転生したらエースだった件 作:みけまる(AI執筆)
ベルナ島への到着を翌日に控えた夜、おれは厨房の明かりを借りて、革紐の端を縫い合わせていた。
船の補修用に積んであった革を何枚か重ね、ブルーの首回りに合わせて切り揃えたものだ。厚みがあるせいで針を通すのに少々苦労したが、ここまでくればあとは金具を取り付けるだけで済む。
「まだやってたのか」
水を飲みに来たサボが、向かいの椅子へ腰を下ろした。
「ああ。もう少しで終わる」
「見せてくれよ」
手渡すと、サボは革の両端を持って引っ張り、金具を取り付ける部分まで確かめた。
「結構頑丈そうだな。これなら簡単には切れそうにない」
「ブルーが本気で引っ張ったら分からねえけどな。別に繋いでおくためのものじゃないし、そこまで丈夫にする必要もないだろ」
「町で連れ歩くためだったか?」
「ああ。あいつが勝手に暴れるとは思ってねえけど、知らない奴にはそんなこと分からないからな。せめておれたちと一緒にいるって分かるようにしておきてェ」
もっとも、ブルーを飼っているという感覚はあまりない。
リトルガーデンから一緒についてきたのもブルー自身の意思だし、船の上でも好きな場所で寝て、気が向けばおれたちのところへやってくる。人間の言葉をどこまで理解しているのかは分からないが、何かを強制されるのは好きじゃなさそうだった。
「首輪を嫌がったらどうする?」
「その時は諦めるさ。無理につけるようなものでもねえし」
「まあ、そうだな」
サボは革紐を返してから、卓上に置いてあった小さな金属板を手に取った。
「これもつけるのか?」
「おう。名前を彫ってみたんだ」
板の表面には、少々不格好ながらも『BLUE』の文字が刻んである。
ブルー自身に読めるとは思わないが、町で万が一はぐれた時、名前が分かれば多少は役に立つかもしれない。少なくとも、ただの野生の恐竜ではないことは伝わるだろう。
「いいじゃねえか。あいつに似合いそうだ」
「だろ?」
サボと話しながら金具を取り付け、最後に縫い目を確かめる。
完成した首輪を持ち上げてみると、思った以上に悪くない出来だった。
「よし。明日の朝、つけてみるか」
「ブルーがどんな反応するか楽しみだな」
サボは笑いながら立ち上がり、水の入ったコップを持って厨房を出ていった。
おれも道具を片づけ、首輪を卓上へ置いてから自分の部屋へ戻った。
◇
翌朝、甲板へ出ると、ブルーは船首の近くで海を眺めていた。
リトルガーデンを出てから数日が経ち、ヴァンガード号での暮らしにもすっかり慣れたようだ。最初は波に揺れる足場を不思議そうに確かめていたが、今では船が多少傾いても平気で歩き回っている。
「ブルー、おはよう」
「クルル」
名前を呼ぶと、ブルーが振り返った。
おれが手招きすると、すぐに近づいてきて鼻先を寄せてくる。頭を撫でながら、持ってきた首輪を見せた。
「ちょっとこれ、つけてみてくれねぇか?」
ブルーは革の匂いを嗅ぎ、金属板へ鼻先を押しつけた。
おれが首の横へ革を当てると、身体を引いて離れようとする。
「おっと、待ってくれ。嫌なら無理にとは言わねえ」
首輪を下ろし、もう一度匂いを嗅がせてやる。
ブルーはおれの手元をしばらく眺めていたが、今度は自分から首を伸ばしてきた。革が触れると少し身じろぎしたものの、逃げようとはしない。
「よし、いい子だ」
首と革の間に十分な余裕を残し、金具を留める。
手を離すと、ブルーは首を左右へ振り、後脚で首元を掻こうとした。慣れない感触が気になるらしいが、革を引きちぎろうとする様子はない。
「どうだ? 苦しくねえか?」
「クルル……」
首の横を撫でてやると、ブルーはおれの手へ頭を押しつけた。
金属板が胸元で小さく揺れている。
「お、つけてくれたか」
サボが船尾から歩いてきた。
「なかなか似合ってるじゃねえか」
「おう。本人もそこまで嫌がってないみたいだぜ」
サボが近づくと、ブルーは一度そちらを見たものの、すぐにおれの手元へ視線を戻した。
「こいつ、おれにももう少し愛想よくしてくれてもいいと思うんだけどな」
「はは、まだ慣れてねえんだろ」
「エースには最初から懐いてたくせにな」
「命を助けたからな」
「おれだって一緒にいたんだけどなあ」
サボはそう言いながらも楽しそうだった。
ブルーの方は、サボが何を言っているのか分からないらしく、首を傾げている。
「まあ、これからいくらでも仲良くなれるだろ」
「そうだな。気長にやるさ」
そこへデュースが船室から出てきた。
「そろそろ島が見えるぞ。準備しておいた方がいい」
「お、もうそんな時間か」
おれたちは船首へ向かった。
水平線の向こうには、薄く陸地の輪郭が見え始めていた。
◇
ベルナ島が近づくにつれて、海岸沿いに広がる町の様子がはっきりしてきた。
大きく入り込んだ湾の内側に港が造られ、その周囲を取り囲むように建物が並んでいる。海岸から少し離れた場所には石造りの大きな建物がいくつも見え、町の奥には緩やかな丘陵が続いていた。
港には大小さまざまな船が集まっていた。
漁船や商船はもちろん、見慣れない形の帆船もある。船着き場には荷物を運ぶ人間が行き交い、倉庫の前には木箱や樽が山のように積まれていた。
「随分賑やかな島だな」
サボが船首から港を眺めている。
「ああ。ウイスキーピークとはまた違った感じだな」
おれも周囲を見回しながら答えた。
偉大なる航路へ入ってから最初に寄ったウイスキーピークも町としてはそれなりの規模だったが、ベルナ島は港そのものがずっと大きい。
これだけ多くの船が出入りしているなら、物資の補給には困らなさそうだ。
「海軍の軍艦もいるな」
デュースが指した先には、海軍旗を掲げた大型の軍艦が数隻停泊していた。
さらに港の奥には、海軍のものらしい専用の桟橋まで設けられている。
「へえ、結構でかい基地があるみたいだ」
「周辺の航路を守ってるんじゃないか? これだけ商船が集まる場所なら、海賊も多そうだしよ」
サボの言う通りだろう。
偉大なる航路には東の海より強い海賊が多いはずだし、商船が集まる場所なら海賊にとっても狙いやすい。
海軍が大きな基地を置く理由としては十分だ。
「賞金首の情報も集まりそうだな」
「ああ。ここなら仕事には困らないかもしれねえ」
おれたちは以前から、ベルナ島で賞金稼ぎの仕事を探すつもりだった。
ヴァンガード号を造り、ストライカーを購入し、偉大なる航路へ入るための準備にもかなりの金を使っている。今すぐ困るほどではないが、これからの航海を考えれば収入は多い方がいい。
それに、ブルーの食費も増えた。
こいつが一日に食う肉の量を考えると、以前と同じ感覚で食料を買っていたら、あっという間になくなってしまうだろう。
「しばらく滞在して、稼げるだけ稼いでおくか」
「賛成だ。船の備品も買い足したいしな」
デュースが頷いた。
「おれは町も見て回りたいな。あれだけ船が集まってるなら、面白いものがありそうだ」
サボも楽しそうに言った。
「もちろんだ。仕事だけして帰るのももったいねえからな」
そんな話をしながら港へ近づき、空いている桟橋へヴァンガード号を寄せた。
係留を済ませる頃には、ブルーも船縁から港を覗き込んでいた。
初めて見る町が気になるのか、首を伸ばして行き交う人々を眺めている。
「さて、ブルーはどんな反応するかな」
サボが笑った。
「船の上とは勝手が違うだろうしな。最初は様子を見ながら歩こうぜ」
おれはそう言って、ブルーの頭を撫でた。
「ブルー、行くぞ」
「クルル」
おれたちが桟橋へ降りると、ブルーも後に続いた。
長い後脚で軽く跳び、桟橋へ着地する。
その瞬間、近くで荷物を運んでいた男が足を止めた。
「……おい、何だあれ?」
男の声につられて、周囲の人間もこちらを振り返る。
「恐竜!?」
「恐竜って、あの恐竜か!?」
「おい、近づくな!」
驚いた声が次々と上がり、近くを歩いていた人々が距離を取った。
ブルーもその反応に気づいたらしい。
足を止め、周囲を見回す。
船の上では随分と自由に歩き回っていたが、初めて見る大勢の人間に囲まれて、少し警戒しているようだった。
おれはブルーの横へ立ち、首筋を軽く撫でた。
「大丈夫だ。おれたちと一緒にいればいい」
「クル……」
ブルーは一度おれを見上げ、それから周囲へ視線を戻した。
逃げ出そうとする様子はない。
ただ、知らない人間が近づいてくると、その動きをじっと目で追っている。
「兄ちゃん、その恐竜はお前らのか?」
少し離れたところから、荷運びをしていた男が声をかけてきた。
「ああ。ブルーっていうんだ」
「ブルー……。へえ、名前まであるのか」
男は首輪に気づいたらしく、少しだけ表情を緩めた。
「噛みついたりしねえだろうな?」
「そっちから手を出さなきゃ大丈夫だと思うぜ。まだ知らない人間には慣れてないから、触らないでやってくれ」
「ああ、そりゃそうだな。こんなのに噛まれたら腕がなくなっちまう」
男は苦笑し、少し離れたところからブルーを眺めた。
ブルーも男の方を見ていたが、相手が近づいてこないと分かると、特に気にする様子もなく視線を逸らした。
「思ったより落ち着いてるな」
デュースが小声で言った。
「ああ。大勢の人間を見て驚いてはいるみたいだけどな」
サボも頷く。
おれたちはブルーの様子を確かめながら、港の大通りへ向かった。
町へ入ると、さらに多くの人間が行き交っていた。
船乗りや商人だけでなく、買い物をしている住民や子供たちの姿もある。通りの両側には食料品や衣服、船具を扱う店が並び、少し奥には酒場や宿屋も見えた。
焼いた肉や魚の匂いが漂い、あちこちから客を呼び込む声が聞こえてくる。
「いい町じゃねえか」
おれが言うと、サボも嬉しそうに笑った。
「だな。後でゆっくり見て回ろうぜ」
ブルーは通りへ出ても、特に暴れることなくついてきた。
ただ、周囲の人間への反応は相手によって随分違っていた。
遠くから眺めているだけの人間にはほとんど関心を示さないが、興味本位で近づいてくる者には身体を引き、距離を取ろうとする。大声を出して騒ぐ者がいれば、そちらへ顔を向けて警戒することもあった。
逆に、道端で座っていた老人が静かに手を振ると、ブルーは少し首を傾げただけで、そのまま通り過ぎた。
人間を一括りにして警戒しているわけではないらしい。
「やっぱり賢いな、こいつ」
サボが感心したように言った。
「ああ。相手が何をしようとしてるのか、ある程度分かるんだろうな」
見聞色の影響もあるのかもしれない。
船の上で試した時、ブルーは見えない場所から近づく相手にも正確に反応していた。もし相手の気配や感情まで感じ取れているなら、知らない人間に囲まれても落ち着いていられる理由の一つにはなるだろう。
もっとも、どこまで分かっているのかは本人に聞いてみないと分からない。
その本人は、今度は道端に並んだ果物へ興味を向けていた。
店先に積まれた赤や黄色の果実を、じっと眺めている。
「ブルー、それは肉じゃねえぞ」
「クル?」
「食ってみたいのか?」
ブルーは果物を見たまま首を傾げた。
店主が恐る恐るこちらを見ている。
「兄ちゃん、それ、果物も食うのか?」
「さあな。肉ばっかり食ってるから、果物は試したことねえんだ」
「……試すなら、ちゃんと買ってからにしてくれよ」
「もちろんだ」
おれは笑って答え、いくつか果物を買った。
ブルーへ一つ差し出してみると、鼻先を寄せて匂いを嗅いだものの、口を開こうとはしない。
「気に入らねえか?」
「クルル」
ブルーは顔を背けた。
「やっぱり肉の方がいいみたいだな」
おれが果物を齧ると、サボが横から手を伸ばしてきた。
「一個くれよ」
「おう。デュースも食うか?」
「ああ、もらうよ」
三人で果物を食べながら歩いていると、ブルーは再び周囲の人々を眺め始めた。
どうやら初めての町にも、少しずつ慣れてきたらしい。
◇
海軍基地は、港から続く大通りをしばらく歩いた先にあった。
高い石壁に囲まれた敷地の中には、いくつもの建物が並んでいる。門の前には海兵が立ち、出入りする者を確認していた。
近づくにつれて、ブルーが少し歩調を落とした。
門の前に立つ海兵たちは、全員が武器を持っている。
そのせいか、町の人間を見ていた時よりも警戒しているようだった。
「ブルー、無理に近づかなくてもいいぞ」
おれが声をかけると、ブルーは一度こちらを見た。
それから少しだけ距離を詰め、おれの横へ並んだ。
どうやら一緒に来るつもりらしい。
「止まれ!」
門番の海兵が声を上げた。
おれたちではなく、ブルーを見ている。
「その恐竜は何だ? どこから連れてきた!」
「リトルガーデンからだ。おれたちの仲間で、ブルーっていう」
「仲間……?」
海兵は困惑したようにブルーを見た。
もう一人の海兵もこちらへ近づいてきたが、ブルーが顔を向けると足を止めた。
「危険はないのか?」
「知らない人間にはまだ慣れてねえけど、こっちから何もしなきゃ大丈夫だ。基地の中へ入れるのが難しいなら、誰か一人が外で待つよ」
おれが答えると、海兵たちは顔を見合わせた。
どうやら、恐竜を連れた賞金稼ぎが来るなんて想定していなかったらしい。
「……何の用で来たんだ?」
「賞金首の情報を集めに来た。おれたちは東の海で賞金稼ぎをやってたんだ」
「賞金稼ぎか。名前は?」
「ポートガス・D・エース。こっちはサボとデュースだ」
海兵は名前を控え、もう一人へ何かを指示した。
その海兵が基地の中へ走っていく。
「確認するから、少し待っていてくれ」
「ああ、分かった」
おれたちは門の脇へ移動し、邪魔にならない場所で待つことにした。
ブルーはその場に座り込み、周囲を行き交う海兵たちを眺めている。
何人かが興味深そうにこちらを見ていたが、近づいてくる者はいなかった。
「海兵も恐竜は珍しいみたいだな」
サボが笑った。
「そりゃそうだろ。リトルガーデンみたいな島でもなきゃ、そうそう見られねえだろうしな」
「それにしても、ブルーは落ち着いてるな」
デュースが言った。
「ああ。最初は警戒してたけど、もう慣れてきたみたいだ」
おれが頭を撫でると、ブルーは目を細めた。
その時、基地の中から足音が聞こえてきた。
先ほどの海兵が戻ってくる。
その後ろには、一人の女海兵がいた。
年齢はおれたちとそれほど変わらなそうだ。腰には細身の剣を下げ、背筋を伸ばして歩いてくる。
女海兵は門の前まで来ると、おれたち三人を順に見た。
それからブルーへ目を向け、少しだけ目を見開いた。
「……本当に恐竜を連れてきたのか」
思わず漏れたような声だった。
「おう。ブルーっていうんだ」
「首輪までして……」
女海兵は感心したような、困惑したような顔でブルーを眺めた。
ただ、すぐに表情を引き締める。
「私はイスカ。海軍本部少尉だ。賞金首の情報を求めていると聞いたが、間違いないか?」
「ああ。おれはエース。こっちがサボとデュースだ」
「よろしくな」
サボが軽く手を上げる。
デュースも挨拶すると、イスカは頷いた。
「まず、これまでの活動を確認したい。賞金稼ぎとしての記録があれば、手続きも早く済む」
「東の海で何度か賞金首を引き渡してるぜ。調べれば分かると思う」
「分かった。こちらで確認する」
イスカはそう答えてから、再びブルーへ目を向けた。
「それで、その恐竜はどうするつもりだ?」
「できれば一緒に連れていきたいけどよ。難しいなら誰かが外で待つよ」
「……そうだな。基地の中には武器を持った海兵も多い。何かあってからでは遅いから、まずは外で待っていてもらえるか?」
「ああ、分かった」
おれがサボたちへ向き直ると、サボが先に口を開いた。
「じゃあ、おれがブルーと待ってるよ。記録の確認なら二人で足りるだろ?」
「そうだな。頼めるか?」
「任せとけ。どうせなら、その辺の店でも見ながら待ってるさ」
「遠くには行くなよ。戻ってきた時に探すことになるからな」
デュースが言うと、サボは笑った。
「分かってるって。門の見えるところにいるよ」
おれはブルーの首を撫で、サボを指した。
「ブルー、おれとデュースはちょっと用事があるから、サボと一緒に待っててくれ」
「クル?」
ブルーはおれとサボを交互に見た。
サボが手招きすると、少し迷ったあとでそちらへ歩いていく。
「よし。じゃあ、行ってこいよ」
「おう。終わったらすぐ戻るぜ」
おれたちはサボとブルーを残し、イスカに案内されて基地の中へ入った。
◇
基地の中は、外から見た以上に広かった。
中庭では海兵たちが訓練をしており、その向こうには兵舎や倉庫らしい建物が並んでいる。廊下を歩いている間にも、書類を抱えた海兵や武器を運ぶ兵士たちと何度もすれ違った。
「随分大きな基地なんだな」
おれが周囲を見回しながら言うと、イスカが頷いた。
「ああ。ベルナ島はこの海域の主要な補給港の一つだからな。商船の往来が多い分、海賊による被害も少なくない。ここでは島の警備だけでなく、周辺海域の巡回や海賊討伐も担当しているんだ」
「なるほどな。港に軍艦が多かったのもそのためか」
「そういうことだ」
廊下を歩いている間にも、何人もの海兵とすれ違った。制服の階級章を見る限り、下士官から士官まで幅広い階級の人間が働いているらしい。
イスカはその何人かと短く言葉を交わしながら、おれたちを案内していく。
まだ若い少尉だが、仕事には慣れているようだった。
しばらく歩いたところで、イスカが一つの部屋の前で足を止めた。
壁には大きな海図が貼られ、机の上には何冊もの記録簿が積まれている。
イスカはおれたちを椅子へ案内すると、近くの海兵へ書類を持ってくるよう指示した。
「少し待っていてくれ。東の海での賞金首の引き渡し記録を確認する」
「ああ、頼む」
待っている間、おれは壁の海図を眺めていた。
ベルナ島を中心に、周辺の島々や航路が書き込まれている。海軍の巡回区域らしい線もいくつか引かれており、思っていた以上に広い範囲を担当しているようだった。
「これだけ広い海域を守るのは大変そうだな」
おれが言うと、イスカは机の上の書類を整理しながら答えた。
「ああ。商船を護衛するだけでも相当な数になるし、海賊の動きは予測しにくい。海軍だけですべてを守れるわけではないからな」
「だから賞金稼ぎも役に立つってわけか」
「そうだ。もちろん、誰でも信用するわけにはいかないが、実績のある賞金稼ぎなら協力してもらえると助かる」
イスカはそう言って、運ばれてきた記録簿を開いた。
しばらくページをめくっていたが、途中で手が止まる。
「……アーロン一味を捕らえたのも、お前たちなのか?」
「ああ。東の海にいた魚人海賊団だろ?」
「そうだ。海軍でも手配していた連中だ」
イスカは書類を確認しながら、おれたちへ視線を向けた。
「かなりの実績だな。しかも、二人ともまだ若い」
「まあ、ガキの頃から鍛えてたからな」
イスカは記録簿に目を戻し、ほかの引き渡し記録も確かめていった。
東の海で活動していた頃の記録は、思っていたよりも詳しく残っているらしい。賞金首の名前だけでなく、引き渡した場所や日時まで確認できるようになっていた。
「記録に問題はない。賞金稼ぎとしての活動は確認できた」
「そりゃよかった」
「偉大なる航路へ来てからは、もう何か仕事をしたのか?」
「いや、まだだな。ウイスキーピークに寄って、その後はリトルガーデンに行ってたんだ」
「リトルガーデンか。危険な島だと聞いているが、よく無事に戻ってきたな」
「面白い島だったぜ。あそこでブルーとも出会ったんだ」
「なるほど。あの恐竜はそこで連れてきたのか」
イスカは納得したように頷いた。
それから記録簿を閉じ、机の上に置いてあった書類を手元へ引き寄せる。
「それなら、近海の賞金首について説明しよう。ベルナ島を拠点に活動するつもりなんだろう?」
「ああ。しばらくはこの辺りで稼ぐつもりだ」
「分かった。最近の目撃情報も含めて、分かる範囲で教えるよ」
賞金稼ぎとしての記録が確認できたところで、ようやく近海の手配書を見せてもらえることになった。
机の上へ何枚もの手配書が並べられる。
懸賞金は数百万ベリーから一千万ベリーを超えるものまであり、東の海で見てきた手配書よりも全体的に額が高い。
「へえ、結構いるんだな」
おれは一枚を手に取った。
「ああ。最近は商船を狙う海賊が増えている。海軍でも追っているが、なかなか捕まらない連中もいるんだ」
イスカが説明する。
「最後に目撃された場所は分かるか?」
「分かっている範囲なら教えられる。ただし、海賊は移動するからな。今もそこにいるとは限らない」
「それで十分だ。あとは自分たちで探すさ」
イスカは頷き、海図を広げた。
商船が襲われた場所や、海賊船が目撃された航路が記されている。
「この辺りなら、ベルナ島を拠点にして回れそうだな」
おれが言うと、デュースも海図を覗き込んだ。
「ああ。補給もしやすいし、悪くない場所だ。薬や船の備品も買い足しておきたいしな」
「そうだな。サボとも相談して、どこから回るか決めようぜ」
おれたちはイスカから必要な情報を聞き、手配書を何枚か受け取った。
それぞれの海賊団の特徴や船の外見、最近の動きまで聞き終える頃には、随分と時間が経っていた。
「助かったよ、イスカ。これだけ分かれば十分だ」
「役に立てたならよかった」
イスカは残りの手配書をまとめ、机の上へ戻した。
「新しい情報が入ることもある。しばらくベルナ島に滞在するなら、時々顔を出してくれ」
「ああ、そうするよ」
おれたちは礼を言い、部屋を出た。
◇
基地の門まで戻ると、サボとブルーは少し離れた木陰にいた。
サボは石段に腰を下ろし、近くで買ったらしい串焼きを食べている。ブルーもその横で肉を齧っていた。
「お、戻ってきたか」
サボがおれたちに気づいて手を上げた。
「随分待たせちまったな」
「いや、そうでもねえよ。ブルーとその辺を見て回ってたしな」
サボは食べかけの串を持ち上げた。
「ここの串焼き、結構うまいぜ。ブルーも気に入ったみたいだ」
「クルル!」
ブルーはおれたちに気づくと、肉を食べ終えて立ち上がった。
近づいて頭を撫でると、鼻先を押しつけてくる。
「おおっと、待たせたな」
「……随分大人しい恐竜だ」
後ろからイスカの声がした。
どうやら見送りに来てくれたらしい。
「ああ。おれたちにはすっかり慣れたからな」
おれが答えると、イスカはブルーを興味深そうに眺めた。
その視線に気づいたのか、ブルーもイスカへ顔を向ける。
イスカは少し迷ったあと、ゆっくり手を伸ばした。
だが、ブルーはすぐに頭を引いた。
「……やっぱり警戒されているな」
「まだ会ったばっかりだからな。慣れれば触らせてくれるかもしれねえぞ」
「そうだといいが」
イスカは少し残念そうに笑い、手を下ろした。
その時、ブルーがもう一度イスカへ鼻先を向けた。
匂いを確かめるように少し近づいたものの、触れられる距離までは来ない。
イスカもそれ以上手を伸ばさず、じっと待っていた。
しばらくして、ブルーは興味を失ったようにおれの横へ戻ってきた。
「……まあ、今日はここまでだな」
イスカは手を引き、少し残念そうに笑った。
「まだ会ったばかりだからな。そのうち慣れるかもしれねえよ」
「ああ。そうだといいな」
イスカは立ち上がると、改めておれたちへ向き直った。
「それじゃあ、今日はここまでだ。新しい手配書や目撃情報が入ることもあるから、必要ならまた基地へ来てくれ」
「おう。今日は助かったぜ、イスカ」
「気にするな。賞金首を捕まえてくれるなら、こちらとしてもありがたいからな」
イスカはサボとデュースにも軽く会釈し、基地の門へ戻っていった。
おれたちはその背中を見送ってから、ブルーを連れて大通りへ向かった。
大通りへ戻ると、港の方から賑やかな声が聞こえてきた。
店先には食料品が並び、酒場からは笑い声が漏れている。昼時が近いせいか、料理の匂いもあちこちから漂っていた。
「さて、まずは飯でも食うか」
おれが言うと、サボが嬉しそうに頷いた。
「いいな。さっき串焼き食ったけど、まだ腹減ってるんだ」
「お前、結構食ってたじゃねえか」
デュースが笑う。
「ブルーと一緒に食ってたら、ついな」
「分かるぜ。あいつがうまそうに食ってると、自分も食いたくなるんだよ」
おれが言うと、サボも笑った。
「だろ? しかもあの店、他にもいろいろ売ってたぜ」
「そりゃ楽しみだな。案内してくれよ」
「任せとけ」
ブルーはおれたちの会話を聞きながら、鼻先を持ち上げて通りの向こうを見ていた。
どうやら肉を焼く匂いに気づいたようだ。
「お前もまだ食べたいのか?」
「クルル!」
「よし、じゃあ行こうぜ」
おれたちは賑やかな通りを歩き始めた。
ベルナ島には、まだ見ていない場所がいくらでもある。
賞金首の情報も手に入ったし、補給するものもある。しばらくはこの島を拠点にして、周辺の海を回ることになるだろう。
まずは腹ごしらえをして、それから町を見て回ろう。
海賊を探しに出るのは、その後でも遅くない。
1日に3話投稿は多いですか?
-
多い
-
読みやすい
-
少ない