転生したらエースだった件 作:みけまる(AI執筆)
本編ストックに追いついてきたので、一日2話投稿です!
第五十三話 双子岬
船で山を越えるというのは、聞くだけなら随分と馬鹿げた話だ。
だが、実際にリヴァース・マウンテンを越えてみると、そんな感想はどうでもよくなってくる。四つの海から山頂へ向かって流れ込む海流も大概だったが、頂上で合流した水が一気に流れ落ちる光景は、それ以上に凄まじかった。
「ハハハハハ! こりゃすげぇ!!」
ヴァンガード号の船首近くで、思わず声を上げた。
左右にそびえる岩壁の間を、大量の海水が白い飛沫を上げながら駆け下りている。船は帆を畳み、舵だけで進路を調整しながら、その流れに乗っていた。
山を登っている間も相当な勢いだったが、下りに入ってからはさらに速い。船首が水を切るたびに甲板まで飛沫が吹き上がり、時折、足元から船体を突き上げるような衝撃が伝わってくる。
「エース! 右側の壁、見ててくれ!」
「おう! 今のところ余裕はあるぞ!」
操舵輪を握るサボへ返事をしながら、岩壁との距離を確かめる。
流れの速さに比べれば運河の幅には余裕があるものの、少し舵を切り損ねれば簡単に修正できるような状況ではない。ヴァンガード号は船体の大きさもあって、以前のストライカーほど小回りが利かないのだ。
サボは流れの癖を読みながら舵を動かし、船首が片側へ寄りそうになるたびに進路を戻していた。
「しかし、よくこんな場所を船が通れるもんだな!」
「まったくだ! 考えた奴の顔を見てみたいもんだ!」
「自然にできたもんだろ、これ!」
「だったら自然の方がおかしいな!」
サボが笑った。
おれもそう思う。前世でこの山の仕組みを知ったときから、どういう理屈でこんな海流が成立しているのか不思議だった。実際に船で通ってみても、納得できる説明が思いつくわけではない。
もっとも、悪魔の実なんてものが存在する世界だ。今さら海流の一つや二つで驚くのも妙な話かもしれない。
「二人とも、そろそろ出口が見えてきたぞ!」
後方からデュースの声がした。
振り返ると、デュースは甲板に積んでいた木箱の固定を確認していた。運河へ入る前に荷物は一通り留めておいたが、ここまで激しく揺れるとなると、念のため見直しておいた方がいい。
「荷物は大丈夫か?」
「ああ、問題ない。そっちはどうだ?」
「こっちも順調だぜ。サボの操舵もいい感じだ!」
「そりゃどうも!」
サボは笑いながら答えたが、視線は前方から外さなかった。
やがて岩壁の向こうに、青い水平線が見え始めた。
さっきまで山に挟まれていたせいか、急に視界が開けていく感覚が妙に気持ちいい。
「おお、見えてきたな!」
「ああ! もうすぐだ!」
サボの声も弾んでいる。
最後の斜面へ差しかかると、船体が一度大きく沈み込んだ。流れの勢いが変わり、船底を叩いていた水音が少しずつ落ち着いていく。
おれは船首から離れ、サボのいる操舵輪の近くへ戻った。
「出口を抜けたら、いったん速度を落とそうぜ。あの先がどうなってるか、まだ見えねえからな」
「ああ、そのつもりだ。流れが落ち着くまでは帆も上げないでおこう」
「了解。デュース、出口を抜けたら船体の様子も見てくれ!」
「任せろ!」
そして、ヴァンガード号はリヴァース・マウンテンを抜けた。
両側の岩壁が途切れ、広い海へと船が滑り出す。船底を支える流れが変わったことで一度大きく揺れたものの、サボが舵を保ち、やがて船は穏やかな海面へ落ち着いた。
おれは改めて前方を見渡した。
青い海がどこまでも広がっている。
潮の匂いも、吹いてくる風も、東の海と大して変わらない。遠くに見える空にも、今のところ妙なところはなかった。
それでも、ここから先は別の海だ。
偉大なる航路。
グランドライン。
かつては物語の中でしか知らなかった海へ、今、おれは自分の船でやって来た。
「……入ったな」
サボが操舵輪を握ったまま呟いた。
「ああ!」
おれは笑って、その肩を叩いた。
「ついに来たな、サボ!」
「おう! ここからが本番だぜ!」
サボも嬉しそうに笑った。
幼い頃から一緒に海へ出ることを夢見てきた相棒だ。あいつにとっても、この瞬間は特別なのだろう。
「なあ、エース」
「ん?」
「さっきの山、もう一回くらい越えてみたくならねえか?」
「ははっ! 実はおれも同じこと考えてた!」
「だよな! あんなもん、滅多に経験できねえぞ!」
おれたちが笑っていると、船体を確認していたデュースが顔を上げた。
「お前ら、まさか本気で戻るつもりじゃないだろうな?」
「いや、さすがに今すぐは戻らねえよ」
「戻る方法も分からないしな」
サボが肩をすくめた。
「ただ、面白かったって話だよ」
「……それならいいんだが」
「デュースはどうだった?」
「正直、船が壊れないか気が気じゃなかったな。まあ、無事に越えられた今となっては、いい経験だったと思う」
「ハハハ! だろ?」
「それと、船体に目立った損傷はなさそうだ。あとで細かいところまで確認するけどな」
「おう、頼むぜ!」
デュースは頷くと、今度は荷物の中からノートを取り出した。
「おっ、早速書くのか?」
「ああ。山を登るときの船の動きも、下りの様子も、忘れないうちに記録しておきたいんだ」
「まあ、あれだけ揺れてたら書きながらじゃ大変だっただろうしな」
「そういうことだ」
デュースは船縁に腰を下ろし、ノートへ筆を走らせ始めた。
こいつは医者としての仕事だけでなく、冒険の記録にも随分と熱心だ。シクシスで出会った頃から文章を書くのが好きだったし、いつか本にしたいという気持ちも変わっていないらしい。
「サボは書かなくていいのか?」
「あとでいいよ。まずはこの辺りを見ておきたい」
そう言って、サボは前方を指さした。
リヴァース・マウンテンの麓から、小さな岬が海へ突き出している。
灯台と、その近くには建物らしいものも見えた。
「双子岬か」
「知ってるのか?」
「名前だけな。偉大なる航路の入口にある岬だって聞いたことがある」
「へえ。だったら、まずはあそこに寄ってみるか」
「そうだな。ログポースも確認しておきたいし、航路の話を聞ける相手がいれば助かる」
デュースもノートから顔を上げた。
「ローグタウンで買った海図だけじゃ、現地の詳しい事情までは分からないからな」
「よし、決まりだな!」
サボが舵を切り、ヴァンガード号は岬へ向かって進み始めた。
おれはその間、周囲の海へ目を向けた。
双子岬といえば、巨大な島クジラのラブーンがいるはずだ。以前から一度は見てみたいと思っていたのだが、今のところ、それらしい姿は見当たらない。
あれだけ大きなクジラなら、海面に浮かんでいれば嫌でも目に入るだろう。今は潜っているのかもしれないし、少し離れた場所にいる可能性もある。
「エース、何かいるのか?」
海を眺めていると、サボが尋ねてきた。
「いや、でっかい海獣でもいねえかと思ってな」
「ハハッ、早速かよ!」
「偉大なる航路だからな。どんな奴がいるのか楽しみじゃねえか」
「それもそうだ!」
サボも海へ目を向けた。
こういうところは昔から変わらない。未知のものを見つけると、あいつもすぐに興味を示す。
「お前ら、海獣を探すのはいいけどまずは船を着ける場所を探してくれよ」
デュースが笑いながら言った。
「おっと、そうだったな」
「ああ。あの灯台の近くなら船を寄せられそうだぜ」
おれたちは岬の周囲を確認しながら、ヴァンガード号をゆっくりと近づけていった。
◇
双子岬へ近づくにつれ、灯台の周囲の様子もはっきりしてきた。
小さな家と、海に面した岩場。船を着けられそうな場所もあり、少なくとも人が暮らしている気配はある。
さっきまで山を駆け下りていたのが嘘のように、周囲の海は穏やかだった。
「誰かいるな」
サボが岬の一角を指さした。
そこには、一人の老人が椅子に腰掛けていた。
花柄のシャツに短パンという、なかなか気の抜けた格好だ。眼鏡をかけ、頭には妙な飾りまでつけている。
クロッカスだ。
かつてロジャー海賊団の船医を務め、海賊王の最後の航海に同行した男。
こうして見ると、世界を一周した伝説の海賊団の一員とは思えないほど、のんびりした爺さんだった。もっとも、外見だけで人間の実力が分からないことくらい、おれもよく知っている。
「灯台守か?」
デュースが尋ねた。
「たぶんな。ちょうどいいし、話を聞いてみようぜ」
「ああ」
ヴァンガード号を岩場へ寄せ、船を固定する。
クロッカスはその間も椅子から立ち上がらず、こちらを眺めていた。
船を降りるとき、ふと老人と目が合った。
一瞬だけ、その視線がおれの顔に留まったような気がする。
もっとも、初めて見る船が着いたのだから、乗っていた人間を観察するのは当然だろう。
ただ、この爺さんはロジャーを直接知っている。
おれがロジャーに似ているのなら、何か気づく可能性はあるかもしれない。
「こんにちは」
最初に声をかけたのはサボだった。
クロッカスは答えない。
サボが少し首を傾げる。
「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「…………」
「聞こえてるか?」
「聞こえている」
「なら返事してくれよ」
クロッカスは無言でサボを見る。
妙な間だった。
サボも黙って見返す。
デュースが二人を交互に見た。
おれは少し離れたところから眺めていた。
老人はサボを見つめたまま、まったく動かない。何を考えているのか分からないが、その妙に堂々とした態度が早くもおかしかった。
「なんでこんなところにいるんだ。あんたは何ものだ?」
サボが尋ねる。
クロッカスの眼鏡が光ったような気がした。
「……人にものを尋ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃないのか?」
「ああ、確かにそうだ。悪かったな。おれの名前はサ――」
「私の名はクロッカス。双子岬の灯台守をやっている。歳は68歳。双子座のAB型だ」
一瞬、静かになった。
「…………」
サボの頬が引きつる。
ダメだった。
「ぶっ……!」
「エース?」
「ハッ、ハハ……!」
「おい」
「ハハハハハハハ!!」
耐えられなかった。
サボが素直に謝って名乗ろうとした途端、本人が先に自己紹介を始めるとは。しかも、年齢どころか星座と血液型まで付け加えておきながら、クロッカスは何食わぬ顔をしている。
サボの引きつった顔まで見てしまったせいで、余計に笑いが止まらなかった。
「お前、最初から笑うつもりで見てただろ!」
「だって、ハハハ! お前、ちゃんと謝って名乗ろうとしたのに……!」
「笑ってないで何とか言え!」
「無理だ、腹痛え!」
サボが額に青筋を浮かべてクロッカスを見る。
「あのジジイ殴っていいか!!?」
「ハハハハハ! やめろ、サボ! おれが笑い死ぬ!」
「止める理由がそれか!」
横を見ると、デュースまで口元を押さえていた。
「お前も笑ってるじゃねえか!」
「いや……悪い。今のはちょっと……」
「くそっ!」
サボが頭を掻きむしる。
クロッカス本人だけが真顔だった。
その顔を見ると、また笑えてくる。
「で」
クロッカスが何事もなかったように言った。
「お前たちは何者だ?」
「先に名乗らせろよ!!」
サボの声が岬に響いた。
◇
ようやく笑いが収まったところで、おれたちは改めて自己紹介をした。
「サボだ」
サボはまだ少し不機嫌そうだったが、クロッカスが涼しい顔をしているのを見て、諦めたように肩をすくめた。
「デュース。船医をやってる」
「おれはエースだ。よろしくな!」
最後に名乗ると、クロッカスの視線がまたおれへ向いた。
「エース……」
「ああ」
「姓は?」
「ポートガスだ」
クロッカスは何も言わず、続きを待っている。
「ポートガス・D・エース。それが本名だぜ」
老人の目がわずかに細くなった。
さっきまでと違って、今度ははっきりとおれの顔を見ている。
ロジャーと一緒に旅をした人間なら、名前に含まれるDにも何か思うところがあるのだろう。
ただ、ポートガスという姓まで知っているかどうかは分からない。おれの年齢や顔つきから何かを推測したとしても、それだけで出生を確信できるとは限らないはずだ。
「何だ? おれの顔に何かついてるか?」
「……いや」
クロッカスは視線を外した。
「随分と騒がしい連中が来たと思っただけだ」
「ハハハ! そりゃ悪かったな!」
「特にお前だ」
「おれかよ!」
「山を下りてくる途中から声が聞こえていた」
「そんなところまで聞こえてたのか?」
「ここは静かな場所だからな」
なるほど。
リヴァース・マウンテンから流れ落ちる水音があるとはいえ、周囲に人家が密集しているわけでもない。おれたちが騒いでいれば、案外遠くまで声が届くのかもしれない。
「まあ、あれは仕方ねえだろ。あんな海流、初めて見たからな!」
「近所迷惑だ」
クロッカスが言う。
思わず周囲を見渡した。
灯台と小さな家があるだけで、ほかに人の姿は見えない。
「近所って、あんた以外にも誰か住んでるのか?」
クロッカスは無言でおれを見た。
おれも見返す。
「…………」
「…………」
「……何だよ」
「…………」
「…ああ、うるさくして悪か」
「この先の航路についてだが」
横でサボが吹き出した。
「ハハッ! エース、お前までやられてるぞ!」
「くそっ、この爺さん、やるな!」
おれが笑うと、クロッカスは何事もなかったように椅子へ座り直した。
なかなか面白い爺さんだ。
こんな調子でロジャーたちとも旅をしていたのだろうか。あの海賊団の連中なら、むしろ喜んで付き合っていそうな気もする。
「クロッカスさん」
デュースがログポースを取り出した。
「さっきも言いかけてたが、航海についていくつか教えてもらいたいんだ。おれたちは今日、初めて偉大なる航路に入ったんだよ」
「見れば分かる」
「これからログポースを使って航海するつもりなんだが、双子岬で記録は必要なのか?」
クロッカスは差し出されたログポースへ目を向けた。
「そのログポースは?」
「ローグタウンで買った。偉大なる航路用だって話だからな」
「なら、ここで記録を待つ必要はない。リヴァース・マウンテンを越えた船が最初に選べる航路はいくつかある。持っている海図とポースを見せてみろ」
「分かった」
デュースが鞄から海図を取り出し、岩場の平らな場所へ広げた。
サボも隣へ腰を下ろす。
おれも一緒に覗き込み、ローグタウンで買い集めた資料と見比べた。
東の海では、海図と方位磁針があれば基本的な航路を考えられた。だが、偉大なる航路では島ごとに特殊な磁気があり、普通の方位磁針が役に立たない。
その辺りの仕組みは理解しているものの、実際の航海でどこまで厄介なのかは、まだ経験していない。
「偉大なる航路では、島から島へ磁気を辿って進む。東の海までの航海と同じつもりでいると、すぐに痛い目を見るぞ」
「天候のことか?」
サボが尋ねた。
「それもある。風向き、海流、気圧、何もかもが一定じゃない。さっきまで晴れていたのに、次の瞬間には嵐になることもある」
「そこまで変わるのか」
デュースが海図へ目を落とす。
「専門の航海士はいるのか?」
「いや、いない。三人とも基本的なことはできるけどな」
「なら、無理をしないことだ」
クロッカスは海図の上へ指を置いた。
「天気を甘く見るな。ポースが指しているからといって、その方向へ真っ直ぐ進めばいいとは限らん」
「磁気を追うだけじゃ駄目ってことだな」
おれが言うと、クロッカスは頷いた。
「そういうことだ。進む先に嵐があれば避ける必要があるし、海流に逆らってまで直進する意味もない。目的地の方角を知ることと、安全に辿り着くことは別の話だ」
「なるほどな。そりゃ覚えておかねえと」
航海士の腕が船の命運を左右することは分かっているが、今のところ、おれたちには専属の航海士がいない。
三人とも航海術は学んできたし、東の海では問題なく航海できていた。それでも、この海では経験不足を痛感する場面が出てくるだろう。
だからこそ、事前にできる準備はしてきたつもりだ。
「エターナルポースも何個か持ってる」
デュースが別のケースを開いた。
「ローグタウンで手に入る範囲だけだけどな」
「ほう。準備はしてきたようだな」
「ああ。専属の航海士がいない以上、航路の選択肢はできるだけ確保しておきたいからな。値は張ったけど、必要な出費だと思っている」
「おれも賛成したんだ。使わずに済むならそれでいいし、何かあったときに役立つなら安いもんだろ?」
おれがそう言うと、クロッカスは小さく頷いた。
「悪くない考えだ。ただし、エターナルポースがあれば何でも解決すると思うなよ」
「ああ。そいつは分かってる」
デュースはケースを閉じた。
「今後も寄港先で買えるものがあれば、少しずつ増やしていくつもりだ」
「そうしておけ。航路を選べるというのは、それだけで価値がある」
クロッカスの言葉に、デュースは満足そうに頷いた。
ローグタウンでエターナルポースを買い込もうと言い出したのはデュースだった。高額な買い物ではあったが、専属の航海士がいない状況を考えれば、十分に納得できる提案だったと思う。
サボもそのときから賛成していたし、これからも必要に応じて買い足していく予定だ。
「それと、船の方にも少し工夫してあるんだ」
おれが言うと、クロッカスがおれを見た。
「工夫?」
「ああ。おれの能力を使って、風がなくても進めるようにしてある」
「能力というと、悪魔の実か?」
「そうだぜ」
右手の人差し指を立て、先端に小さな炎を灯す。
「メラメラの実だ」
「ほう……」
クロッカスは炎とおれの顔を交互に見た。
「それで船を動かすのか?」
「ああ。船尾に専用の推進装置をつけてあるんだ。おれが炎を送り込めば、ある程度は自力で進める」
「なるほど。帆だけに頼らずに済むわけか」
「そういうことだ。ただ、海流や波まで無視できるわけじゃねえし、ずっと使い続けるつもりもないけどな」
ヴァンガード号の推進装置は便利だが、万能ではない。
風がないときや、急いで移動したいときには役立つものの、船そのものの操縦が不要になるわけではない。無理な使い方をすれば船体にも負担がかかる。
その辺りは造船所の連中とも何度も相談したし、実際に試運転も重ねてきた。
「面白い船だ」
「だろ?」
褒められると、やっぱり嬉しい。
「ヴァンガード号っていうんだ。おれたち三人で動かせるように造ってもらった」
「お前が造ったわけではないんだろう」
「名前つけたのはおれだぞ」
「そこを誇るのか?」
「いい名前だろ!」
「ハハッ、そこはおれも気に入ってるぞ」
サボが笑った。
「おれも異論はないよ。船の出来もいいしな」
デュースも頷く。
クロッカスは三人を見比べ、それから沖へ目を向けた。
その視線を追ってみたが、見える範囲には海しかない。
ラブーンでも探しているのだろうか。
「そういや、ここにはあんた一人なのか?」
「いや」
クロッカスが答える。
「もう一頭いる」
「一頭?」
デュースが首を傾げる。
「クジラだ」
「クジラと暮らしてるのか?」
サボが食いついた。
「島クジラだ」
「島クジラ!?」
「でかいのか?」
「山ほどな」
「見てえ!」
思わず声が出た。
ラブーンがいることは知っていたが、あれほど巨大なクジラを実際に見る機会なんて、そうそうあるものじゃない。
「どこにいるんだ?」
「今は潜っている」
「呼べないのか?」
「呼んだからといって、すぐ戻ってくるとは限らん」
「ちぇっ」
残念だ。
せっかくここまで来たのだから、一度くらい近くで見てみたかった。
サボも同じらしく、海を覗き込んでいる。
「どのくらい潜ってるんだ?」
「その時による」
「待ってたら見られるか?」
「さあな」
「エース」
デュースが嫌そうな顔をした。
「何だ?」
「まさかクジラを見るためにここで何日も待つとか言わないよな?」
「一日くらいなら」
「言うと思った」
「いいじゃねえか。島クジラだぞ?」
「おれもちょっと見たいな」
「サボ!」
「だって山ほどでかいんだろ? 気になるじゃねえか」
「お前まで……」
クロッカスがこちらを見た。
「やめておけ」
声が低い。
さっきまでとは違う妙な迫力があった。
「死人が出るぞ」
デュースが動きを止める。
「……へぇ、誰が死ぬって…?」
クロッカスは真顔のまま答えた。
「私だ」
「お前かよ!!」
「ぶはっ!」
また駄目だった。
「ハハハハハハハ!!」
腹を押さえてしゃがみ込む。
「エース! 笑ってないでこいつどうにかしろ!」
「無理だって! ハハハ! なんであんたが死ぬんだよ!」
「お前たちがいつまでも騒いでいたら、私の心労が増える」
「どんだけ心が弱ェんだ!!」
デュースがとうとう声を荒らげる。
サボは横を向いて肩を震わせていた。
「お前も笑ってるだろ、サボ!」
「悪い、でも今のは……!」
「くそっ、何なんだこの爺さん!」
「クロッカスだ。双子岬の灯台守を――」
「それはもう聞いた!」
デュースの声が岬に響く。
おれはしばらく笑いが止まらなかった。
偉大なる航路へ入った初日に、こんな爺さんと話すことになるとは。
クロッカスが変わり者なのは知っていたが、実際に相手をしてみると想像以上だ。何を言っても真顔で返してくるものだから、こっちまで調子が狂ってくる。
それでいて、航海の話になれば的確な助言をしてくれる。あのロジャー海賊団で船医を務めていたというのも、何となく納得できる気がした。
ようやく笑いが収まったところで顔を上げると、クロッカスと目が合った。
今度は、先ほどまでとは少し違う目をしていた。
何かを懐かしんでいるようにも見えたが、すぐにいつもの真顔へ戻ってしまう。
「……何だよ?」
「いや」
クロッカスは少し間を置いた。
「随分楽しそうに笑うと思ってな」
「ハハッ、そりゃ面白かったからな!」
「そうか」
「ああ。あんた、なかなかいい性格してるぜ!」
クロッカスは何も答えなかったが、口元がほんの少し動いたような気がした。
昔の仲間でも思い出していたのだろうか。
この爺さんは、ロジャーと世界の果てまで旅をした人間だ。おれの知らない話だって、山ほど持っているに違いない。
ラフテルへ辿り着くまでの航海や、そこで見たもの。ロジャーがどんな奴だったのかも、本人を知る人間から聞いてみれば面白そうだ。
もっとも、いきなりそんな話を持ち出せば、こちらが何を知っているのか不審に思われるだろうし、そもそも簡単に教えてくれるとも限らない。
今は無理に聞き出す必要もない。
「なあ、クロッカスさん」
「何だ?」
「せっかくだし、もう少しこの辺りの話を聞かせてくれよ。初めて来た海だからな」
「何が聞きたい?」
「そうだな。まずは、この先の島についてだ。さっき航路がいくつかあるって言ってただろ?」
おれが海図を指すと、サボも身を乗り出した。
「ああ、それはおれも気になる。どんな島があるんだ?」
「おれは補給できる場所も知りたいな。偉大なる航路じゃ、東の海と同じように買い物ができるとは限らないだろうし」
デュースがそう言って、海図の端を押さえた。
クロッカスはしばらく三人を眺めていたが、やがて椅子から腰を上げ、海図のそばへ歩いてきた。
「まったく、騒がしい連中だ」
「まあ、そう言うなって!」
クロッカスは小さく息を吐き、海図へ指を伸ばした。
こうして、おれたちは双子岬で偉大なる航路について話を聞くことになった。
海の向こうから、心地よい風が吹いてくる。
まだ見たことのない島も、会ったことのない強い奴らも、この先には山ほどいるはずだ。
その最初に出会ったのが、親父と世界の果てまで旅をした爺さんだったというのも、なかなか面白い巡り合わせだと思う。
サボが海図を覗き込み、デュースが手帳を開く。
おれも二人の隣へ腰を下ろし、クロッカスが指し示す航路へ目を向けた。
偉大なる航路での冒険は、まだ始まったばかりだ。
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