後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:暁刀魚
素蓮と秋葉は、一日だけ素蓮が先に生まれたという。
本家に生まれた秋葉と、分家に生まれた素蓮。
秋葉は生まれた時から後宮に入内することが決まっていたから、素蓮もそれに付き従うことが決まっていた。
だから幼いうちから素蓮と秋葉は引き合わされ、二人は主従として育ったのだ。
それだけだった。
二人をつなぐものも、二人が互いを尊重しあう理由も。
生まれたときから一緒にいたからという、ただそれだけの理由で固い絆を結び。
これからもずっと一緒にいるという願いだけで、手を離すことなく生きてきた。
それは、親から与えられた絆だ。
互いに自分の人生を選べず、価値を決めることのできない立場。
そんな境遇を互いに重ね、姉妹のように二人は生きてきた。
だから素蓮は罪を得た時、感じたのだ。
自分たちはもう、これから先一緒に生きていくことはできない。
下手したら、引き離されてしまうだろう。
その上、自分の存在が秋葉を不幸にしてしまう。
──だったらもう、自分に生きている意味はない。
せめて秋葉がこれまでと変わらず生きていけるように、せめて自分がこれ以上秋葉の不幸に嘆かなくていいように。
最初から、そうすることが決まっていたんだ。
──なら、
人ではなく、素蓮ではなく、秋葉と共に生まれてもいない自分は。
果たして、秋葉の隣に寄り添う理由があるのだろうか。
その答えを──素蓮は出さなくちゃ行けないんだ。
少なくとも私──幽蘭には、その答えは分からないんだよな。
もしも私が同じ立場になれていたら……どんな答えを、だしたんだろうな?
■
私と素蓮は、急いで儀式が行われる上苑の一室に向かった。
準備が出来たので向かうといいながら、結構時間が経っていたのでね。
結果私はまたしても干物と化したが。
「まったく、どこへ行っておるのじゃ汝は」
「も……申し訳……ぜひゅー……ありま……ごほ……げほっ……」
私はまたしても儚くなってしまった。
くそ、髪型を病人みたいにしてけほっ、って言ってやろうか……
げほっ……げほっ……うん、それっぽい。
一番大事な所が汚くなってるけど。
「はぁ……はぁ……そ、それでは、儀式を始めたいと……思います」
「せめて呼吸は整えよう幽蘭、ね?」
そう言って、春杏が水を差し出してくれた。
君、このおえらいさんがいっぱいいる場所に乗り込む元気があるのすごいね……
梨里は既に胃腸が爆散したのか、姿が見えないというのに……
なお、このあと私が禁書を使う可能性があるため、春杏はここでお手伝い終了である。
昭華様が試作していた粋蜜芋をもらって去って行った。
どうやら私が来るのを、まってくれていたらしい。
ええこや……
ともあれ、私のやるべきことは変わらない。
昭華様に軽く事情を説明してから、儀式開始だ。
「……というわけで、これより化生の素蓮を秋葉様に引き合わせます」
「………………そうか。いや、まあ……良いか、汝はそういう奴じゃしな」
「なんですか」
昭華様は答えなかった。
この野郎……
「一応確認しておくが、化生の素蓮に害意はないのじゃな」
「はい、解析で確認してあります。存在するだけで呪いを振りまく類の化生ではありません」
「であれば
過去にも、無害な化生が朝廷内に存在することを許された、という例はそこそこ存在する。
禁書対策に道術以外の方法を使えるから便利なんだよね。
なんなら、化生はどちらかというと陽の気に分類される存在だけど、頑張って修練すれば道術を使えるようになるので、戦力として非常に助かる存在なのだ。
というか何なら、今この国の朝廷にも
何にしても、打ち合わせはこれで十分なので、私は秋葉様のもとへ向かう。
「──秋葉様」
「……はい」
私は、部屋の隅で安延様と阿華様に寄り添われていた秋葉様に呼びかける。
すると秋葉様は、憂いを帯びた顔で立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
隣の素蓮も、複雑な顔をしている。
「では」
それから私は、その場にいる偉い人たちに一礼してから、準備が整った部屋の中央へと向かう。
──私たちが今いる場所は、上苑の妃達が集まって茶会をするための場所だという。
広く作られた室内には、現在調度品の類は置かれていない。
これは単純に、現在上苑にいる妃が阿華様を含めて三人しかいないから、ここが使われていないのである。
上苑は皇后を含めて最大で五人の妃が住まう宮。
こういう場所が稼働するには、メンツが足りないのだ。
何にしても、雰囲気たっぷりで儀式をするには最適な場所。
早速、使わせてもらおう。
「では、僭越ながら」
そう言って、中央に用意された台の上に私は立つ。
今回行うのはいわゆる
こっくりさん、と言えば伝わるだろう。
今回の場合はV字型の棒を私と秋葉様が持ち、私が解析を起動させる。
扶箕は道術に分類されるため本来なら私一人ではできないんだけど、元々はそれっぽい雰囲気を出すための道具だったから問題ない。
まあ今は、儀式の意味が変質しちゃったけど。
「──解析」
私の解析の光が、儀式を行うために用意された卓上の道具を照らす。
だが、私が照らすのは道具ではなく、私たちの向かいに立つ素蓮だ。
これは私の解析の応用。
私の解析は解体と同様に
短所は射程が解体より短い上に、お互いの視線を合わせる必要があるということだけど、それでも便利な能力だ。
やれることは色々あるが、今回は私の解析によって得られた情報を素蓮に渡すことで
要するに素蓮が今の自分にできることを直感的に理解するのだ。
それにより──
『──秋葉様』
「……素蓮!」
自分の存在を他者に見せられるようになった素蓮が、秋葉様の前に姿を見せる。
なお、いまはまだ見えているのは私と秋葉様だけだ。
後ろにいる昭華様や阿華様には見えていないはず。
私は、ちらりと視線を視線を秋葉様に向けた。
その瞳は驚愕に見開かれており、「本当に成功した」という感情がありありと伝わってくる。
「…………いえ、
すぐにその驚愕は、納得に変わってしまった。
今度は素蓮の瞳が驚愕に見開かれ、それからどこか嬉しそうな、あるいは泣きそうなものに変わる。
『……お初お目にかかります、秋葉様。私は
「…………」
ああ──そうか。
その言葉に、秋葉様は素蓮と全く同じ顔をした。
きっと、素蓮は秋葉様と初めて顔を合わせた時の言葉を口にしたのだろう。
秋葉様の顔が、その時のことを思い出して懐かしさに歪み、そして涙を零している。
なら、秋葉様はどうする?
……いや、そんなの聞くまでもないよな。
「……秋葉、秋葉よ。覚えてちょうだい素蓮。……絶対、絶対に忘れてはいけないわ」
もう一度、やり直すことを選んだんだ──
前のようには戻れない。
かつての素蓮はもういない。
それでも、やり直すことはできる。
だって、そうだ。
この二人は──温秋葉と温素蓮なんだから。
ああ、
私は、そうじゃなかったからさ。
せめて
■
それから、儀式は成功したということでその場は解散となった。
まぁそもそも、安延様と阿華様がその場にいたのは半ば野次馬みたいなものなのだけど。
何にしても、さっさと二人は帰っていったのだ。
これ以上は野暮ってのもあるだろうな。
んで、終わると同時に陳徳殿が入ってきて、片付けを始めた。
あの人も大変だなぁ。
私はそもそもそういう準備において一切戦力にならない(道術を使われた場合を除く)ので、後はこのまま帰るだけだよ。
秋葉様と素蓮は、二人の間だけで通じる穏やかな空気の中、無言で陳徳様の片付けを見守っていた。
で、私がそそくさと部屋から退場しようとしたら、それに気付いて秋葉様が素蓮を連れてこちらにやってくる。
それから、深々と礼をした。
一介の女官には、勿体なさすぎる礼だ。
「この度は、誠にありがとうございました。幽蘭様」
「いえ、お気になさらず。私は私の理由で、お二人のことをお手伝いしただけですから」
「私は……少しずつ今の状況を受け入れてみようと思います。きっと、素蓮がいなくなった時より悪くなることはないでしょうから」
「……ですか」
「幽蘭様も……どうか、壮健でありますよう」
それは割と……こっちのセリフでもあるのだけど。
とにかく、そうして挨拶が終わればとっとと私は書庫に戻って昼寝でも──と思ったら。
「──素蓮、吾にも姿を見せてくれぬかの」
昭華様が素蓮に声をかけた。
これは……私も居残らないと行けない感じ? 帰っちゃダメ? ダメかぁ、そっかぁ。
こほん。
今、素蓮が見えているのは私と秋葉様──つながりの強い者たちだけだ。
しかし既に素蓮は自分の力を扱えるようになっているので、少し気合を入れれば──
『……はい、ここに。昭華様』
「うむ、力は十全に扱えておるようじゃの」
昭華様も、視認できるようになった。
「して、単刀直入に聞く。──汝に禁書を差配したものの正体は解るか」
『……いえ、部屋の掃除中に偶然触れてしまったことで、それに支配されましたので』
「……つまり、どこからともなく紛れ込んだ、ということですか」
禁書にはそこそこ詳しいので、私は昭華様がどうしてこういう質問をしたのかが解る。
何しろ、禁書の侵入方法にもいくつか方法があるのだ。
宮中に運び込まれる荷物の中に物理的に紛れ込むか、突如として宮中に出現するか。
前者の場合は、敵が外から禁書を送り込んだことになる。
そして後者の場合は──
「先の化生の呪いの件といい、宮中に禁書を操る下手人がおるな」
敵が中にいることが確定する。
言うまでもなく、後者のほうが厄介だ。
お読みいただきありがとうございます。
素蓮の話はここまでとなります、次回は番外編です。
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