかし今は違う、一度生まれ変わって機会を得て、そして婆さんから教わったのだ。
生きることは難しいが、だからこそ自分らしく生きるために努力するべきなのだ、と。
こうして昭華様の誘いを受けて、本を探すついでに怪しい人物に目をつけているのも、私がそうするべきだと思ったから。
最終的に、バレたら逃げてしまえばいいという安全弁は用意してあるけれど。
限界までは、この宮中で私らしく生きてみたいと、私は思っている。
自分に火の粉が降りかかりそうなら、積極的に払いに行くことで平穏を維持するのが、私のやり方だ。
「……そうかい、君はそうなのだろうね」
「ええ」
「であれば、僕は理解できないな。自分らしく生きる? ばかばかしい。人が生きていくのは、快楽を得るためだよ。承認欲求や自己顕示欲。それに何より──数多の悦楽を享受するために」
そういって、承淵殿は私に手を伸ばしてくる。
私はそれから一歩後ろに遠ざかり、その手を躱した。
承淵殿は、露骨に舌打ちをしてから遠ざかる。
なるほど、この人は根底にある考え方が私と少し似通っているのだろう。
しかし根本的には、あり方が違う。
要するに私がこの人を気に入らない理由は──同族嫌悪だ。
「あの凌雲がこれほど入れ込む女だ。どれほどのものかとおもったけど……」
そうして、承淵殿は私に背を向けて、去っていく。
その去り際──
「──思った以上につまらない女だね、君は」
そう、捨て台詞のように残していくのだった。
「私も、あなたがそう思ってくださるのなら大変光栄ですよ」
向こうが見えなくなったところで、そうこぼす。
分かり合えない相手だった。
お互いに楽に生きたいと思っていながら、それに対するスタンスが全く違う。
こういうのは、関わらないほうが互いにとってストレスにならなくてよいだろう。
何にしても、おもしれー女認定は避けられたようで何よりだ。
それにしても……
「なんであの人は、
それ自体は、命が軽いこの時代なら珍しくもない、兵士なら数人くらいは戦争で殺した経験があるのは普通だ。
逆にいいところの出ならゼロっていうのもまあ普通。
しかし一人っていうのは、なんというか、あれだ。
これまでの経験則から言うと──
「事件の匂いがするんですよねえ」
それもふくめて、なんとも異様な人物であった。
あと、凌雲が入れ込むって何言ってるんだろうあの人、姉弟だぞ私たちは。
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