ガープがまたダダンの家を訪ねてきたのは、おれとサボが朝の鍛錬を終え、昼飯を食いに戻った時だった。
玄関を開ける前から、家の中が騒がしい。ガープの笑い声に混じってダダンの怒鳴り声が聞こえてくるのはいつものことだが、今日はもう一人、聞き慣れない子供の声がした。
「ガープさん!何でアタシがまたガキを預からなきゃならねェんだよ!」
「ぶわっはっは! 一人も二人も変わらんじゃろう!」
「もう二人いるんだよ! 数くらい数えやがれ!」
「じいちゃん! おれ、腹減った!」
「おう! ダダン、飯じゃ!」
「ガープさん! こっちの話も聞いてくれよ!」
サボが足を止め、おれを見た。
「……何か、すげェことになってねェか?」
「だな」
誰が来ているのかは、だいたい察しがついた。
おれは玄関を開け、サボと一緒に中へ入った。
「ただいま。ダダン、飯あるか?」
「エース! てめェからも、ガープさんに何とか言ってやれ!」
「おお、エース! ちょうどよいところへ帰ってきたのう!」
ガープはいつものように笑っていた。その隣には、麦わら帽子をかぶった小さな男の子が座っている。
頬に手を当てて退屈そうにしていた男の子は、おれたちが入ってくると勢いよく顔を上げた。
「おっ! お前がエースか?」
「おう。そうだぞ」
「おれ、ルフィ! よろしく!」
「よろしくな、ルフィ。こっちはサボだ」
「おう! よろしくな!」
ルフィはにっと笑うと、今度はサボの方へ身を乗り出した。
「お前もここに住んでんのか?」
「いや。おれは別のところに住んでるけど、ほとんど毎日こいつと一緒にいるんだ」
「何してんだ?」
「修行したり、狩りしたりだな。今日は朝から組手してたんだぜ」
「組手って、ケンカか?」
「まあ、似たようなもんだ」
ルフィは目を輝かせた。
「お前ら、強ェのか!?」
「へへっ。結構強いぞ!」
おれが答えると、サボが横から肘で小突いてきた。
「自分で言うかよ、普通」
「何だよ。お前だって強いだろ」
「そりゃそうだけどよ」
ルフィはそんなやり取りを見て、ますます興味を持ったらしい。
「なあ! あとで勝負してくれよ!」
「おれたちとか?」
「そう!」
「いいけど、まずは飯だな。腹減ってんだよ」
「おれも!」
ルフィが元気よく答えたところで、ダダンが机を叩いた。
「誰が飯を食わせるって言った! アタシはまだ預かるなんて一言も言ってねェぞ!」
「何じゃ、ダダン。子供を腹ペコのままにしておく気か?」
「ガープさんが連れてきたんだろ! 飯くらい自分で食わせてくれよ!」
「ぶわっはっは! 相変わらず声がでかいのう!」
ガープはまるで取り合わず、勝手に椅子へ腰を下ろした。ダダンはまだ何か言いたそうだったが、結局それ以上は抗議できず、今度はルフィの方へ向き直った。
「いいか、小僧! ここに住むってんなら、アタシの言うことをよく聞きな!」
「おう!」
「一日に一回、茶碗一杯の米とコップ一杯の水! 保障してやるのはそれだけだ! あとは自分で調達して、勝手に育ちな!」
「分かった!」
「分かったんかい!」
ダダンが思わず突っ込んだ。
ルフィは何がおかしいのか分からないらしく、きょとんとしている。おれはとうとう堪えきれずに笑い出した。
「はははっ! ダダン、よかったな! 話が早くて!」
「よくねェよ! 何でこいつは平気な顔してやがんだ!」
「飯なら自分で獲ればいいんだろ?」
ルフィはそう言って、今度はおれの方を向いた。
「なあ、エース! お前ら、狩りもすんだろ? おれも連れてってくれ!」
「いいぞ。けど、最初はおれたちの言うこと聞けよ。山には危ねェ獣もいるからな」
「おう!」
「お前、その返事ばっかりだな」
サボが笑うと、ルフィもつられて笑った。
ダダンは三人を見回して、頭を抱えている。
「……ああ、クソッ! また面倒なのが増えやがった!」
「ぶわっはっは! 賑やかで結構じゃ!」
「ガープさんはそう言うけどよ! こっちはたまったもんじゃねェんだ!」
ダダンがなおも不満をぶつけている間に、おれはひとまず台所へ向かった。
この調子では、いつまで待っても昼飯にありつけそうにない。
*
結局、ルフィも一緒に飯を食うことになった。
ガープは勝手に話を決めてしまい、ダダンは散々文句を言いながらも、ルフィの分の皿を用意していた。
ただし、昼飯が始まってすぐに、ダダンの機嫌はさらに悪くなった。
「おい! それはアタシの肉だろうが!」
「早い者勝ちだ!」
「ふざけんな、ルフィ! 返せ!」
ルフィは口いっぱいに肉を頬張り、嬉しそうに笑っている。
おれは自分の皿を抱え直した。
なるほど。原作で何度も見た光景だが、同じ食卓に座ると、こいつの恐ろしさがよく分かる。
「ルフィ。おれの肉は取るなよ」
「何でだ?」
「おれが食うからに決まってんだろ」
「じゃあ、食い終わったらくれ!」
「食い終わったら残ってねェよ!」
サボが隣で笑い出した。
「お前、いつも人の分まで食ってるくせに!」
「おれはちゃんと断ってるだろ!」
「断る前に取る時もあるだろうが!」
おれたちが言い合っている間に、ルフィの手がサボの皿へ伸びた。
「おい、こら!」
「ししし! 取った!」
「返せって!」
サボが肉を取り返そうとすると、ルフィの腕がぐんと伸びた。
おれは思わず、その腕を目で追った。
ゴムゴムの実。
原作知識としては知っていたが、実際に目の前で腕が伸びるのを見ると、やっぱり妙な光景だった。
「何じゃ、エース。そんなに珍しいか?」
ガープがこちらを見て笑った。
「そりゃ珍しいだろ。腕が伸びる奴なんか、初めて見たぞ」
「こいつは悪魔の実を食いおってのう。おかげで泳げん身体になってしもうた!」
「海賊になるんだから、泳げなくてもいいんだ!」
「馬鹿もん! 海へ出る奴が泳げんでどうする!」
「じいちゃんだって、悪魔の実を食った奴は海賊にもいるって言ってただろ!」
「そういう問題じゃないわい!」
ルフィはまるで気にした様子もなく、サボから奪った肉を食べ終えた。
サボは空になった皿を見下ろし、深いため息をついている。
「……エース」
「何だよ」
「お前よりひでェ奴がいたぞ」
「おれを何だと思ってんだ」
*
昼飯の後、ルフィはおれたちについて山へ来た。
最初はガープに捕まっていたのだが、おれとサボが修行へ戻ると聞いた途端、一緒に行くと言って聞かなくなったのだ。
ガープも面白がってついてきたので、結局四人でいつもの鍛錬場所へ向かうことになった。
「なあ、エース! どこまで行くんだ?」
「もうちょっとだ。疲れたのか?」
「全然!」
「だったら走るか?」
「おう!」
返事をするなり、ルフィが駆け出した。
「おい、道分かんねェだろ!」
「分かんねェ!」
「じゃあ先に行くな!」
サボが笑いながら後を追い、おれも二人について走った。
ルフィは思ったより足が速かった。まだ小さいので歩幅こそ短いが、木の根を飛び越えたり、急な斜面を駆け上がったりする時の身のこなしはなかなかのものだ。
もっとも、どこへ向かえばいいのか分かっていないので、何度も違う方向へ走っていく。そのたびにサボが呼び戻していた。
「お前、こっちだって言ってんだろ!」
「分かった!」
「さっきも聞いたぞ!」
そんな調子で山を登り、ようやく鍛錬場所へ着いた頃には、ルフィも少し息を切らしていた。
「ここだ。いつもおれたちが使ってる場所だぞ」
「へえー!」
ルフィは辺りを見回し、岩の破片が散らばっている場所へ駆け寄った。
「何だこれ! 岩がいっぱい割れてる!」
「おれたちが殴って割ったんだよ」
「ええっ!?」
ルフィが振り返った。
「拳で!?」
「おう」
「すっげェ!」
目を輝かせたルフィが、今度は大きな岩へ走っていく。
「じゃあ、これも割れんのか!?」
「割れるぞ。見てろよ」
おれはルフィを少し離れた場所まで下がらせ、岩の前に立った。
今使っている岩は、以前のものよりも一回り大きい。ガープのように一撃で粉々にするのはまだ無理だが、この程度なら、今のおれでも拳だけで割れるようになっていた。
足を開き、拳を握る。
ガープに指摘された肩の力みを意識しながら、腰を落とした。以前は思い切り殴ろうとするあまり、腕に余計な力が入っていたが、今は足元から拳まで力を伝える方が、よほど強い打撃になると分かっている。
息を吐き、拳を打ち込んだ。
鈍い音とともに岩の中央へ亀裂が走り、そのまま左右に割れて地面へ崩れ落ちた。
「うおおおおっ!」
ルフィが飛び跳ねた。
「すっげェ! エース、すっげェな! 岩が割れた!」
「へへっ。どうだ!」
「もう一回やってくれ!」
「もう割れちまっただろ」
「じゃあ、別の岩!」
「お前、簡単に言うなあ」
おれが笑っていると、サボが隣から口を挟んできた。
「おい、ルフィ。おれだってできるんだぞ」
「本当か!?」
「おう。見てろよ!」
サボは少し離れたところにある、自分が使っていた岩へ向かった。
ガープが前に来た時は、まだ拳だけで岩を砕くのに苦労していたサボも、今では一撃で割れるようになっている。最近は武装色も少しずつ使えるようになってきたが、岩への打ち込みでは、おれと同じく覇気を使わないことにしていた。
ルフィはおれと一緒に少し離れた場所へ移動し、サボの動きを食い入るように見つめていた。
「サボ! 早くやれ!」
「分かってるって!」
サボは拳を握り、岩の前で構えた。
一度肩を回して力を抜くと、足を踏み込み、腰の回転に合わせて拳を打ち込む。岩の中央へ大きな亀裂が走り、そのまま二つに割れた。
「よっしゃ!」
「すっげェ! サボもすっげェ!」
ルフィが歓声を上げ、サボも得意そうに笑った。
「へへっ。どうだ!」
「おれもやりてェ!」
ルフィはそう言うなり、近くに転がっていた小さな石へ駆け寄った。
拳を握り、勢いよく振り下ろそうとする。
「おい、待て!」
おれが声をかけると、ルフィは拳を振り上げた姿勢のまま振り返った。
「何だよ?」
「いきなり殴ると拳を痛めるぞ」
「でも、お前らは殴ってただろ!」
「おれたちはずっと練習してんだよ。最初は軽く殴るところからだ」
ルフィは石と自分の拳を見比べ、少し考え込んだ。
「じゃあ、軽く殴ればいいんだな!」
「そうだけど、まずは握り方からだな。ちょっと手を見せてみろ」
ルフィは素直に拳を差し出した。
おれが指の握り方と手首の向きを教えると、ルフィは何度も拳を握ったり開いたりしている。
「こうか?」
「おう。で、殴る時は手首を曲げんなよ」
「分かった!」
さっそく石へ向かおうとしたルフィの肩を、サボがつかんだ。
「待てって。まずはおれたちと一緒に走ったり、組手したりするところからだろ」
「えーっ! 岩、殴りてェ!」
「ぶわっはっは! いいぞ、ルフィ! その調子じゃ!」
ガープが大声で笑いながら近づいてきた。
「よし! ならば、まずはわしが鍛えてやろう!」
「本当か!?」
「おう! 立派な海兵になれるよう、みっちりしごいてやるわい!」
「おれは海賊になるんだ!」
「何じゃと!?」
ガープの拳骨がルフィの頭へ落ちた。
「いってェェェ!」
「海賊になんぞならせん! お前もエースも、立派な海兵になるんじゃ!」
「だから、おれもならねェって!」
「何でお前らは揃いも揃って言うことを聞かんのじゃ!」
サボが腹を抱えて笑い出した。
「じいさん、もう諦めたらどうだ?」
「サボ! お前もじゃぞ!」
「おれまで!?」
ガープは三人を見回すと、満足そうに頷いた。
「よし! ならば三人まとめて鍛え直してやる!」
「話聞いてたか、じいちゃん!?」
おれが抗議している横で、ルフィだけが嬉しそうに飛び跳ねていた。
「やった! おれも修行すんのか!?」
「おう! みっちり鍛えてやるわい!」
「やる! おれ、エースたちみてェに強くなる!」
ルフィはそう言うと、今度はおれの服を引っ張ってきた。
「なあ、エース! おれにも教えてくれよ!」
「いいぞ」
「本当か!?」
「おう。ただし、最初から岩は殴らせねェからな」
「えーっ!」
「まずは走るところからだ。おれたちも毎日やってんだぞ」
ルフィは少し考えた後、にっと笑った。
「分かった! じゃあ競争しようぜ!」
「おっ、いいな!」
おれが応じると、サボも隣に並んできた。
「待てよ。おれも混ぜろ!」
「おう! 三人で競争だ!」
ルフィは早くも走り出そうとしていたが、ガープがその襟首をつかんだ。
「その前に、ダダンのところへ戻るぞ!」
「えーっ! 今から競争すんのに!」
「まずは今日から暮らす家で、ちゃんと荷物を片づけんか!」
「あとでいいだろ!」
「駄目じゃ!」
ルフィは手足をばたつかせたが、ガープは構わず歩き始めた。
おれとサボは顔を見合わせ、後を追うことにした。
「なあ、エース。あいつ、すげェ元気だな」
「そうだな。しばらく退屈しなさそうだ」
「お前、あいつの修行まで見るつもりか?」
「やりたいって言ってんだから、いいだろ。お前も手伝えよ」
「おれもかよ!」
サボはそう言いながら笑った。
前を歩くルフィは、ガープに襟首をつかまれたまま、まだこちらへ向かって叫んでいる。
「エース! サボ! 帰ったら競争だからな!」
「分かってるよ!」
「絶対だぞ!」
「しつけェな! ちゃんと待っててやるって!」
おれが答えると、ルフィは満足そうに笑った。
原作では、ルフィが何度追い払われても後をついてくることになる。だが、今のおれには、わざわざそんなことをする理由がなかった。
強くなりたいというなら、一緒に鍛えればいい。おれたちの修行についてこられるかどうかは、また別の話だが。
「なあ、サボ。あいつ、どれくらいついてこられると思う?」
「さあな。けど、途中でへばっても置いてくなよ」
「分かってるさ。……お前も置いてかねェから安心しろよ」
「誰が置いてかれるか!」
サボが笑いながら、おれの肩を小突いてきた。
おれも笑って押し返すと、前を歩くルフィが振り返った。
「おい! お前ら、もう競争してんのか!?」
「してねェよ!」
「ずりィぞ! おれも混ぜろ!」
ルフィが再び暴れ始め、ガープの怒鳴り声が山に響いた。
ダダンの家へ着く前からこの騒ぎだ。
これから毎日、随分にぎやかになりそうだった。