無限城の激闘の末、炭治郎と義勇に首を斬られた上弦の参・猗窩座。しかし、その肉体は死を拒絶し、驚異的な執念で頭部を再生させようとしていた。
凄まじい鬼気。あと一歩で、誰も手が付けられない完全な怪物へと進化する――その時だった。
どろりとした闇のなかから、一条の光が差し込む。
猗窩座のなかの『狛治』の記憶。最愛の婚約者、恋雪の幻影が、暴走する彼を優しく包み込む……はずだった。
「――ねえ、もうやめて。狛治さん」
優しく耳元で囁かれた声。しかし、その声は鈴を転がすような少女のものではなかった。妙に軽薄で、やたらと耳に馴染みのある、あの男の声だった。
「な……っ!?」
猗窩座がハッと目を見開くと、背後から彼をきつく、情熱的に抱きしめていたのは、着物姿の可憐な少女――ではなく、上弦の弐・童磨だった。しかも、なぜか恋雪のトレードマークである雪の結晶柄の着物を無理やり羽織り、頭には不釣り合いなリボンを浮かせている。
「な、何をしているお前はァァァーーーッ!!!」
「ひどいなぁ、狛治さん。俺だよ、君の最愛の童磨殿だよ? ほら見て、君のために泣いてるんだ。しくしく、しくしく」
童磨は自分の扇でパタパタと目を仰ぎながら、わざとらしい嘘泣きで涙を流している。その瞳には「上弦」「弐」の文字がくっきりと刻まれていた。
「気安く触るな! なぜお前がここにいる! 恋雪は……恋雪はどこだぁぁ!」
「え? 恋雪ちゃん? 誰だいそれ。今は俺と君の感動のクライマックスじゃないか。ほら、もう戦うのはやめて、俺と一緒に地獄へ行こう? ね? 狛治さん♡」
童磨は満面の笑みで、猗窩座の頬に自分の顔をすり寄せた。
その瞬間、猗窩座の脳内で何かが激しく弾け飛んだ。
悲しみ、切なさ、人間時代の後悔――それら全ての尊い感情が、「底知れない不快感」と「純粋な殺意」によって完全に上書きされた。
「お前だけは……お前だけは絶対に許さんぞ童磨ァァァーーーッ!!」
首を再生させようとしていた進化のエネルギーが、すべて童磨を破壊するための力へと変換される。
猗窩座の全身から、かつてない規模の術式展開『破壊殺・羅針』が放たれた。
「破壊殺・滅式(めっしき)ぃぃぃーーーっ!!!」
我を忘れた猗窩座は、背後の童磨(の幻影)に向けて、渾身の拳を叩き込んだ。空気が爆ぜ、空間が歪むほどの超威力である。
「うわぁっ!? 急に暴れないでよ狛治さ――」
ドガァァァーーン!!!
童磨の幻影は、文字通り塵ひとつ残さず粉砕され、無限城の彼方へと吹き飛んでいった。
ハァ、ハァ、と荒い息を吐く猗窩座。
気づけば、あれほど執着していた「強さへの渇望」も「首の再生」も、どうでもよくなっていた。ただただ、大嫌いな男に感動のシーンを汚された精神的ダメージだけが、彼の遺志を完全にへし折っていた。
「……消えてやる。お前と同じ空間に一秒でもいたくない……」
自ら再生を止め、さらさらと崩れ落ちていく猗窩座の肉体。
炭治郎と義勇は、目の前で起きたあまりにもカオスな自滅劇に、刀を構えたまま完全に呆然としていた。
「炭治郎……今のは、一体何だったんだ……?」
「わからない、義勇さん……。でも、ものすごく悲しいものを見た気がする……」
こうして上弦の参・猗窩座は、感動的な救済ではなく、「童磨へのブチギレ」という前代未聞の理由で、自らこの世を去ったのだった。