転生したらエースだった件   作:バカきゅー

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第七話 競争

 六歳になった今、おれの鍛錬にはサボが付き合うようになっていた。

 

 最初はグレイ・ターミナルで遊ぶついでに勝負をする程度だったのだが、いつの間にか、朝から一緒に山を走るのが当たり前になっている。サボも負けず嫌いな性格なので、おれが新しいことを始めると、決まって自分もやると言い出すのだ。

 

 もっとも、最近は少々面倒なことになっていた。

 

「エース、昨日の勝負の続きだ。今日は絶対に負けねェからな」

 

「まだ言ってんのかよ。三回やって三回ともおれが勝ったろ」

 

「昨日は最後の坂で足を滑らせたんだ。あれがなきゃ追いついてた」

 

「その前から離されてたじゃねェか」

 

「うるせェ!もう一回だ!」

 

 サボはそう言って、足元の土を蹴った。

 

 おれたちが立っているのは、コルボ山の中腹にある開けた場所だ。ここから少し下ったところに大きな倒木があり、そこを折り返して戻ってくるのが最近の競争の決まりになっている。

 

 以前はおれが一方的に勝っていたのだが、サボも毎日走っているうちに随分速くなった。山道の走り方にも慣れてきたらしく、足場の悪い場所では、以前ほど差が開かなくなっている。

 

 だからといって、負けてやるつもりはない。

 

「いいぞ。負けた方が昼飯を探すんだからな」

 

「分かってるよ。今日はお前に働いてもらうぜ」

 

「言ったな」

 

 おれたちは並んで立ち、近くの木に手をついた。

 

「じゃあ、いくぞ。三、二、一……」

 

 サボが最後まで言い終わるより早く、二人同時に地面を蹴った。

 

     *

 

 倒木までの道は、何度も走っているのでよく覚えている。

 

 最初の下り坂を抜けたところで、おれは右側の岩を飛び越えた。サボは左側へ回り込み、少し先で合流してくる。どちらが速いかは、その日の足場次第だ。

 

 今日はおれの方が少し早かった。

 

 背後から聞こえる足音との距離を確かめながら、さらに速度を上げる。

 

 ここ最近、見聞色を使っている時には、目や耳だけに頼っていた頃とは少し違う感覚がある。後ろを振り返らなくても、近くにいるサボの存在を感じ取れるのだ。

 

 ただし、走っている最中は、落ち着いて座っている時ほどはっきりとは分からない。今もサボが後ろにいることは感じ取れるが、足をどこへ運ぼうとしているのかまでは読み取れなかった。

 

「エース、そっちの道は遠回りだぞ」

 

 後ろから声が飛んできた。

 

 見ると、サボが少し離れた斜面へ向かっている。

 

「あっ、お前。また近道見つけたのか」

 

「へへっ。昨日、お前が帰った後に調べといたんだよ」

 

 サボは斜面を滑るように駆け下り、倒木のすぐ近くへ出た。

 

 なるほど、あそこを通れば随分距離を縮められるらしい。

 

 おれも進路を変えようかと思ったが、今から追いかけたところで間に合わない。それなら、このまま走り切った方がいいだろう。

 

 倒木へたどり着いた時には、サボがすでに折り返していた。

 

「お先に!」

 

「まだ決まってねェぞ!」

 

 すれ違いざまにそう言って、おれも倒木へ手をついた。

 

 問題はここからだ。

 

 帰り道は上り坂になる。サボも随分体力がついてきたが、長い坂を走り続けるとなると、まだおれの方に分がある。

 

 おれは足を止めずに斜面を駆け上がり、少しずつサボとの距離を縮めていった。

 

「くそっ、もう追いついてきやがった」

 

「へへっ。さっきの近道、帰りには使えねェみたいだな」

 

「次は別の道を見つけてやる」

 

「その前に今日の勝負に勝ってみろよ」

 

 サボは舌打ちすると、さらに速度を上げた。

 

 おれも負けじと走る。

 

 結局、最後の坂で追い抜いたおれが、木に手をついた時には、サボはまだ数歩後ろにいた。

 

「よし、おれの勝ちだ」

 

「……あと少しだったのによ」

 

 サボは膝に手をつき、荒い息を整えていた。

 

 おれもさすがに息が上がっていたが、まだ走れる余裕はある。

 

 この一年で、おれたちの身体は随分強くなった。

 

 特にサボは、初めて会った頃と比べると、走る速度も体力も大きく伸びている。本人はまだ納得していないようだが、毎日これだけ走り込んでいれば、強くなるのも当然だろう。

 

「じゃあ、昼飯は任せたぞ」

 

「分かってるって。お前は少し休んでろよ」

 

「いや、おれも行く。腹減ったし」

 

「だったら最初から勝負する必要なかったじゃねェか」

 

「おれが勝ちたかったんだよ」

 

 サボは呆れた顔をした後、笑いながら立ち上がった。

 

     *

 

 昼飯は、森の中で捕まえた鳥を焼いて食うことにした。

 

 サボが薪を集めている間、おれは近くの岩に腰を下ろし、武装色の鍛錬を始めていた。

 

 四歳の頃に初めてその感覚をつかんでから、もう一年以上が経っている。

 

 今では身体の内側にある力を感じ取ること自体は、それほど難しくなくなった。以前は目を閉じて長い時間集中する必要があったが、最近は走っている時や岩を持ち上げている時にも、その存在を意識できるようになっている。

 

 問題は、それをどれだけ自在に扱えるかだ。

 

 おれは右手を開き、腕の内側へ意識を向けた。

 

 身体の奥にある力を、少しずつ右腕へ集めていく。

 

 以前なら、こうしているうちに感覚が途切れてしまったが、今ではある程度の時間なら維持できるようになっていた。

 

 ただ、手のひらを見ても、外見に変化はない。

 

 武装色の硬化は、まだ一度も成功していなかった。

 

「またそれやってんのか」

 

 薪を抱えたサボが戻ってきた。

 

「おう。今日は結構いい感じだぞ」

 

「毎回そう言ってねェか?」

 

「昨日よりはうまくなってるんだよ」

 

 サボは薪を地面へ置き、おれの隣に腰を下ろした。

 

「なあ、その覇気ってやつ、本当に強くなれるのか?」

 

「なれるぞ。前より力が強くなってるしな」

 

「そりゃ毎日鍛えてるからじゃねェのか?」

 

「それもあるけどよ。覇気を使ってる時は、いつもより力が出るんだ」

 

 実際、武装色の感覚をつかんでから、岩を持ち上げる時に意識して使うようになっていた。

 

 最初は違いがよく分からなかったが、最近では、同じ岩を持ち上げても、覇気を使っている時の方が明らかに楽になっている。

 

 もちろん、まだ大した強化ではない。

 

 身体の一部へ力を集めるだけでも集中が必要だし、長い時間使っていると、普段の鍛錬とは違った疲れ方をする。それでも、確実に以前より強くなっていた。

 

「じゃあ、ちょっと見せてみろよ」

 

「いいぞ。あっちの岩で試すか」

 

 おれは立ち上がり、少し離れたところにある岩へ向かった。

 

 以前から鍛錬に使っている岩で、今では普通に持ち上げることもできる。ただ、何度も繰り返せば腕が疲れてくるので、武装色の効果を確かめるにはちょうどよかった。

 

「まずは普通に持ち上げるぞ」

 

 おれは岩を両手で抱え、腰を落として持ち上げた。

 

 胸の高さまで持ち上げてから、ゆっくりと地面へ下ろす。

 

 これを何度か繰り返した後、今度は武装色へ意識を向けた。

 

 身体の内側にある力を、両腕へ集める。

 

 以前よりもずっと自然に、力が腕へ巡っていくのを感じ取れた。

 

「よし、もう一回だ」

 

 おれは岩を抱え、同じように持ち上げた。

 

 すると、先ほどよりも明らかに軽く感じられた。

 

 筋肉に力を込める感覚は変わらないのに、腕へ伝わる負担が少ない。

 

 そのまま何度か持ち上げてみたが、やはり違いがある。

 

「おお、やっぱり楽だな」

 

「本当かよ。おれにはさっきと同じに見えるけどな」

 

「じゃあ、お前もやってみろよ」

 

「おれが持ち上げられるわけねェだろ」

 

「へへっ。まだまだだな」

 

「そのうち絶対持ち上げてやるからな」

 

 サボはそう言って、岩を軽く蹴った。

 

 おれは笑いながら岩を下ろし、腕の力を抜いた。

 

 今のところ、武装色を使えば、普段よりも強い力を出せることは確かだ。ただ、全身へ力を巡らせようとすると、まだうまくいかない。両腕へ集中させるだけでも、意識を外せばすぐに感覚が薄れてしまう。

 

 いずれは、こうした力を普段から使えるようになりたい。

 

 だが、今はまだ、意識して使う練習を続けるしかなかった。

 

     *

 

 昼飯を食い終えると、今度はサボが鍛錬を始めた。

 

 最近のサボは、走るだけでなく、鉄パイプを使った練習にも力を入れている。

 

 以前はただ力任せに振り回しているだけだったが、今では足の運び方や間合いを考えるようになっていた。グレイ・ターミナルでは、相手が一人とは限らない。狭い場所で複数の相手に囲まれた時、どうやって逃げ道を作るかも考えているらしい。

 

「エース、ちょっと相手してくれよ」

 

「いいぞ。今日は何を試すんだ?」

 

「この前、お前に横から回り込まれただろ。あれを何とかしたいんだよ」

 

「なるほどな。じゃあ、やってみるか」

 

 おれは近くに落ちていた木の枝を拾い、サボと向かい合った。

 

 サボは鉄パイプを両手で構え、こちらの動きをじっと見ている。

 

 おれが一歩踏み込むと、サボはすぐに鉄パイプを振り下ろしてきた。

 

 おれは枝で受け止めず、横へ回り込む。

 

 すると、サボは素早く身体を回し、今度は横薙ぎに鉄パイプを振ってきた。

 

「おっ、やるじゃねェか」

 

「まだまだ!」

 

 サボはそのまま踏み込み、連続して攻撃を仕掛けてきた。

 

 以前なら、最初の一撃を避ければ、そのまま簡単に背後へ回り込めた。だが、今はそうはいかない。サボもおれの動きを覚えてきたらしく、横へ回り込もうとすると、すぐに身体の向きを変えて対応してくる。

 

 それでも、まだおれの方が速い。

 

 何度か攻撃を避けた後、サボの足が少し止まったところで、一気に踏み込んだ。

 

 木の枝を軽く突き出し、サボの胸元へ当てる。

 

「一本だな」

 

「くそっ。また負けた!」

 

 サボは悔しそうに鉄パイプを下ろした。

 

 だが、すぐに顔を上げる。

 

「もう一回だ! 今度はさっきみてェにはいかねェぞ!」

 

「いいぜ。今度はおれから攻めるからな」

 

 おれたちは再び向かい合った。

 

 今度はおれが先に踏み込む。

 

 サボは鉄パイプを構え直し、おれの攻撃を受け止めようとした。

 

 だが、まともに打ち合えば、今のサボではおれの力を受け止めきれない。だから、おれはあえて力を抑え、サボがどう対応するのかを見ながら攻撃を続けた。

 

 しばらく打ち合っているうちに、サボの動きが少しずつ変わってきた。

 

 おれの攻撃を正面から受けるのではなく、鉄パイプを斜めに構えて受け流そうとしている。

 

 なるほど。

 

 さっきの負けから、もう新しいやり方を考えたらしい。

 

 おれは思わず笑った。

 

「ハハ!そうこなくちゃな」

 

「余裕ぶってられんのも今のうちだぞ」

 

 サボはそう言うと、今度は自分から踏み込んできた。

 

     *

 

 何度か打ち合った後、サボは地面に座り込み、息を整えていた。

 

 おれも隣へ腰を下ろし、水を飲む。

 

 最近は、こうしてサボと鍛錬する時間が随分増えた。

 

 一人で鍛えていた頃は、自分の身体がどれだけ強くなったのか、岩の重さや走る時間で確かめるしかなかった。だが、今はサボがいる。

 

 同じ相手と何度も勝負していれば、以前は簡単に通用した攻撃が通用しなくなることもあるし、思いがけない方法で反撃されることもある。

 

 何より、負けず嫌いな奴が相手だと、こっちもつい本気になってしまう。

 

「なあ、エース」

 

「なんだ?」

 

「お前、さっきからおれがどっちに動くのか分かってるみてェだったけど、あれも覇気なのか?」

 

 おれは少し考えた。

 

 確かに、さっきの打ち合いでは見聞色も使っていた。

 

 もっとも、今の見聞色で相手の攻撃を正確に読み取れるわけではない。サボが近くにいることは分かるし、視界から外れても、ある程度なら気配を追えるようになった。だが、攻撃の方向やタイミングについては、まだ目で見て判断する方が確実だった。

 

「半分くらいはな。お前がどこにいるのかは、目を閉じても分かるぞ」

 

「本当かよ」

 

「試してみるか?」

 

「おう。じゃあ、目を閉じてみろよ」

 

 おれは目を閉じ、近くにいるサボの気配へ意識を向けた。

 

 すると、すぐにサボの存在を感じ取れた。

 

 少し離れたところへ移動したようだ。

 

「今、右に動いただろ」

 

「……当たりだ。じゃあ、これはどうだ?」

 

 サボが再び動き始めた。

 

 今度は少し距離を取っているらしい。

 

 おれは気配を追いながら、サボがどこにいるのかを確かめた。

 

「左だな。さっきより遠くにいるだろ」

 

「くそっ。また当たりかよ」

 

 サボはそう言うと、今度は足音を立てないように移動し始めた。

 

 だが、見聞色は音を聞いているわけではない。

 

 おれはサボの気配を追いながら、ゆっくりと身体の向きを変えた。

 

「そこだろ」

 

「……お前、ずるくねェか?」

 

「ずるくねェよ。おれが鍛えたんだからな」

 

 おれが目を開けると、サボは少し離れた木の陰から顔を出していた。

 

「おれもそれ、使えるようになりてェな」

 

「じゃあ、練習してみな」

 

「どうやってやるんだ?」

 

「目を閉じて、近くにいる奴の気配を探すんだよ」

 

 サボは怪訝そうな顔をした。

 

「……それだけか?」

 

「おれも最初は全然分かんなかったぞ。何度もやってるうちに、少しずつ感じ取れるようになったんだ」

 

「ふうん。じゃあ、ちょっとやってみるか」

 

 サボは目を閉じ、しばらく黙っていた。

 

 おれはその間に、少し離れたところへ移動してみた。

 

「どうだ?」

 

「……お前、今どこにいるんだ?」

 

「それを当てるんだろ」

 

「分かってるよ。ちょっと黙ってろ」

 

 サボは真剣な顔で集中していたが、しばらくすると諦めたように目を開けた。

 

「駄目だ。全然分かんねェ」

 

「まあ、最初はそんなもんだろ」

 

「お前はどれくらいでできるようになったんだ?」

 

「結構かかったぞ。何回も木にぶつかったしな」

 

「……何で木にぶつかるんだよ」

 

「目を閉じて走ってたからだ」

 

 サボは一瞬ぽかんとした後、腹を抱えて笑い始めた。

 

「はははっ。お前、馬鹿じゃねェのか」

 

「うるせェ。おれだって、あれは失敗だったと思ってんだよ」

 

 おれも笑いながら、近くの木へ寄りかかった。

 

 サボが覇気を使えるようになるかどうかは、まだ分からない。

 

 ただ、少なくとも今のサボは、おれの話を聞いて、自分も試してみようと思っているらしい。

 

 だったら、しばらく付き合ってやるのもいいだろう。

 

     *

 

 その日の帰り道、おれたちはいつもの競争をせず、並んで山を下りていた。

 

 サボは歩きながら、時々目を閉じては、すぐに開けるということを繰り返している。

 

「おい、サボ。歩きながらやると危ねェぞ」

 

「分かってるよ。ちょっと試してるだけだ」

 

「木にぶつかっても知らねェからな」

 

「お前と一緒にすんな」

 

 そう言った直後、サボは足元の木の根につまずいた。

 

 おれは思わず吹き出した。

 

「ははっ。言ったそばから何やってんだよ」

 

「うるせェ。転んでねェだろ」

 

「危なかったじゃねェか」

 

「次は問題ねえ」

 

 サボはそう言って、また目を閉じようとした。

 

 おれは慌てて肩をつかんだ。

 

「だから、歩きながらやるなって」

 

「分かったよ。じゃあ、明日また練習するか」

 

「おう。明日は武装色の方も試してみるか?」

 

「そっちは何をするんだ?」

 

「まずは岩を持ち上げるところからだな」

 

「……お前、絶対おれに持ち上げられねェ岩を選ぶつもりだろ」

 

「へへっ。よく分かったな」

 

「ふざけんな。おれでも持てる奴にしろよ」

 

 サボはそう言って、おれの肩を小突いた。

 

 おれも笑いながら小突き返す。

 

 こうして毎日一緒に鍛錬していれば、サボも今よりずっと強くなるだろう。

 

 おれ自身も、まだまだ強くなれる。

 

 見聞色は近くにいる相手の気配を感じ取れるようになったし、武装色も少しずつ扱えるようになってきた。まだ硬化はできないが、身体を強化する力としては、確実に以前より役に立つようになっている。

 

 これから先、どこまで強くなれるのか。

 

 そんなことを考えていると、自然と笑みが浮かんできた。

 

「なあ、サボ。明日は今日よりでけェ岩に挑戦しようぜ」

 

「だから、おれでも持てる奴にしろって言ってんだろ」

 

「おれが持つんだよ。お前は隣で応援してろ」

 

「誰が応援なんかするか。おれもそのうち持ち上げてやるからな」

 

 おれたちはそんなことを言い合いながら、山道を下りていった。

 

 途中で別れる頃には、すっかり日が傾いていた。

 

 サボはグレイ・ターミナルへ、おれはダダンの家へ戻る。

 

 明日もまた、朝から鍛錬だ。

 

 今度はサボがどんな近道を見つけてくるのか、少し楽しみだった。

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