転生したらエースだった件 作:みけまる(AI執筆)
「アーロンってのはどいつだ?」
壊れた門を踏み越えて声をかけると、中庭にいた魚人たちの視線が一斉に集まった。
「何だ、てめえ!」
「門を壊したのはこいつか!?」
武器を手に立ち上がる連中の向こうで、ひときわ大きな椅子に腰掛けていた男がゆっくりと腰を上げた。
でかいな。
村で殴った魚人も人間より大柄だったが、こいつはさらに一回り大きい。青みがかった肌に肩まで伸びた黒髪、そして何より目立つのが、前方へ突き出した鋸のような鼻だった。口元から覗く歯も鋭く、顔つきだけでも普通の人間とは随分違う。
近くには長い腕を組んだ魚人と、分厚い唇をした魚人がいる。六本の腕を持つタコの魚人までいた。
どうやら幹部も揃っているらしい。
「アーロンてのは、俺の名だな」
立ち上がった男が、おれを睨みながら口の端を吊り上げた。
やっぱりこいつか。
「おれの名はエース」
「エース……」
アーロンは一度その名を口の中で転がしたが、覚えがなかったらしい。すぐに興味を失ったように鼻を鳴らす。
「で、てめぇはなんだ?」
「賞金稼ぎだ」
一瞬、妙な沈黙が落ちた。
次いで、周囲から笑い声が上がった。
「シャハハハハ! 賞金稼ぎだと!? 俺の首を取りに来たってのか? 人間がたった一人で!」
「ああ。二千万ベリーの賞金首だろ?」
懸賞金を確認すると、周囲の魚人たちからも笑い声が上がった。
「身の程知らずにも程があるぜ!」
「アーロンさんの懸賞金を知ってて来やがったのか!」
ずいぶん賑やかな連中だ。
アーロンは笑いながらも、ちらりと壊れた門へ目を向けた。炎を受けた扉は焼け焦げた破片となって中庭に散らばっている。
「その門を吹き飛ばした炎も、てめえの仕業か?」
「そうだ」
「悪魔の実の能力者ってわけだな」
笑みを残したまま、おれを値踏みするように眺めてくる。
どうやら、まったく警戒していないわけでもないらしい。
そのとき、中庭の奥から一人の魚人が駆け込んできた。
「アーロンさん! 大変だ!」
「ああ? 何を騒いでやがる」
「村にいたカネシロが、人間にやられたって!」
魚人たちの笑い声が止まった。
「……何だと?」
「まだ気を失ってるんだ! 村の奴らが言うには、見知らぬ人間が――」
「ああ、それならおれだ」
わざわざ最後まで聞く必要もないので名乗り出る。
報告に来た魚人がぎょっとして振り返り、アーロンの顔からも笑みが消えた。
「てめえがやったのか」
「そうだぜ。お前らの仲間だって言うから、ちょっと相手をしてもらった」
「……ちょっと、だと?」
アーロンの声が低くなる。
村で金を巻き上げていることには何とも思っていなさそうだったが、仲間が倒されたとなれば話は別らしい。
周囲の魚人たちも次々と立ち上がり、武器を手にこちらを囲み始めた。
「人間のガキが、ふざけやがって!」
「生きて帰れると思うなよ!」
数えてみれば、二十人どころではない。
せっかく魚人の身体能力を確かめに来たのだから、相手をしてみるのも悪くない。ただ、村で戦った魚人の頑丈さはある程度分かったし、全員と殴り合っても同じことを繰り返すだけになりそうだ。
「なあ、アーロン」
「ああ?」
「おれはお前と幹部連中に興味があるんだ。ほかの奴らは下がっててくれねえか?」
「シャハハ! 随分と余裕じゃねえか!」
アーロンが笑うと、周囲からも怒声が上がった。
どうやら素直に下がる気はないらしい。
だったら仕方ない。
「じゃあ、悪いな」
意識を向け、覇王色の覇気を軽く放った。
途端に、中庭を満たしていた怒号が途切れた。
槍を構えていた魚人が白目を剥き、手から武器を落とす。その隣にいた男も膝を折り、何が起きたのか理解する間もなく地面へ倒れ込んだ。
それを皮切りに、周囲の魚人たちが次々と意識を失っていく。
数秒後には、あれほど騒がしかった中庭が静まり返っていた。
「にゅ、ニュ〜!?何が起きた!?」
六本腕の魚人が、倒れた仲間たちを見回している。
唇の厚い魚人も目を見開き、長い腕の魚人は険しい顔でおれを睨んでいた。
三人とも耐えたか。
アーロンも立ったままだ。
「へえ、やるじゃねえか」
思ったより悪くない。
軽く放ったとはいえ、普通の魚人なら耐えられない程度には威圧したつもりだった。
「ハチ、クロオビ、チュウ」
アーロンが三人の名を呼ぶ。
返事を待つことなく、倒れた同胞たちを見回した。
「……てめえ、何をしやがった」
怒りを押し殺したような声だった。
おれの覇気が単なる殺気や威嚇ではないことに気づいているらしい。偉大なる航路で活動していたなら、似たような力を見たことがあるのかもしれない。
アーロンはしばらくこちらを睨んでいたが、やがて鋭い歯を剥き出しにして笑った。
「シャハハ……面白えじゃねえか。人間風情が、俺の同胞をまとめて気絶させるとはな」
「軽くやっただけだけどな」
「てめえ……!」
アーロンの額に血管が浮かぶ。
そこへ、長い腕を持つ魚人が一歩前へ出た。
「アーロンさん。こいつは俺が始末します」
「おう、いいぜ」
おれは肩を回しながら、三人の幹部へ目を向けた。
「せっかくだから、一つ頼みがあるんだけどよ」
「何だ、貴様」
「お前ら、魚人は人間よりずっと力が強いんだろ?」
クロオビと呼ばれた魚人が、当然だと言わんばかりに胸を張る。
「魚人の腕力は人間の十倍だ。今さら何を言っている」
「だったら、身体だけでどこまでやれるか試してみてえんだ」
おれは両手を開いて見せた。
「炎も覇気も使わねえ。六式もなしだ。お前らも遠慮なく来てくれ」
途端にクロオビの顔が険しくなった。
「貴様、魚人を馬鹿にしているのか!」
「なんでそうなるんだよ。純粋に興味があるんだって」
人間の十倍という腕力が、どの程度の差を生むのか。村の魚人はそれなりに頑丈だったが、幹部や船長ともなれば話は違うはずだ。
鍛え上げた自分の身体がどこまで通用するのか、確かめてみたかった。
「シャハハハ! いいだろう!」
アーロンが笑う。
「そこまで魚人の力を舐めてやがるなら、望み通り教えてやれ!」
「承知!」
クロオビが地面を蹴った。
「魚人空手――百枚瓦正拳!」
鋭い踏み込みから繰り出された拳を、右の掌で受け止める。
腕を通して肩まで重い衝撃が伝わった。
「おっ」
村の魚人とは明らかに違う。
拳そのものの威力も、踏み込むときの身体の使い方も、ずっと洗練されている。普通の人間がまともに受ければ、骨の一本や二本では済まないだろう。
「……受け止めた、だと?」
クロオビは一瞬目を見開いたものの、すぐに拳を引き、身体を回して腕のヒレを振るってきた。
「腕刀斬り!」
首筋へ迫る一撃を上体を傾けてかわす。
そのとき、横合いから水が飛んできた。
頬のすぐ横を抜けた水弾が、背後の石壁を砕く。
「余所見してんじゃねえぞ!チュ!」
チュウが大きく息を吸い込んでいた。
「百発水鉄砲!」
今度は大量の水弾が飛んでくる。
クロオビもそれに合わせて距離を詰め、正面から拳を繰り出してきた。
なるほど、連携してくるのか。
おれはクロオビの拳を外しながら、その身体をチュウとの間に置くように動いた。水弾の大半はクロオビを避けるように飛んでいったが、一発だけ二の腕へ当たる。
ぱん、と乾いた音がした。
「いてっ」
肌が少し赤くなっている。
水とは思えない威力だ。
「当たった! ……って、何で平気なんだ!?チュ!?」
「いや、痛いぞ。結構な」
「それだけか!?」
「それだけだな」
答えながらクロオビの拳をかわし、懐へ踏み込んだ。
顔と胴へ続けて放たれた拳は、どちらも鋭い。だが、動きそのものは十分に見切れる速さだった。
三発目を外側へ払い、空いた腹へ拳を返す。
「ぐっ……!」
クロオビの身体が地面を滑り、石畳を削りながら壁際まで吹き飛んだ。
少し強かったか。
そう思ったが、クロオビは腹を押さえながらも膝を立てた。
やっぱり丈夫だな。
「クロオビ!」
声とともに、頭上へ大きな影が差した。
見上げれば、六本腕の魚人がそれぞれの手に刀を握っている。
「おれはハチだ! クロオビばっか見てると危ないぞ!」
「そうかハチ。お前は六本とも刀を使うのか?」
「そうだ! おれの六刀流を見せてやる!」
六本の刀が一斉に振るわれた。
正面だけでなく、左右からも刃が迫る。一人を相手にしているはずなのに、複数人に囲まれているような攻撃だった。
さすがに刃物を素手で受ける気はない。
刀の間を抜けようとすると、今度はチュウが水弾を撃ってくる。ハチが逃げ道を狭め、チュウがその先を狙う。クロオビも起き上がり、再び間合いを詰めてきた。
こいつら、ちゃんと一緒に戦い慣れてるな。
おれはハチの懐へ踏み込み、六本の刀が振り切られる前に腕を掴んだ。大きな身体を引き寄せながら位置を入れ替え、チュウの水弾をやり過ごす。
その勢いを利用してハチを投げ飛ばした。
「ニュニュニュ!?」
六本腕の巨体が宙を舞い、ちょうど近づいてきたクロオビの前へ落ちる。
「うおっ!」
クロオビが慌てて横へ飛び、ハチはそのまま地面を転がった。
「危ねえだろ、ハチ!」
「おれだって好きで飛んだんじゃないニュ!」
「ハハッ! 仲いいなお前ら!」
「「てめえのせいだ!」」
二人から揃って怒鳴られた。
なかなか面白い連中だ。
ただ、これで三人の実力は大体分かってきた。
クロオビは魚人空手、チュウは水鉄砲、ハチは六刀流。それぞれ得意な戦い方を持ち、連携もできる。東の海の海賊団なら、幹部三人だけでも相当な脅威になるだろう。
もっとも、おれにとってはまだ余裕があった。
武装色を使っていないとはいえ、これまで鍛え上げてきた肉体そのものが弱くなるわけじゃない。
じいちゃんやゼファー先生との修行では、覇気を使っていても容赦なく殴り飛ばされてきた。身体が丈夫になれば、その分だけ鍛錬の負荷も増やせる。何年もそんなことを繰り返してきた成果が、今の身体には残っている。
魚人の生まれ持った力は確かに優れている。
だが、それだけで勝負が決まるわけでもない。
「ふざけるな……!」
クロオビが立ち上がり、深く腰を落とした。
チュウはプールの方へ下がって水を口に含み、ハチも六本の刀を構え直す。
どうやら、今度は最初から三人で仕掛けるつもりらしい。
「水大砲!」
チュウの口から大量の水が撃ち出された。
先ほどまでの水鉄砲とは違い、正面をまとめて押し流すような一撃だ。おれが横へ動いたところへ、ハチが六本の刀を広げて飛び込んでくる。
「六刀流――新・春、蛸・開げ体壊!」
水で動く方向を制限し、そこへ刀と頭突きを重ねる。
悪くない攻め方だった。
だが、刃が届くより先に懐へ入り込めば、六本の刀も意味をなさない。
おれはハチの頭突きを左腕で受け止め、そのまま身体を抱え込むように持ち上げた。
「ニュ!?」
「お前も結構力あるな。でも――」
腰を回し、勢いよく投げる。
「おれの方が強いぜ」
「ニュニュニュ!?」
ハチの巨体が中庭を横切り、石畳へ叩きつけられた。
大きな音とともに地面が割れる。
その直後、クロオビが間合いを詰めてきた。
「魚人空手の精髄を見せてやる!」
ハチを投げた直後を狙ったらしい。腰を落とし、全身の力を乗せて拳を突き出してくる。
「究極正拳――千枚瓦正拳!」
先ほどの百枚瓦正拳とは比べものにならない威力だ。
だから、おれも拳を握った。
地面を踏み締め、腰から肩へ力を伝え、そのまま真正面から殴り返す。
二つの拳がぶつかった。
衝撃が足元へ抜け、石畳に亀裂が走る。
拮抗したのは、ほんの一瞬だった。
「ぐっ……!」
クロオビの腕が弾かれ、体勢が崩れる。
その懐へ踏み込み、腹へ拳を打ち込んだ。
今度は吹き飛ばさない。身体の芯へ衝撃を通すように打つと、クロオビは二、三歩よろめいたところで膝をつき、そのまま前へ倒れた。
「クロオビ!」
チュウが叫ぶ。
その一瞬の隙に距離を詰めた。
「悪いな。お前の攻撃も大体分かった」
「速――!」
腹へ拳を入れると、チュウは声を上げる間もなく崩れ落ちた。
残るはハチだけだ。
地面へ叩きつけられたところから起き上がり、倒れた二人を見て六本の刀を握り直している。
「おれはまだ負けてない!」
「おう、来い!」
「六刀流奥義――六刀の円舞曲!」
ハチが六本の刀を広げ、その場で激しく回転し始めた。
刃が幾重にも重なり、近づく相手を切り刻むような攻撃だ。正面から受ける必要はないので横へ回り込もうとしたが、ハチも向きを変えて追ってくる。
なら、回転そのものを止めればいい。
おれは一度外側へ踏み込むふりをしてから、逆方向へ切り返した。
ハチが追おうとして向きを変えた瞬間、六本の刃の間にわずかな隙間が生まれる。
そこへ一気に踏み込んだ。
「ニュ!?」
「悪いな!」
がら空きになった脇腹へ拳を叩き込む。
ハチの身体が横へ吹き飛び、クロオビたちの近くへ転がった。
今度こそ起き上がってこない。
「ふう……」
手を開いたり閉じたりしながら、倒れた三人を見渡した。
魚人の身体能力は確かに高い。力も頑丈さも人間とは違うし、幹部ともなれば技術まで身につけている。
だが、それでも今のおれが身体だけで戦って勝てない相手ではなかった。
むしろ、自分の身体が思っていた以上に鍛えられていることを確かめられたのは収穫だ。
「さて」
顔を上げる。
「次はお前だろ、アーロン?」
アーロンは答えなかった。
倒れたクロオビたちを見つめ、その向こうで意識を失っている魚人たちへ視線を移す。
それから、ゆっくりとおれを睨んだ。
「……てめえは」
低い声だった。
「さっきから試すだの、分かっただの……俺の同胞を何だと思ってやがる」
「ん?」
「人間風情が、魚人を見下してんじゃねえ!」
アーロンが地面を蹴った。
踏み込みはクロオビたちより明らかに鋭い。
正面から振り抜かれた拳を腕で受けると、重い衝撃が肩まで伝わり、足が石畳の上をわずかに滑った。
「おっ!」
やっぱり船長は違うな。
アーロンは止まらず、押し込んだまま膝を突き上げてきた。それを片手で受けて掴もうとすると、力任せに脚を引き抜き、今度は鋭い歯で噛みついてくる。
首を引いた目の前で、歯が噛み合った。
がちん、と嫌な音がする。
「うわ、そいつは食らいたくねえな」
「シャハハハ! 怖気づいたか!」
「だいぶ痛そうだ!」
拳を返す。
アーロンは両腕を交差させて受け止めたが、それでも数歩押し戻された。
幹部たちより明らかに頑丈だ。
「なるほどな」
「何がだ!」
「魚人が人間より強いって話、あれ自体は本当なんだな」
「当たり前だ! 魚人は生まれながらに人間の十倍の腕力を持つ! てめえらみてえな下等種族とは身体の出来から違うんだよ!」
「ふーん」
おれは拳を握り直した。
「だったら、おれがその十倍より強いだけだろ?」
「――ッ!」
アーロンの顔が怒りで歪む。
次の瞬間、再び真正面から突っ込んできた。
今度はお互いに避けなかった。
拳と拳がぶつかり、肩が激突する。アーロンは持ち前の腕力で押し潰そうとしてくるが、こちらも退くつもりはない。
何度か打ち合ううちに、少しずつ差がはっきりしてきた。
アーロンの拳は重い。
だが、おれの身体を崩すほどではなかった。
反対に、こちらの拳を受けるたびにアーロンの足が後ろへ下がっていく。
「くそっ……!」
振り抜かれた拳を肩で受け、その懐へ踏み込んだ。
腹へ拳を叩き込む。
「ぐっ……!」
アーロンの身体が浮き、背後の石壁へ叩きつけられた。
壁に亀裂が走る。
それでもアーロンは血を吐きながら立ち上がった。
「シャ……ハハ……」
「まだやるか?」
「当たり前だ……!」
アーロンは口へ手を突っ込むと、自分の歯をまとめて引き抜いた。
「うわっ」
思わず顔をしかめる。
血のついた歯を両手に持っている一方で、口の中にはもう新しい歯が生え始めていた。
「サメの歯って、そんな簡単に生え替わるのか」
「歯ガム!」
アーロンが両手の歯を振り回しながら飛び込んできた。
さっきまでの殴り合いとは間合いが違う。
挟み込むように迫る歯を避け、続く一撃を腕ごと外へ払う。しかしアーロンはその勢いに逆らわず身体を回し、反対側の歯で首を狙ってきた。
こいつも、ただ力任せに殴っているわけじゃないらしい。
それでも三度目はない。
振り抜いた腕を掴み、力を込めて押し返す。
「人間が……!」
アーロンも筋肉を膨れ上がらせ、真正面から抵抗してきた。
「力比べでも負けねえよ!」
さらに押し込むと、アーロンの腕が開いた。
そのまま額をぶつければ、アーロンはよろめきながら後ろへ下がる。
だが、倒れる前に自分から大きく跳んだ。
向かった先は、中庭のプールだった。
「おっ?」
大きな水飛沫とともに姿が消える。
なるほど。
陸での力比べでは勝てないと判断したらしい。
水中なら魚人の方が圧倒的に有利だ。しかも、おれは悪魔の実の能力者だから、水へ引きずり込まれれば厄介なことになる。
水面の下を、大きな影が走った。
その速度は陸にいたときとは比べものにならない。
次の瞬間、水面が弾けた。
「鮫・ON・DARTS!」
アーロンが一直線に飛び出してきた。
鋸の鼻が胸元を狙う。
横へ避けると、アーロンはそのまま壁へ鼻を突き刺し、すぐに引き抜いて再びプールへ飛び込んだ。
「へえ、速いな!」
陸で殴り合っていたときより、こっちの方がずっと厄介だ。
水面の下で影が向きを変える。
だが、アーロンはすぐには飛び出してこなかった。
おれが水際から離れれば影も追い、近づけば深く潜る。こちらの動きを見ながら、攻撃する機会を探っているらしい。
能力者だと知っている以上、水中へ引き込むことも考えているんだろう。
ちゃんと頭を使って戦ってくるじゃねえか。
しばらく睨み合っていると、アーロンの影が再び加速した。
「鮫・ON・DARTS!」
今度は低い軌道で突っ込んでくる。
避けたところへ飛びついて、水へ引きずり込むつもりかもしれない。
なら、今度は避けない。
おれは両手を伸ばし、突き出された鋸の鼻を挟むように掴んだ。
「なっ!?」
勢いが両腕から肩へ伝わり、足元の石畳が砕ける。
身体がわずかに後ろへ押されたが、それだけだった。
「おお、これは結構すげえな!」
「て、てめえ……!」
「海を使った方がずっと強いじゃねえか!」
鼻を掴んだまま、身体ごと振り回す。
アーロンの巨体が宙を舞い、中庭の石畳へ叩きつけられた。
地面が割れ、破片が周囲へ飛び散る。
さすがに今のは効いたらしい。
アーロンはしばらく起き上がれず、やがて血を吐きながら立ち上がった。
「シャ……ハハ……!」
足元がふらついている。
それでも、まだ戦う気は失っていないようだった。
アーロンは近くに置かれていた巨大な鋸状の武器へ手を伸ばした。
「キリバチ……!」
両手で持ち上げ、勢いよく振り回す。
最初の横薙ぎを後ろへ退いてかわすと、鋸の刃が石柱へ食い込み、そのまま砕いた。
「逃げんじゃねえ!」
「素手でそんなもん受けるかよ!」
続く一撃は低い軌道で足元を狙ってくる。
跳んで避けると、アーロンはすぐに武器を引き戻し、こちらを間合いへ入れまいと構え直した。
大きな武器を振り回しているだけではない。
おれが懐へ入ろうとすれば長い刃で牽制し、横へ回ろうとすれば自分も位置を変える。傷だらけの身体で、まだしっかり戦い方を考えていた。
ただ、少し妙なことがあった。
おれが右へ動くと、アーロンも右へ寄る。
左へ回り込もうとしても、やはり同じように動く。
最初はキリバチの間合いを保っているのかと思ったが、それだけではないらしい。
いつの間にか、アーロンの背後にはクロオビたちが倒れていた。
さらにその向こうには、覇王色で意識を失った魚人たちがいる。
アーロンは、おれと仲間たちの間から動こうとしていなかった。
「……ああ、なるほど」
思わず呟く。
アーロンが睨んできた。
「何がだ!」
「いや、お前、仲間を守ってんのか?」
「……何?」
「さっきから、おれをあいつらの方へ行かせねえようにしてるだろ」
アーロンの顔が歪んだ。
「黙れ……!」
「別に、気絶してる奴らまで殴るつもりはねえよ」
「黙れと言ってんだ!」
キリバチが振り下ろされる。
先ほどまでより荒い攻撃だった。
おれは横へ抜けながら柄を握る手首を掴んだ。
「さっきから魚人がどうとか、人間がどうとか言ってるけどよ」
「てめえに……!」
「結局、仲間がやられるのが嫌なんだろ?」
「てめえみてえな人間に、何が分かる!」
「全部は知らねえよ」
手首を捻ると、キリバチが地面へ落ちた。
「でも、今のお前を見てりゃ、それくらいは分かるぜ」
アーロンは武器を失っても退かなかった。
空いた手で殴りかかってきたので、その拳を受け止め、頬へ殴り返す。
大きな身体がよろめいた。
それでも倒れない。
「もういいだろ。勝負はついてるぜ」
「ふざけるな……!」
膝が揺れ、口元から血が流れている。
それでもアーロンは、おれと仲間たちの間に立ち続けていた。
「人間なんぞに……!」
最後の力を振り絞るように、拳を握る。
「俺の同胞に……指一本触れさせるか!」
また前へ出てきた。
大したもんだ。
村人から金を巻き上げ、逆らえない連中を力で支配してきたことは気に入らない。だから捕まえるし、そこに迷いはない。
だが、同胞を大事にしていることまで嘘じゃないらしい。
敵としては嫌な奴でも、その部分は嫌いじゃなかった。
「……ハハッ。そういうところは、ちょっと気に入ったぜ」
「何だと……!」
「こっちの話だ!」
アーロンが拳を振り上げる。
おれも拳を握った。
最後まで、炎も覇気も使わない。
振り下ろされた拳を外し、懐へ踏み込む。
その腹へ、最後の一撃を叩き込んだ。
「がっ……!」
アーロンの身体が折れ曲がる。
それでも倒れる直前、おれの肩を掴んできた。
踏みとどまろうとしているのか、それとも背後へ行かせまいとしているのか。
指先に込められた力が、少しずつ抜けていく。
「……くそ……人間……が……」
最後までこちらを睨んだまま、アーロンは前のめりに倒れた。
おれは横へ退き、その身体が地面へ落ちるのを見届ける。
しばらく待ったが、もう起き上がってこなかった。
「ふう……」
肩を回し、中庭を見渡す。
立っているのは、おれ一人だ。
魚人の身体能力は確かに優れていた。特にアーロンは力も頑丈さも幹部たちとは一段違い、水中からの攻撃もなかなかのものだった。
それでも、今のおれが身体だけで十分に勝てる相手だった。
長年の修行の成果を確かめられたのは、いい収穫だろう。
「さて、と」
倒れているアーロンへ目を向ける。
二千万ベリー。
幹部連中にも賞金がついていたはずだし、全部合わせれば結構な額になる。
問題は、こいつらをどうやって海軍まで運ぶかだ。
ストライカーに積むには、さすがに数が多すぎる。
「……あー、そういや一人で来たんだったな」
倒れた魚人たちを見渡し、頭を掻いた。
サボかデュースがいれば相談できたんだが。
まあ、捕まえたものは仕方ない。
運ぶ方法は、これから考えるとしよう。
1日に3話投稿は多いですか?
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多い
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読みやすい
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