転生したらエースだった件 作:みけまる(AI執筆)
“血煙”のガルド・ベインが、広場の石畳に横たわっていた。
少し前までドロウ中将と激しく斬り結んでいた男は、サボに捕らえられた今、意識を失って動かない。海兵たちもその姿を確認し、ようやく戦闘が終わったことを理解したらしい。周囲に散っていた者たちが集まり始め、ガルドの拘束に備えていた。
私はその様子を見ていたが、すぐに自分の仕事へ戻ることができなかった。
広場にはまだ煙が立ち込めている。消火のために水を運ぶ海兵が行き交い、家族を捜す住民の声があちこちから聞こえていた。風が吹くたびに焦げた木材の臭いが強まり、焼け落ちた屋根からは時折、火の粉が舞い上がる。
負傷者も残っている。私がここで立ち止まっている場合ではない。
それなのに、先ほど見た光景が頭から離れなかった。
「ガルド・ベインで間違いねえんだな?」
サボの声に顔を上げると、ドロウ中将が倒れた男を見下ろしていた。
「ああ。間違いない」
中将は短く答え、続いてエースへ視線を移した。
「……で、どうするつもりだ」
「どうするって?」
「貴様は海軍の作戦を妨害した。おかげで標的にも逃げられた」
「捕まってるけどな」
エースが足元のガルドを示すと、ドロウ中将の眉間に皺が寄った。
「結果の話をしてるんじゃねえ」
「分かってるよ」
エースはそれ以上言い返さなかった。
二人はつい先ほどまで殴り合っていたが、今はどちらも構えていない。ガルドが捕まった以上、ここで争いを続ける必要はなくなっていた。
そもそも、海軍がこの島へ来た目的はガルドとその一味を討伐することだ。残党の捜索は続いているものの、首領であるガルドの身柄は確保できる。
「こいつはそっちに渡す」
エースが言った。
「おれたちが捕まえたことにしなくていい。賞金もいらねえ」
思わずエースを見た。
彼らがガルドを追っていたのは知っている。ベルナを離れる前に最後の大物を捕まえるつもりだと、基地でも話していた。
懸賞金は二億五千万ベリー。賞金稼ぎにとって、決して小さな金額ではない。
だが、サボは何も言わず、エースの判断に任せていた。
「その代わり、ここで終わりだ」
エースはドロウ中将を見据えた。
「おれはあんたの邪魔をした。そっちはガルドを捕まえた。それでいいだろ」
ドロウ中将はすぐには答えず、ガルドを見下ろした。
それから、広場の周囲へ視線を巡らせる。
燃えている家々や、救助に当たる海兵たちも目に入ったはずだ。けれど、中将は何も言わず、近くにいた海兵へ顎をしゃくった。
「ガルドを拘束しろ。念のために海楼石も使え」
「はっ!」
二人の海兵が駆け寄り、ガルドの両腕を取った。サボは邪魔にならないよう一歩下がり、拘束が終わるのを見届けている。
「残党も一人残らず押さえろ。負傷者は軍艦へ運べ。消火できる奴は町へ回れ」
「はっ!」
指示を受けた海兵たちが、それぞれの持ち場へ散っていった。
迷いのない命令だった。ガルドの拘束を確認すると同時に、残党の捜索と負傷者の搬送、消火活動へ人員を振り分けている。
私は、そんなドロウ中将の姿を何度も見てきた。
戦場でも冷静に状況を把握し、部下を動かす。相手がどれほど凶悪な海賊であろうと怯まず、先頭に立って戦う。
私がまだ何もできなかった頃から、ずっとそうだった。
「ポートガス」
中将が再びエースを見た。
「今回の件はそれで終わりにしてやる」
「そうか」
「次も同じように済むと思うなよ」
エースは少し眉を寄せたものの、何も言い返さなかった。
ドロウ中将もそれ以上話すつもりはないらしく、背を向けて歩き出す。
これで終わりなのだろう。
海軍と賞金稼ぎの間で起きた争いは、ガルドの身柄を引き渡すことで収まった。周囲の海兵たちもそれを理解し、倒れていた仲間を助け起こしたり、住民の救助へ戻ったりしている。
私も、早く仕事へ戻らなければならない。
そう考えて顔を上げた時、ドロウ中将の背後で燃え続ける家が目に入った。
崩れかけた屋根から黒い煙が上がっている。窓枠は焼け落ち、外壁には炎が這っていた。少し離れた場所では、住民らしい男が海兵に支えられながら歩いている。
この町を襲ったのは海賊だ。
それは間違いない。
けれど、今も燃えている家はドロウ中将が火を放った結果そのものだ。
私はそれを見ていた。
住民が残っていると伝えた。攻撃を止めてほしいと頼んだ。それでも中将はガルドへの攻撃を続け、エースが割って入った後も、考えを変えようとはしなかった。
そして、あの言葉だ。
『海賊さえいなけりゃあ、おれがこうして火を放って回る必要もなくなるんだ』
聞き間違いではない。
海賊を討つためなら、周囲の建物が燃えても構わない。そこに住民が残っていると分かっていても、攻撃を止める理由にはならない。
ドロウ中将は、そう考えているのだろうか。
胸の奥に生じた疑問は、どうしても消えてくれなかった。
「……ドロウ中将」
気づけば、声をかけていた。
自分でも驚くほど小さな声だったが、中将は足を止めて振り返った。
「何だ」
「一つ、聞いてもいいですか」
「手短にしろ。まだ仕事が残ってる」
「……はい」
エースとサボもこちらを見ていた。
普段なら、二人の前で上官へこんな話を持ちかけることはなかったと思う。だが、今は人目を気にしている余裕がなかった。
「先ほどのことです。私は、市民がまだ残っているとお伝えしました」
「ああ」
「それでも、中将は攻撃を続けました」
「それがどうした」
当然のように返され、喉が詰まった。
私が何を聞こうとしているのか、本当に分かっていないのだろうか。
「……海賊を逃がさないためなら、市民が巻き込まれても仕方がないと、本当にそう思っているのですか?」
ドロウ中将は少しも迷わなかった。
「必要ならな」
その返事に、私は思わず息を呑んだ。
「海賊一人を逃がせば、そいつが次に何人殺すか分からねえ。ガルドは二億五千万の賞金首だ。今日までどれだけの人間を殺してきたと思っている」
「だから……ここにいる人たちが死んでも?」
「誰も死なせたくねえなら、最初から海賊なんざ存在させなきゃいい」
中将はそこで一度、拘束されているガルドへ目を向けた。
「おれたちは海賊を討つ。そのために必要なことをする。そこで被害が出たなら、原因を作ったのは海賊だ」
「違います」
考えるより先に言葉が出た。
ドロウ中将の眉が動く。
「火を放ったのは、あなたです」
「だから何だ」
怒鳴られたわけではなかった。
ただ、私が何を問題にしているのか理解できないという顔をされた。
その反応が、何よりも恐ろしかった。
私はこの人が海賊を憎んでいることを知っている。悪党を許さず、どれほど危険な相手にも立ち向かう人だと思ってきた。
実際にドロウ中将は多くの海賊を討伐してきたし、その指揮によって救われた人間も大勢いるはずだ。
私自身も、その一人だった。
そう考えた途端、忘れようとしていた光景が蘇った。
燃える家々の間を、必死に逃げたこと。
煙で息ができず、何度も父と母を呼んだこと。
熱さと痛みで泣き叫んでいた私を、誰かが抱き上げてくれたこと。
幼い頃の記憶だから、何もかも鮮明に覚えているわけではない。それでも、燃える村の中から私を連れ出してくれた人の顔だけは、忘れたことがなかった。
ドロウ中将だ。
海賊に襲われた村で、私を助けてくれた人。
その後も面倒を見てくれて、海兵として生きる道を示してくれた人。
私は無意識に右手を握り締めていた。幼い頃に負った火傷の跡が、掌から腕にかけて残っている。
あの時の火も、海賊が放ったものだと思っていた。
だが、もしも。
今日と同じことが、あの村でも起きていたのだとしたら。
「ドロウ中将」
「何だ」
「……私の故郷のことを、覚えていますか」
中将の表情がわずかに変わった。
驚いたというより、突然昔の話を持ち出されたことを不思議に思っているようだった。
「ああ、覚えている」
私は握り締めた手に、さらに力を込めた。
「海賊の討伐に向かった村だ。お前を拾った場所でもある」
「……はい」
声が震えそうになり、唇を結んだ。
私が知っているのは、海賊が故郷を襲い、父と母が命を落としたということだった。ドロウ中将はその海賊を討伐し、生き残っていた私を助けてくれた。
そう教えられ、ずっと信じてきた。
だから海兵になった。海賊に家族を奪われる子供を、少しでも減らしたかった。
だが、あの日の火が誰によって放たれたものなのか、私は自分の目で確かめたわけではない。
「私の村が燃えた時も……」
そこまで口にして、言葉が続かなくなった。
聞くのが怖かった。
今日の出来事と、あの日の記憶を結びつけてしまったのは私だ。何の根拠もない思い違いかもしれない。
むしろ、そうであってほしかった。
私はドロウ中将の顔を見た。
「……あの時も、そうだったのですか」
「何がだ」
「海賊を倒すために……村に火を放ったのですか」
中将はしばらく黙っていた。
その沈黙の間、私は彼の顔から目を逸らせなかった。
違うと言ってほしかった。
海賊が村を焼いたに決まっていると、いつものように言い切ってほしかった。
そうすれば、私は自分の考えを恥じるだけで済む。
「……ああ」
ドロウ中将が口を開いた。
「そうだ」
すぐには、その意味を理解できなかった。
「あの村に海賊どもが入り込んだ。逃がせば被害が広がる。だから火を放って退路を潰した」
中将は淡々と続けた。
「結果、海賊どもを仕留めることができた」
目の前の広場が遠くなったように感じた。
燃えている家も、消火を続ける海兵たちも、確かにそこにいる。それなのに、私の頭に浮かんでいたのは、幼い頃に見た故郷の光景だった。
あの日も、村は燃えていた。
家が崩れ、煙が立ち込め、逃げようとしてもどちらへ行けばいいのか分からなかった。
父と母を呼んでも返事はなかった。
「じゃあ……」
ようやく声が出た。
「父と、母は……」
「巻き込まれた」
ドロウ中将は、ためらうことなく答えた。
「海賊が……殺したんじゃ……」
「元を辿れば海賊のせいだ」
声は少しも変わらない。
「あいつらが村へ逃げ込まなきゃ、火を放つ必要もなかった」
「でも……火を放ったのは……」
「おれだ」
その一言で、今まで信じてきたものが崩れていくのを感じた。
父と母が死んだ原因を作ったのは、私を助けてくれた人だった。
海賊に襲われたことも、ドロウ中将に助けられたことも、間違いではない。けれど、その間にあった出来事を、私は何も知らなかった。
そして中将は、それを隠そうともしなかった。
自分のしたことが間違いだったとは、少しも考えていないのだ。
「じゃあ、どうして……」
言葉がうまく出てこなかった。
「どうして、私を助けたんですか」
ドロウ中将が眉を寄せた。
「何言ってやがる」
「だって……あなたが村を燃やしたんでしょう」
「ああ」
「お父さんとお母さんも、それで死んだんでしょう!」
自分の声が広場に響いた。
近くにいた海兵がこちらを振り返る。何人かは足を止め、困惑した様子で私たちを見ていた。
それでも、もう声を抑えられなかった。
「それなのに、どうして私を助けたんですか! どうして海軍に入れて、今まで……!」
「お前が生きていたからだ」
私は言葉を失った。
ドロウ中将は、私を真っ直ぐに見ていた。
「生き残った子供を見捨てる理由がどこにある」
「……」
「あの時、海賊を仕留めるためには火が必要だった。その上でお前が生き残っていたから助けた」
私が聞きたかった答えとは、あまりにも違っていた。
「それだけだ」
この人は、何も矛盾していないと思っている。
海賊を倒すために村へ火を放つことも、その火から生き残った子供を助けることも、どちらも当然の行動なのだろう。
私は助けられた。
それは事実だ。
燃える村から連れ出してくれた腕も、その後に面倒を見てくれたことも、海兵になった私を鍛えてくれたことも、決して嘘ではない。
ドロウ中将は私にとって恩人だった。
その同じ人が、父と母の命を奪う原因を作っていた。
しかも、今もその判断を正しいと信じている。
「私は……」
喉が詰まり、何度か息を吸った。
「私は、あなたみたいな海兵になりたくて……」
幼い頃から、ずっと背中を追ってきた。
海賊を恐れず、部下を率いて戦う姿に憧れた。強くなれば、自分と同じような思いをする人間を減らせると信じていた。
私が海兵になったのは、助けてもらった恩を返したかったからだけではない。
この人のように、誰かを守れる人間になりたかったからだ。
「それでいいだろう」
ドロウ中将が言った。
「何がですか……?」
「お前は海兵になった。海賊を捕まえて人を守っている」
「そういう話じゃありません!」
気づけば叫んでいた。
「私は……私は、こんなことをするために海兵になったんじゃない!」
燃えている町へ腕を向ける。
「人を守るためです! 私みたいな人間を増やさないために海兵になったんです!」
「だから海賊を討つんだろうが」
「そのために守るはずの人間を焼いたら、何の意味があるんですか!」
ドロウ中将の顔が険しくなった。
「綺麗事だけで海賊を止められると思うな、イスカ少尉」
「綺麗事じゃない!」
その言葉だけは、考えるまでもなく否定できた。
「目の前で助けを求めてる人を見捨てないことの、どこが綺麗事なんですか!」
言い終わると、息が苦しかった。
いつの間にか頬が濡れている。
泣いていると気づいても、涙を拭う気にはなれなかった。
ドロウ中将は黙って私を見ていた。
エースとサボも、何も言わない。
今は、その沈黙がありがたかった。
誰かに慰められたり、何かを説明されたりしたら、きっと耐えられなかったと思う。
「……少尉」
後ろから呼びかけられ、振り返った。
部下の海兵が立っていた。軍服は煤に汚れ、頬にも黒い筋がついている。
「負傷者の搬送、続けます。まだ西側に何人か残ってます」
私の顔を見た海兵は、それ以上何も尋ねなかった。
「……ああ」
声が震えた。
私は一度息を吸い、燃えている町へ目を向けた。
「頼む。動ける者は救助を優先してくれ。消火班にも……延焼を止めるよう伝えてくれ」
「はい」
海兵が走っていく。
その背中を見送ってから、私は自分の右手へ視線を落とした。
古い火傷の跡が残っている。
あの日、ドロウ中将に助けられた時から、ずっと消えなかった傷だ。
私はこの傷を見るたび、海賊への憎しみと、助けてくれた人への感謝を思い出してきた。
これからは、同じようには思えないだろう。
けれど、今は考え続けている場合ではなかった。
まだ負傷者がいる。消火も終わっていない。海兵たちは、それぞれの持ち場で住民を助けようとしている。
私は右手を下ろし、搬送が続いている通りへ目を向けた。
ドロウ中将のしたことを、どう受け止めればいいのかは分からない。
今までの感謝も、憧れも、簡単に消せるものではなかった。
それでも、もう以前と同じ目であの人を見ることはできない。
そのことだけは、はっきりしていた。
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