転生したらエースだった件   作:みけまる(AI執筆)

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 ドロウ中将とイスカ少尉はなるべく原作に寄せていますが、私がノベルAを読んでいないので既読者の方からすれば違和感が出るかもしれません。


第六十八話 恩人

 

 “血煙”のガルド・ベインが、広場の石畳に横たわっていた。

 

 少し前までドロウ中将と激しく斬り結んでいた男は、サボに捕らえられた今、意識を失って動かない。海兵たちもその姿を確認し、ようやく戦闘が終わったことを理解したらしい。周囲に散っていた者たちが集まり始め、ガルドの拘束に備えていた。

 

 私はその様子を見ていたが、すぐに自分の仕事へ戻ることができなかった。

 

 広場にはまだ煙が立ち込めている。消火のために水を運ぶ海兵が行き交い、家族を捜す住民の声があちこちから聞こえていた。風が吹くたびに焦げた木材の臭いが強まり、焼け落ちた屋根からは時折、火の粉が舞い上がる。

 

 負傷者も残っている。私がここで立ち止まっている場合ではない。

 

 それなのに、先ほど見た光景が頭から離れなかった。

 

「ガルド・ベインで間違いねえんだな?」

 

 サボの声に顔を上げると、ドロウ中将が倒れた男を見下ろしていた。

 

「ああ。間違いない」

 

 中将は短く答え、続いてエースへ視線を移した。

 

「……で、どうするつもりだ」

 

「どうするって?」

 

「貴様は海軍の作戦を妨害した。おかげで標的にも逃げられた」

 

「捕まってるけどな」

 

 エースが足元のガルドを示すと、ドロウ中将の眉間に皺が寄った。

 

「結果の話をしてるんじゃねえ」

 

「分かってるよ」

 

 エースはそれ以上言い返さなかった。

 

 二人はつい先ほどまで殴り合っていたが、今はどちらも構えていない。ガルドが捕まった以上、ここで争いを続ける必要はなくなっていた。

 

 そもそも、海軍がこの島へ来た目的はガルドとその一味を討伐することだ。残党の捜索は続いているものの、首領であるガルドの身柄は確保できる。

 

「こいつはそっちに渡す」

 

 エースが言った。

 

「おれたちが捕まえたことにしなくていい。賞金もいらねえ」

 

 思わずエースを見た。

 

 彼らがガルドを追っていたのは知っている。ベルナを離れる前に最後の大物を捕まえるつもりだと、基地でも話していた。

 

 懸賞金は二億五千万ベリー。賞金稼ぎにとって、決して小さな金額ではない。

 

 だが、サボは何も言わず、エースの判断に任せていた。

 

「その代わり、ここで終わりだ」

 

 エースはドロウ中将を見据えた。

 

「おれはあんたの邪魔をした。そっちはガルドを捕まえた。それでいいだろ」

 

 ドロウ中将はすぐには答えず、ガルドを見下ろした。

 

 それから、広場の周囲へ視線を巡らせる。

 

 燃えている家々や、救助に当たる海兵たちも目に入ったはずだ。けれど、中将は何も言わず、近くにいた海兵へ顎をしゃくった。

 

「ガルドを拘束しろ。念のために海楼石も使え」

 

「はっ!」

 

 二人の海兵が駆け寄り、ガルドの両腕を取った。サボは邪魔にならないよう一歩下がり、拘束が終わるのを見届けている。

 

「残党も一人残らず押さえろ。負傷者は軍艦へ運べ。消火できる奴は町へ回れ」

 

「はっ!」

 

 指示を受けた海兵たちが、それぞれの持ち場へ散っていった。

 

 迷いのない命令だった。ガルドの拘束を確認すると同時に、残党の捜索と負傷者の搬送、消火活動へ人員を振り分けている。

 

 私は、そんなドロウ中将の姿を何度も見てきた。

 

 戦場でも冷静に状況を把握し、部下を動かす。相手がどれほど凶悪な海賊であろうと怯まず、先頭に立って戦う。

 

 私がまだ何もできなかった頃から、ずっとそうだった。

 

「ポートガス」

 

 中将が再びエースを見た。

 

「今回の件はそれで終わりにしてやる」

 

「そうか」

 

「次も同じように済むと思うなよ」

 

 エースは少し眉を寄せたものの、何も言い返さなかった。

 

 ドロウ中将もそれ以上話すつもりはないらしく、背を向けて歩き出す。

 

 これで終わりなのだろう。

 

 海軍と賞金稼ぎの間で起きた争いは、ガルドの身柄を引き渡すことで収まった。周囲の海兵たちもそれを理解し、倒れていた仲間を助け起こしたり、住民の救助へ戻ったりしている。

 

 私も、早く仕事へ戻らなければならない。

 

 そう考えて顔を上げた時、ドロウ中将の背後で燃え続ける家が目に入った。

 

 崩れかけた屋根から黒い煙が上がっている。窓枠は焼け落ち、外壁には炎が這っていた。少し離れた場所では、住民らしい男が海兵に支えられながら歩いている。

 

 この町を襲ったのは海賊だ。

 

 それは間違いない。

 

 けれど、今も燃えている家はドロウ中将が火を放った結果そのものだ。

 

 私はそれを見ていた。

 

 住民が残っていると伝えた。攻撃を止めてほしいと頼んだ。それでも中将はガルドへの攻撃を続け、エースが割って入った後も、考えを変えようとはしなかった。

 

 そして、あの言葉だ。

 

『海賊さえいなけりゃあ、おれがこうして火を放って回る必要もなくなるんだ』

 

 聞き間違いではない。

 

 海賊を討つためなら、周囲の建物が燃えても構わない。そこに住民が残っていると分かっていても、攻撃を止める理由にはならない。

 

 ドロウ中将は、そう考えているのだろうか。

 

 胸の奥に生じた疑問は、どうしても消えてくれなかった。

 

「……ドロウ中将」

 

 気づけば、声をかけていた。

 

 自分でも驚くほど小さな声だったが、中将は足を止めて振り返った。

 

「何だ」

 

「一つ、聞いてもいいですか」

 

「手短にしろ。まだ仕事が残ってる」

 

「……はい」

 

 エースとサボもこちらを見ていた。

 

 普段なら、二人の前で上官へこんな話を持ちかけることはなかったと思う。だが、今は人目を気にしている余裕がなかった。

 

「先ほどのことです。私は、市民がまだ残っているとお伝えしました」

 

「ああ」

 

「それでも、中将は攻撃を続けました」

 

「それがどうした」

 

 当然のように返され、喉が詰まった。

 

 私が何を聞こうとしているのか、本当に分かっていないのだろうか。

 

「……海賊を逃がさないためなら、市民が巻き込まれても仕方がないと、本当にそう思っているのですか?」

 

 ドロウ中将は少しも迷わなかった。

 

「必要ならな」

 

 その返事に、私は思わず息を呑んだ。

 

「海賊一人を逃がせば、そいつが次に何人殺すか分からねえ。ガルドは二億五千万の賞金首だ。今日までどれだけの人間を殺してきたと思っている」

 

「だから……ここにいる人たちが死んでも?」

 

「誰も死なせたくねえなら、最初から海賊なんざ存在させなきゃいい」

 

 中将はそこで一度、拘束されているガルドへ目を向けた。

 

「おれたちは海賊を討つ。そのために必要なことをする。そこで被害が出たなら、原因を作ったのは海賊だ」

 

「違います」

 

 考えるより先に言葉が出た。

 

 ドロウ中将の眉が動く。

 

「火を放ったのは、あなたです」

 

「だから何だ」

 

 怒鳴られたわけではなかった。

 

 ただ、私が何を問題にしているのか理解できないという顔をされた。

 

 その反応が、何よりも恐ろしかった。

 

 私はこの人が海賊を憎んでいることを知っている。悪党を許さず、どれほど危険な相手にも立ち向かう人だと思ってきた。

 

 実際にドロウ中将は多くの海賊を討伐してきたし、その指揮によって救われた人間も大勢いるはずだ。

 

 私自身も、その一人だった。

 

 そう考えた途端、忘れようとしていた光景が蘇った。

 

 燃える家々の間を、必死に逃げたこと。

 

 煙で息ができず、何度も父と母を呼んだこと。

 

 熱さと痛みで泣き叫んでいた私を、誰かが抱き上げてくれたこと。

 

 幼い頃の記憶だから、何もかも鮮明に覚えているわけではない。それでも、燃える村の中から私を連れ出してくれた人の顔だけは、忘れたことがなかった。

 

 ドロウ中将だ。

 

 海賊に襲われた村で、私を助けてくれた人。

 

 その後も面倒を見てくれて、海兵として生きる道を示してくれた人。

 

 私は無意識に右手を握り締めていた。幼い頃に負った火傷の跡が、掌から腕にかけて残っている。

 

 あの時の火も、海賊が放ったものだと思っていた。

 

 だが、もしも。

 

 今日と同じことが、あの村でも起きていたのだとしたら。

 

「ドロウ中将」

 

「何だ」

 

「……私の故郷のことを、覚えていますか」

 

 中将の表情がわずかに変わった。

 

 驚いたというより、突然昔の話を持ち出されたことを不思議に思っているようだった。

 

「ああ、覚えている」

 

 私は握り締めた手に、さらに力を込めた。

 

「海賊の討伐に向かった村だ。お前を拾った場所でもある」

 

「……はい」

 

 声が震えそうになり、唇を結んだ。

 

 私が知っているのは、海賊が故郷を襲い、父と母が命を落としたということだった。ドロウ中将はその海賊を討伐し、生き残っていた私を助けてくれた。

 

 そう教えられ、ずっと信じてきた。

 

 だから海兵になった。海賊に家族を奪われる子供を、少しでも減らしたかった。

 

 だが、あの日の火が誰によって放たれたものなのか、私は自分の目で確かめたわけではない。

 

「私の村が燃えた時も……」

 

 そこまで口にして、言葉が続かなくなった。

 

 聞くのが怖かった。

 

 今日の出来事と、あの日の記憶を結びつけてしまったのは私だ。何の根拠もない思い違いかもしれない。

 

 むしろ、そうであってほしかった。

 

 私はドロウ中将の顔を見た。

 

「……あの時も、そうだったのですか」

 

「何がだ」

 

「海賊を倒すために……村に火を放ったのですか」

 

 中将はしばらく黙っていた。

 

 その沈黙の間、私は彼の顔から目を逸らせなかった。

 

 違うと言ってほしかった。

 

 海賊が村を焼いたに決まっていると、いつものように言い切ってほしかった。

 

 そうすれば、私は自分の考えを恥じるだけで済む。

 

「……ああ」

 

 ドロウ中将が口を開いた。

 

「そうだ」

 

 すぐには、その意味を理解できなかった。

 

「あの村に海賊どもが入り込んだ。逃がせば被害が広がる。だから火を放って退路を潰した」

 

 中将は淡々と続けた。

 

「結果、海賊どもを仕留めることができた」

 

 目の前の広場が遠くなったように感じた。

 

 燃えている家も、消火を続ける海兵たちも、確かにそこにいる。それなのに、私の頭に浮かんでいたのは、幼い頃に見た故郷の光景だった。

 

 あの日も、村は燃えていた。

 

 家が崩れ、煙が立ち込め、逃げようとしてもどちらへ行けばいいのか分からなかった。

 

 父と母を呼んでも返事はなかった。

 

「じゃあ……」

 

 ようやく声が出た。

 

「父と、母は……」

 

「巻き込まれた」

 

 ドロウ中将は、ためらうことなく答えた。

 

「海賊が……殺したんじゃ……」

 

「元を辿れば海賊のせいだ」

 

 声は少しも変わらない。

 

「あいつらが村へ逃げ込まなきゃ、火を放つ必要もなかった」

 

「でも……火を放ったのは……」

 

「おれだ」

 

 その一言で、今まで信じてきたものが崩れていくのを感じた。

 

 父と母が死んだ原因を作ったのは、私を助けてくれた人だった。

 

 海賊に襲われたことも、ドロウ中将に助けられたことも、間違いではない。けれど、その間にあった出来事を、私は何も知らなかった。

 

 そして中将は、それを隠そうともしなかった。

 

 自分のしたことが間違いだったとは、少しも考えていないのだ。

 

「じゃあ、どうして……」

 

 言葉がうまく出てこなかった。

 

「どうして、私を助けたんですか」

 

 ドロウ中将が眉を寄せた。

 

「何言ってやがる」

 

「だって……あなたが村を燃やしたんでしょう」

 

「ああ」

 

「お父さんとお母さんも、それで死んだんでしょう!」

 

 自分の声が広場に響いた。

 

 近くにいた海兵がこちらを振り返る。何人かは足を止め、困惑した様子で私たちを見ていた。

 

 それでも、もう声を抑えられなかった。

 

「それなのに、どうして私を助けたんですか! どうして海軍に入れて、今まで……!」

 

「お前が生きていたからだ」

 

 私は言葉を失った。

 

 ドロウ中将は、私を真っ直ぐに見ていた。

 

「生き残った子供を見捨てる理由がどこにある」

 

「……」

 

「あの時、海賊を仕留めるためには火が必要だった。その上でお前が生き残っていたから助けた」

 

 私が聞きたかった答えとは、あまりにも違っていた。

 

「それだけだ」

 

 この人は、何も矛盾していないと思っている。

 

 海賊を倒すために村へ火を放つことも、その火から生き残った子供を助けることも、どちらも当然の行動なのだろう。

 

 私は助けられた。

 

 それは事実だ。

 

 燃える村から連れ出してくれた腕も、その後に面倒を見てくれたことも、海兵になった私を鍛えてくれたことも、決して嘘ではない。

 

 ドロウ中将は私にとって恩人だった。

 

 その同じ人が、父と母の命を奪う原因を作っていた。

 

 しかも、今もその判断を正しいと信じている。

 

「私は……」

 

 喉が詰まり、何度か息を吸った。

 

「私は、あなたみたいな海兵になりたくて……」

 

 幼い頃から、ずっと背中を追ってきた。

 

 海賊を恐れず、部下を率いて戦う姿に憧れた。強くなれば、自分と同じような思いをする人間を減らせると信じていた。

 

 私が海兵になったのは、助けてもらった恩を返したかったからだけではない。

 

 この人のように、誰かを守れる人間になりたかったからだ。

 

「それでいいだろう」

 

 ドロウ中将が言った。

 

「何がですか……?」

 

「お前は海兵になった。海賊を捕まえて人を守っている」

 

「そういう話じゃありません!」

 

 気づけば叫んでいた。

 

「私は……私は、こんなことをするために海兵になったんじゃない!」

 

 燃えている町へ腕を向ける。

 

「人を守るためです! 私みたいな人間を増やさないために海兵になったんです!」

 

「だから海賊を討つんだろうが」

 

「そのために守るはずの人間を焼いたら、何の意味があるんですか!」

 

 ドロウ中将の顔が険しくなった。

 

「綺麗事だけで海賊を止められると思うな、イスカ少尉」

 

「綺麗事じゃない!」

 

 その言葉だけは、考えるまでもなく否定できた。

 

「目の前で助けを求めてる人を見捨てないことの、どこが綺麗事なんですか!」

 

 言い終わると、息が苦しかった。

 

 いつの間にか頬が濡れている。

 

 泣いていると気づいても、涙を拭う気にはなれなかった。

 

 ドロウ中将は黙って私を見ていた。

 

 エースとサボも、何も言わない。

 

 今は、その沈黙がありがたかった。

 

 誰かに慰められたり、何かを説明されたりしたら、きっと耐えられなかったと思う。

 

「……少尉」

 

 後ろから呼びかけられ、振り返った。

 

 部下の海兵が立っていた。軍服は煤に汚れ、頬にも黒い筋がついている。

 

「負傷者の搬送、続けます。まだ西側に何人か残ってます」

 

 私の顔を見た海兵は、それ以上何も尋ねなかった。

 

「……ああ」

 

 声が震えた。

 

 私は一度息を吸い、燃えている町へ目を向けた。

 

「頼む。動ける者は救助を優先してくれ。消火班にも……延焼を止めるよう伝えてくれ」

 

「はい」

 

 海兵が走っていく。

 

 その背中を見送ってから、私は自分の右手へ視線を落とした。

 

 古い火傷の跡が残っている。

 

 あの日、ドロウ中将に助けられた時から、ずっと消えなかった傷だ。

 

 私はこの傷を見るたび、海賊への憎しみと、助けてくれた人への感謝を思い出してきた。

 

 これからは、同じようには思えないだろう。

 

 けれど、今は考え続けている場合ではなかった。

 

 まだ負傷者がいる。消火も終わっていない。海兵たちは、それぞれの持ち場で住民を助けようとしている。

 

 私は右手を下ろし、搬送が続いている通りへ目を向けた。

 

 ドロウ中将のしたことを、どう受け止めればいいのかは分からない。

 

 今までの感謝も、憧れも、簡単に消せるものではなかった。

 

 それでも、もう以前と同じ目であの人を見ることはできない。

 

 そのことだけは、はっきりしていた。

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