転生したらエースだった件   作:バカきゅー

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第六話 サボ

 五歳になった頃、おれの行動範囲はコルボ山の中だけでは収まらなくなっていた。

 

 身体が強くなるにつれて、走れる距離も増えた。今では朝から山を駆け回っても、昼飯までには余裕を持って帰ってこられる。もっとも、面白そうなものを見つけて寄り道した結果、ダダンに怒鳴られることは相変わらずだった。

 

 見聞色と武装色の鍛錬も続けている。

 

 見聞色は、集中すれば近くにいる生き物の気配を感じ取れることが増えた。まだ距離が離れると分からなくなるし、動物が何をしようとしているのかまで読み取れるわけではないが、森で獲物を探す時にはなかなか便利だった。

 

 一方、武装色の方は難航していた。

 

 身体の内側にある力を感じ取れるようにはなったものの、それを思いどおりに動かすとなると、途端に難しくなる。拳へ集めようとしても途中で感覚が消えてしまうし、うまくいったと思っても、実際にどれだけ強化できているのかが分からない。

 

 ただ、最近は身体を鍛えている時にも、時々その力を感じ取れるようになっていた。

 

 ならば、これまでどおり鍛錬を続ければいい。急いで岩を殴ったところで、拳を痛めるだけだ。

 

 そんなわけで、おれは今日も山を走っていた。

 

 もっとも、今日の目的地はいつもの鍛錬場所ではない。

 

 グレイ・ターミナルだ。

 

 以前から一度、じっくり見て回りたいと思っていた場所だった。

 

     *

 

 グレイ・ターミナルは、想像していた以上に広かった。

 

 ゴア王国の町から捨てられた大量のゴミが積み重なり、その隙間に人が住んでいる。廃材で組み立てた小屋や、壊れた船の一部を利用したような建物まであって、遠くから眺めているだけでは分からなかった生活の様子が見えてきた。

 

 ただ、臭いはひどい。

 

「うへェ……。よくこんなところで暮らせるな」

 

 思わず鼻を押さえた。

 

 コルボ山にも獣の死骸や腐った木の実はあるが、ここでは色々な臭いが混ざり合っている。場所によっては足元も怪しく、何が埋まっているのか分からない。

 

 おれは比較的歩きやすそうな道を選びながら、辺りを見回した。

 

 大人たちがゴミの山を掘り返し、使えそうなものを選り分けている。子供も何人かいたが、こちらは大人に混じって働いている者もいれば、拾ったらしい木の棒を振り回して遊んでいる者もいた。

 

 おれが近くを通ると、廃材を運んでいた男が声をかけてきた。

 

「おい、坊主。見ねェ顔だな。どっから来たんだ?」

 

「山からだ」

 

「山ァ? こんなところまで何しに来たんだよ」

 

「見物!」

 

 男は一瞬ぽかんとした後、腹を抱えて笑い始めた。

 

「はははっ! 物好きなガキだな! ここに見物するようなもんがあるかよ!」

 

「あるじゃねェか。おっさんたちが何してんのか、結構面白いぞ!」

 

「おれたちは見世物じゃねェぞ!」

 

 笑いながらそう言うと、男は廃材を担ぎ直して歩いていった。

 

 おれも手を振って別れ、さらに奥へ進むことにした。

 

 しばらく歩くと、少し開けた場所に出た。

 

 そこには何人かの男たちが集まっており、酒を飲みながら何やら話し込んでいた。ちょうど腹が減ってきたところだったので、近くに食い物を売っている場所でもないかと見回していると、そのうちの一人がやけに大きな声を上げた。

 

「だからよォ、海賊王なんざ、ろくでもねェ野郎だったに決まってんだ!」

 

 おれは足を止めた。

 

 ロジャーの話か。

 

 そういえば、原作のエースも、こうして色々な人間にロジャーのことを聞いて回っていたんだったな。

 

 少し興味が湧いたので、近くに転がっていた木箱へ腰を下ろした。

 

「何だよ、急に海賊王の話なんか始めやがって」

 

「さっき新聞の切れ端を拾ったんだよ。昔の処刑の記事が載っててな」

 

「そんなもん、今さら読んでどうすんだよ」

 

「まあ聞けって。あんな大悪党にも、女の一人くらいいたんじゃねェかと思ってよ」

 

 男たちは酒を飲みながら、好き勝手なことを言い始めた。

 

 ロジャーがどれだけ多くの人間を殺しただとか、財宝を隠しているに違いないだとか、しまいには、あんな男の子供がいたら世界中から命を狙われるだろうという話にまでなった。

 

「そりゃそうだろ。あんな化け物の血を引いてるんだぜ? ろくなガキに育つわけがねェ」

 

「生まれてこねェ方が世のためだな!」

 

「はははっ! 違ェねェ!」

 

 おれは頬杖をつきながら、その話を聞いていた。

 

 なるほど。

 

 確かに、世間から見たロジャーというのは、そういう存在なんだろう。

 

 海賊王といえば聞こえはいいが、海軍や世界政府からすれば、史上最悪級の大犯罪者だ。一般人の中にも、海賊にひどい目に遭わされた奴は大勢いるだろうし、海賊王のことを嫌う人間がいても不思議じゃない。

 

 ただ、話を聞いている限り、この連中がロジャーに直接何かされたわけでもなさそうだった。

 

 それにしても、生まれてこない方がいいとは、ずいぶんな言われようだ。

 

 おれは思わず笑った。

 

 本人が目の前にいると知ったら、こいつらはどんな顔をするんだろうな。

 

「おい、ガキ。何笑ってやがる」

 

 男の一人が、こちらに気づいた。

 

「いいや、別に」

 

「何だよ。海賊王の話がそんなに面白ェのか?」

 

「まあな。おっさんたち、会ったこともねェ奴の話でよくそこまで盛り上がれるな」

 

「何だと、このガキ!」

 

 男が立ち上がった。

 

 だが、隣にいた別の男が、その肩をつかんで引き戻した。

 

「やめとけよ。ガキ相手に何ムキになってんだ」

 

「こいつが生意気なこと言いやがるからよ!」

 

「酒飲んでガキと喧嘩なんざ、みっともねェぞ!」

 

 周りの男たちが笑い始めた。

 

 おれもつられて笑いながら、木箱から飛び降りた。

 

「じゃあな、おっさんたち!」

 

「おう、帰るなら気をつけろよ! 財布でも持ってたら取られるぞ!」

 

「残念ながら持ってねェんだ!」

 

 そう答えて歩き出す。

 

 腹が減った。

 

 そろそろ、どこかで食い物を探した方がよさそうだった。

 

     *

 

「おい、お前!」

 

 男たちから少し離れたところで、不意に声をかけられた。

 

 振り返ると、少し離れた廃材の陰から、金髪の少年がこちらを見ていた。

 

 おれと同じくらいの年齢だろうか。黒い服を着て、手には細長い鉄パイプを持っている。

 

 見覚えのある顔だった。

 

 というより、見覚えがありすぎる。

 

 サボだ。

 

「何だ?」

 

「お前、さっきの話を聞いてただろ!」

 

「聞いてたぞ」

 

 少年は少し警戒した様子で、おれに近づいてきた。

 

「何であんなこと言ったんだ? あいつら、怒ってただろ」

 

「会ったこともねェ奴の話で盛り上がってたからな。ちょっとからかっただけだ」

 

「……お前、変な奴だな」

 

「お前もな。そんなところに隠れて何してたんだよ」

 

「隠れてたわけじゃねェよ!」

 

 少年はむっとした顔で言い返した。

 

 おれは思わず笑った。

 

 なるほど、こいつがサボか。

 

 原作では、エースと一緒に海賊になるための資金を集めていたはずだ。出会う前から顔は知っていたが、こうして実際に話してみると、漫画で見ていた時とは少し印象が違う。

 

 何しろ、目の前にいるのは、まだ小さな子供なのだ。

 

 もっとも、手に持っている鉄パイプは、なかなか物騒だったが。

 

「おれはエースだ! お前は?」

 

「……サボ」

 

「よろしくな、サボ!」

 

「お、おう」

 

 サボは少し面食らったようだった。

 

 おれが手を差し出すと、しばらくその手を見つめた後、恐る恐る握り返してきた。

 

「お前、どこから来たんだ?」

 

「コルボ山だ。 ダダンって山賊の家に住んでる。」

 

「山賊!?」

 

「そうだぞ! まあ、あいつら大して強くねェけどな!」

 

 サボは驚いたように目を丸くした後、急に笑い始めた。

 

「はははっ! お前、山賊と暮らしてんのかよ!」

 

「何かおかしかったか?」

 

「いや、山賊の家に住んでる奴なんて、初めて会ったからよ!」

 

 そう言いながら、サボは鉄パイプを肩に担いだ。

 

「それで、今日は何しに来たんだ?」

 

「見物だ。初めて来たんだけど、結構広いんだな」

 

「見物って……。ここは観光するような場所じゃねェぞ」

 

「さっきも同じこと言われたぞ」

 

「当たり前だろ!」

 

 サボは呆れたように笑った。

 

 どうやら、こいつとは気が合いそうだ。

 

     *

 

 それから、おれたちは一緒にグレイ・ターミナルを歩くことになった。

 

 サボはこの辺りに詳しいらしく、どこへ行けば食い物が手に入るのか、どの辺りに危ない連中がいるのか、歩きながら色々と教えてくれた。

 

 途中、廃材を積んだ荷車が道を塞いでいたので、二人で横から押してやった。荷車の持ち主は最初こそ文句を言っていたが、動かし始めると黙って見ていた。

 

「お前、結構力あるんだな!」

 

「へへっ! 毎日鍛えてるからな!」

 

「おれも負けねェぞ!」

 

「じゃあ、今度勝負しようぜ!」

 

「望むところだ!」

 

 サボは笑いながら拳を突き出した。

 

 おれも拳を合わせる。

 

 その後、二人で廃材の山を登っていた時、サボが不意に口を開いた。

 

「なあ、エース」

 

「なんだ?」

 

「さっきの海賊王の話なんだけどよ」

 

「ロジャーのことか?」

 

「ああ。お前、あいつらの話を聞いて、何とも思わなかったのか?」

 

 おれは首を傾げた。

 

「何ともって、どういうことだ?」

 

「いや、あんなこと言ってただろ。海賊王の子供がいたら、生まれてこねェ方がいいとかよ」

 

「ああ、言ってたな!」

 

「お前、笑ってたじゃねェか」

 

「だって、あいつらロジャーに会ったこともねェんだろ? それなのに、子供のことまで勝手に決めつけてんだから、変な話だろ!」

 

 サボは少し考え込むように黙った。

 

「……まあ、そうだけどよ」

 

「それに、ロジャーの子供がどんな奴なのかなんて、本人に会ってみなきゃ分かんねェ!」

 

「そりゃそうだな」

 

「だろ!」

 

 おれは笑いながら、近くにあった廃材を飛び越えた。

 

 サボも後に続く。

 

 だが、少し進んだところで、また声をかけられた。

 

「でもよ、もしお前が海賊王の子供だったら、どうするんだ?」

 

 おれは振り返った。

 

 サボは妙に真剣な顔をしていた。

 

 どうする、か。

 

 そんなことは、考えるまでもない。

 

「別に何もしねェよ!」

 

「……は?」

 

「海賊王の子供だからって、何かしなきゃいけねぇのか?」

 

「いや、そういうわけじゃねェけど……」

 

「だったら、好きなことすりゃいいじゃねェか!」

 

 おれはそう答え、再び歩き出した。

 

 サボはしばらく黙っていたが、やがて小走りで追いついてきた。

 

「お前、本当に変な奴だな!」

 

「何でだよ!」

 

「いや、何となく!」

 

「何となくで変な奴扱いすんな!」

 

 おれが文句を言うと、サボは声を上げて笑った。

 

 その顔を見ていると、こっちまで楽しくなってくる。

 

 原作でエースとサボが仲良くなった理由も、少し分かる気がした。

 

 何しろ、こいつは話していて面白い。

 

 それに、負けず嫌いなところも気に入った。

 

「なあ、サボ」

 

「なんだ?」

 

「この辺で、一番高いところってどこなんだ?」

 

「一番高いところ? あっちにある廃材の山じゃねェか?」

 

 サボが指さした先には、建物の屋根よりも高く積み上がった廃材の山があった。

 

 なかなか登りがいがありそうだ。

 

「よし! あそこまで競争しようぜ!」

 

「はあ!? 急に何言ってんだよ!」

 

「負けるのが怖ェのか?」

 

「誰が怖ェって!?」

 

 サボが鉄パイプを握り直した。

 

 おれは笑いながら、廃材の山へ向かって走り出した。

 

「あっ! てめぇ、先に走るんじゃねェ!」

 

「早いもん勝ちだろ!」

 

「ふざけんな! 待ちやがれ!」

 

 背後からサボの足音が追いかけてくる。

 

 おれは振り返り、舌を出してやった。

 

 すると、サボはますますむきになって走り始めた。

 

 ははっ!

 

 こいつ、やっぱり面白ェ!

 

     *

 

 結局、廃材の山を登る勝負は、おれの勝ちだった。

 

 もっとも、サボもなかなか速かった。

 

 途中で足場が崩れかけた時には、咄嗟に鉄パイプを突き立てて身体を支えていたし、危ない場所を見極めるのも上手い。

 

 どうやら、こういう場所で遊ぶことには慣れているらしい。

 

「くそっ! 次は絶対負けねェからな!」

 

「へへっ! 何回やってもおれの勝ちだ!」

 

「言ったな! 明日も来いよ!」

 

「おう!」

 

 おれたちは廃材の山の頂上に腰を下ろし、しばらく景色を眺めていた。

 

 ここからなら、グレイ・ターミナルの大部分が見渡せる。

 

 遠くにはゴア王国の町並みも見えた。

 

 同じ国の中なのに、ずいぶん景色が違うものだ。

 

「なあ、エース」

 

「なんだ?」

 

「お前、将来は何になるつもりなんだ?」

 

 サボは遠くの町を眺めながら尋ねてきた。

 

 おれは少し考えた。

 

 原作のエースなら、海賊になると即答しただろう。

 

 だが、今のおれは少し違う。

 

 海へ出ることは決めているし、強くなって、色々な場所へ行ってみたいとも思っている。ただ、海賊になるかどうかは、まだ決めていなかった。

 

「おれは、世界中を見て回りてェな!」

 

「世界中?」

 

「ああ! 海には、ここよりずっとでかい島もあるし、とんでもなく強い奴もいるんだぞ!」

 

 サボは興味を引かれたように、こちらへ顔を向けた。

 

「お前、そんなに色々知ってんのか?」

 

「まあな!」

 

「じゃあ、どんな島があるか教えてくれ!」

 

 おれは笑いながら、覚えている限りの話をしてやった。

 

 空に浮かぶ島や、海の底にある島。巨人が暮らす国や、昼も夜も雪が降り続くような場所。

 

 サボは最初こそ半信半疑だったが、話を聞いているうちに、すっかり夢中になっていた。

 

「すげェな! そんな場所が本当にあるのか!」

 

「あるぞ! おれもいつか行ってみてぇんだ!」

 

「……おれも行きてェな」

 

 サボはそう言って、遠くの空を見上げた。

 

 その横顔を見ながら、おれは少し笑った。

 

 こいつが海へ出たいと思っている理由は、原作を読んで知っている。

 

 だが、今ここでわざわざ聞く必要はないだろう。

 

 いずれ本人が話したくなった時に、聞けばいい。

 

「じゃあ、強くならないとな!」

 

「何でだよ?」

 

「海には、強い海賊も海軍もいるんだぞ! 弱かったら、行きたい場所にも行けねェだろ!」

 

 サボはしばらく考えた後、にやりと笑った。

 

「だったら、おれも強くなってやる!」

 

「はは! おれはこせねぇだろうがな!」

 

「お前こそ、調子に乗ってんじゃねェぞ!」

 

 そう言って、サボは再び拳を突き出してきた。

 

 おれも笑いながら拳を合わせた。

 

 その後、日が傾き始めるまで、二人でグレイ・ターミナルを駆け回った。

 

 帰り際、明日も同じ場所で会う約束をした。

 

 おれはコルボ山へ向かう道を走りながら、今日のことを思い返していた。

 

 サボと出会えたのは、なかなか運がよかった。

 

 あいつとは、これから長い付き合いになるだろう。

 

 それにしても、ロジャーの話を聞いている時のサボは、妙に真剣だったな。

 

 あいつにも、何か思うところがあるのかもしれない。

 

 まあ、明日また会えるんだから、その時にでも聞いてみるか。

 

 そんなことを考えているうちに、山賊の家が見えてきた。

 

 そして、家の前には、腕を組んだダダンが立っていた。

 

「エース! てめェ、今までどこ行ってやがった!」

 

 ……あ。

 

 そういえば、昼飯までに帰るって言ってたんだった。

 

 おれは思わず笑った。

 

「悪ィ! 友達ができたんだ!」

 

「はあ!? 友達ィ!?」

 

「おう! サボっていうんだ!」

 

 ダダンは一瞬ぽかんとした後、盛大にため息をついた。

 

「……ったく、今度はどこの悪ガキを連れてくるつもりだよ」

 

「へへっ! 明日も遊んでくる!」

 

「まずは今日の説教を聞きやがれ!」

 

 首根っこをつかまれ、家の中へ引きずり込まれる。

 

 だが、おれは明日のことを考えるのに忙しかった。

 

 今度は、サボとどんな勝負をしようか。

 

 あいつの鉄パイプも、なかなか面白そうだった。

 

 明日は棒でも持っていって、勝負してみるのもいいかもしれない。

 

 そんなことを考えていたら、ダダンに頭を小突かれた。

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