後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:暁刀魚
――死してから時がたった女の顔は、生前の美貌をより際立たせていた。
禁書による呪いが、彼女の時を止めてしまったのだろう。
腐敗することもなく、ただただ青白い肌の美しい女がそこにいる。
「――見えました。
『そして、禁書使となった骸は
「この禁書が別の禁書につながっているということはありません、独立した禁書です」
『これ以上の情報には繋がらぬ変わりに、これを対処すれば情報が漏れることもない、じゃな』
その言葉に、私は頷く。
そして昭華様に、一つ頼み事をした。
「だからこそ――この禁書の対処を私に任せてはいただけませんか?」
『ほう、珍しい事を言う。……それほど、あの女を哀れに思ったか』
「それもありますが……」
私はそこで、瞳を閉じる。
煌々と輝く金の光は、瞼の裏からも少しだけ溢れ、書庫をぼんやりと照らしているだろう。
しかし私の意識は今、そこにない。
昭華様の懐からは、金色の光が漏れ出しているだろう。
私の渡した『
そして昭華様の懐から抜け出し、宙に浮かぶ。
やがて光は、人の姿を取った。
「――どうしてもこの禁書は、私がやらなくてはならないのです」
私を象った金色のシルエット。
今、まさに私の意識は、完全にそれと合一していた。
すなわち、書庫にいながら昭華様がいる戦場へと介入することができるのだ。
基本的に私の存在は朝廷の外に漏らしたくないのが、私と昭華様の考え。
なのでこうやって私が直接戦うことはほとんどないけれど、今回は私のことが敵に露見することはないとわかっているから、問題ない。
「――――ゔぁ」
侍従長だった物は、私の前に佇んでいる。
先ほどから、こちらを眺めたまま動かない。
時折、呻くような言葉をこぼすだけだ。
こちらの出方を伺っているのだろう。
「”操魄”を狙っているのですね」
――禁書には基本、二つの能力がある。
私であれば、解析と解体。
万蟲屍解経であれば呪符の作成と虫の操作。
九幽操魄経の場合は――僵尸の作成と、操魄。
触れたり噛みついたりすることで、人の持つ陰の気に干渉。
その人間を僵尸へと汚染していくのだ。
ようするに――この侍従長は、映画のゾンビそのものなのである。
「……陰の気に干渉できる以上、道術とは相性が悪いのう。そういう意味でも、汝にまかせて正解じゃったか」
「ええ」
私は昭華様の言葉にうなずき、少しずつ侍従長へと歩み寄る。
こちらを警戒し、唸りながら今にも襲いかかりそうな侍従長。
しかし私は、ためらうこと無く更に踏み込む。
するとついに――
「――ゔぁああああ!」
侍従長がうめきながら、飛びかかってきた。
思った以上に俊敏な動きで、体が固くなっているイメージの僵尸としては、随分異色だ。
それこそ特異個体のゾンビみたいな。
「……来てください」
道術で自身を強化した昭華様の動きについていけるだけの俊敏さを、この骸は持っている。
しかも、どうやらその場にいるだけで近くの陰の気を抑える力があるらしい。
道術の効果も弱まってしまうから、昭華様なら苦戦は必至。
しかし――私はそうではない。
「ゔぁあ!」
「……」
噛みつかれて、首筋に少しだけ衝撃を感じる。
意識はシンクロしているが、痛覚までシンクロしているわけではない。
まったくしていないわけではないが、使い捨ての肉体に必要以上の痛覚は不要だろう。
そして、すぐに侍従長は気付くはずだ。
どれだけ陰の気を操ろうとしても、全く操れない。
「ああ、ゔぁああ!!」
何度も私を貪ろうとするが、意味はない。
人は基本的に陽の存在だが、誰しも多少は陰の気を持つ。
少しでもあればそれを増幅して人を僵尸に変えてしまえるのだが、あいにくと今の私は陽の塊だ。
何しろ、今の私は陽の気の塊である禁書で、体を形作っているのだから。
「幽蘭!」
「わかっています!」
私の解体は、有効範囲が狭い。
せいぜい、手元にある本を解体できる程度。
だから戦場で禁書を解体しようと思う場合、どうにかして近づく必要がある。
それを何とかするのが普段の昭華様であるが、今回に限っては見ての通り、向こうもほぼ同じ条件だったから一方的に有利を取れた。
道士の戦いは練度が物を言い、禁書使の戦いは相性が物を言う。
今回に限って言えば、もはや戦いが成立しないレベルの相性だった。
だけど、
「――
私は、今も襲いかかろうとする侍従長の名を呼んだ。
そして、ゆっくりと抱きしめるのだ。
暴れてぐずる子どもを、あやすように。
「――ぁ」
「大丈夫、大丈夫ですから。素蓮、貴方はもう苦しい思いをしなくていいのです」
祖母のもとにいた時は、近所の子どもを祖母が預かっていることがあり、こうやってその子をあやしたこともある。
今回は大の大人をあやすことになったけれど、それでも。
この人には、それが必要だろう。
「こんなにも辛い目にあったのですから、今はゆっくりと休みましょう。貴方には、それが許されている」
「ぁ、あ――」
一体どうして、彼女はこんな目に合わなくてはならないのか。
偶然、禁書に飲み込まれてしまっただけだと言うのに。
「――しゅう、よう、さま」
「……こやつ、人としての意識を」
いつの間にか私の隣に並び立ち、万が一を警戒する昭華様がそれを聞いてこぼす。
否、これは意識ではない。
一種の反射、無意識だ。
無意識であって、なお――
「――どうか、すこやか、に」
この人は、自身の主を心配していたんだ――
■
「解体して、弔いましょう」
禁書の解体を終え、侍従長――素蓮は動かなくなった。
それをゆっくりと地面に寝かせた幽蘭を、昭華は複雑な思いで眺めている。
今の金色に光る幽蘭の
それを、みだりに晒すのはよろしくない。
しかしそれでも、昭華は幽蘭の願いを断れなかった。
「解体であれば、遺体を消失させ、そのまま天に還すことができます。敵に利用されることもありません」
「……そうじゃな」
何より、元々素蓮を解体する必要性は、昭華も感じている。
敵に利用されないためにも、幽蘭が完全にこの女を終わらせるのだ。
一度目は、秋葉妃を納得させるという理由もあり、そのまま葬ったが、こうなってしまってはそうもいかない。
先ほどの九幽操魄経が、他にないとも限らないのだ。
万蟲屍解経もそうだが、この二つは禁書としては格が低い。
複数存在し、それを敵が抱えていてもおかしくないのである。
昭華が持ち帰ってもいいが、こうした方が効率はいいのも事実。
「――では」
「……少しまて、幽蘭」
「なんでしょう」
早速とばかりに行動を起こそうとする幽蘭に待ったをかける。
昭華には、まだ分からないことがあるからだ。
「素蓮をどうにかするのは、己でなくてはならないと言っていたな。それは、決して禁書同士の相性だけが問題ではなかろう?」
「……ええ、まあ」
「何故じゃ、吾に聞かせてみよ」
それは純粋な好奇心であると同時に、聞かなければならないと昭華が強く感じたからだ。
時折、幽蘭はある日突然、どこかへふと消えてしまうのではないかと、感じることがある。
自分が素蓮のことを対処すると言った時の幽蘭が、そうであったように。
「何故って……苛ついたからですよ」
「それは、この女をかように扱う外道どもへの怒りか?」
「多分、そうですね。……ああ、いや」
幽蘭は昭華の言葉に何気なく頷いてから、応える。
「
「わからない?」
「自分でも……結論がでないのです」
果たしてそれが、本当の本心だったかは昭華には分からない。
「生きるのは難しい、だったか」
「ええ、後宮に来て禁書に関わるようになってから、なおのことそれを感じるようになりました」
後宮では何かにつけて事件が起きる。
幽蘭がここにやってきてから、そろそろ二年が経とうとしていた。
その中で、いろいろな事件に幽蘭はかかわっている。
本人が望もうと、望むまいと。
彼女の持つ禁書が、それだけ有用であるがために。
そして何より、彼女がそういった事件を見過ごせない性質であるがゆえに。
「……汝は、いつも昼行燈を気取りながら自分から事件に首を突っ込もうとしおるな」
「そのほうが効率的だからです。事件が大きくなる前に火消しをしてしまえば、自分に降りかかる火の粉も少なくなる。合理的だと思いますが」
「そして何より、己の心の安寧も守れる……か?」
「……」
幽蘭は答えなかった。
答える必要が、ないからだ。
「……私は、そうしなきゃいけないんですよ」
「
「祖母は、私に道を示してくれただけです。こうしなきゃいけないって焦燥感にかられる私を諭して、導いてくれた。だから祖母の言葉が呪いになったわけではありません」
「……呪いは、その前か」
幽蘭には、わからないことが多い。
昼行燈であることを望みながら、それを守るために全力を尽くす。
その行動に矛盾はないけれど、行動の源泉にあるものがわからないのだ。
それは同時に、彼女の儚さの一助になってしまっている。
「私は……生きなきゃいけないんです。そして、生きることも死ぬことも、全部肯定しないと……いけないんですよ」
そう語る少女が。
生きたい、ではなく、生きなきゃいけないと語る少女が――今にも消えてしまいそうだから。
昭華は思う。
ああ、幽蘭――汝は如何にせん。
素蓮を”解体”し、祈りを捧げる幽蘭を見ながら、そう思わずにはいられなかった。
今回までが序盤になります。
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今回で最初の区切りとなりますので、
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