転生したらエースだった件   作:みけまる(AI執筆)

53 / 53
お待たせしました!投稿を再開します!

本編ストックに追いついてきたので、一日2話投稿です!


第三章 偉大なる航路
第五十三話 双子岬


 

 船で山を越えるというのは、聞くだけなら随分と馬鹿げた話だ。

 

 だが、実際にリヴァース・マウンテンを越えてみると、そんな感想はどうでもよくなってくる。四つの海から山頂へ向かって流れ込む海流も大概だったが、頂上で合流した水が一気に流れ落ちる光景は、それ以上に凄まじかった。

 

「ハハハハハ! こりゃすげぇ!!」

 

 ヴァンガード号の船首近くで、思わず声を上げた。

 

 左右にそびえる岩壁の間を、大量の海水が白い飛沫を上げながら駆け下りている。船は帆を畳み、舵だけで進路を調整しながら、その流れに乗っていた。

 

 山を登っている間も相当な勢いだったが、下りに入ってからはさらに速い。船首が水を切るたびに甲板まで飛沫が吹き上がり、時折、足元から船体を突き上げるような衝撃が伝わってくる。

 

「エース! 右側の壁、見ててくれ!」

 

「おう! 今のところ余裕はあるぞ!」

 

 操舵輪を握るサボへ返事をしながら、岩壁との距離を確かめる。

 

 流れの速さに比べれば運河の幅には余裕があるものの、少し舵を切り損ねれば簡単に修正できるような状況ではない。ヴァンガード号は船体の大きさもあって、以前のストライカーほど小回りが利かないのだ。

 

 サボは流れの癖を読みながら舵を動かし、船首が片側へ寄りそうになるたびに進路を戻していた。

 

「しかし、よくこんな場所を船が通れるもんだな!」

 

「まったくだ! 考えた奴の顔を見てみたいもんだ!」

 

「自然にできたもんだろ、これ!」

 

「だったら自然の方がおかしいな!」

 

 サボが笑った。

 

 おれもそう思う。前世でこの山の仕組みを知ったときから、どういう理屈でこんな海流が成立しているのか不思議だった。実際に船で通ってみても、納得できる説明が思いつくわけではない。

 

 もっとも、悪魔の実なんてものが存在する世界だ。今さら海流の一つや二つで驚くのも妙な話かもしれない。

 

「二人とも、そろそろ出口が見えてきたぞ!」

 

 後方からデュースの声がした。

 

 振り返ると、デュースは甲板に積んでいた木箱の固定を確認していた。運河へ入る前に荷物は一通り留めておいたが、ここまで激しく揺れるとなると、念のため見直しておいた方がいい。

 

「荷物は大丈夫か?」

 

「ああ、問題ない。そっちはどうだ?」

 

「こっちも順調だぜ。サボの操舵もいい感じだ!」

 

「そりゃどうも!」

 

 サボは笑いながら答えたが、視線は前方から外さなかった。

 

 やがて岩壁の向こうに、青い水平線が見え始めた。

 

 さっきまで山に挟まれていたせいか、急に視界が開けていく感覚が妙に気持ちいい。

 

「おお、見えてきたな!」

 

「ああ! もうすぐだ!」

 

 サボの声も弾んでいる。

 

 最後の斜面へ差しかかると、船体が一度大きく沈み込んだ。流れの勢いが変わり、船底を叩いていた水音が少しずつ落ち着いていく。

 

 おれは船首から離れ、サボのいる操舵輪の近くへ戻った。

 

「出口を抜けたら、いったん速度を落とそうぜ。あの先がどうなってるか、まだ見えねえからな」

 

「ああ、そのつもりだ。流れが落ち着くまでは帆も上げないでおこう」

 

「了解。デュース、出口を抜けたら船体の様子も見てくれ!」

 

「任せろ!」

 

 そして、ヴァンガード号はリヴァース・マウンテンを抜けた。

 

 両側の岩壁が途切れ、広い海へと船が滑り出す。船底を支える流れが変わったことで一度大きく揺れたものの、サボが舵を保ち、やがて船は穏やかな海面へ落ち着いた。

 

 おれは改めて前方を見渡した。

 

 青い海がどこまでも広がっている。

 

 潮の匂いも、吹いてくる風も、東の海と大して変わらない。遠くに見える空にも、今のところ妙なところはなかった。

 

 それでも、ここから先は別の海だ。

 

 偉大なる航路。

 

 グランドライン。

 

 かつては物語の中でしか知らなかった海へ、今、おれは自分の船でやって来た。

 

「……入ったな」

 

 サボが操舵輪を握ったまま呟いた。

 

「ああ!」

 

 おれは笑って、その肩を叩いた。

 

「ついに来たな、サボ!」

 

「おう! ここからが本番だぜ!」

 

 サボも嬉しそうに笑った。

 

 幼い頃から一緒に海へ出ることを夢見てきた相棒だ。あいつにとっても、この瞬間は特別なのだろう。

 

「なあ、エース」

 

「ん?」

 

「さっきの山、もう一回くらい越えてみたくならねえか?」

 

「ははっ! 実はおれも同じこと考えてた!」

 

「だよな! あんなもん、滅多に経験できねえぞ!」

 

 おれたちが笑っていると、船体を確認していたデュースが顔を上げた。

 

「お前ら、まさか本気で戻るつもりじゃないだろうな?」

 

「いや、さすがに今すぐは戻らねえよ」

 

「戻る方法も分からないしな」

 

 サボが肩をすくめた。

 

「ただ、面白かったって話だよ」

 

「……それならいいんだが」

 

「デュースはどうだった?」

 

「正直、船が壊れないか気が気じゃなかったな。まあ、無事に越えられた今となっては、いい経験だったと思う」

 

「ハハハ! だろ?」

 

「それと、船体に目立った損傷はなさそうだ。あとで細かいところまで確認するけどな」

 

「おう、頼むぜ!」

 

 デュースは頷くと、今度は荷物の中からノートを取り出した。

 

「おっ、早速書くのか?」

 

「ああ。山を登るときの船の動きも、下りの様子も、忘れないうちに記録しておきたいんだ」

 

「まあ、あれだけ揺れてたら書きながらじゃ大変だっただろうしな」

 

「そういうことだ」

 

 デュースは船縁に腰を下ろし、ノートへ筆を走らせ始めた。

 

 こいつは医者としての仕事だけでなく、冒険の記録にも随分と熱心だ。シクシスで出会った頃から文章を書くのが好きだったし、いつか本にしたいという気持ちも変わっていないらしい。

 

「サボは書かなくていいのか?」

 

「あとでいいよ。まずはこの辺りを見ておきたい」

 

 そう言って、サボは前方を指さした。

 

 リヴァース・マウンテンの麓から、小さな岬が海へ突き出している。

 

 灯台と、その近くには建物らしいものも見えた。

 

「双子岬か」

 

「知ってるのか?」

 

「名前だけな。偉大なる航路の入口にある岬だって聞いたことがある」

 

「へえ。だったら、まずはあそこに寄ってみるか」

 

「そうだな。ログポースも確認しておきたいし、航路の話を聞ける相手がいれば助かる」

 

 デュースもノートから顔を上げた。

 

「ローグタウンで買った海図だけじゃ、現地の詳しい事情までは分からないからな」

 

「よし、決まりだな!」

 

 サボが舵を切り、ヴァンガード号は岬へ向かって進み始めた。

 

 おれはその間、周囲の海へ目を向けた。

 

 双子岬といえば、巨大な島クジラのラブーンがいるはずだ。以前から一度は見てみたいと思っていたのだが、今のところ、それらしい姿は見当たらない。

 

 あれだけ大きなクジラなら、海面に浮かんでいれば嫌でも目に入るだろう。今は潜っているのかもしれないし、少し離れた場所にいる可能性もある。

 

「エース、何かいるのか?」

 

 海を眺めていると、サボが尋ねてきた。

 

「いや、でっかい海獣でもいねえかと思ってな」

 

「ハハッ、早速かよ!」

 

「偉大なる航路だからな。どんな奴がいるのか楽しみじゃねえか」

 

「それもそうだ!」

 

 サボも海へ目を向けた。

 

 こういうところは昔から変わらない。未知のものを見つけると、あいつもすぐに興味を示す。

 

「お前ら、海獣を探すのはいいけどまずは船を着ける場所を探してくれよ」

 

 デュースが笑いながら言った。

 

「おっと、そうだったな」

 

「ああ。あの灯台の近くなら船を寄せられそうだぜ」

 

 おれたちは岬の周囲を確認しながら、ヴァンガード号をゆっくりと近づけていった。

 

     ◇

 

 双子岬へ近づくにつれ、灯台の周囲の様子もはっきりしてきた。

 

 小さな家と、海に面した岩場。船を着けられそうな場所もあり、少なくとも人が暮らしている気配はある。

 

 さっきまで山を駆け下りていたのが嘘のように、周囲の海は穏やかだった。

 

「誰かいるな」

 

 サボが岬の一角を指さした。

 

 そこには、一人の老人が椅子に腰掛けていた。

 

 花柄のシャツに短パンという、なかなか気の抜けた格好だ。眼鏡をかけ、頭には妙な飾りまでつけている。

 

 クロッカスだ。

 

 かつてロジャー海賊団の船医を務め、海賊王の最後の航海に同行した男。

 

 こうして見ると、世界を一周した伝説の海賊団の一員とは思えないほど、のんびりした爺さんだった。もっとも、外見だけで人間の実力が分からないことくらい、おれもよく知っている。

 

「灯台守か?」

 

 デュースが尋ねた。

 

「たぶんな。ちょうどいいし、話を聞いてみようぜ」

 

「ああ」

 

 ヴァンガード号を岩場へ寄せ、船を固定する。

 

 クロッカスはその間も椅子から立ち上がらず、こちらを眺めていた。

 

 船を降りるとき、ふと老人と目が合った。

 

 一瞬だけ、その視線がおれの顔に留まったような気がする。

 

 もっとも、初めて見る船が着いたのだから、乗っていた人間を観察するのは当然だろう。

 

 ただ、この爺さんはロジャーを直接知っている。

 

 おれがロジャーに似ているのなら、何か気づく可能性はあるかもしれない。

 

「こんにちは」

 

 最初に声をかけたのはサボだった。

 

 クロッカスは答えない。

 

 サボが少し首を傾げる。

 

「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「…………」

 

「聞こえてるか?」

 

「聞こえている」

 

「なら返事してくれよ」

 

 クロッカスは無言でサボを見る。

 

 妙な間だった。

 

 サボも黙って見返す。

 

 デュースが二人を交互に見た。

 

 おれは少し離れたところから眺めていた。

 

 老人はサボを見つめたまま、まったく動かない。何を考えているのか分からないが、その妙に堂々とした態度が早くもおかしかった。

 

「なんでこんなところにいるんだ。あんたは何ものだ?」

 

 サボが尋ねる。

 

 クロッカスの眼鏡が光ったような気がした。

 

「……人にものを尋ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃないのか?」

 

「ああ、確かにそうだ。悪かったな。おれの名前はサ――」

 

「私の名はクロッカス。双子岬の灯台守をやっている。歳は68歳。双子座のAB型だ」

 

 一瞬、静かになった。

 

「…………」

 

 サボの頬が引きつる。

 

 ダメだった。

 

「ぶっ……!」

 

「エース?」

 

「ハッ、ハハ……!」

 

「おい」

 

「ハハハハハハハ!!」

 

 耐えられなかった。

 

 サボが素直に謝って名乗ろうとした途端、本人が先に自己紹介を始めるとは。しかも、年齢どころか星座と血液型まで付け加えておきながら、クロッカスは何食わぬ顔をしている。

 

 サボの引きつった顔まで見てしまったせいで、余計に笑いが止まらなかった。

 

「お前、最初から笑うつもりで見てただろ!」

 

「だって、ハハハ! お前、ちゃんと謝って名乗ろうとしたのに……!」

 

「笑ってないで何とか言え!」

 

「無理だ、腹痛え!」

 

 サボが額に青筋を浮かべてクロッカスを見る。

 

「あのジジイ殴っていいか!!?」

 

「ハハハハハ! やめろ、サボ! おれが笑い死ぬ!」

 

「止める理由がそれか!」

 

 横を見ると、デュースまで口元を押さえていた。

 

「お前も笑ってるじゃねえか!」

 

「いや……悪い。今のはちょっと……」

 

「くそっ!」

 

 サボが頭を掻きむしる。

 

 クロッカス本人だけが真顔だった。

 

 その顔を見ると、また笑えてくる。

 

「で」

 

 クロッカスが何事もなかったように言った。

 

「お前たちは何者だ?」

 

「先に名乗らせろよ!!」

 

 サボの声が岬に響いた。

 

     ◇

 

 ようやく笑いが収まったところで、おれたちは改めて自己紹介をした。

 

「サボだ」

 

 サボはまだ少し不機嫌そうだったが、クロッカスが涼しい顔をしているのを見て、諦めたように肩をすくめた。

 

「デュース。船医をやってる」

 

「おれはエースだ。よろしくな!」

 

 最後に名乗ると、クロッカスの視線がまたおれへ向いた。

 

「エース……」

 

「ああ」

 

「姓は?」

 

「ポートガスだ」

 

 クロッカスは何も言わず、続きを待っている。

 

「ポートガス・D・エース。それが本名だぜ」

 

 老人の目がわずかに細くなった。

 

 さっきまでと違って、今度ははっきりとおれの顔を見ている。

 

 ロジャーと一緒に旅をした人間なら、名前に含まれるDにも何か思うところがあるのだろう。

 

 ただ、ポートガスという姓まで知っているかどうかは分からない。おれの年齢や顔つきから何かを推測したとしても、それだけで出生を確信できるとは限らないはずだ。

 

「何だ? おれの顔に何かついてるか?」

 

「……いや」

 

 クロッカスは視線を外した。

 

「随分と騒がしい連中が来たと思っただけだ」

 

「ハハハ! そりゃ悪かったな!」

 

「特にお前だ」

 

「おれかよ!」

 

「山を下りてくる途中から声が聞こえていた」

 

「そんなところまで聞こえてたのか?」

 

「ここは静かな場所だからな」

 

 なるほど。

 

 リヴァース・マウンテンから流れ落ちる水音があるとはいえ、周囲に人家が密集しているわけでもない。おれたちが騒いでいれば、案外遠くまで声が届くのかもしれない。

 

「まあ、あれは仕方ねえだろ。あんな海流、初めて見たからな!」

 

「近所迷惑だ」

 

 クロッカスが言う。

 

 思わず周囲を見渡した。

 

 灯台と小さな家があるだけで、ほかに人の姿は見えない。

 

「近所って、あんた以外にも誰か住んでるのか?」

 

 クロッカスは無言でおれを見た。

 

 おれも見返す。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……何だよ」

 

「…………」

 

「…ああ、うるさくして悪か」

 

「この先の航路についてだが」

 

 横でサボが吹き出した。

 

「ハハッ! エース、お前までやられてるぞ!」

 

「くそっ、この爺さん、やるな!」

 

 おれが笑うと、クロッカスは何事もなかったように椅子へ座り直した。

 

 なかなか面白い爺さんだ。

 

 こんな調子でロジャーたちとも旅をしていたのだろうか。あの海賊団の連中なら、むしろ喜んで付き合っていそうな気もする。

 

「クロッカスさん」

 

 デュースがログポースを取り出した。

 

「さっきも言いかけてたが、航海についていくつか教えてもらいたいんだ。おれたちは今日、初めて偉大なる航路に入ったんだよ」

 

「見れば分かる」

 

「これからログポースを使って航海するつもりなんだが、双子岬で記録は必要なのか?」

 

 クロッカスは差し出されたログポースへ目を向けた。

 

「そのログポースは?」

 

「ローグタウンで買った。偉大なる航路用だって話だからな」

 

「なら、ここで記録を待つ必要はない。リヴァース・マウンテンを越えた船が最初に選べる航路はいくつかある。持っている海図とポースを見せてみろ」

 

「分かった」

 

 デュースが鞄から海図を取り出し、岩場の平らな場所へ広げた。

 

 サボも隣へ腰を下ろす。

 

 おれも一緒に覗き込み、ローグタウンで買い集めた資料と見比べた。

 

 東の海では、海図と方位磁針があれば基本的な航路を考えられた。だが、偉大なる航路では島ごとに特殊な磁気があり、普通の方位磁針が役に立たない。

 

 その辺りの仕組みは理解しているものの、実際の航海でどこまで厄介なのかは、まだ経験していない。

 

「偉大なる航路では、島から島へ磁気を辿って進む。東の海までの航海と同じつもりでいると、すぐに痛い目を見るぞ」

 

「天候のことか?」

 

 サボが尋ねた。

 

「それもある。風向き、海流、気圧、何もかもが一定じゃない。さっきまで晴れていたのに、次の瞬間には嵐になることもある」

 

「そこまで変わるのか」

 

 デュースが海図へ目を落とす。

 

「専門の航海士はいるのか?」

 

「いや、いない。三人とも基本的なことはできるけどな」

 

「なら、無理をしないことだ」

 

 クロッカスは海図の上へ指を置いた。

 

「天気を甘く見るな。ポースが指しているからといって、その方向へ真っ直ぐ進めばいいとは限らん」

 

「磁気を追うだけじゃ駄目ってことだな」

 

 おれが言うと、クロッカスは頷いた。

 

「そういうことだ。進む先に嵐があれば避ける必要があるし、海流に逆らってまで直進する意味もない。目的地の方角を知ることと、安全に辿り着くことは別の話だ」

 

「なるほどな。そりゃ覚えておかねえと」

 

 航海士の腕が船の命運を左右することは分かっているが、今のところ、おれたちには専属の航海士がいない。

 

 三人とも航海術は学んできたし、東の海では問題なく航海できていた。それでも、この海では経験不足を痛感する場面が出てくるだろう。

 

 だからこそ、事前にできる準備はしてきたつもりだ。

 

「エターナルポースも何個か持ってる」

 

 デュースが別のケースを開いた。

 

「ローグタウンで手に入る範囲だけだけどな」

 

「ほう。準備はしてきたようだな」

 

「ああ。専属の航海士がいない以上、航路の選択肢はできるだけ確保しておきたいからな。値は張ったけど、必要な出費だと思っている」

 

「おれも賛成したんだ。使わずに済むならそれでいいし、何かあったときに役立つなら安いもんだろ?」

 

 おれがそう言うと、クロッカスは小さく頷いた。

 

「悪くない考えだ。ただし、エターナルポースがあれば何でも解決すると思うなよ」

 

「ああ。そいつは分かってる」

 

 デュースはケースを閉じた。

 

「今後も寄港先で買えるものがあれば、少しずつ増やしていくつもりだ」

 

「そうしておけ。航路を選べるというのは、それだけで価値がある」

 

 クロッカスの言葉に、デュースは満足そうに頷いた。

 

 ローグタウンでエターナルポースを買い込もうと言い出したのはデュースだった。高額な買い物ではあったが、専属の航海士がいない状況を考えれば、十分に納得できる提案だったと思う。

 

 サボもそのときから賛成していたし、これからも必要に応じて買い足していく予定だ。

 

「それと、船の方にも少し工夫してあるんだ」

 

 おれが言うと、クロッカスがおれを見た。

 

「工夫?」

 

「ああ。おれの能力を使って、風がなくても進めるようにしてある」

 

「能力というと、悪魔の実か?」

 

「そうだぜ」

 

 右手の人差し指を立て、先端に小さな炎を灯す。

 

「メラメラの実だ」

 

「ほう……」

 

 クロッカスは炎とおれの顔を交互に見た。

 

「それで船を動かすのか?」

 

「ああ。船尾に専用の推進装置をつけてあるんだ。おれが炎を送り込めば、ある程度は自力で進める」

 

「なるほど。帆だけに頼らずに済むわけか」

 

「そういうことだ。ただ、海流や波まで無視できるわけじゃねえし、ずっと使い続けるつもりもないけどな」

 

 ヴァンガード号の推進装置は便利だが、万能ではない。

 

 風がないときや、急いで移動したいときには役立つものの、船そのものの操縦が不要になるわけではない。無理な使い方をすれば船体にも負担がかかる。

 

 その辺りは造船所の連中とも何度も相談したし、実際に試運転も重ねてきた。

 

「面白い船だ」

 

「だろ?」

 

 褒められると、やっぱり嬉しい。

 

「ヴァンガード号っていうんだ。おれたち三人で動かせるように造ってもらった」

 

「お前が造ったわけではないんだろう」

 

「名前つけたのはおれだぞ」

 

「そこを誇るのか?」

 

「いい名前だろ!」

 

「ハハッ、そこはおれも気に入ってるぞ」

 

 サボが笑った。

 

「おれも異論はないよ。船の出来もいいしな」

 

 デュースも頷く。

 

 クロッカスは三人を見比べ、それから沖へ目を向けた。

 

 その視線を追ってみたが、見える範囲には海しかない。

 

 ラブーンでも探しているのだろうか。

 

「そういや、ここにはあんた一人なのか?」

 

「いや」

 

 クロッカスが答える。

 

「もう一頭いる」

 

「一頭?」

 

 デュースが首を傾げる。

 

「クジラだ」

 

「クジラと暮らしてるのか?」

 

 サボが食いついた。

 

「島クジラだ」

 

「島クジラ!?」

 

「でかいのか?」

 

「山ほどな」

 

「見てえ!」

 

 思わず声が出た。

 

 ラブーンがいることは知っていたが、あれほど巨大なクジラを実際に見る機会なんて、そうそうあるものじゃない。

 

「どこにいるんだ?」

 

「今は潜っている」

 

「呼べないのか?」

 

「呼んだからといって、すぐ戻ってくるとは限らん」

 

「ちぇっ」

 

 残念だ。

 

 せっかくここまで来たのだから、一度くらい近くで見てみたかった。

 

 サボも同じらしく、海を覗き込んでいる。

 

「どのくらい潜ってるんだ?」

 

「その時による」

 

「待ってたら見られるか?」

 

「さあな」

 

「エース」

 

 デュースが嫌そうな顔をした。

 

「何だ?」

 

「まさかクジラを見るためにここで何日も待つとか言わないよな?」

 

「一日くらいなら」

 

「言うと思った」

 

「いいじゃねえか。島クジラだぞ?」

 

「おれもちょっと見たいな」

 

「サボ!」

 

「だって山ほどでかいんだろ? 気になるじゃねえか」

 

「お前まで……」

 

 クロッカスがこちらを見た。

 

「やめておけ」

 

 声が低い。

 

 さっきまでとは違う妙な迫力があった。

 

「死人が出るぞ」

 

 デュースが動きを止める。

 

「……へぇ、誰が死ぬって…?」

 

 クロッカスは真顔のまま答えた。

 

「私だ」

 

「お前かよ!!」

 

「ぶはっ!」

 

 また駄目だった。

 

「ハハハハハハハ!!」

 

 腹を押さえてしゃがみ込む。

 

「エース! 笑ってないでこいつどうにかしろ!」

 

「無理だって! ハハハ! なんであんたが死ぬんだよ!」

 

「お前たちがいつまでも騒いでいたら、私の心労が増える」

 

「どんだけ心が弱ェんだ!!」

 

 デュースがとうとう声を荒らげる。

 

 サボは横を向いて肩を震わせていた。

 

「お前も笑ってるだろ、サボ!」

 

「悪い、でも今のは……!」

 

「くそっ、何なんだこの爺さん!」

 

「クロッカスだ。双子岬の灯台守を――」

 

「それはもう聞いた!」

 

 デュースの声が岬に響く。

 

 おれはしばらく笑いが止まらなかった。

 

 偉大なる航路へ入った初日に、こんな爺さんと話すことになるとは。

 

 クロッカスが変わり者なのは知っていたが、実際に相手をしてみると想像以上だ。何を言っても真顔で返してくるものだから、こっちまで調子が狂ってくる。

 

 それでいて、航海の話になれば的確な助言をしてくれる。あのロジャー海賊団で船医を務めていたというのも、何となく納得できる気がした。

 

 ようやく笑いが収まったところで顔を上げると、クロッカスと目が合った。

 

 今度は、先ほどまでとは少し違う目をしていた。

 

 何かを懐かしんでいるようにも見えたが、すぐにいつもの真顔へ戻ってしまう。

 

「……何だよ?」

 

「いや」

 

 クロッカスは少し間を置いた。

 

「随分楽しそうに笑うと思ってな」

 

「ハハッ、そりゃ面白かったからな!」

 

「そうか」

 

「ああ。あんた、なかなかいい性格してるぜ!」

 

 クロッカスは何も答えなかったが、口元がほんの少し動いたような気がした。

 

 昔の仲間でも思い出していたのだろうか。

 

 この爺さんは、ロジャーと世界の果てまで旅をした人間だ。おれの知らない話だって、山ほど持っているに違いない。

 

 ラフテルへ辿り着くまでの航海や、そこで見たもの。ロジャーがどんな奴だったのかも、本人を知る人間から聞いてみれば面白そうだ。

 

 もっとも、いきなりそんな話を持ち出せば、こちらが何を知っているのか不審に思われるだろうし、そもそも簡単に教えてくれるとも限らない。

 

 今は無理に聞き出す必要もない。

 

「なあ、クロッカスさん」

 

「何だ?」

 

「せっかくだし、もう少しこの辺りの話を聞かせてくれよ。初めて来た海だからな」

 

「何が聞きたい?」

 

「そうだな。まずは、この先の島についてだ。さっき航路がいくつかあるって言ってただろ?」

 

 おれが海図を指すと、サボも身を乗り出した。

 

「ああ、それはおれも気になる。どんな島があるんだ?」

 

「おれは補給できる場所も知りたいな。偉大なる航路じゃ、東の海と同じように買い物ができるとは限らないだろうし」

 

 デュースがそう言って、海図の端を押さえた。

 

 クロッカスはしばらく三人を眺めていたが、やがて椅子から腰を上げ、海図のそばへ歩いてきた。

 

「まったく、騒がしい連中だ」

 

「まあ、そう言うなって!」

 

 クロッカスは小さく息を吐き、海図へ指を伸ばした。

 

 こうして、おれたちは双子岬で偉大なる航路について話を聞くことになった。

 

 海の向こうから、心地よい風が吹いてくる。

 

 まだ見たことのない島も、会ったことのない強い奴らも、この先には山ほどいるはずだ。

 

 その最初に出会ったのが、親父と世界の果てまで旅をした爺さんだったというのも、なかなか面白い巡り合わせだと思う。

 

 サボが海図を覗き込み、デュースが手帳を開く。

 

 おれも二人の隣へ腰を下ろし、クロッカスが指し示す航路へ目を向けた。

 

 偉大なる航路での冒険は、まだ始まったばかりだ。

 

1日に3話投稿は多いですか? 

  • 多い
  • 読みやすい
  • 少ない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

伏黒恵に転生したから魔虚羅をブン殴る(作者:鈍い)(原作:呪術廻戦)

呪術廻戦の伏黒恵に転生した男が魔虚羅をブン殴る話。▼今作は何番煎じかも分からない伏黒恵転生モノです。


総合評価:4001/評価:7.84/連載:23話/更新日時:2026年09月20日(日) 19:00 小説情報

日向ヒカゲ忍法帖(作者:鍋川太一)(原作:NARUTO)

 NARUTOの世界に転生した、男の物語。木の葉の名門に生まれた彼の運命やいかに?▼ 作者の独自解釈がてんこ盛りです。主人公はいろんな事に疑問を抱いている。苦手な方は戻って下さいな。▼ NARUTOを読んでいないと分かりづらいと思います▼ 続かないかも知れないし続くかもしれない。


総合評価:3685/評価:7.64/連載:68話/更新日時:2026年10月29日(木) 19:00 小説情報

エア・ギア ~運命を追い越す炎~【カズ転生】(作者:とらやす)(原作:エア・ギア)

目が覚めたら、『エア・ギア』のカズになっていた。▼しかも、原作が始まる半年前。▼この先、イッキが空を目指すことも、仲間たちが傷つくことも知っている。▼だったら、ただ原作の流れに身を任せるつもりはない。▼陸上で身体を鍛え、誰よりも早くA・Tを履き、ひたすら速さを磨く。▼目指すのは、原作のカズよりも速く、強い自分。▼やがて、その努力が、知っていたはずの未来を変え…


総合評価:4220/評価:8.44/連載:11話/更新日時:2026年10月29日(木) 18:00 小説情報

おれを誰だと思ってる?ヒグマさんだぞ(作者:親分)(原作:ONE PIECE)

ヒグマさんに転生したお話。▼※再投稿となっております。


総合評価:6156/評価:7.66/完結:6話/更新日時:2026年08月12日(水) 23:20 小説情報

転生したのに念能力が使えない男(作者:ゴリラ廻戦)(原作:HUNTER×HUNTER)

ざけんなや オーラが無いんじゃ ドブカスが▼


総合評価:5158/評価:6.33/連載:10話/更新日時:2026年09月04日(金) 12:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>