後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:本のむしむし
私を拾ってくれた祖母曰く、最初に私を見つけた時、私は一冊の本を手にしていたという。
これがまぁ、どうみてもただの本とはいいがたい禍々しい気配を放つ代物で。
しかも祖母が私を見つけた瞬間、まるでそれを待っていたかのように
で、ここからは祖母の変なところ。
彼女はそんな私を不気味に思うどころか面白がり、家に連れて帰ったのだ。
で、私”幽蘭”の記憶は、その直後。
祖母が家に私を連れてきて名前を付けたところから始まる。
どっちかというと、転生者としての前世が自我を取り戻し、周囲を認識し始めたというのが正しいだろうか。
まぁ、いろいろあって死んだ私は、中華風ファンタジー世界で女として生まれ変わった。
そして右も左もわからない状況の私を、祖母は普通に育ててくれたのだ。
大切に、ではないのがミソ。
なんかこう、割と雑だったよね。
まぁ私も元社会人ですから、そこまで手のかかる子供じゃない。
読み書きは必死になって自力で覚えたし、算盤は教わらなくても弾ける。
見た目もいいから、周囲からは引く手あまた。
放っておいても生きていけると、祖母は分かっていたんだろう。
それを可能にしてくれる衣食住という名の土台を与えてくれただけで、祖母はありがたい存在だったのだ。
――そんな祖母が、ある日ぽっくり死んでしまった。
昨日まで元気だったのに、起きたらいきなり死んでるんだもの、そりゃビビる。
いわゆる老衰というやつで、中世風な世界にしては恐ろしいほど長生きだった祖母は、いうまでもなく天寿を全うしたというやつだ。
私としても、短い付き合いではあったけれど、善く生きた人だったのではないかと思う。
自分にも他人にも厳しい人で、それでいて不思議と周囲から慕われるカリスマ性のある人だった。
教養もある人で、読み書きでわからないことがあったら祖母にはよく聞いていたかな。
禁書のことを教えてくれたのも、祖母だ。
ただまぁ、私の中で一番多く残っている記憶は、さぼっているところを見つかってしかられたことだけど。
それから私は、いろいろと今後の生活について考えた。
これまでは祖母が守ってくれていたけれど、これからはそうもいかない。
ぶっちゃけ、選択肢は山のようにあった。
読み書き計算ができるから、就職先には困らない。
祖母の伝手があるから、結構すごいところに仕えることも可能だろう。
縁談や花街からの誘いも無数にあった。
まぁ、正直そういう男女のあれこれはぶっちゃけ面倒なので御免こうむりたいので、最初から選択肢には入ってないけど。
ただ、どうしたって女である以上、結婚を求められるのは世の常。
できれば祖母みたいに、相手を見つけず気楽な生活を送りたい。
そういうわけで目を付けたのが、後宮。
ここなら男はあれを失った宦官と、私みたいな女官では面通しすらありえないだろう尊きお方しかいない。
そもそも今の皇帝はまだ幼く、後宮だって整備されはじめたばかりだという。
だったらやはり後宮でひっそり生きていくのが一番いいはずだ。
行き遅れと呼ばれるくらいの年になって外にでて、あとは後宮で稼いだ給金を使って悠々自適。
そんな生活を、私は目指そうと考えた。
だけど、まぁ。
どういうわけか私の”禁書”の力は宮廷のお偉いさんに知られているし、なんなら昭華様はどういうわけか祖母と面識があるし。
気が付けば、書庫で司籍になれたのはいいものの、時折厄介ごとが舞い込んでくる始末。
私は絶対に、政争から死ぬ気で遠ざかってやるんだからな!
……それにしても、祖母はある日いきなり亡くなってしまったけれど。
兆しがなかったかといえば、そうでもないんだよな。
晩年祖母はよく言っていた。
『生きることは難しい、だから全力で、好きな生き方をするんだよ』
――なんて。
そんなこと、私は前世のころからよくわかってる。
任せてください、婆さん。
私は今も、あなたの言葉に従って、生きていますよ。
■
「――禁書とは、存在するだけ、読むだけで超常なる現象を引き起こす奇怪な書物を指す」
「はぁ」
「時には読んだものを発狂させ、死に追いやることすらある危険な代物じゃ。故にこそ朝廷はその存在を人民に伏せ、秘密裏に回収、破棄してきた……という事になっておる」
「そうですね、建前上は」
先日、符の解体を行った机の上には、今度は紫の絹布で覆われた書物が一冊、おかれている。
そんな書物に視線を向けながらの、気のない返事に切れ長目の麗人は鋭い視線を私に向けた。
「面倒そうだな」
「このくだり、毎回やっていますからね」
「そういう決まりじゃ。まっとうな人間は、
まぁ、それはそう。
私は仕方なく最後まで説明を聞いてから、禁書の解体に移る。
布の中から本を取り出し、机の上に置く。
本来、こうして不用意に触れるのはご法度な代物なのだが、私はすでに禁書を一つ所有しており私がこの禁書の所有者に選ばれることはない。
人は基本的に、一つしか禁書を”所有”することはできないのだ。
一時的に力を引き出すことくらいはできるけども。
とにかく、先日と同じように瞳に手をかざし、その隙間から解析を試みるのだ。
「”解析”」
瞳が熱を持ち少しだけ意識が苦しくなる。
先日の呪符は、児戯のようなものだ。
たとえどれだけ人を害する力があろうと、禁書の持つ本来の力には到底及ばない。
体内に禁書を宿し、その力を操る私ですら、ほかの禁書を”覗き込む”とそれだけで神経が疲労する。
とはいえ、はっきり言って無視できる程度ではあった。
「
「ほう、やはり手早いのう、
「これは殺した毒虫の死骸と怨念を触媒にして呪いを
「で、あろうな。こやつは先日、とある宮の侍従長が――」
「……そこまでにしてください。私はそういった政争や裏の事情に興味はありません。そちらで勝手に処理していただきたいですね」
瞳を光らせて、尋常ならざる力を操り。
今まさに国家の機密に触れている立場から、平然とそう言い放つ。
それが面白かったのか、昭華様はしばし呆気にとられた後、楽しげに肩をすくめながら苦笑した。
「相変わらず、汝は栄達にこれっぽっちの興味も示さぬのう」
「私は今の生活を守るために生きているのです。これもまた、見ようによっては随分な難事であると思いますよ」
何しろ、禁書の解体なんて危険なことを日常的にさせられているのだから。
ともあれ、やることは普段と変わらない。
私は意識を集中させ、禁書の解析によって判明した”因果”を解きほぐしていく。
「――”解体”」
私の禁書『
物事の真理を見通すハクタクに関する知識が記されたその書は、読んだものに真理の因果を解析し解体する力を与える。
森羅万象のあらゆることには真理と因果が存在するのだ。
真理とはすなわち情報。
因果とはそれを構成する要素。
いうなれば、私の能力は絡まった配線がどのような構造になっているのかを把握し、それを解きほぐすことのできる力。
結果的にそれが因果へと干渉し、様々な現象を引き起こすことができる。
まあ、基本的には前回や今回のように、危ない呪符や禁書の力を無害化するために使われるのだけど。
それ以外にも、応用は可能だ。
まあ、細かいことは置いておくとして。
「――ふむ」
興味深そうに昭華様が見つめる中、私は光を帯びた本の中にある一本の結び目を見つけ出す。
今回の解体は完全なる無害化。
絡まった糸を一気に断ち切り、爆弾を起爆させず解体するかのような芸当。
ぶっちゃけ、タコ足配線をほぐすよりはやることが単純だ。
故に――
――一閃、私の瞳から放たれた金色の光が、すべての糸を一息に断ち切って見せた。
途端、禁書を覆っていた光と、禍々しい気配が消えていく。
これで完全に、この本は無害なただの本になっただろう。
まぁ、書いてあることが物騒なので人目に触れないほうがいいことに変わりはないが。
「終わりました」
「やはり、見事なものだのう」
「それだけが取り柄ですから」
春杏は私のことを何かと頼りにしてくれるけれど、私にできることといえば読み書き計算とこれくらいだ。
それだけでも、一般的な水準でみれば高いほうだろうが、それはあくまで時代の文化レベルが原因。
現代においては、何の価値もないつまらない人間、それが私だった。
「そう謙遜することもあるまい。さて、それではこれが解体の褒美じゃ。堪能するがよい」
「おお、西域の娯楽小説の新刊。ようやく届いたのですね。ありがたく頂戴します」
「吾としては、この程度しか渡せず心苦しくはあるがの。では、失礼するぞ」
そうして、昭華様は無害になった本を抱えて、書庫を去っていく。
にしても、この程度……か。
実際、この本は高級品である。
おそらくこの国でこれを読める庶民は私だけだし、手に入れるために相応の苦労もあっただろう。
それでも――
「禁書の解体という、本来なら命がけで行う仕事の報酬として妥当かっていうと……どうなのでしょうね」
まぁ、報酬には今の立場を保証してもらうというものも含まれている。
この気楽な司籍暮らしを守れるなら――それが一番の報酬かもしれないな。