転生したらエースだった件 作:みけまる(AI執筆)
前方を進む海賊船が、風を受けて速度を上げた。
大きく膨らんだ帆の下で船員たちが忙しなく動いている。船尾からは白い航跡が長く伸びていたが、こちらとの距離はほとんど変わっていない。ヴァンガード号の推進装置を使えば、あの程度の差はすぐに埋められるだろう。
「なあ、サボ。そろそろ追いついてもいいんじゃねえか?」
船首から声をかけると、舵を握っていたサボが前方へ目を向けた。
「もう少し待とうぜ。あいつら、まだこっちを警戒してないみたいだしな」
「そうか? さっきから見張りがこっちを見てるぞ」
「見てるだけだろ。こっちが賞金稼ぎだと分かってたら、もっと騒いでるさ」
「まあ、それもそうだな」
確かに、海賊船の甲板には何人かこちらを見ている奴がいるものの、大砲を動かす様子もなければ、進路を変えて逃げようとする気配もない。
小さな船が後ろをついてきている程度にしか思っていないのかもしれない。
おれたちが追っているのは、ベルナ島の海軍基地で居場所を聞いた賞金首だった。
船長の懸賞金は二千三百万ベリー。先日捕まえたダコザの八千万と比べれば随分と安いが、近くにいると分かっている賞金首を放っておく理由もない。教えてもらった航路を辿ってみると、昼前にはそれらしい海賊船を見つけることができた。
もっとも、追跡を始めてからというもの、向こうは一度も大きく進路を変えていない。
こちらに気づいていないのか、それとも気づいていても脅威だと思っていないのか。どちらにせよ、今のところ追跡は順調だった。
「それにしても、随分と大人しい連中だな」
デュースが甲板の手すりにもたれながら言った。
「ダコザの艦隊なんか、見つけた途端に大砲を撃ってきたのにな」
「あいつらは商船を襲ってる最中だったからな。こっちはまだ何もしてねえし」
「まあ、向こうからすれば、ただの船が同じ航路を進んでるだけか」
デュースは納得したように頷き、船首の方へ目を向けた。
そこではブルーが海風を受けながら、前方の海賊船を眺めていた。何か気になるものでもあるのか、時折首を伸ばしている。
「ブルーも退屈してるみたいだな」
「クル?」
名前を呼ばれたブルーが振り返った。
「いや、何でもねえよ。もう少ししたら終わるからな」
「クッ」
ブルーは軽く鳴くと、再び海の方へ顔を向けた。
こいつもすっかり船での生活に慣れたものだ。
リトルガーデンで出会った頃は、まさか恐竜と一緒に偉大なる航路を旅することになるとは思っていなかった。今ではヴァンガード号の甲板にブルーがいる光景も、すっかり当たり前になっている。
「エース、ちょっと見てくれ」
サボに呼ばれ、前方へ目を戻した。
海賊船が大きく右へ進路を変えていた。
「ん? 何かあったのか?」
「あの先に船がいるみたいだ」
サボが指した方角には、いくつもの帆が見えていた。
距離があるので細かいところまでは分からないが、少なくとも一隻や二隻ではない。
「なんだ、仲間でもいるのか?」
「そうかもしれねえな。……四隻か?」
おれも目を凝らしてみる。
確かに、海賊旗を掲げた船が四隻いた。
追っていた船は、その集団へ向かっているらしい。
「へえ。ほかにも賞金首がいるかもしれねえな」
「そうだといいけど……待てよ、エース」
サボの声が少し変わった。
「あれ、軍艦じゃねえか?」
海賊船の向こうに、白い船体が見えた。
掲げられているのは海軍の旗だ。
近づくにつれて船同士の位置関係もはっきりしてきた。
四隻の海賊船が軍艦を取り囲み、そのうち一隻は既に横付けしている。軍艦の甲板では大勢の人間が入り乱れ、周囲の船からは時折砲声が響いていた。
砲弾が軍艦の船腹へ命中し、木片と煙が飛び散る。
「……なるほどな。あいつら、ここへ合流するつもりだったのか」
「みたいだな。軍艦が襲われてるぞ」
サボが舵を握り直した。
どうやら、追っていた賞金首を捕まえるだけでは済まなくなりそうだ。
「よし、助けに行こう。あのままじゃ結構危なそうだ」
「ああ。こっちも急いだ方がよさそうだな」
「デュース、船を頼むぜ」
「分かった。おれも近づけるところまで寄せるよ。ただ、あの砲撃の中へ船を突っ込ませるわけにはいかないからな」
「おう。そこは任せる」
おれは船尾へ移動し、推進装置へ炎を送り込んだ。
ヴァンガード号が勢いよく加速すると、船首にいたブルーが慣れた様子で身体を低くする。
サボも舵を切り、海賊船の集団へ向けて進路を調整した。
「そろそろいいか?」
「ああ。行くぞ、エース!」
「おう!」
おれたちは船縁へ足を掛け、月歩で海上へ飛び出した。
◇
軍艦へ近づくと、甲板の上で何が起きているのかがよく見えた。
海兵たちは乗り込んできた海賊を押し返そうとしていたが、敵の数が多い。船腹に開いた穴からは煙が上がり、甲板の中央では負傷した海兵が仲間に運ばれている。
その中で、一際目立つ動きをしている海兵がいた。
細身のレイピアを手にした女が、次々と襲いかかってくる海賊を相手にしている。
正面から振り下ろされた曲刀を半身になってかわし、踏み込んだ勢いのまま相手の肩を突く。武器を落とした男を蹴り倒すと、すぐに別の海賊へ向き直った。
「左舷を空けるな! 負傷者は後ろへ下げろ!」
周囲へ指示を飛ばしながらも、剣の動きに乱れはない。
力任せに打ち合うのではなく、相手の攻撃を逸らして隙を突く。狭い甲板でも動きが小さく、次の相手へ移るのも速かった。
「おい、あれイスカじゃねえか?」
おれが声を上げると、サボも軍艦へ目を向けた。
「ああ、本当だ。あいつも乗ってたのか」
「へえ、なかなかやるじゃねえか」
イスカが実際に剣を振るうところを見るのは初めてだったが、思っていた以上にいい腕をしているようだった。
少なくとも、あの程度の海賊なら一対一で負けることはないだろう。
問題は、相手が一人ではないことだ。
軍艦に横付けされた海賊船からは次々と増援が乗り込んでくるし、別の船も砲撃できる位置へ移動している。海兵たちは船の修理や負傷者の救護にも人手を割かなければならず、イスカも敵船へ攻め込む余裕がないらしい。
「サボ、右側の二隻を頼めるか?」
「ああ。そっちは任せろ」
「おれは軍艦にくっついてる奴を片づける。まずは海兵たちが動けるようにしようぜ」
「分かった。後で合流しよう」
サボはそう答えると、月歩で右側の海賊船へ向かっていった。
おれも軍艦へ近づきながら、周囲の船の配置を確かめる。
横付けされた海賊船の甲板では、まだ大勢の海賊が軍艦へ渡ろうとしていた。
ここを止めれば、海兵たちも随分楽になるはずだ。
右腕へ炎を集めかけたところで、ふとイスカのことを思い出した。
休暇の日に一緒に食事をした時、あいつは小さな炎を見ただけで身体を強張らせていた。
理由までは聞かなかったが、火が苦手だとは言っていた。
今ここで火拳を撃っても、軍艦に当てるつもりはない。だが、あれだけ近い場所で巨大な炎を見せられたら、嫌な思いをするかもしれない。
別に、炎を使わなければ戦えないわけでもないしな。
「よし、こっちから行くか」
おれは進路を変え、軍艦へ横付けされた海賊船の甲板へ降り立った。
「うおっ!?」
「何だ、てめえ!」
「よう。ずいぶん楽しそうじゃねえか」
目の前にいた海賊が剣を抜こうとしたので、その腕を掴んで引き寄せ、腹へ拳を入れた。
男が崩れ落ちるより早く、横から別の海賊が斬りかかってくる。
そちらの刃をかわしながら懐へ入り、肩を掴んで後ろの仲間へ投げつけると、二人まとめて甲板を転がった。
「くそっ! 何なんだ、こいつ!」
「賞金稼ぎだ。お前らの船長はどいつだ?」
「賞金稼ぎだと!?」
海賊たちは互いの顔を見合わせたが、すぐに武器を構え直した。
どうやら、素直に教えてくれるつもりはないらしい。
まあ、別に構わない。
周囲の海賊を片づけながら、軍艦へ渡ろうとしていた連中もまとめて倒していく。何人かは銃を構えてきたが、狭い甲板では仲間が邪魔になって撃ちづらそうだった。
こちらが動くたびに海賊たちの隊列が崩れ、軍艦へ向かう人数も減っていく。
その頃になって、向こうの甲板から声が聞こえてきた。
「……火拳!?」
振り返ると、イスカがこちらを見ていた。
「おう、イスカ!」
「何でお前がここにいるんだ!?」
「賞金首を追ってたら、たまたま見つけたんだよ。随分派手にやってるじゃねえか!」
「見ての通りだ! 助けに来たなら手を貸してくれ!」
「もとよりそのつもりだ!」
イスカはそう答えると、すぐに近くの海兵へ指示を飛ばした。
「三班、渡し板を落とせ! 海賊船を切り離すぞ!」
海兵たちが一斉に動き、船同士を繋いでいた板を外していく。
慌てた海賊が軍艦へ飛び移ろうとしたが、そこにはイスカが待ち構えていた。レイピアで相手の剣を弾き、そのまま足を払って甲板へ転がす。
こっちへ敵が集まったおかげで、軍艦の海兵たちにも余裕ができたらしい。
「よし。こっちは任せたぜ!」
「ああ! お前も気をつけろよ!」
イスカの返事を聞き、おれは残った海賊たちへ向き直った。
数はまだいるが、これならすぐに片づくだろう。
実際、それからしばらくもしないうちに、甲板で立っている海賊はいなくなった。
おれは最後の一人を縛り上げ、周囲を見回した。
サボの方も順調らしい。
右側の海賊船では、甲板にいた連中が次々と倒されていた。鉄パイプを振るうたびに海賊が吹き飛び、逃げようとした男も剃で回り込まれて捕まっている。
もう一隻も、サボが乗り込んだことで砲撃が止まっていた。
「お、いい感じじゃねえか」
そう思ったところで、残る一隻が軍艦から離れ始めた。
どうやら、形勢が悪くなったのを見て逃げるつもりらしい。
「おいおい、逃がすかよ」
月歩で追いかけようとした時だった。
「火拳!」
イスカの声が飛んできた。
「そっちは私が行く! この船を頼めるか!」
「分かった!任せろ!」
イスカは頷くと、軍艦の船縁へ走った。
海賊船へ伸びていた鉤縄を掴み、勢いをつけて海上へ飛び出す。向こうの船腹へ足をつくと、そのまま身体を引き上げて甲板へ乗り込んだ。
「へえ」
レイピアを持ったまま、よくあれだけ身軽に動けるものだ。
もっとも、感心している場合でもない。
おれたちが最初に追っていた海賊船も、状況が変わったことに気づいたらしく、合流するのをやめて逃げ出そうとしていた。
「そっちはおれの獲物だぞ!」
おれは甲板を蹴り、月歩で最後の一隻へ向かった。
◇
戦闘が終わった頃には、周囲の海賊船はすべて動きを止めていた。
おれたちが追っていた二千三百万ベリーの賞金首も無事に捕まえられたし、ほかの船にも手配書に載っている海賊が二人いた。
予想外の収穫だ。
もっとも、海軍と一緒に戦った以上、捕まえた海賊を全部おれたちの手柄にするわけにはいかない。そこは後でイスカたちと確認することになるだろう。
「いやあ、結構いたな」
おれが海賊船の甲板から周囲を眺めていると、サボが隣へやってきた。
「ああ。まさか五隻も集まってるとは思わなかったぜ」
「おれたちが追ってた奴も、ここに来なけりゃもう少し楽に捕まえられたかもな」
「まあ、そうだろうな。でもこっちに来たおかげで友達の手助けもできたんだ。悪くなかっただろ?」
「それもそうだ」
サボが頷き、軍艦へ目を向けた。
海兵たちは既に戦後の処理を始めていた。
負傷者が甲板の一角へ運ばれ、軍医たちが応急処置をしている。船腹の損傷も大きいらしく、何人かが板材を運んで応急修理に取りかかっていた。
デュースもヴァンガード号から医療鞄を持って移ってきており、軍医と一緒に怪我人を診ている。
ブルーは船に残してきた。
さすがに、怪我人だらけの軍艦へ恐竜まで連れてくる必要はないだろう。
「火拳」
声をかけられて振り返ると、イスカが歩いてきた。
軍服の袖が少し裂け、頬にも細い傷ができている。レイピアは既に鞘へ戻していたが、まだ周囲の様子を気にしているらしく、時折海兵たちへ目を向けていた。
「イスカ。怪我は大丈夫か?」
「かすり傷だ。これくらい何ともない。それより、助かったよ」
「そりゃよかった。結構囲まれてたもんな」
「ああ。最初は二隻だったんだが、途中から次々と増えてな。こちらも増援を呼んでいたんだが、お前たちの方が早かった」
「そうだったのか。運がよかったな」
「まったくだ」
イスカは少し疲れたように息を吐いた。
それから、おれの顔を見て何か言いかけたが、すぐには口を開かなかった。
「ん? どうした?」
「いや……一つ聞いてもいいか?」
「おう。何だ?」
「さっき、炎を使わなかっただろう?」
「ああ」
「私が火を苦手だと言ったこと、覚えていたのか?」
「そりゃ覚えてるさ。この前聞いたばっかりだぜ?」
イスカは少し驚いたように目を瞬かせた。
「……そうか」
「別に炎を使わなくてもどうにかなる相手だったしな。わざわざ友達が嫌がることをする必要もねぇ?」
「友達?」
「飯を奢ってくれて、半日近く語り合ったんだ。おれは友達だと思ってんだがな」
「ふふ、そうか。ありがとう」
「おう」
イスカはそれ以上何も言わず、少しの間、海面を眺めていた。
周囲では海兵たちが捕まえた海賊を拘束し、軍艦へ移している。負傷者を運ぶ声や修理の音も聞こえており、まだまだ落ち着ける状況ではなかった。
そんな中、イスカが静かに口を開いた。
「……昔、私の故郷が海賊に襲われたんだ」
おれはイスカへ目を向けた。
「海賊たちは街に火を放った。家も店も、何もかも燃えて……大勢の人が死んだ」
イスカの声は落ち着いていたが、その表情は休暇の日に食堂で見せたものとは違っていた。
「私の両親も、その時に死んだ。私自身も火傷を負って、逃げられなくなっていたところを助けてもらったんだ」
「……そうだったのか」
「ああ。助けてくれたのは、ドロウ中将だ」
食事をしながら聞いた名前だった。
イスカが海軍へ入るきっかけになったという、あの中将だ。
「なるほどな。だから、その中将さんを尊敬してるんだな」
「それだけじゃない。中将は今でも、海賊から人々を守るために戦っている。私もあの人のようになりたかったんだ」
イスカはそう言って、軍艦の方へ目を向けた。
「私と同じ目に遭う人間を、少しでも減らしたい」
その言葉を聞いて、食堂での会話を思い出した。
海軍の仕事は人々を守ることだと、イスカは迷いなく言っていた。
あの時は真面目な奴だと思ったが、今なら、その言葉にどれだけの思いが込められていたのかも少し分かる気がする。
おれが賞金首を捕まえているのは、金になるし、強い奴と戦えることもあるからだ。もちろん、目の前で誰かが襲われていれば助けるつもりだが、それを生き方の中心に据えているわけじゃない。
イスカは違う。
自分が経験したことを理由に、海軍へ入る道を選んだ。
「そっか。話してくれてありがとな」
「……礼を言うのは私の方だろう」
「そうか?」
「ああ。お前は私のことを気遣ってくれたんだからな」
「別に大したことじゃねえよ。仲良くなった奴が嫌がることを、わざわざしたくないだけさ」
おれがそう答えると、イスカは少し黙ってから、小さく笑った。
「……お前は、変わった奴だな」
「そうか? おれは案外普通の人間だぜ?」
「自分でそう言うところも含めてだ」
「ハハハ! そりゃどうも!」
イスカもつられるように笑った。
それから、軍艦の方から呼ぶ声が聞こえてきた。
「イスカ少尉! こちらの確認をお願いします!」
「ああ、今行く!」
イスカは返事をしてから、おれへ向き直った。
「すまない。まだ仕事が残っているんだ」
「おう。こっちも手伝えることがあったら言ってくれよ」
「ああ。助かるよ」
イスカはそう言い残し、海兵たちのところへ戻っていった。
◇
ベルナ島へ戻った頃には、空が赤く染まり始めていた。
軍艦は自力で航行できたものの、船腹の損傷が大きく、港へ入るとすぐに修理の人間が集まってきた。捕まえた海賊たちも次々と基地へ連れていかれ、港はしばらく騒がしかった。
おれたちも賞金首を引き渡すため、そのまま基地へ向かった。
「いやあ、今日は思ったより時間がかかったな」
サボが肩を回しながら言った。
「ああ。あのまま一隻だけ捕まえて帰るつもりだったんだけどな」
「まさか軍艦まで襲われてるとは思わなかったよ」
デュースが答えた。
こいつは帰りの船でも怪我人の様子を気にしていたらしく、軍医と話した内容を思い返しているようだった。
「そういや、軍艦の怪我人は大丈夫そうなのか?」
「重傷者は何人かいるけど、すぐに命に関わるような人はいなかったよ。基地の医務室でちゃんと治療を受けられれば、回復すると思う」
「そりゃよかったな」
「ああ。ただ、しばらくはあの軍艦も動けないだろうな。修理が必要だし、人員も休ませないと」
そんな話をしながら基地へ向かっていると、正面から何人かの海兵が出てきた。
先頭を歩いていたのは、立派な軍服を身につけた大柄な男だった。
イスカがその姿を見て、すぐに足を止めた。
「ドロウ中将」
おれも男へ目を向ける。
あれが、イスカから話を聞いた中将か。
ドロウはイスカの前まで来ると、まず裂けた軍服の袖と頬の傷を見た。
「報告は聞いた。よく船を戻したな、イスカ少尉」
「はい。ですが、彼らの援護がなければ、被害はもっと大きくなっていたと思います」
「そうか」
ドロウの視線がこちらへ向いた。
「お前がポートガス・D・エースか」
「ああ。初めまして、ドロウさん」
「話は聞いている。部下を助けてくれたこと、礼を言うぞ」
「別にいいよ。おれたちも賞金首を追ってたからな」
おれがそう答えると、ドロウは一度頷いた。
大柄な身体に似合わず、動きには無駄がない。立ち姿を見ただけでも、相応に鍛えていることが分かった。
イスカが尊敬しているというのも、少し納得できる気がする。
「中将、軍艦の損傷についてですが……」
後ろにいた海兵が声をかけた。
「ああ。分かっている」
ドロウはそちらへ向き直ると、イスカへ短く指示を出した。
「イスカ少尉、詳しい報告は後で聞く。まずは負傷者の対応を優先しろ」
「はい!」
ドロウはそのまま海兵たちを連れて港の方へ歩いていった。
おれはしばらく、その背中を眺めていた。
中将ともなれば、やはり忙しいらしい。
「エース、行くぞ」
サボに呼ばれ、おれも基地へ入った。
◇
賞金首の引き渡しと手続きが終わった頃には、すっかり日が暮れていた。
今回は海軍と一緒に戦ったこともあり、誰がどの海賊を捕まえたのか、確認に少し時間がかかった。もっとも、おれたちが追っていた二千三百万の賞金首については問題なく受け取れたし、ほかにも何人かの捕縛に協力したことが認められた。
悪くない稼ぎだ。
基地を出ると、イスカが後からついてきた。
「もう帰るのか?」
「ああ。今日はもう十分働いた」
「そうだな。おれもそろそろ飯が食いたい」
サボが言うと、デュースも頷いた。
「帰ったら何か作るよ。食材はまだ結構残ってるしな」
「おっ、そりゃ楽しみだ」
港にはヴァンガード号が停泊している。
ブルーも船で待っているはずだし、今日はこのまま戻ってゆっくりするつもりだった。
「火拳」
イスカに呼ばれて振り返る。
「ん? どうした?」
イスカは少し考えるように黙っていたが、やがてこちらをまっすぐに見た。
「お前、海軍に入らないか?」
「……へ?」
思いがけない言葉だった。
サボとデュースも足を止める。
「急だな。どうしたんだよ?」
「いや……今日、お前たちと一緒に戦っていて思ったんだ」
イスカは少し照れくさそうに笑った。
「お前は強い。それに、賞金首を捕まえるだけじゃなく、困っている人間を助けることもできる。前は商船を助けて、今日は私たちを助けてくれただろ?」
「まあな」
「だったら、海軍に入ればもっと多くの人を守れるんじゃないかと思ってな」
なるほど。
いかにもイスカらしい考え方だった。
休暇の日は海軍の仕事について話し、今日は故郷での出来事まで聞いた。あいつがどうしてそんなことを言うのかは、十分に理解できる。
ただ、答えは決まっていた。
「悪いけど、入らねえよ」
「……即答だな」
「ハハハ! 昔からじいちゃんにも散々言われてるからな」
「ガープ中将に?」
「ああ。何回断ったか分からねえくらいだぜ」
サボが横から口を挟んだ。
「何回どころじゃねえだろ。ガキの頃からずっと言われてたじゃねえか」
「そういやそうだったな」
「それで、何回も怒鳴られてよ」
「まあな。じいちゃんは諦めが悪いんだ」
おれがそう言うと、サボは楽しそうに笑った。
イスカは少し呆れたようだったが、すぐに真面目な顔へ戻った。
「……理由を聞いてもいいか?」
「おれは好きに海を回りたいんだよ」
そう答えて、港の方へ目を向けた。
ベルナ島へ来るまでにも、いろんな場所へ行った。
気になった島へ寄り道したこともあれば、強い奴がいると聞いて向かった場所もある。リトルガーデンでは巨人と戦い、ブルーまで仲間になった。
まだ偉大なる航路へ入ったばかりだ。
これから先、どんな島や人間に出会えるのかと思うと、楽しみで仕方がない。
「行きたい島に行って、面白そうなものがあれば寄り道して、強い奴がいたら戦う。そういう旅がしたいんだ」
「……海軍でも、いろんな海へ行けるぞ」
「ああ。でも、行き先は自分で決められねえだろ?」
「それは……そうだな」
「おれはそこが大事なんだよ。誰かに決められた場所へ行くんじゃなくて、自分で選びたいんだ」
イスカは少し考え込むように黙った。
おれは海軍が嫌いなわけじゃない。
じいちゃんも、センゴクさんも、ゼファー先生もいる。海軍本部で過ごした時間だって楽しかったし、あそこで学んだことは今でも役に立っている。
ただ、組織の一員として命令に従いながら生きるのは、おれの望む自由とは違う。
「イスカが海軍をやってる理由は分かったよ。休暇の日も今日も、いろいろ話してくれたしな」
「……ああ」
「でも、おれには賞金稼ぎの方が合ってる。海軍に入らなくたって、困ってる奴を助けることはできるしよ」
イスカはしばらくおれを見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……そうか。分かった」
「おう」
「残念だが、無理に誘うわけにもいかないな」
「まあ、じいちゃんは諦めてねえらしいけどな」
「ガープ中将らしいな」
「だろ? あの人、昔から変わんねえんだよ」
イスカは少し笑った。
「それにしても、ガープ中将にそこまで誘われているとは。上層部もお前が海軍へ入れば喜ぶんじゃないか?」
「どうだろうな。センゴクさんにも昔、似たようなことを聞かれたけど」
「……お前、本当に何者なんだ?」
「賞金稼ぎだぜ?」
「それは知ってる」
今度はイスカも笑った。
それから、おれたちは基地の前で別れることになった。
「じゃあ、またな、イスカ」
「ああ。また会おう、火拳」
「また暇なときにでも飯食おうぜ、今度はおれが奢ってやるよ」
「そうだな。楽しみにしてるよ」
イスカはそう答え、基地へ戻っていった。
おれたちも港へ向かって歩き出す。
今日、イスカが自分の過去を話してくれたことは、少し意外だった。
まだ知り合って間もないが、あいつなりにおれたちを信用してくれているのだろう。海軍へ誘ってくれたのも、その延長なのかもしれない。
もちろん、入るつもりはない。
イスカが大切にしているものと、おれが望んでいるものは違う。それでも、一緒に飯を食ったり、困った時に手を貸したりすることまで変える必要はないだろう。
「エース、今日の賞金だけどさ」
サボが隣へ来た。
「ん?」
「しばらくは補給に困らなそうだな。次はどこへ行く?」
「そうだな。そろそろ別の島へ行ってみてもいいかもな」
「いいじゃねえか。近隣の島なら回ってもそこまで困らねえ。デュース、次の航路はどうなってる?」
「候補はいくつかあるよ。帰ったら海図を見ながら決めよう」
「おう、そうしようぜ!」
おれたちはそんな話をしながら、港へ向かった。
ヴァンガード号では、腹を空かせたブルーが待っている。
まずは飯を食って、それから次の行き先を考えよう。
まだまだ、行ってみたい場所は山ほどあるんだからな。
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