後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:本のむしむし
後宮には、時折『
あらゆる失せ物をたちどころに見つけてしまう知恵者だとか、なんとか。
――すなわち、私のことだ。
禁書『
ただ、決して万能かといえばそんなことはない。
アレは基本的に超常の力を解析するためのものだ。
物理によって成り立つ存在を解析することは、呪符や禁書といったものよりも難しくなる。
加えて解析は、その名の通り眼の前にあるものを正しく理解する能力である。
検索ワードが分からないまま、検索エンジンで曖昧な検索をかけるようなものだ。
なので、その二つ名はあまりに分不相応。
それに自分が明眼人だとバレるのも困る。
それで人が書庫によってたかってきたら、私の昼行灯ライフはどうなる?
だから、その対策として私は防波堤を築いていたのだ。
すなわち、代理を立てているのである。
■
「幽蘭、この”経”って字、右側はどう書くんだっけ」
「まず横棒を引いてから……
「うう……難しいなぁ、字って」
書庫の中で、木漏れ日を浴びながら私たちはのんびりとした時間を過ごしている。
何をしているのかと言えば、春杏に字を教えているのだ。
ここ最近、女官の間では読み書きの習得がとある事情でブームとなっており、春杏も文字を習う者の一人。
空いた時間を見つけては、こうして私を頼っているのである。
私はサボっているのかといえばそんなことはなく、これは歴とした司籍の役目だ。
曰く、『後宮内の女官の読書を奨励し、教導すべし』とのこと。
おかげで、春杏に文字を教えながら、隣でゴロゴロ読書をしていても、船を漕いでいてもそれは仕事。
誰からもサボっていると咎められる筋合いはない。
「……ねえ、幽蘭」
「どうしたのですか? 集中力が切れましたか」
「あ、えと……ほら、先日の池から
禁書に呑まれた、可哀想な女のことだ。
当然ながら、宮中では噂になりまくっている。
まぁ、普通の変死体としての噂だけれども。
「可哀想だよね。若かったのに池に落ちて亡くなっちゃうなんて。他の人たちは、みんな物騒な噂ばっかり話してる。呪い殺されたとか、身投げしたとか」
「世の中そんなものです。他人の不幸は蜜の味といいまして」
本から視線を話さないまま、淡々と返す。
春杏もまた、噂に踊らされる者の一人だが、この子は噂を比較的冷静に聞けているようだ。
「人が死ぬことには十色の事情というものがあります。外野にとっては話の種でしかありませんが、当人には語れぬ事情があるのですよ」
「そうだよね……うん、どうしても私、そこが引っかかっちゃって」
「春杏は偉いですね。そうやって、他人に惑わされず自分の考えを持つのですよ」
素直で人がいい、春杏の美徳だ。
だからこそ流されやすい側面もあるが、ここ最近は私が言い聞かせているから、こうやって自分の考えをしっかり持てるようになっている。
そのうえで、私のサボりは見逃してくれる柔軟さがあると、なおいいね。
と、その時。
「そういえば、事情がある、といえばね幽蘭」
「……嫌な予感がするので、思い出さなくていいですよ」
「また失せ物探しを頼まれちゃったの。下苑の女官の子からなんだけど」
うーむ、来てしまった。
はー、と嘆息しながら本で顔を覆う。
そのまま長椅子に体を預ける。
「断ってください。私は本を読み寝ること、そして貴方への字の教育で忙しいのです」
「そう言わないで、ね? 今回の依頼、ちょっと変なの。その子ね、『何を探してるのか』も『何故探してるのか』も話せないんだって」
「はぁ……」
なんじゃそりゃ、と本を載せながら首をかしげる。
あ、っと本がズレた。
「それでは探し物にならないではないですか。明眼人を神仙の類だと間違えていますか?」
「だよねぇ。でも、ダメで元々なんだって。それで今にも泣きそうな顔で頼んできて……」
「だったらなおさら、諦めればいいのに……」
「断りにくくって……」
困った様子でそう訴えかけてくる春杏。
ああまったく、これが断りにくいのだ。
そもそも私が明眼人を始めたのも、春杏の頼みを断れなかったのが原因である。
「仕方ないですね……いつものように、聞いてきた情報を一つずつ教えてください。私が質問しますから、それに応える形で」
「……あ、うん! ありがとね!」
とにもかくにも、話を聞いてみないことには話は始まらない。
具体的に何を探すのかは話せなくても、それがどういったものか、どこで落としたと思うか、くらいは聞いてきているはずだ。
これまで、私は春杏のそういった情報から、失せ物を特定してきたのだから。
前世で一時期流行っていた、質問の内容から質問者が考えているキャラクターの名前を当てるサイトを思い出す。
ああいう感じで、解析の解像度を上げていくのだ。
「では第一問、それは人、物?」
「物! これ、毎回聞くよね。ほとんど物なのに」
「気分の問題です」
例のサイトも、最初は必ず実在、非実在を問いかけてくるからね。
何事も、形式ってのは大事なのだ。
――で、こういう質問形式は解析を行う上で非常に重要となってくる。
解析に必要なのは、私の意識の解像度だ。
これはこういうものである、というのをきっちりと認識し、それを形作っていく必要がある。
いきなり情報を無数に並べられて、そこから自分で輪郭を作り上げるよりも、一つずつ情報を与えてもらって積み木を積み重ねるようにしていくのが重要だ。
「二問、大きさは?」
「手のひらにすっぽり収まるくらいだって」
「三問、材質は? 金属か、木か、紙? それとも布?」
「布だって! 粗末な麻袋、口が細い紐で縛ってあるの」
「まぁ、こういう場だと必然的にそういうものが落とし物になりやすいですからね。四問、匂いは?」
「えーっと……少し青臭くて、苦い匂い? らしいよ」
「第五問、落とした場所に心当たりは?」
「うーん……そこは何ともって感じだけど、その子は下苑からあまり離れることはないって」
少しずつ、解像度を上げていく。
ぶっちゃけ、匂い以外はそこまで特異な情報ではない。
それでも、なんとなーくだけど輪郭が掴めてきた。
「じゃあ第六問、ここが重要。その子がこの依頼をしてきた時の反応はどんな感じでした?」
「え? あー、えっと……すっごく恥ずかしそうだった? 顔をこーんな真っ赤にしてね、言い出しにくそうにしてて……」
「なるほど、では最後。その子はどうやってそれを”使う”のですか?」
「あ、えっと……夜に煎じて飲むんだって。お薬なのかな」
「まぁ、でしょうね」
――なんとなーく、見えてきた気がする。
聞いた話を推測し、それを頭に乗せた本の奥でひっそり光る金の瞳によって”解析”させる。
すると、ぼんやりとだが輪郭が見えてきた。
落ちているであろう、場所も。
「……あー」
なるほど、なるほどね。
そりゃあ恥ずかしそうにするわけだ。
おそらくその子が探しているものは――
年頃の女官が寝小便に悩んでいるなどと知られたら、後宮では生きていけない。
嘲笑の的となってしまうだろう。
――あの侍従長が、噂の種になっているように。
私は乗せていた本を持ち上げて、一つ息を吐く。
「……そりゃ、話せませんね」
「わかったの!? ほんっと、幽蘭って凄いね」
「その人に、下苑の南側にある厠の茂みを探すよう伝えてください。中身のことなどには言及せず」
「うん、わかった! 事情は十色だもんね!」
ぱあ、っと顔を明るくさせる春杏。
うんまぁ、これで義理は果たせたというか。
「やっぱり幽蘭はすごい、何でもお見通しなんだ!」
「大したことではありません。それに、説明やら何やらは全て代理である貴方に任せているわけですから」
「うぅ……やっぱり明眼人の代理は荷が重いなぁ」
そう、私は春杏を明眼人の代理に立てているのだ。
この子は人懐っこくて交友関係が広いから、その中に明眼人がいると言っても違和感は持たれにくい。
まぁ、本人は明眼人への称賛を一心に浴びる立場が心苦しいみたいだけど。
「私は、春杏が代理人でなければ、依頼は一切受けませんよ。以前にも伝えたはずです」
「あうぅ……」
「こうして私が働くのは、春杏の頼みだからです。春杏が困っているから助けたいと思っているわけでして。……春杏でないと、ダメなんですよ」
「あうぅ!!」
これは、本当に心の底からの本音だ。
私の行動方針は、政争から死ぬ気で逃げること。
力を誇示することではない。
それでもなお春杏に力を貸すのは、春杏の人間性が好ましく、そして春杏が本気で失せ物を探してあげたいと思っているからだ。
さて、これで一仕事を終えたということでいいだろう。
春杏も完全に勉強の意識じゃなくなっているだろうし、少し一眠りするのも悪くない。
雰囲気で押し通せば、春杏も私の昼寝を咎めたりはしないはずだ。
再び本を頭に乗せて、私は長椅子に体を落ち着ける。
「ゆ、幽蘭は……わ、私がいないとダメなんだね……?」
「そうですね。だからこれからもよろしくお願いします、代理殿」
「うん!」
だからまぁ、気づかないのだ。
私にそう問いかけてくる春杏が、顔を真っ赤にしてどこか眼を潤ませていることに。
そして、堕ちていく意識の中で――
「――そうだよ。幽蘭の凄さを知っているのは、私だけでいいんだから」
――なんて。
熱を帯びた瞳の奥に、昏く重い光を覗かせながら。
春杏がそうこぼしていることに、気づくことはなかったのだ。
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