転生したらエースだった件   作:バカきゅー

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第十話 成長

 ガープがダダンの家を訪ねてきたのは、約束から一年が過ぎた頃だった。

 

 その日、おれとサボは朝から山へ入っていた。昼飯用の獲物を探すつもりだったが、運よく大きな猪を仕留められたので、予定より早く帰ることにした。

 

「おい、エース。そっち、もうちょっと持ち上げろよ」

 

「持ち上げてるだろ。お前が引っ張ってんだよ」

 

「そりゃ頭の方が重いからだ!」

 

「じゃあ代わるか?」

 

「……いや、いい。お前に持たせたら絶対あとで文句言われる」

 

「分かってんじゃねェか」

 

 二人で猪を担いだまま山道を登っていると、ダダンの家の方から聞き覚えのある笑い声が響いてきた。

 

「ぶわっはっはっは! 相変わらず汚ェ家じゃのう!」

 

 サボと顔を見合わせる。

 

「来たな!」

 

「ああ! 急ごうぜ!」

 

 家の前では、ダダンがガープに向かって何やら怒鳴っていた。

 

「だから、急に来られても困るんだよ! こっちにも都合ってもんが――」

 

「おう、エース! サボもおるか!」

 

 ガープはダダンの文句を聞き流し、おれたちを見るなり大きく手を振った。

 

「じいちゃん! ちょうどよかった!」

 

「何がじゃ?」

 

「去年の宿題だよ! 岩を砕けるようになったんだ!」

 

 ガープの眉がぴくりと動いた。

 

「ほう? ちゃんと覇気は使っとらんじゃろうな?」

 

「使ってねェよ! サボも見てたし!」

 

「おれも一緒にやってたんだ。間違いねェよ」

 

 サボが口を挟むと、ガープはおれたちを交互に見て、にやりと笑った。

 

「ならば見せてみい!」

 

「おう! その前に、こいつ置いてきていいか?」

 

 おれが担いでいる猪を指すと、ガープは初めて獲物に気づいたらしい。

 

「おお、でかいのう! 今日の晩飯か!」

 

「おれたちが獲ってきたんだぞ」

 

「よし! 今夜は肉じゃ!」

 

「おい、じいちゃん! おれたちの分まで食うなよ!」

 

「ぶわっはっは! 早い者勝ちじゃ!」

 

 ダダンが頭を抱えた。

 

「食費を増やしに来たんじゃねェだろうな、クソジジイ……」

 

 おれたちは猪を家の裏へ運ぶと、ガープを連れて山へ向かった。

 

     ◆

 

 去年から使っている鍛錬場所には、砕けた岩の破片がいくつも転がっている。

 

 最初は二人で一つの岩を殴っていたが、途中からそれぞれ別の岩を使うようになった。おれが岩を割った後もサボは自分の岩を殴り続けており、今では大きな亀裂が何本も走っている。

 

「ほう。ずいぶん派手にやっとるのう」

 

 ガープは足元の破片を一つ拾い上げ、割れた断面を眺めた。

 

「これがおれの砕いた岩だ。十か月くらいかかったけどな」

 

「十か月で砕けたんなら、残りの二か月は何をしとった?」

 

「別の岩を殴ってたに決まってんだろ。ほら、あれ」

 

 少し離れた場所にある岩を指さす。最初に使っていたものと同じくらいの大きさで、表面にはまだ目立った亀裂がない。最近はあれを殴りながら、以前より少ない回数で割れるか試していた。

 

「今日はあれを砕くから、ちゃんと見てろよ」

 

「ぶわっはっは! ずいぶん自信満々じゃのう!」

 

「一年も殴ってたんだぞ。少しくらい自信もつくさ」

 

 おれは岩の前に立つと、肩を回して拳を握った。

 

 最初の頃は、岩を殴るたびに指の付け根が腫れ、力任せに打ち込めば手首まで痛めた。ガープが教えてくれた身体の使い方を思い出しながら、何度も試しているうちに、拳だけでなく足腰や背中の力まで使えるようになってきた。

 

 それでも、目の前の岩を一発で粉々にできるとは思っていない。去年ガープが見せた拳骨は、まだまだ遠いところにある。

 

「よし、いつでもいいぞ!」

 

 ガープが少し離れた場所に立った。

 

 おれは足場を確かめ、岩へ拳を打ち込んだ。

 

 鈍い音とともに、拳の当たった部分がわずかに欠ける。すぐに拳を引き、今度は腰の回転を意識して、ほぼ同じ場所を殴った。

 

 衝撃が岩の奥まで伝わり、表面に細い亀裂が走った。

 

「おっ!」

 

 サボが声を上げる。

 

「前より早いじゃねェか!」

 

「ああ、二発目でヒビが入った!」

 

「馬鹿力に拍車がかかったな!」

 

 失敬な言葉が聞こえたが、今は岩の方が先だ。

 

 亀裂の入り方を見て、次に拳を当てる場所を決める。何度か殴るうちに表面が崩れ、岩の中央から下へ向かって亀裂が伸びていった。

 

 おれは一度息を整え、足を踏み込んだ。

 

 拳が岩にめり込み、亀裂が一気に広がる。続けてもう一発打ち込むと、岩は大きな音を立てて二つに割れた。

 

「よっしゃあ!」

 

 割れた岩を前に拳を突き上げると、サボが駆け寄ってきた。

 

「やったな、エース! 前よりずっと早かったぞ!」

 

「だろ! 次は一発で割ってやる!」

 

「そうなる前におれは自分の岩を砕かねぇとな!」

 

「まだ割れてねェのかよ」

 

「うるせェ! もう少しなんだよ!」

 

 いつものように言い合っていると、背後からガープの笑い声が聞こえた。

 

「ぶわっはっはっは! なかなかやるじゃないか!」

 

 振り返ると、ガープは満足そうに腕を組んでいた。

 

「ちょっと前まで拳を痛めるばかりじゃったのに、ずいぶん身体の使い方がよくなったのう」

 

「そりゃ毎日やってたからな!」

 

「うむ。じゃが、まだまだ無駄な力が入っとる。拳を当てる時に肩が上がる癖も直っとらんぞ」

 

「えっ、ほんとか?」

 

「最後の一発はよかったがのう。最初からあれができれば、もっと早く砕けるわい」

 

 褒められたと思ったら、もう駄目出しが始まった。

 

 けれど、ガープが実際に見てくれたのは去年の三日間だけだ。自分では直したつもりだった癖が残っているなら、聞いておいて損はない。

 

「なあ、じいちゃん。今の、もう一回やってみてくれよ」

 

「何じゃ、わしの拳骨が見たいのか?」

 

「違う! 肩が上がってるってやつ。どこを直せばいいんだ?」

 

「おお、そういうことか」

 

 ガープはおれを岩の前へ立たせると、拳を構えさせた。肩や肘の位置を直され、足の向きまで少し変えられる。

 

「力を入れるのは拳を当てる時じゃ。最初から全身を固めとったら、身体がうまく動かん」

 

「こうか?」

 

「違うわい。ほれ、もう一度じゃ」

 

 何度か構えを直されているうちに、サボまで隣で真似を始めた。

 

「じいさん、おれも見てくれよ!」

 

「よし、二人とも構えろ!」

 

 それからしばらく、ガープはおれたちの拳の打ち方を見て回った。去年と同じように、少しでもおかしなところがあれば容赦なく指摘してくる。

 

 ようやくガープが満足した頃には、サボもおれも汗だくになっていた。

 

「さて、エース。今度は武装色を使ってみい」

 

「おっ、そっちも見てくれるのか!」

 

「当たり前じゃ。去年からどれだけ変わったか、確かめてやろう」

 

 おれは両手を軽く振ってから、右拳へ意識を集中させた。

 

 この一年、岩を殴る時は覇気を使わなかったが、それ以外の鍛錬までやめていたわけじゃない。狩りや組手でも使っていたし、普段から少しずつ身体にまとわせる練習も続けている。

 

 拳を覆う武装色の感覚は、去年よりずっと馴染んでいた。

 

「よし、できたぞ」

 

 ガープが目を細める。

 

「ほう……」

 

「どうだ?」

 

「そのまま、わしの手を殴ってみい」

 

「いいのか?」

 

「遠慮はいらん。思いっきり来い!」

 

 差し出された大きな手のひらを見て、去年のことを思い出した。あの時もガープにはまるで歯が立たなかったが、一年間鍛えた今なら、少しは手応えが違うかもしれない。

 

 おれは足を踏み込み、武装色をまとわせた拳を打ち込んだ。

 

 拳がガープの手のひらにぶつかり、乾いた音が響く。

 

 ところが、ガープはびくともしなかった。

 

「……相変わらず硬ェな、じいちゃん」

 

「ぶわっはっは! わしを殴り飛ばすには百年早いわ!」

 

「百年もかかってたまるか!」

 

 ガープは笑いながらも、おれの拳をじっと見ていた。

 

「じゃが、去年より確実に強うなっとるぞ」

 

「本当か!?」

 

「うむ。覇気のまとい方も安定しとるし、拳に乗る力もずいぶん増した。去年のお前なら、今ほどの威力は出せんかったじゃろう」

 

 思わず頬が緩む。

 

 自分でも強くなっている実感はあったが、ガープにそう言われると、やっぱり嬉しい。

 

「なあ、じいちゃん。武装色も毎日使ってたんだけど、それがよかったのか?」

 

「それもあるじゃろうな。じゃが、理由はそれだけじゃないぞ」

 

 ガープは足元に転がっていた岩の破片を拾い、軽く握った。

 

「覇気は信じる力じゃ。自分の力を疑ってばかりおる奴が、強い覇気を使えるわけがない」

 

「それは分かる。おれも最初から使えると思って練習してたしな」

 

「じゃが、覇気は気持ちだけで強くなるもんでもない。お前の身体に宿る力なんじゃからな」

 

 ガープは手の中の岩を握り砕くと、粉になった破片を地面へ落とした。

 

「元になる身体が弱けりゃ、どれだけ立派な覇気を使おうとしても、その力を十分に発揮できん。身体を鍛えれば、それだけ覇気も強くなる。だから、わしはお前らに岩を殴らせたんじゃ」

 

「なるほどな……」

 

 覇気の練習をしているだけでは、覇気を十分に強くできない。頭では身体を鍛える必要があると分かっていたが、実際にガープからそう言われると、この宿題にも納得がいった。

 

「じゃあ、これからも岩を殴ってりゃいいんだな!」

 

「ぶわっはっは! それだけで強くなれるなら苦労はせんわい!」

 

「今、身体を鍛えろって言っただろ!」

 

「岩を殴る以外にも鍛え方はいくらでもある! 走るのも、泳ぐのも、飯をたらふく食うのも大事じゃ!」

 

「最後のはじいちゃんが食いたいだけじゃねェか?」

 

「馬鹿もん! 食わんでどうやって大きくなるんじゃ!」

 

 それには反論できなかった。実際、去年より飯の量が増えているし、ダダンには毎日のように食いすぎだと怒られている。

 

 隣で話を聞いていたサボが、ふと思い出したように口を開いた。

 

「なあ、じいさん。おれはまだ覇気を使えねェけど、身体を鍛えてりゃ、そのうち使えるようになるのか?」

 

「もちろん、身体を鍛えるのは大事じゃ。じゃが、覇気を使いたいなら、覇気そのものを感じ取る鍛錬もせにゃならん」

 

「それはエースに教わってるんだけどな。なかなかうまくいかねェんだよ」

 

「ほう? なら、あとでわしが見てやろう」

 

「本当か!?」

 

「ただし、まずはお前の岩じゃな!」

 

 ガープがサボの岩を指さした。

 

「エースは宿題を終わらせたぞ。お前はどうするんじゃ?」

 

 サボは一瞬だけ口をつぐんだが、すぐに拳を握った。

 

「決まってんだろ! 今から砕いてやる!」

 

「おっ、言ったな!」

 

「エース、お前も見てろよ! 絶対に砕くからな!」

 

 サボが岩の前へ走っていく。

 

 おれも後を追おうとすると、ガープに頭をわしづかみにされた。

 

「痛ッ! 何すんだよ!」

 

「お前はもう一つ、別の岩を探してこい!」

 

「何でだよ!?」

 

「さっきの拳骨をもう一度見せてみい。今度は肩を上げずに打てるか確かめてやる!」

 

 そう言って笑うガープを見て、おれもつられて笑った。

 

「いいぜ! 今度はもっと早く砕いてやる!」

 

 サボが向こうで拳を打ち込む音を聞きながら、おれは新しい岩を探しに走り出した。

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