転生したらエースだった件 作:みけまる(AI執筆)
双子岬を出航して数日が経った。
クロッカスから話は聞いていたが、偉大なる航路の海は想像していた以上に気まぐれだった。東の海では多少天候が崩れても、その兆候を見て早めに対応できたものだが、ここではそうもいかない。
「おい、また風が変わったぞ!」
「分かってる! エース、そっちの帆を畳んでくれ!」
「おう!」
操舵輪を握るサボへ返事をし、ロープを引いて帆を絞る。
ついさっきまで左舷から吹いていた風が急に弱まり、今度は正面から強い風が吹き始めていた。船尾の方にはまだ青空が広がっているのに、進行方向にはいつの間にか分厚い雲が集まっている。
おまけに海面の様子まで変わってきた。風向きに逆らうような波が船腹を叩き、ヴァンガード号の進路を少しずつ押し流している。
「デュース! 雨が来そうだ! 甲板の荷物を確認してくれ!」
「ああ、今やってる!」
船尾から返事があった。
デュースは先ほどまで干していた布を回収し、濡らしたくない荷物を船室へ運び込んでいる。おれも帆を固定すると、近くに残っていた木箱を押さえ、緩んでいたロープを締め直した。
その最中、ぽつりと頬に冷たいものが当たった。
見上げる間もなく、雨が降り始める。
「ハハハ! 本当に何でもありだな、この海!」
「笑ってる場合か! こっちはさっき干したばっかりなんだぞ!」
「そりゃ災難だったな!」
「他人事みたいに言うな!」
デュースが布を抱えて船室へ駆け込んでいく。
おれも最後の木箱を固定し終えたところで、船体が大きく傾いた。足元が滑ったものの、船縁へ手を伸ばして身体を支え、すぐに体勢を立て直す。
「エース! そっちは大丈夫か?」
「ああ! 荷物も固定したぞ!」
「助かる! ちょっとこっちへ来てくれ!」
サボのいる操舵輪へ向かうと、あいつは雨に濡れた髪を額へ貼りつかせながら、前方の海を睨んでいた。
船首が波を越えるたびに左右へ振られ、舵を切っても思うように向きが変わらない。
「妙な流れに捕まったみたいだ。今のままだと、どんどん針の方角から外れる」
「推進装置を使うか?」
「いや、ちょっと待ってくれ。今まっすぐ押したら、余計に船体が流されそうだ」
サボは波の動きを確かめながら、操舵輪を少し戻した。
「いったん流れに合わせて船首を振る。そのあとで推進力を使って戻そう」
「分かった。合図してくれ!」
「ああ、頼む!」
おれは船尾へ向かい、推進装置の状態を確認した。
ヴァンガード号に取りつけたこの装置は、おれの炎を利用して船を進ませるためのものだ。風がなくても動けるのは便利だが、船体そのものが海流に押されている状況では、ただ推進力を上げればいいというわけでもない。
サボが操舵輪を握り、波の動きに合わせて進路を調整する。その間、おれは船尾で待機しながら、装置に送り込む炎の量を考えていた。
こういう航海も悪くない。
東の海では、風さえ穏やかなら船を進めるのにそれほど苦労しなかった。ストライカーで一人旅をしていた頃など、海が静かすぎて退屈したこともある。
それに比べると、偉大なる航路では海そのものが手強い相手だった。力任せに進もうとしても思い通りにはならず、風や波の動きを見ながら、三人で対応を考える必要がある。
もっとも、船を沈めてしまっては笑い話にもならない。面白がるのは、無事に切り抜けてからでも遅くないだろう。
「エース、今だ!」
「おう!」
合図に合わせ、推進装置へ炎を送り込んだ。
船尾から噴き出した炎がヴァンガード号を押し、船体が波を越えて前へ進む。サボはその動きに合わせて舵を切り、流されていた船首を少しずつ戻していった。
「そのまま維持してくれ!」
「了解!」
しばらく進むと、船体を横から押していた流れが弱まった。
「よし、少し絞ってくれ!」
「分かった!」
炎の出力を落とす。
サボがログポースを確認し、ようやく操舵輪を握る手から力を抜いた。
「……よし。戻せたな」
「上手くいったな!」
「ああ。助かったぜ」
おれが操舵輪のそばへ戻ると、サボは濡れた前髪をかき上げて笑った。
そこへ、荷物を片づけ終えたデュースが船室から出てきた。
「上手く進路を戻せたか」
「ああ。エースに推進装置を使ってもらってな」
「そいつはよかった。こっちも荷物は全部無事だ」
「干してた布はどうだった?」
おれが尋ねると、デュースは嫌そうな顔をした。
「半分くらい濡れた。せっかく乾きかけてたのにな」
「そりゃ残念だったな」
「まあ、船が無事なら文句はないけどな。……それにしても、お前ら楽しそうだな」
「楽しいぞ!」
おれが答えると、デュースは苦笑した。
「お前に聞いたおれが馬鹿だったよ」
「でも、お前も結構楽しんでるだろ?」
「……まあな」
「ほらな!」
「天気に振り回されるのが楽しいとは言ってないぞ。こんな海が本当にあるって、自分で見られたことが面白いんだ」
「似たようなもんだろ」
「全然違う」
そう言いながらも、デュースは笑っていた。
サボも操舵輪の前から振り返る。
「おれも分かるぜ。東の海とは全然違うからな。これだけでも偉大なる航路まで来た甲斐がある」
「だろ?」
「ただし、沈まなければな」
「そこは何とかしようぜ!」
「そこを一番何とかしなきゃならねえんだよ」
デュースの言葉に三人で笑っていると、いつの間にか雨音が弱くなっていた。
さっきまで甲板を叩いていた雨が細くなり、やがて雲の切れ間から陽が差し始める。
「……もう止むのか?」
デュースが空を見上げた。
「早すぎないか?」
「偉大なる航路だからな!」
「それで全部済ませる気か、お前」
「それ以上の言葉もねえよ!」
「ああもう、本当にとんでもない海だ…」
デュースはそう言って肩をすくめると、船室へ戻っていった。濡れた布をもう一度干し直すつもりらしい。
サボは再び前方へ目を向け、おれも残っていたロープの緩みを確認する。
こうして、おれたちの偉大なる航路での航海は、初日から随分と賑やかなものになっていた。
◇
その後も天候の急変には何度か悩まされたが、ヴァンガード号は大きな問題を起こすことなく、最初の島へ辿り着いた。
ウイスキーピーク。
サボテンのような形をした岩山がいくつも並ぶ、妙な景観の島だった。
港へ入ると、住民たちが随分と賑やかに出迎えてくれた。酒場へ案内され、料理や酒まで勧められたのだから、初めて訪れた島としては悪くない歓迎だったと思う。
もっとも、あの町が海賊を歓迎する理由については知っている。
賞金稼ぎたちが海賊を誘い込み、油断したところを捕まえるための町だ。おれたちは海賊ではないが、見慣れない船で偉大なる航路へ入ってきた若者三人組なのだから、警戒されても不思議ではない。
とはいえ、向こうから仕掛けてこない限り、わざわざ騒ぎを起こすつもりもなかった。
サボとデュースには、あまり気を緩めないようにだけ伝えておいた。二人とも賞金稼ぎとして活動してきた経験があるし、初対面の相手に無条件で気を許すような性格でもない。
結局、その日は食事を楽しみながら町の様子を見て回り、必要な補給を済ませることにした。
「ここの料理、結構美味いな」
「そうだな。酒も悪くない」
サボはそう言って、グラスを傾けた。
デュースは料理を食べながら、町で買い足した薬の一覧を確認している。
「お前、飯のときくらい仕事のこと忘れたらどうだ?」
「仕事をしているわけじゃない。買い忘れがないか見てるだけだ」
「だったら、食い終わってからでもいいだろ」
「……それもそうだな」
デュースは帳面を閉じ、料理へ手を伸ばした。
こうして普通に飯を食っている分には、東の海の港町と大した違いはない。妙な岩山を除けば、むしろ賑やかで過ごしやすい町だった。
翌朝には食料と水を積み込み、ヴァンガード号は再び海へ出た。
ここで長居する理由はない。
おれが楽しみにしている場所は、もう少し先にある。
リトルガーデン。
太古の生物が今も生きている島で、かつて巨兵海賊団を率いた二人の巨人が決闘を続けている。
ドリーとブロギー。
原作で見た二人の姿は、今でもよく覚えている。
巨人族というだけでも興味を引かれるが、あの二人はそれぞれが巨兵海賊団の船長を務めていた戦士だ。エルバフの戦士がどんな戦い方をするのか、ぜひ一度この目で見てみたかった。
もちろん、可能なら手合わせもしてみたい。
ただし、いきなり決闘へ割り込むつもりはない。あの二人には二人なりの事情と誇りがあるだろうし、まずは会って話してみるのが先だ。
それに、リトルガーデンにはもう一つ楽しみがある。
恐竜だ。
前世では骨格標本や復元図でしか見ることのできなかった生き物が、あの島では当たり前のように歩き回っているという。
巨人と恐竜。
どちらも、わざわざ航路を選んで訪れるだけの価値があると思う。
双子岬でこの航路を選んだのも、それが理由だった。
もっとも、前世の記憶だけで島の位置関係をすべて把握しているわけではない。実際の航海ではログポースと海図が頼りになるし、島に着くまで何が起こるかも分からない。
リトルガーデンのログが溜まるまで長い時間がかかることも覚えているが、そのためにエターナルポースを用意してある。使える航路は限られるものの、島から出られなくなる心配はないはずだ。
「エース」
船首で海を眺めていると、後ろからデュースに呼ばれた。
「何だ?」
「お前、何笑ってるんだ?」
「笑ってたか?」
「笑ってた」
「次の島が楽しみなんだよ」
「まだ何があるかも分からないだろ」
「だから楽しみなんじゃねえか」
そう答えると、デュースは少し考えてから笑った。
「まあ、それもそうか。おれも変わった生き物がいるなら見てみたいしな」
「だろ? 珍しい薬草なんかもあるかもしれねえぞ」
「それは期待したいところだな。知らない植物を見つけてもすぐに使えるとは限らないけどよ」
「そりゃそうだ。毒草だったら大変だしな」
「分かってるならいい」
デュースはそう言って、船室へ戻っていった。
どうやら、島へ着いたときに持っていく道具を確認するつもりらしい。
おれもそろそろ船首を離れようかと思ったところで、操舵輪の方からサボの声が聞こえてきた。
「エース! デュース!」
「どうした?」
「島が見えたぞ!」
「おっ!」
すぐに前方へ目を向ける。
水平線の向こうに、緑に覆われた島が姿を現していた。
まだ距離はあるが、海岸から内陸までびっしりと植物が茂っているのが分かる。中央付近には山があり、その上から細い煙が空へ伸びていた。
呼ばれて出てきたデュースも、船首へ並んで島を眺める。
「火山か?」
「たぶんな」
サボは操舵輪を握りながら、島とログポースを見比べていた。
「針はあそこを指してる。次の島で間違いないぞ」
「よし!」
思わず拳を握った。
いよいよリトルガーデンだ。
「何だよエース。やけに嬉しそうだな」
「いいじゃねえか。見ろよ、面白そうな島だぞ!」
「それは否定しないけどな」
サボも笑っている。
島へ近づくにつれ、遠くからでは分からなかった様子が少しずつ見えてきた。
まず目につくのは木々の大きさだった。
海岸近くまで森が迫っているのだが、一本一本の幹がやたらと太く、枝から垂れ下がる葉も見慣れたものよりずっと大きい。奥にはさらに背の高い木々が重なり、島全体が緑の壁に覆われているように見える。
「すげえな……」
サボが島を見上げた。
「あの辺の木、ゴアにあるやつよりずっとでかくないか?」
「ああ。植物の種類も違いそうだな」
デュースも興味を引かれたらしく、鞄から帳面を取り出した。
「お前、もう書くのか?」
「今のうちに気づいたことを残しておきたいんだ。上陸したら、もっといろいろ見つかりそうだしな」
「ハハッ、そりゃ忙しくなりそうだな!」
「そうなってくれた方が嬉しいよ」
デュースはそう言って笑い、再び島へ目を向けた。
おれも二人と並んで、近づいてくる森を眺める。
太古の環境を残した島だということは知っている。それでも、実際に目の前へ広がる景色は、想像していたよりずっと迫力があった。
これだけ植物が大きければ、森の中を歩くだけでも面白そうだ。見慣れない生き物だって山ほどいるだろうし、何より恐竜がいる。
できれば最初は、あまり凶暴じゃない奴をじっくり観察してみたい。
もっとも、向こうがおれたちをどう思うかは別の話だが。
「エース、何か気になるものでも見つけたのか?」
サボが尋ねてきた。
「いや、あの森の中に何がいるのか考えてたんだ」
「ハハッ、おれもだ! あんなでかい木が生えてるんだ。動物だって相当なもんがいそうだよな」
「ああ。楽しみだぜ!」
「おれはまず、船を安全に停められる場所を見つけたいな」
デュースが言った。
「海岸沿いは木が多すぎるし、岩場もありそうだ。少し回ってみないか?」
「そうだな。浅瀬に乗り上げるのは御免だ」
サボが頷いた。
おれも海岸へ目を向ける。
しばらく進むと、森の奥から流れてきた川が海へ注いでいる場所が見えた。河口の幅はヴァンガード号でも十分に通れそうで、川の両岸には大きな木々が並んでいる。
「あそこから入れそうだな」
おれが指すと、サボも川の方を見た。
「ああ。水深を確認しながら近づいてみよう」
「おう!」
ヴァンガード号は速度を落とし、河口へ向かって進み始めた。
近づくほど、周囲の植物が大きく見えてくる。海から眺めていたときには普通の木に見えたものも、近くで見ると幹だけで船の幅より太い。水辺には巨大なシダのような植物が群生し、その隙間を色鮮やかな鳥が飛び回っていた。
「おいおい、本当に同じ世界なのか?」
デュースが感心したように呟いた。
「ハハハ! 不思議島だ!!」
「なにもかもでけェ!!」
サボも随分ご機嫌だ。
川へ入ると海の波は弱くなったが、代わりに森の匂いが濃くなった。湿った土と草木の青臭さが混じり、時折どこからか獣の鳴き声まで聞こえてくる。
サボは操舵輪を握りながらも、興味深そうに周囲を眺めていた。
「なあ、奥まで行ってみないか?」
「そのつもりだぞ」
「聞くまでもなかったな」
「お前も行くんだろ?」
「当たり前だ!」
デュースを見ると、あいつは帳面を片手に水辺の植物を観察していた。
「デュースはどうする?」
「もちろん行くよ。ここまで来て船で待ってる方が嫌だ」
「よし、決まりだな!」
ただ、川をどこまでも遡るわけにもいかない。
両岸の木々が水面へ枝を伸ばしている場所もあり、奥へ進みすぎれば船を動かしにくくなる。しばらく様子を見ながら進み、岸が比較的開けた場所を見つけたところで、ヴァンガード号を寄せることにした。
サボが船を止め、おれとデュースでロープを回して固定する。
船体の状態を確かめたあと、三人で上陸の準備を始めた。
「まずはログポースの様子を見ておきたいな」
デュースが鞄からログポースを取り出した。
「クロッカスの爺さんも、島によって記録にかかる時間が違うって言ってたしよ」
「ああ。どのくらいかかるか分かれば、今後の予定も立てやすいな」
サボが答えた。
おれも頷きながら、船室へ置いてあるエターナルポースのことを考えた。
リトルガーデンでは、ログの記録に一年かかるはずだ。普通なら大問題だが、幸いおれたちには別の島を指すエターナルポースがある。
とはいえ、今すぐ出航するわけでもない。まずは島を見て回り、必要になったら使えばいいだろう。
「ログが溜まるまで長かったら、エターナルポースを使えばいいさ」
おれが言うと、デュースも頷いた。
「ああ。そのために買ってきたんだしな」
「それに、せっかく来たんだから、何日かは島を調べてみたいよな」
サボが言った。
「賛成だぜ。面白いものが山ほどありそうだしな!」
「ただ、船を離れるなら、どの辺りまで行くかは決めておこう」
デュースが岸の方を見た。
「森の中じゃ目印も少なそうだ。帰り道が分からなくなるのは困る」
「そうだな。川沿いを進めば船へ戻りやすいだろうし、最初はあまり離れないようにしようぜ」
おれがそう提案すると、サボも賛成した。
「それがよさそうだな。奥へ行くのは、島の様子をもう少し確かめてからにしよう」
話がまとまったところで、それぞれ必要な荷物を用意する。
デュースは医療道具と帳面を鞄へ詰め、サボは鉄パイプを背負い直した。おれも帽子をかぶり直し、船を固定したロープを最後に確認する。
「よし、行こう!」
三人で岸へ降りると、足元の土は思った以上に柔らかかった。
水辺には見慣れない形の草が生え、少し離れたところには人間の背丈を軽く超えるシダが群生している。頭上では巨大な葉が幾重にも重なり、川の上では明るかった日差しも、森の中へ入ると随分と弱くなった。
「暑いな」
サボが上着の襟元を緩めた。
「湿気もすごい。薬は船に置いてきた方がよかったかもしれないな」
デュースが鞄の中を確認する。
「必要なら戻ってもいいぞ」
「いや、持っていくよ。どんな生き物がいるか分からないし、何かあったときに手当てできない方が困る」
「そりゃそうだな」
おれたちは川から大きく離れないようにしながら、森の中へ進んだ。
足元には腰の高さまで伸びた草があり、少し歩くだけでも身体へ葉が触れる。頭上からは鳥の鳴き声が聞こえ、森の奥では別の動物がそれに応えるように低く鳴いていた。
見慣れない植物を見つけるたび、デュースが足を止める。
「ちょっと待ってくれ。これ、葉の形が面白いな」
「何かの薬草か?」
「まだ分からない。ただ、東の海で見たものとは随分違う」
デュースは葉に触れないよう気をつけながら、その形を帳面へ描き留めた。
おれとサボも横から覗き込む。
「へえ、よく描けてるじゃねえか」
「文章だけじゃ後で思い出せないこともあるからな」
「お前、絵も結構上手いんだな」
サボが言うと、デュースは少し得意そうに笑った。
「これでも練習してるんだよ。冒険記を書くなら、挿絵もあった方が面白いだろ?」
「ハハッ、そりゃ楽しみだ!」
デュースが帳面を閉じたところで、再び歩き始める。
森の中は思っていた以上に賑やかだった。木々の間を小さな動物が走り抜け、頭上では鮮やかな羽を持つ鳥が枝から枝へ飛び移っている。どこか遠くから響く獣の声は、ゴアの山で聞いていたものよりずっと低く、身体の大きさまで想像させるようだった。
サボも辺りを見回しながら歩いている。
「なあ、エース。あの鳴き声、何の動物だと思う?」
「さあな。聞いたことねえ声だ」
「相当でかそうだよな」
「ああ。見つけたら近くで見てみたいぜ」
「おれもだ!」
サボが笑った。
おれも自然と足取りが軽くなる。
巨人に会うのは楽しみだし、手合わせができるならなおいい。ただ、今はこの森を歩いているだけでも十分に面白かった。
どんな生き物が最初に姿を見せるのか。
そう考えながら周囲を眺めていると、少し離れた場所で木の枝が大きく揺れた。
「……ん?」
足を止める。
枝の揺れ方がおかしい。
風に吹かれたにしては一部分だけが激しく動いており、周囲の鳥たちも落ち着かない様子で鳴き始めていた。
「どうした、エース?」
サボが尋ねる。
「あっちで何か動いてる」
おれが指すと、二人も森の奥へ目を向けた。
その直後、鳥たちが一斉に飛び立った。
続いて、足元から重い振動が伝わってくる。
一度きりではない。
何か大きなものが歩くたびに、湿った地面を通して衝撃が響いてくる。
「……何だ?」
サボが鉄パイプへ手を伸ばした。
デュースも帳面をしまい、周囲を見回す。
おれは森の奥へ目を凝らした。
木々の間で巨大な影が動いている。
まだ全身は見えないが、背の高い植物を押し分けるように進んでくる様子からして、相当な大きさだ。
「おい、エース」
「何だ?」
「何で笑ってる?」
「いや、でかいのが来たなと思ってよ」
森の奥で太い枝が折れた。
次の瞬間、巨大な頭が木々の向こうから姿を現した。
太い後ろ脚で身体を支え、長い尾を引いた肉食恐竜が、邪魔な枝を押し退けながらこちらへ近づいてくる。
おれは思わず目を見開いた。
でかい。
頭の大きさだけでも相当なもので、開いた口には鋭い牙がずらりと並んでいる。分厚い皮膚の下では筋肉が動き、太い脚が地面を踏むたびに周囲の草が揺れていた。
前世で見た復元図とは違い、目の前にいるこいつは間違いなく生きている。
「……おいおい」
サボが見上げた。
「まさか、これ……恐竜か?」
「すげえ!」
思わず声が出た。
「本物だぞ!」
「いや、喜ぶのはいいけどな」
デュースが恐竜から目を離さないまま言った。
「あいつ、どう見てもこっち食う気じゃないか?」
恐竜の鼻先が動いた。
おれたちの匂いを確かめているのか、巨大な頭を左右へ振りながら近づいてくる。
やがて大きく口を開き、鋭い牙を剥き出しにして咆哮した。
腹の底まで震わせるような声が森へ響き、頭上に残っていた鳥まで慌てて飛び去っていった。
「元気がいいな!」
「エース、お前ちょっと嬉しそうすぎないか!?」
「だって恐竜だぞ!」
「それはおれも分かるけどな!」
言いながら、サボも鉄パイプを肩から下ろした。
その顔には警戒が浮かんでいるものの、口元には笑みがある。
こいつも、初めて見る恐竜に興奮しているらしい。
「どうする?」
「せっかくだ!もう少し近くで見よう!」
「そう言うと思ったよ!」
サボが笑った。
おれは恐竜の動きを観察する。
身体は大きいが、足の運びは思った以上に軽い。あの巨体を支える脚の筋肉も相当なものだろう。前世の知識では肉食恐竜はもっと鈍重な印象があったが、実際に見ると随分違う。
恐竜はおれたちを獲物と判断したらしく、頭を低くして距離を詰め始めた。
「デュース、少し下がっててくれ」
「ああ。お前らも気をつけろよ」
「おう!」
デュースが後ろへ下がるのを確認し、おれは恐竜へ向き直った。
相手は巨大な肉食獣だ。
こっちの強さなんて知るはずもないし、目の前にいる獲物を食おうとするのも自然なことだろう。
恐竜が地面を蹴った。
巨体の割に速い。
太い後ろ脚が湿った土を蹴り上げ、木々の間を抜けながら一気に距離を詰めてくる。長い尾で身体の釣り合いを取り、大きく開いた顎をおれへ向けた。
おれはその動きを最後まで見てから、横へ跳んだ。
巨大な頭が目の前を通り過ぎる。
顎が閉じる音が響き、勢い余って突っ込んだ恐竜の肩が近くの木へぶつかった。幹が大きく揺れ、頭上から葉が降ってくる。
おれは帽子を片手で押さえながら着地した。
「ハハハ! 近くで見るともっとでけえな!」
「感想言ってる場合か!」
後ろでデュースが叫んだ。
恐竜は獲物を逃したことが気に入らなかったのか、身体を大きく回してこちらへ向き直った。
その動きに合わせ、長い尾が周囲の草木を薙ぎ払う。
おれは少し距離を取り、改めて相手を見上げた。
これほど大きな生き物が、当たり前のように森を歩いている。
リトルガーデン。
想像していた以上に面白い島だ。
巨人たちに会うのは、もう少し後でもいいだろう。
せっかく目の前に恐竜がいるんだから、まずはこいつの動きをもう少し見てみたい。
「よし」
おれが拳を構えると、恐竜が再び吠えた。
「遊ぼうぜ!」
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