転生したらエースだった件   作:バカきゅー

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第五話 内なる力

 見聞色の感覚をつかんでから、森を走るのがますます楽しくなった。

 

 以前は足元ばかり気にしていた山道も、今では少し先まで目を向けられる。走り慣れた道なら、どこに木の根があって、どの岩が滑りやすいのかも覚えているので、かなりの速度を出せるようになっていた。

 

 そこへ見聞色が加わったのだから、試してみたくなるのも当然だろう。

 

 もっとも、目を閉じて走るのは早々に諦めた。

 

 一度試したところ、目の前にある木に気づかず、思い切り額をぶつけたからだ。

 

「いってェ……!」

 

 しばらくその場にしゃがみ込み、涙目になりながら額を押さえていた。

 

 見聞色で周囲の気配を感じ取れるようになったとはいえ、木や岩まで何でも分かるわけじゃないらしい。そもそも、今のおれが感じ取れるのは、近くにいる生き物の存在くらいだ。それだって集中していなければ見逃すことがある。

 

 目を閉じて走るには、まだ早かった。

 

 それでも、見聞色を自覚できたことは大きい。

 

 これまでは、本当に自分の中に覇気があるのか、何を感じ取ればいいのかも分からないまま練習していた。それが今では、意識を向ければ時々ながら気配を感じ取れるようになっている。

 

 できることが増えれば、当然、次も試したくなる。

 

 武装色だ。

 

 おれは家の裏に置いてある岩へ向かい、その前に腰を下ろした。

 

 この岩は、少し前に森から運んできたものだ。最初は両手で抱えて持ち上げるだけでも苦労したが、今では何度も頭の上まで持ち上げられるようになっている。

 

 今日はこいつを使って、武装色を試してみようと思っていた。

 

 もっとも、岩を殴るつもりはない。

 

 以前、それをやって散々痛い目を見た。拳を壊してまで同じ失敗を繰り返すほど、おれも馬鹿じゃない。

 

 まずは、武装色という力そのものを感じ取る必要がある。

 

 見聞色の時は、周囲にいる生き物へ意識を向けることで、少しずつ感覚をつかめるようになった。ならば武装色も、身体の中にある力へ意識を向ければ、何か分かるんじゃないだろうか。

 

 おれは目を閉じ、ゆっくりと息を吸った。

 

 武装色は、自分の身体を覆う鎧のような力だ。

 

 レイリーがルフィに説明していた内容を思い出す。武装色を使えば攻撃力や防御力が上がり、自然系の能力者にも攻撃が通るようになる。

 

 そして、原作には武装色をまとった拳や腕が黒くなる描写もあった。

 

 ただ、最初からあれを目指す必要はないだろう。

 

 見聞色だって、初めて気配を感じ取った時には、相手がどこにいるのかさえ曖昧だった。武装色も同じように、まずは存在を感じ取るところから始めればいい。

 

 そう考えながら、身体の内側へ意識を向けた。

 

 しばらくすると、腹が鳴った。

 

「……腹減ったな」

 

 朝飯は食ったばかりなんだが。

 

 おれは一度目を開け、家の方を振り返った。今戻れば何か食わせてもらえるかもしれないが、ダダンに見つかったら、また薪割りでも手伝わされるだろう。

 

 もう少し練習してからにするか。

 

 そう決めて、再び目を閉じた。

 

     *

 

 最初の数日は、以前と大して変わらなかった。

 

 身体の内側へ意識を向けても、分かるのは呼吸や心臓の動き、筋肉に力を込めた時の感覚くらいだ。見聞色を使ってみても、自分自身の中にある武装色を探ることには、どうにも役立ちそうになかった。

 

 ただ、一つだけ、以前とは違うことがあった。

 

 見聞色を自覚してから、何も感じ取れないことに対して、あまり苛立たなくなったのだ。

 

 自分の中に覇気があることは、もう疑っていない。

 

 そもそも、おれはロジャーの息子であり、原作でも覇王色を使っていたエースだ。覇気の才能があることなど、今さら確かめるまでもない。

 

 ならば、武装色を感じ取れないのは、単にやり方が分かっていないだけだろう。

 

 そう考えると、色々な方法を試すのも苦にならなかった。

 

 腕に力を込めてみたり、全身の力を抜いてみたり、走った直後の身体と、昼寝から起きたばかりの身体を比べてみたりもした。

 

 もっとも、成果は芳しくない。

 

 ある日など、両腕に力を込めながら長々と目を閉じていたら、通りかかった山賊に便秘なのかと聞かれた。

 

「違ェよ! 鍛錬してんだ!」

 

「そんな顔して鍛錬してたんですかい? てっきり腹でも壊したのかと思いやしたぜ」

 

「何だ急に丁寧な話し方して気味悪ぃ」

 

「おっと、こいつは失礼。お頭と話してたもんで、つい癖が出ちまいやした」

 

 男はそう言って笑い、おれの隣へ腰を下ろした。

 

「で、今度は何の鍛錬なんだ?」

 

「武装色!」

 

「ぶそうしょく?」

 

「覇気だよ、覇気!」

 

 男は首を傾げた。

 

「覇気って、あの海兵の爺さんが使ってるやつか?」

 

「知ってんのか!?」

 

「いや、詳しくは知らねェけどよ。お頭が前に、あの爺さんは覇気がどうとか言ってた気がするぜ」

 

 おれは思わず身を乗り出した。

 

「なあ、ダダンは覇気を使えるのか?」

 

「さあな。おれは聞いたことねェけど、お頭なら知ってんじゃねェか?」

 

 男はそう答えると、立ち上がって家へ戻っていった。

 

 おれはしばらく考えた末、ダダンに聞いてみることにした。

 

     *

 

「覇気ィ?」

 

 ダダンは怪訝そうな顔でおれを見た。

 

「なんだ、てめェ。急にそんなもん聞いてきやがって」

 

「使えるのか?」

 

「使えねェな」

 

「じゃあ、知ってるんだな!」

 

「まあ、名前くらいはな」

 

 ダダンは酒瓶を持ち上げ、一口飲んだ。

 

「ガープの野郎が使ってるって話は聞いたことがあるが、あたしらみてェな山賊には関係ねェ力だよ」

 

「どうやったら使えるようになるんだ?」

 

「知るか! 本人に聞け!」

 

 やっぱりそうなるか。

 

 まあ、期待していなかったわけじゃないが、ダダンに覇気の使い方を教えてもらえるとは思っていなかった。

 

「じゃあ、今度じいちゃんが来たら聞くことにするか」

 

「おう、そうしろ! ついでに海兵になるって言ってやれ!」

 

「それは嫌だ!」

 

「何でだよ! あいつがどれだけ喜ぶと思ってんだ!」

 

「おれが嫌なんだよ!」

 

 ダダンは面倒くさそうに舌打ちした。

 

「ったく、どいつもこいつも……」

 

 何やらぶつぶつ言っていたが、おれはもう聞いていなかった。

 

 ガープが覇気を使えることは知っていたし、いずれ教わるつもりでもいた。ただ、今はまだ自分で試してみたい。

 

 せっかく三歳から鍛錬を始めたんだ。四歳のうちに武装色の感覚までつかめれば、相当なものだろう。

 

 そう考えながら家を出ようとしたところで、ダダンに呼び止められた。

 

「おい、エース!」

 

「なんだよ!」

 

「昼飯までには戻ってこいよ! 最近、毎回遅れやがって!」

 

「分かった!」

 

「本当だろうな!」

 

「今日は遅れねェって!」

 

 そう答えて走り出した。

 

 もっとも、鍛錬に夢中になれば、昼飯の時間なんてすぐに忘れてしまうんだが。

 

     *

 

 武装色の感覚をつかむきっかけになったのは、意外にも岩を持ち上げている時だった。

 

 その日、おれはいつもの岩よりも一回り大きな岩に挑戦していた。

 

 以前から何度も持ち上げようとしていたが、どうしても途中で力が尽きてしまう。両腕で抱えて胸の高さまで持ち上げることはできても、そこから先が難しかった。

 

 だが、最近は身体がまた強くなってきた。

 

 そろそろ持ち上げられるんじゃないかと思い、改めて挑戦することにしたのだ。

 

「……よし!」

 

 岩の前に立ち、両足を開く。

 

 膝を曲げて腰を落とし、岩の下へ両手を差し込む。指を引っかける場所を確かめてから、ゆっくりと力を込めた。

 

 岩が地面から浮き上がる。

 

 ここまでは、以前からできていた。

 

 問題は、この先だ。

 

 おれは足で地面を踏み締め、腹に力を込めた。腕だけで持ち上げようとすれば、すぐに力が尽きる。だから、身体全体を使って持ち上げる必要があった。

 

「ぐっ……!」

 

 岩が少しずつ持ち上がっていく。

 

 胸の高さまで来たところで、腕が震え始めた。

 

 まだいける。

 

 おれは歯を食いしばり、さらに力を込めた。

 

 その時だった。

 

 身体の奥から、何かが湧き上がってくるような感覚があった。

 

 筋肉に力を込めた時の感覚とは、少し違う。

 

 身体の内側に、何か別の力がある。

 

 そう感じた途端、岩を支えていた両腕に、妙な感覚が走った。

 

「……おっ?」

 

 思わず声が出た。

 

 だが、次の瞬間には、腕から力が抜けていた。

 

「うおっ!?」

 

 慌てて岩を前へ押し出す。

 

 岩は地面に落ち、鈍い音を立てて転がった。

 

 おれはその場に尻餅をつき、しばらく両腕を見つめていた。

 

 今のは、何だったんだ?

 

 岩を持ち上げようとした時、確かに何かを感じた。

 

 筋肉の力とは違う、身体の奥から湧き上がってくるような感覚。

 

 それが両腕へ集まったように感じた途端、岩を支える力が少しだけ増した気がした。

 

 もっとも、すぐに力が抜けてしまったので、本当に強くなったのかは分からない。

 

 だが、あの感覚には覚えがあった。

 

 見聞色を初めて自覚した時も、似たようなことがあったのだ。

 

 最初は何となく気配を感じるだけだったが、何度も試しているうちに、少しずつその感覚をつかめるようになった。

 

 ならば、今のも同じじゃないだろうか。

 

「……もう一回だ!」

 

 おれは立ち上がり、再び岩の前に立った。

 

     *

 

 それから、何度も同じことを繰り返した。

 

 岩を持ち上げ、力を込める。

 

 身体の奥にある何かへ意識を向けながら、両腕へ力を集めようとする。

 

 だが、最初に感じたような感覚は、なかなか戻ってこなかった。

 

 途中で腕が疲れてしまい、何度か休憩も挟んだ。

 

 それでも、諦めるつもりはなかった。

 

 あの感覚は、確かにあった。

 

 自分の身体の中に、筋肉とは別の力がある。

 

 そう確信できただけでも、今までとは大違いだった。

 

 夕方になる頃には、腕がすっかり疲れてしまったので、岩を持ち上げるのはやめた。

 

 代わりに、地面に腰を下ろして目を閉じる。

 

 呼吸を整え、身体の内側へ意識を向けた。

 

 今度は、岩を持ち上げようとはしない。

 

 ただ、さっき感じた力を、もう一度確かめようとした。

 

 しばらくすると、身体の奥に、ほんのわずかな違和感が生まれた。

 

 おれはその感覚を逃さないように、ゆっくりと意識を向けた。

 

 すると、何となく、身体の内側にある力が動いたような気がした。

 

 右腕へ。

 

 そう考えると、ほんの少しだけ、右腕の内側に何かが集まるような感覚があった。

 

 おれは目を開け、右手を見下ろした。

 

 見た目には、何も変わっていない。

 

 拳を握ってみても、特別硬くなったようには感じなかった。

 

 だが、確かに何かが違う。

 

 おれはもう一度、目を閉じた。

 

 今度は、左腕へ意識を向けてみる。

 

 すると、先ほど右腕に感じたものが、ほんのわずかに動いたような気がした。

 

「……ははっ!」

 

 思わず笑ってしまった。

 

 これだ。

 

 間違いない。

 

 おれは今、自分の中にある武装色の覇気を感じ取っている。

 

 まだ、まともに扱えるわけじゃない。腕へ集めようとしても、思った通りに動くとは限らないし、少しでも気を抜けば、すぐに感覚が消えてしまう。

 

 それでも、確かに存在している。

 

 おれは立ち上がり、右拳を握った。

 

 試しに近くの木へ拳を軽く押し当ててみる。

 

 硬くなった様子はない。

 

 少し力を込めても、木の表面が手に食い込むだけだった。

 

「……まだ無理か」

 

 まあ、当然だろう。

 

 見聞色だって、初めて自覚した時は、近くにいる生き物の存在を何となく感じ取れる程度だった。

 

 武装色も、ここから鍛えていけばいい。

 

 おれは拳を開き、もう一度握り直した。

 

 身体の内側にある力へ意識を向ける。

 

 すると、ほんのわずかだが、先ほどと同じ感覚が戻ってきた。

 

「よっしゃあ!」

 

 思わず拳を突き上げた。

 

 これで、見聞色と武装色の両方を自覚できた。

 

 四歳にしては、なかなか順調なんじゃないだろうか。

 

 いや、ロジャーの息子なんだから、これくらいできて当然かもしれない。

 

 そう考えると、ますます楽しくなってきた。

 

 おれはもう一度、身体の内側へ意識を向けた。

 

 今度は、両腕ではなく、身体全体へ力を巡らせることを考えてみる。

 

 だが、これはさっぱり分からなかった。

 

 右腕へ集めようとするだけでも難しいのに、全身へ巡らせるなんて、今のおれには無理らしい。

 

 それでも、いずれはできるようになるはずだ。

 

 おれはそう信じて疑わなかった。

 

     *

 

 家へ戻ると、ダダンが腕を組んで待っていた。

 

「エース! てめェ、昼飯までに戻るって言っただろうが!」

 

「……あっ」

 

 すっかり忘れていた。

 

 ダダンは額に青筋を浮かべ、おれを睨みつけた。

 

「何が『あっ』だ! 今何時だと思ってんだ!」

 

「悪かったって!」

 

「毎回毎回、同じこと言いやがって!」

 

 そのまま首根っこをつかまれ、家の中へ引きずり込まれた。

 

 だが、今のおれは機嫌がよかった。

 

 何しろ、武装色の感覚をつかめたのだ。

 

 多少怒鳴られたところで、どうということはない。

 

「なあ、ダダン!」

 

「ああ!? 今度はなんだ!」

 

「今日は肉、多めにしてくれ!」

 

「なんでだよ!」

 

「いいことがあったんだ!」

 

「知るか! まずは薪割り手伝え!」

 

 結局、夕飯まで薪割りを手伝わされることになった。

 

 もっとも、今日はそれほど苦にならなかった。

 

 薪を運びながらも、時々、身体の内側へ意識を向けてみる。

 

 すると、ほんのわずかだが、あの力を感じ取れることがあった。

 

 まだ、何かを強化できるほどの力ではない。

 

 だが、確かに自分の中にある。

 

 おれは薪を抱え直し、思わず笑った。

 

 明日からは、もっと色々なことを試してみよう。

 

 武装色を自由に扱えるようになれば、今よりずっと強くなれるはずだ。

 

 そして、いずれは、あのガープの拳にも負けないくらいの力を手に入れてやる。

 

 そんなことを考えながら薪を運んでいると、家の中からダダンの怒鳴り声が飛んできた。

 

「エース! 何ちんたらやってんだ! さっさと運べ!」

 

「分かってるよ!」

 

 おれは笑いながら返事をし、残っていた薪をまとめて抱え上げた。

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