賢者転生〜異世界行ったら第七位階魔法を目指す〜 作:初心忘るべからず
主席宮廷魔術師フールーダ•パラダイン。
表向きは冷静で威厳に満ちた老賢者でバハルス帝国の守護者。本質は、「魔法の深淵を覗くためならすべてを犠牲にする魔法狂い(狂人)」である。
わしは魔法省の静寂の中で、数年前のあの忌々しい大戦の始まりを思い出していた。
すべては、スレイン法国の陰謀によってリ・エスティーゼ王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフが暗殺された事件に端を発する。
法国の手際の良さゆえか、その罪は見事に我がバハルス帝国へと擦り付けられた。
「帝国を火の海にしてやろう。大人しく投降せよ」
そう宣戦布告してきたのは、あろうことか王国側――新たに王位に就いたバルブロであった。
あの時は、我が主であるバハルス帝国皇帝ジルクニフ•ルーン•ファーロード•エル=ニクスと「新たな国王は随分と大きく出たものだ」と苦笑し合ったものだ。
我々は、積年の宿敵である王国を、完全に甘く見ていた。
バルブロ率いる王国軍が帝国へ攻め入る形で戦争が勃発し、我が帝国は鍛え上げてきた精鋭騎士を動員して第一陣を撃退した。しかし、その代償はあまりにも大きすぎた。
どこから齎されたのか、王国軍が投入した「鉄砲」と「大砲」という未知の新技術。それらが放つ轟音と火線は、帝国の誇る重装騎士たちの肉体を容易く引き裂いたのだ。
「どこから、あんな武器が出てきたんだ!」
執務室で頭を抱え、怒りを吐き捨てる皇帝ジルクニフの姿が今も目に焼き付いている。魔法ではない、しかし恐るべき殺傷力を持つ物理の暴力。帝国の優位性は、その一戦で大きく揺らいでいた。
しかし、戦況は「幸運」によって一時停止する。
王国の主要都市エ・ランテルの近郊にある墓地にて、何者かが大規模なアンデッドの軍勢を召喚したのだ。これにより王国軍は背後を脅かされ、帝国侵攻を諦めて撤退せざるを得なくなった。
後になって分かったことだが、それはズーラーノーンの構成員カジットとクレマンティーヌによる「死の螺旋」の儀式の成功が原因だった。
エ・ランテルの民は虐殺され、溢れ出た死のエネルギーは伝説級のアンデッド「デス・ナイト」を誕生させた。カジットはそれを『死の宝珠』なるアイテムで使役したようだが、あまりに強大な存在ゆえに、制御に全力を注がねばならなかったらしい。
結果、使役から外れた無数のアンデッドが生者を求めて霧散し、王国全土は未曾有のパニックに陥った。カジットとクレマンティーヌの二人は、その大混乱に紛れて王国領からさらに遠くの地へと旅立っていったという。
カジットは力の獲得、クレマンティーヌはただの快楽殺人か、あるいは別の目的か……それはわしにも分からぬ。
だが、わしが何より驚愕したのは、その「死の災厄」の結末であった。
調査のために王国領へ転移したわしが持ち帰ったのは、信じがたい報告だった。
「謎の『赤いパワードスーツ』を纏った男が、目にも留まらぬ速さでアンデッドの群れを掃討した」
その男の正体は、王国の冒険者チーム『朱の雫』のリーダーであり、貴族出身の男――アズス・アインドラ。
わしはジルクニフの御前で、自身の見解を述べた。
「あの者が戦争に出張ってくる可能性を考えれば、こちらから攻めに出るのは愚策かと思われます。まさか、王国領にあれほど強い者がいるとは知りませんでした。彼は私の知らない魔法を使っていましたが……魔法の力を感じられなかった。ゆえに、あの赤い鎧そのものがアーティファクトであり、すべては鎧の力である可能性があります」
わしには生まれながらの異能(タレント)がある。相手がどれだけの魔力系魔法を使えるかを見抜く目だ。
その目でアズスという男を遠目から見た時、確信した。鎧の中身の人間には、第一位階魔法すら使えないほどの貧弱な魔力しか備わっていなかったのだ。
「実力はだいたい私と同等かそれ以上。ですが、あの力が鎧頼りであるならば、私が今夜にでも暗殺しに行き、あの赤い鎧を奪ってくれば帝国の利益に繋がります。陛下、ご決断を」
わしの言葉に、ジルクニフは深く顎を引いた。そして、ふと思い出したように言った。
「確か、昨今、周辺の山に不穏の影があるとか?」
「はい、陛下。アゼルリシア山脈にはフロスト・ドラゴンが群れをなしていると、以前お伝えしました。さらにそのドラゴンたちに従う形で、クアゴアという亜人の部族が勢力を広げております。彼らは、かつて、我が帝国とも取引のあったドワーフ王国と戦争をしている模様。ほぼ確実にクアゴアが勝ち、さらなる獲物を求めて我が帝国領へ侵攻してくる可能性が極めて高いのです」
「すまない、詳しく見ていなかった。そこまで危険度が上がっていたとは……。それでだ、我々はフロスト・ドラゴンに勝てると思うか?」
「成体一匹ならば私と同等です。溜め込んだアイテムを使い切れば二匹までは倒せますが、三匹となれば死を覚悟せねばなりません。もし、それらを束ねる『ロード級』の個体が帝国に攻めてきたならば……私に勝てる見込みはございません」
ジルクニフは顔を顰めた。
「そうか、爺でも勝てないか。……だが、その情報を不眠不休で持ってきた男がいる」
ジルクニフがパチンと指を鳴らす。
「爺、頼む。そして――シャドー!」
二人の空間に、一筋の影が具現化し、人の形を象った。
「偉大なる皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
現れたのは、前髪を眉まで伸ばした凛とした黒髪の男。帝国の紋章が刻まれた漆黒のローブを羽織り、不気味なオーラを放つ三十代ほどの若者であった。
彼こそが帝国の暗部を統べるリーダー「シャドー」。昼は影魔法を封じて近衛兵として公務に就き、夜は「不眠不休」というアンデッドの如きタレントを活かして各地を飛び回る、英雄級の実力者。フールーダに次ぐ、ジルクニフの切り札であった。
「ご苦労。フールーダ、そしてシャドーの両名に共同任務を与える。王国領にて、アダマンタイト級冒険者アズス・アインドラを暗殺せよ。そして、あの『赤いパワードスーツ』を強奪してこい。王国の鉄砲や大砲も、あの鎧を参考にしたものかもしれん。あれを手に入れれば、帝国の繁栄は揺るがない」
「「御意」」
翌日、王国ではひとつのスキャンダルが駆け巡った。
『アダマンタイト級冒険者アズス・アインドラ、高級娼婦二名を殺害し失踪』
凄惨な現場を残し、アズスはその姿を消した。もちろん、帝国の仕掛けた暗殺と偽装工作の成果であった。
「見事であった、二人とも」
玉座の間で、ジルクニフが満足げに笑う。
わしは長く伸びた白髭をいじりながら、隣の若者へ感心の目を向けた。
「いやはや、シャドーがいなければ、奴が仕掛けていたトラップ系アーティファクトで致命傷を喰らうところでしたわい。優秀な若者が育っているのは喜ばしい」
「滅相もございません、皇帝陛下。フールーダ様の魔法の援護あってのことでございます」
謙虚に頭を下げるシャドーを横目に、わしたちは強奪した「赤いパワードスーツ」を見つめた。
それは、凄まじい代物だった。
最高時速はマッハを超え、人間を超越した立体機動を可能にする。肉体は超強化され、内環境は常に快適。何より、わしですら到達していない「第七位階魔法」を行使でき、各種の銃を召喚し、ステルスやレーダー機能まで備えている。
「もし奴が最初からこれを装備して警戒していれば、不意打ちでも仕留めきれず、逃げられていたでしょうな」
「そうか。……して爺、この鎧を解析すれば、お前は伝説の『第七位階魔法』に到達できるのか?」
ジルクニフが目を輝かせて尋ねる。
「――その可能性は、大いにありまする」
わしは短く答えた。停滞していた魔法の道に、ようやく一筋の光が差し込んだ。そう信じていた。
ジルクニフはシャドーにアゼルリシア山脈のさらなる調査(隠密行動の天才であるシャドーなら、ドラゴン相手でも容易に逃げ切れる)を命じ、わしを研究へと戻らせてくれた。
しかし。
数年の歳月が流れても、わしは暗闇の中にいた。
「なぜだ……! なぜできない! 理論はこれで合っているはずだ!!」
魔法省の最深部、わし専用の特別研究室で、狂ったような叫び声が響く。
パワードスーツの解析によって、わしは世界の根幹を成す「三つのエネルギー」の存在に行き着いていた。
一つは生命力たる「オーラ(気)」の力。
一つは魔力たる「マナ」の力。
そしてもう一つ、すべての根幹として存在しながらわしが知らなかった概念の力――「ソウル(魂)」の力。
「貫通」や「強化」の概念を術式に組み込むことができていたのは、わしの魂にその力が備わっていたからだ。
しかし、第七位階という神の領域の魔法を発動するためには、より高位な「ソウルの力(概念の発現)」が必要不可欠だった。
「わしのソウルの力が足りんというのか……!? いくら努力しても、目覚めない……。わしは、もう成長限界を迎えているというのか……!」
ガタガタと老いた身体が震える。
ここが限界。これ以上先へは進めない。十三英雄を超える賢者になるという夢も、魔法の深淵を覗くという渇望も、すべてはこの老いさらばえた肉体と魂の限界によって閉ざされたのだ。
「認めぬ……認めぬぞおおお!」
狂った。わしは完全に狂った。
睡眠など取っている時間はなかった。一分一秒の猶予もない。食事も忘れ、水分すらまともに摂らず、術式の簡略化と魂の出力を上げる研究に、昼夜永遠に没頭し続けた。
規則正しい生活をしていれば、最愛の弟子であるジルクニフの行く末を最後まで見届けられたかもしれない。しかし、魔法狂いの老賢者にそんな自制心は残っていなかった。
急激な老化、極度の睡眠不足、そして過労。
ある夜、心臓が大きく跳ね上がり、そして動きを止めた。
フールーダ・パラダインは、誰に看取られることもなく、冷たい研究室の床で、狂気の果てに老衰の死を迎えた。
フールーダ・パラダインの肉体は死んだ。しかし、魔法の深淵を求め続けたその「魂」は霧散せず、次元の狭間を漂流し始めた。
どのくらいの時間が経ったのか。気がつけば、わしの魂は、見たこともない「六つの面」を持つ奇妙な世界へと流れ着いていた。
そこでわしは、ある一つの「魂」と出会う。
それは、まだ何の色にも染まっていない、しかし、底が全く見えないほどの圧倒的なマナ(魔力)の器を保有する、凄まじい魂であった。
(おお……おおお!これほどの器、これほどの深淵、見たことがない!!)
魔法狂いの魂が、歓喜に震えた。この魂の近くにいれば、今度こそ、わしが求めた魔法の極致に至れるかもしれない。
フールーダの魂は吸い寄せられるように、その巨大な魔力の魂に寄り添い、共について行った。
やがて、温かな光の満ちる場所へ。
「 ――おめでとうございます、双子の男の子ですよ!」
アスラ王国、フィットア領のブエナ村。
のちに「ルーデウス・グレイラット」と呼ばれることになる、桁外れの魔力を持つ赤ん坊。そのすぐ隣で、同じように高い魔力の素養を秘めた「双子の弟」として、元・帝国の主席宮廷魔術師フールーダ•パラダインは、新たな生を受けるのであった。今度こそ、魔法の深淵を覗き込むために。