後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:本のむしむし
私の基本的な方針は、政争から死ぬ気で遠ざかること。
そのため、目立つようなことはできるだけ避けたい。
だからこそ明眼人には代理を立てているし、禁書の解体は朝廷のお偉方と昭華様、それから側近の幸薄そうな宦官しか知らないことだ。
ただ、こういった方針は後宮に入ってから決めたことである。
要するに、それ以前はそうではなかった。
私には罪がある。
いや悪いことをしたという意味では無くてね。
若気の至りというやつだ。
転生したばかりの私はまだまだこの世界について疎かったし、何より自分の能力を把握する必要があった。
結果として、私は能力をあることに応用したのである。
これがまあ、すごいことになりまして。
幸いにも当時の私は在野の中の一市民に過ぎない。
正体は露見しなかったものの、まあすごいことになった。
でもなあ、これはなあ。
ぶっちゃけ婆さんも悪いところあっただろ。
私が作ったものを広めたのは婆さんだ。
普通ならこういう暴走を止めるタイプだろう婆さんが、私の正体バレには最大限気をつけてくれたけど、それ以外はノリノリだったのがそもそもの原因だと思うんだよなあ。
さて、じゃあ一体何でやらかしたのかというと、とても単純。
──料理である。
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休日、それは至福の時間であり、同時に大いなる怠惰の象徴でもある。
この時代の後宮には基本休日なんてものはないが──その分労働時間は短い、単純に人が活動できる時間が短いからね──時折丸一日休暇をもらえる時がある。
じゃあそういう時に私が何をするかと言うと、料理だ。
読書じゃないの? と思うかもしれないが、単純に休みの日も読書漬けだと読む本がなくなるのでね。
昭華様が報酬として持ってくる本は月に数冊。
例の侍従長の件は、たまたま事件が重なった結果だ。
書庫の本を漁ってもいいんだけど、司籍がいない日の書庫はしまっている。
つまり私は休日に書庫へ本を借りにいけないということ。
なんてこったい。
というわけで取り組むこととなるのが料理だ。
他にもあるんだけどね、ボードゲームとか。
相手がいないとできないので……一番手軽なのはやっぱり料理なんだよな。
料理に関しては、実のところかなり得意だ。
前世では一人暮らしの際に時折自炊してたし、今の人生では祖母に基礎から叩き込まれたのである。
あの人、かなりの美食家なんだ。
「さて、作りますかぁ。スイートポテト」
今日作るのはスイートポテト。
三食は普通にでるので、わざわざ作る意味は薄い。
なので後宮に来てからはもっぱらお菓子づくりが趣味となってしまっている。
現在私がいるのは、下苑の厨房だ。
紅玉様と昭華様と安延様と阿華様をお菓子で釣って、使用許可を取り付けてもらった。
うーん、オールスター。
ただし、使用できるのは朝と昼の厨房が使われていない間だけ。
時間制限があるので、ささっと進めていかないと。
「まずは、昭華様に仕入れてもらったこの蜜芋を蒸していきましょうねえ」
貴妃にもお出しするお菓子ということで、素材は昭華様が最高級のものを用意してくれた。
この時代では芋といえば、痩せた土地でも作れる庶民の食という側面が強いだろうに、こんな立派な蜜芋を用意してくれるとは。
これを蒸篭に入れて蒸していく。
私が料理に使う道具は、かなり現代的だ。
蒸篭もなんというか、私の見慣れた形をしている。
おかげで使いやすくて楽だね。
「よし、いい感じ」
竹串で芋を突き刺して柔らかさを確認、問題ないと判断して次の工程に移る。
次はえーと、確か熱いうちに皮を剥いて木べらで潰してくんだったな。
で、ゴリゴリと非力な腕でなんとか潰していきつつ、ある程度たったところで私は手を止める。
そしてここで、料理中にあるまじき発言を一つ。
「えーと、次はどうするんだっけ?」
ここから先の作り方がわからん──
そりゃそうだ。
普通の料理ならともかく、スイートポテトなんて幼い頃に家族と一回作ったくらいだよ。
あの頃はまだ平和だったなぁ。
ともかく、わからないとここから先はどうにもならない。
しかし私には一つ、それをどうにかする方法があるのだ。
「──"解析"」
はい、解析です。
これぞチート、禁書能力の有効活用にして無駄遣い。
使えるのだ、料理にも。
というか、料理こそ私の解析と相性がいいのである。
以前も言ったが、解析に大事なのは現物と解像度の積み上げ。
私の目の前には、これから完成品になっていく現物が置かれている。
ここからいい感じにしていけば、料理が完成する……!
「なるほど、裏ごしで粗い繊維を取り除いてペースト状にする、と」
うんうん、と頷いて私は作業を再開する。
ペーストにした芋に
北方の遊牧民族との交易で乳製品は比較的手軽に手に入るのは中原の良いところだね。
ほかにも砂糖の代用品として異世界料理にとりあえず感覚で投入される蜂蜜と、少量の牛乳を混ぜる。
最後に溶かした卵黄を塗れば完成だ。
いや、ここからまた蒸し焼きにするんですけどね。
「この簡易オーブンで……!」
厚手の蓋付き鉄鍋に芋を敷き詰め、弱火でそれを焼く。
上からも炭火を載せて、上下から蒸し焼きにすることで簡易オーブンとするのだ。
そして待つことしばし。
「できましたー」
普段の三割増しで高い声音で、出来上がったスイポテを掲げる。
うーんなんていい匂い。
実においしそうだあ。
「ふむ、美味しそうじゃのう」
「そうでしょうそうでしょう、これは自信作ですようわああああああああ昭華様!?」
「うお、なんじゃそんな大声で」
びっくりしたあ!
え、いたの?
いつから!?
っていうか見られた!?
「しかし、まさか幽蘭にもそのような愛らしい側面があるとはのう」
「忘れてくださいますか」
「くふふ、それは無理な相談じゃのう」
「ああっと、昭華様の分がうっかり手を滑らせて落ちてしまいそうです」
「おや、奇遇じゃのう幽蘭、このような場所で。何をしておるのじゃ?」
すげえ、ほんとに綺麗さっぱり忘れてやがる!
道術か何かを使いやがったな!
まあいいや、その後私は改めて料理を昭華様に見せる。
「これは
「ほほう、美味そうじゃ。それにしても幽蘭は料理ができるのじゃな。少し意外じゃわい」
「なにもそこまで忘れなくとも……」
「しかも──」
と、そこで昭華様は私が忘れたかった単語を口にする。
「──
ゔっ。
私は思わず苦しくなった胸を抑えようと疼く手を必死に止めた。
そして努めて平静を装う。
「良いよな、かの厨仙流が開発した料理や調味料は、我も非常に好みところだ。特に
説明しよう!
厨仙流とは、少し前から流行り始めた料理技法を操る者たちのことだ。
彼らの創り出す料理は余りに独創的で、美味しい。
はい、私がその創始者です。
解析で料理の調理法が解るということは、だ。
これが大きい。
料理というのは、やはり調味料の存在が非常に大きいのである。
醤油一つで、作れるようになるレシピの数は段違い。
それはもう、世界に革命が起きますよね、って。
曰く、厨仙が登場してから料理の歴史は千年進んだ。
これをまぁ、私と婆さんは率先して行ったわけ。
ただこんな事をすれば料理界は大混乱になるわけだが、そこは祖母の謎すぎるコネクション。
上手く重鎮にコンタクトを取り、料理界全体を巻き込んで改革を起こしていったのだ。
まあ、それでも受け入れられない人はいて、世間は今、厨仙派と非厨仙派に分かれてるけどね。
ただ、物理的に血で血を洗う抗争が起きなかった、というだけ。
この時代に起きた革命としては、あまりにも僥倖じゃないだろうか。
それさえ起きなければ、私は自分の料理が世界を歪めることを許容するのである。
だって──美味しい料理──食べたいし──
というわけで、世界は変わった。
私はやらかしたのだ。
無論、その事は受け入れよう。
しかし、なんというか、私が料理してるところで厨仙流の名が出ると……はずい。
だって厨だぞ?
いや厨房の厨ってことはわかってるんだけど、つまり厨房ってことじゃん!
というか昭華様、完全に記憶を忘却させてるとはいえこのやり取りを二回もやるとか、本当は私が厨仙だって見抜いてるんじゃないか?
なんて思いつつ視線を向けると、既に昭華様はスイポテを口に運んでいた。
あ、ずるい!
「むう……これは、なんという美味さ! 芋の甘味が舌の上でとろけるようじゃ。ねっとりしておるのに後味は滑らか。乳のコクと表面の香ばしさも素晴らしい! 素朴な見た目をしておるが、なんとも上品な味わいじゃのう!」
「……お褒めに預かり光栄です」
料理の知識は叩き込まれたが、美味いものは全部美味いで処理される馬鹿舌しかもっていない私と違い、実に昭華様の食レポはしっかりしている。
流石に、普段から美味しいものを食べていると、そこら辺の感覚も養われるのだろう。
何にしても、やらかしてしまった私ではあるが──
──やっぱり、美味いと言われるとうれしいから、今も私は料理をしてるんだろうな、婆さん。
そう、今は亡き祖母に思いを馳せながら、出来上がったスイートポテトこと粋蜜芋を堪能するのだった。
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