後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:暁刀魚
あれから書庫に戻るまで、ほかにこれといって変な出会いはなかった。
凌雲とも出会わなかったし、事件に巻き込まれることもない。
なので昭華様にはとりあえず承淵のことを報告したわけだが、昭華様は意外そうな顔をした。
「沈家の次男と言えば、将来を嘱望された剣の天才じゃの。沈家は武の才に秀でたものを多く輩出する名門じゃ。まぁ普通なら人を殺すような立場の者ではないが、あくどい連中とつるんでいる場合もあるかもしれんからのう」
「だとしても、一人というのはおかしくないですか? これまで解析してきた中で、そういった手合いはたいてい何かしら事情を抱えておりました」
「まぁ、そうじゃったのう。……ちと探らせるとするか。それと、幽蘭はしばらく宮廷の方に出るでないぞ」
「かしこまりました」
私が情報を得たということは、情報の持ち主を警戒させるということだ。
なので、しばらく私は承淵がいる宮廷は出禁。
後宮で身の安全を守ることとなる。
本を好きなだけ貸出してくれたのは、この措置の前払いという意味もあったのだろう。
まあそも私としては、昭華様がもってきてくださる書物で十分読書欲は賄えているし、出不精なので言われなくとも宮廷書庫にはそこまで足を運ばないんだけど。
そんなこんなで、数日が過ぎた。
ついに外では雪が降り出し、景色も冬めいてくる。
書庫も風通しがいいせいで寒くなり出したのだが、春杏とその友人が暖房──いわゆる
ところで春杏の友人のバブみはどうなったんだろ。
最近はおぎゃり怪人の噂を聴かないが、欲が落ち着いたのか、はたまたもっと深くに潜ったのか。
さすがに怖くて聞けなかった。
「はあ、暖かいですねえ」
長椅子の下に仕込んだ火炕で温もりながら、だらだら本を読む日々。
そんな私の日常に変化が訪れたのは、この月もっとも深く雪が降りつもった日のことだった。
「失礼いたしますわ」
「し、失礼しますっ」
入ってきたのはなんと驚き、安延様と阿華様だ。
しかも伴をつけずの来訪である。
大丈夫か? と思わなくもないが、紅玉様のところでもお二人の侍従をみたことがないし、いつもそうなのだろうか。
だとしたら、二人には何か事情があるのかもしれない。
とは言え今回は、他にもう一人側にいる人物がいた。
あれ、四人か? いや、三人だな?
えーと、とにかく紅玉様ではなさそうだ。
「阿華様、安延様、ようこそおいでくださいました。本日はどのようなご用件でしょう」
普段なら座って読書をしながら応対するのだが、さすがに今回は立ち上がって礼をする。
すると安延様が、それを制した。
「よいのです、幽蘭。私たちは、この方をあなたに紹介するために来ただけですから」
「はぁ……」
なんだかよくわからないが、二人は付き添いで来ただけらしい。
私が首を傾げる中、安延様に促されて一人の少女が前に出て一礼する。
着ているものの豪華さから見て、おそらく中苑の妃だろう。
綺麗な茶色の髪と、穏やかそうな顔立ち、歳の頃は十代半ば。
だが何よりも印象的なのは、彼女の雰囲気。
大切なものを、どこかに置いてきてしまったかのようだ。
生きていながらに、生きていない。
心ここにあらず、といった感じだ。
一言で評するなら──
しかし、妃とはすなわち尊きお方の妻なわけだから、未亡人も何もないだろう。
だというのになんだって、この方はこんなにも幸が薄そうなのか。
理由は──
「お初お目にかかります。中苑の妃、
ああ──
納得してしまった。
たしかに秋葉妃なら、そういった雰囲気を身にまとっていてもおかしくはない。
先月亡くなった侍従長、素蓮が仕えていた妃。
素蓮と秋葉様は、それはもう固い絆で結ばれているという。
そんな素蓮が亡くなったのだ。
今もその失意から、立ち直れていないのだろう。
ただなんか……隣に……いや、今はおいておこう。
「幽蘭と申します、それで、今日は……」
「幽蘭司籍は、非常に聡明で人々の困りごとをたちどころに解決してしまうとお聞きします」
「それは……過分な評価かと思いますが……」
それは、私が明眼人であるということを指しているのか?
アレは昭華様にもバレているし、そこから阿華様あたりに伝わったのかもしれない。
どっちにしても面倒な事になったとは思うが、さすがに秋葉様をそれで追い返す気にはなれない。
だってそうだろう?
「幽蘭様、一度で良いのです。先日亡くなった私の侍従長──素蓮とあう方法はありませんか?」
彼女の願いが素蓮に関することだと、わかりきっているからだ。
死者と再び言葉を交わす。
禁書が跋扈するこの世界なら不可能ではない。
しかし禁忌だ。
そもそもそんな都合のいい禁書がたまたま手元にある、なんてこともそうそう無い。
だからこそ、普通なら秋葉様の願いは叶わないもである。
だけど──
「
私はそれに、可能だと答えた。
それは別に阿華様が怖いとか、秋葉様に同情したからでもない。
ただ、可能だから可能だと言った。
それだけのこと。
「本当……なのですか?」
「……ええ」
秋葉様は、おずおずといった様子で問い返してきて、私は静かにうなずき返す。
その様子に、意外そうな反応を示すのは安延様だ。
「それは……実行して問題ない方法なのですか、幽蘭。私は、貴方が禁忌に手を染めるところはみたくないのですが」
「ご安心ください、私は何一つ禁忌を犯したりはしませんよ、安延様」
私は、ね。
というか何なら、もう既に禁忌は犯された後だ。
すなわち事後である。
「ただ……そのためには、少し準備が必要となります。秋葉様は、一旦自室でお待ちいただくのがよいかと」
「わ、わたくしも手伝うことは……できないのでしょうか」
「お心遣いはありがたいのですが、秋葉様は随分とお疲れのご様子。今は休まれるのがよいかと」
これから行うことの準備を、秋葉様に見られると準備が意味をなくしてしまう。
なので、秋葉様は少しでも早く侍従長に会いたいだろうが、ここは自室で待機していただきたい。
そこで、大変やつれている秋葉様の体調を理由にあげる。
私ができると断言したことで、少しだけ秋葉様の心が軽くなったはずだ。
なので前よりは少しくらい休めるようになったはず。
しばらくそうして秋葉様を説得すると、何とか秋葉様もそれを了承してくれた。
「では、お先に失礼させていただきます。……素蓮とお別れをする準備をしなくてはなりませんから」
そう言って、深々と礼をしながら去っていく秋葉様と……やっぱり気のせいじゃないよな?
何にしても秋葉様がいなくなったのを見計らってから、安延様が問いかけてきた。
「……幽蘭、真意を話してくださいますか?」
「かしこまりました、安延様。――おそらく阿華様は既にご存知かと思いますが」
「……ふふ」
ここまで、ずっと話を聞いているだけだった阿華様が、私の言葉に微笑んで見せる。
相変わらず、なんとなくおっかない。
私はただ、そもそも二人が秋葉様をここに連れてきたのは、昭華様から
「――私は先日、素蓮殿の遺骸を解体した際に彼女の言葉を聞いています」
「……あっ!」
そして、安延様もその事は聞いていたらしく、私の狙いに気付いたらしい。
そうだ、私は確かにあの時素蓮の言葉を聞いている。
であれば、後はそれを秋葉様に伝えるだけでいい。
とはいえ、ただ伝えるだけでは秋葉様も信じてもらえないだろう。
そもそもどうやって、私が素蓮から話を聞いたと説明するんだ?
故に、私は――
「一つ、芝居を打つこととしました」
それは、言ってしまえば儀式の真似事だ。
この世界では、正当な方法で正当な儀式を行えば、本当に奇跡は起こせてしまう。
だけどこれから行う儀式は、正当なものではなく。
故に、起きることは言ってしまえば、まやかし。
それでも――秋葉様を納得させられれば、それでいい。
「――そこで一つ、お二人に頼みがあるのですが」
私はそう言うと、自分の胸元に手を当てて、中から金色に光るニ枚の紙片を取り出した。
二人ともそのことに疑問を抱く様子はない。
安延様がどこか興味深そうに眺めているけれど、それは好奇心からくるものだろう。
私が禁書を持っていることに対する、驚きといった感じではなかった。
「これは私の禁書、
「昭華が言っていた物ですね!」
安延様が、どこか楽しげに分書をかざして覗き見る。
描かれているのは、炭で描かれた白澤。
どこか深謀なる知識を蓄えているような雰囲気の、重厚な白澤の絵だ。
「これを使えば、遠くに離れていても私と会話することが可能です」
「それは……素晴らしいですね! このままずっと持ち歩く事は可能でしょうか」
「残念ながら……一日で消えてしまいますから」
「そうですか……」
本当に残念そうな安延様。
いや、妃様とずっと繋がりっぱなしとか怖くてやだよ!?
「それで、これをどう使うのです?」
「準備のために、宮廷から色々と必要なものを(侍女などを使って)集めていただきたいのです」
「――――正気ですか?」
私が説明すると、阿華様がガチで驚いた様子を見せる。
なんだなんだ?
「(私たちに)集めろと?」
「はい、(配下がいるでしょうから)お願いしたく。私は現在、昭華様の指示で後宮から出ないよう仰せつかっているので」
「――――」
……あれ、なんか。
なんかすれ違ってない?
まぁ、気のせいか。
んで、ポカンとした様子の阿華様は少ししたら再起動して――
「ふ、あはは……あはは! そうですか、そうですか! なるほど
「……? ええ、まぁ、はい。よろしくお願いいたします」
「ええ、ええ、そうですねぇ。相変わらず末恐ろしいですわ、幽蘭。さぁ行きましょう安延、少し忙しいですからね」
「はい!」
とりあえず、ささっと必要なものをメモして阿華様に手渡す。
これを元に、私が解析で置いてある場所を探しつつ、それを配下に取りに行ってもらうのだ。
そうして、何やらとんでもないすれ違いをしている気配を見せながら、阿華様と安延様が書庫を離れようとする。
「――では、頼みましたよ、明眼人」
「ああ……やはり阿華様はご存知だったのですね。……かしこまりました」
なんて言葉を交わしてから、二人が去っていく。
ところで、ずっと気になっていたんだけど、私は解析を起動させて先に去っていた秋葉様の方に黄金の瞳を光らせる。
で、えーと……なんかいる。
具体的には、以前昭華様と相対した死者――というか。
なんか、素蓮が普通に秋葉様の隣にいるんだけど。
なんだったらさっきまで、未亡人ムーブしてた秋葉様の隣で、未亡人秋葉様麗しい……みたいな動きしてたんだけど。
おいどうなってんだ台無しだろ色々!
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