よろしくお願いします。
木こりという仕事は、ただ斧を振り回して木を伐ればいいというものではない。
伐るべき木を見極め、周囲の地形を調べ、倒す方向を決める。必要なら枝を払い、周囲の障害物を取り除き、作業する者同士で役割を分担する。
太い木を倒すとなれば、なおさらだ。
斧や鋸の手入れはもちろん、倒木を運び出すための綱や滑車、場合によっては巻き上げ機まで用意しなければならない。
どれほど腕の立つ木こりだろうと、準備を怠れば命を落としかねない。
まして、今回の相手は普通の木ではない。
15メートルもの巨体を持ち、枝を槍のように振るい、地中から無数の根を伸ばして襲いかかってくる古代の魔物。
喰根の魔樹――《
数百年前には大陸を脅かし、伝説に語られる英雄たちでさえ完全には討伐できなかったかもしれないという、とんでもない化け物だ。
そんな奴を相手にする以上、入念な準備が必要になるのは当然のことである。
……もっとも。
『おーっほっほっほっほ! マキちゃん! わたくし思いつきましたわ!』
――何だよ、朝っぱらから。
『あの魔樹を伐り倒すために、わたくしから素晴らしい提案がございますの!』
――……一応、聞いてやるよ。
『まず、マキちゃんが金剛と白銀を構えます!』
――……うん。
『そして、力いっぱい斧を振り下ろします!』
――……うん?
『すると、あら不思議! 魔樹は真っ二つになってしまうのですわぁぁぁっ!!』
――……それだけか?
『はいっ!』
――却下。
『な、なぜですのぉぉぉっ!?』
――お前、昨日の話を聞いてなかったのかよ!?
『もちろん聞いておりましたわ! 枝を払い、根を切り、幹を伐って、最後に根っこまで引っこ抜けばよろしいのでしょう!?』
――だったら、もうちょっとまともな作戦を考えろ!
『ですから! すべて力いっぱい行えばよいのですわ!』
――結局それかよ!
『力こそパワー! これぞ筋力の神髄ですわぁぁぁっ!!』
「……あああああっ! 朝からうるせええええっ!!」
思わず頭を抱えた俺の絶叫が、見慣れない部屋に響き渡った。
……あ。
しまった。
「……マキ?」
部屋の外から聞き覚えのある声がした。
「起きたのかい?」
「……あ、ああ! おはよう、マルタさん!」
「おはよう。ずいぶん元気そうだねえ」
……まずい。
また変な子だと思われてしまったかもしれない。
もっとも、見た目8歳の幼女がおっさんみたいな口調で喋っている時点で手遅れな気もするけどな。
俺は深々と溜息をつき、布団から這い出した。
昨日、グルートニーの根がエルム村を襲った。
井戸は壊され、畑は荒らされ、何軒もの家が被害を受けた。
幸い村人に死者は出なかった。
それでも、被害は決して小さくない。
俺がお世話になっているマルタさんの宿屋も、東側の壁と屋根の一部が壊されてしまった。そのため、昨夜はマルタさんたちと一緒に、村長の家に泊めてもらったのである。
本当は自警団と一緒に夜警に加わるつもりだったのだが、満場一致で「子供は寝てろ!」と言われて半ば強制的に寝間着に着替えさせられたうえ、ベッドに放り込まれてしまった。
解せぬ……。
「……よいしょっと」
俺は寝間着を脱ぎ、作業着へ袖を通した。
そして、椅子の背に掛けてあった上着を取ろうとして、ふと自分の手を見つめた。
……小せえなあ。
本当に何度見ても小さい。
つい数日前まで、俺の手はもっと大きかった。
斧の柄を握り、鋸を引き、太い丸太に綱を掛けてきた、ごつごつとした木こりの手だった。
ところが今はどうだ。
指は短く、手のひらは小さい。
腕も足もまるで頼りない。
それなのに……。
「よっ!」
俺が右手で椅子の脚を摘まみ軽く持ち上げてみると、椅子は何の抵抗もなく宙に浮く。
「……ったく」
STR9999。
いくら何でも加減というものを知らない力だった。
しかし、この力があったからこそ、昨日はティオとポルを助けられた。倒れかけた物置小屋の壁を受け止めることもできた。
……まあ、悪いことばかりじゃない。
そう思えるようになっただけでも、少しは前進しているのかもしれない。
『まあまあ! 椅子を摘まみ上げる小さなお手々! なんと愛らしいのでしょう!』
――……お前がいなけりゃ、もうちょっと素直に喜べるんだけどな。
『それはどういう意味ですの!?』
――言葉どおりだよ!
俺は椅子を元の場所へ戻して部屋を出た。
◇◆◇
村長の家を出ると、朝の空気に軽快な槌の音が混じっていた。村のあちらこちらで、人々が昨日の襲撃の後片付けを始めている。
壊れた柵を立て直す者がいて、地面の亀裂を埋める者もいる。折れた柱に添え木を当てる者や崩れかけた家から家財道具を運び出している者もいれば、荷車に水桶を積み込んでいる者もいた。
東の井戸が使えなくなったため、村の西側にある別の井戸から飲み水を運んでいるのだという。
もっとも、村の東側に近づくと、その長閑な光景も一変する。
地面には、昨日、グルートニーの根が突き破った無数の亀裂が残っていた。
枯れ始めた木々の枝が朝の風に揺れている。
東の井戸に通じる道には柵が設けられ、槍を持った自警団員が警戒に当たっていた。
「……おはようさん!」
俺が声をかけると、近くで作業をしていた男たちが振り返った。
「おう、マキ!」
「もう起きたのか!」
「昨日はお疲れさん!」
「おう! みんなもな!」
俺は片手を上げて応えると、男の一人が手にした槌を置いてこちらに歩いてきた。
「マキ、今日も木を伐りに行くのか?」
「……いや」
俺は少しだけ表情を曇らせた。
「今日は、もっとでけえ木をどうにかする相談だな」
「……ああ、あいつか」
男の顔から笑みが消えた。
「昨日は本当にひどかったな」
「……ああ」
「けどよ、マキ」
「……ん?」
「ありがとな」
突然の礼を言われ、俺は何のことか分からず目を瞬かせた。
「……何がだよ?」
「昨日、お前さんが東の井戸で根っこを食い止めてくれてたんだろ?」
「……まあな」
「おかげで、うちの女房と娘も無事に逃げられたよ」
「…………」
男は少し照れくさそうに笑った。
「だから、ありがとうな」
「……お、おう」
あまりに真っ直ぐ感謝の気持ちをぶつけられたので、俺は恥ずかしくなって思わず目を逸らした。
……まったく。
そんな風に真正面から礼を言われると、どうにも調子が狂う。
俺は別に英雄になりたいわけじゃない。
自分の住んでいる村を守りたかっただけだ。
……本当に、ただそれだけなんだけどな。
「マキ!」
今度は別の方向から声がして振り返ると、バルドがこちらへ歩いてくるところだった。
手には槍を持ち、腰には長剣を提げ、目の下にはうっすらと隈ができていた。昨日からろくに眠っていないのだろう。
「……バルド」
「おう。ちょうどよかった」
「何だ?」
「グレイヴたちが、お前さんを呼んでる」
「おっ! 作戦会議か?」
「ああ。村長の家で待ってるそうだ」
「わかった!」
俺は走り出そうとして、しかし大事なことを聞き忘れていたことを思い出して足を止める。
「……なあ、バルド」
「ん?」
「昨日の根っこ、今朝はどうなってる?」
「……完全には止まってねえな」
「……やっぱりか」
「ああ。東の井戸のあたりじゃ、細い根がまた伸び始めてる。自警団の連中が見つけ次第ぶった切ってるが、いつまで持つか……」
「…………」
俺は遠くに見える東の通りへ目を向けた。
昨日壊された井戸の周囲では、今もグルートニーの根が地中から這い出そうとしているらしい。
……時間がねえな。
「……ありがとよ、バルド」
「おう」
「俺、行ってくる!」
「……ああ。頼んだぜ!」
俺は頷き、グレイヴ達が待つ村長の家に向かって駆け出した。
◇◆◇
村長の家に戻り、居間に入ると、すでにグレイヴ達4人が卓を囲んでいた。
居間の大きな卓の上には、昨日の会議でも使った古い討伐記録と、エルム村周辺の地図が広げられている。
「おう、来たか!」
グレイヴが顔を上げた。
「……おはよう、マキ」
リゼットが微笑む。
「おはようございます」
フェルンもいつもの穏やかな声で挨拶してくれた。
「おう、マキ! 昨日はよく眠れたか?」
そして、カイルが大きな手を上げた。
「……ああ、おかげさまでな。昨日は助かったぜ、カイル」
「……ん?」
「ほら、宿屋で俺が頭に血を上らせてたときだよ」
「ああ、あれか!」
カイルは豪快に笑った。
「気にすんな! 仲間が危ねえ時に助けるのが俺の仕事だからな!」
「……へへっ」
俺も小さく笑った。
……頼もしい奴だ、本当に。
「さて、挨拶はそれくらいにしてそろそろ始めるぞ」
「おう!」
俺は空いていた椅子によじ登った。
……いや、普通に座ろうとしたんだが、今の身体では椅子が妙に高いのである。
「……よいしょっと」
『まあまあ! 椅子によじ登るマキちゃん! なんという可愛らしさ!』
――黙ってろ。
俺は心のなかでルミエラを黙らせた。
……まったく、今は大事な話なんだよ。
「まず、昨日の会議で、あの魔樹の攻略方法については大まかな見当がついた」
グレイヴは卓の上に広げられた古い書物を指差した。
「……ああ」
数百年前、英雄たちはグルートニーの枝を払い、太い根を一本ずつ切り離し、最後に幹を伐り倒した。
しかし、その方法では地下の根株が生き残ってしまっていた可能性がある。
だから今回は、幹を倒したあとで地下を調べ、根株が生きているなら掘り起こして始末しなければならない。それが、俺たちの出した結論だった。
「……で、具体的にはどうする?」
俺が尋ねると、グレイヴは地図上の石切場のあたりに駒を並べ始めた。
「まず、俺たち5人で石切場に向かう」
「うん」
「幹に近づく前に、周囲に伸びている細い根と副根を処理する。厄介な枝も接近できるところから順次切り落としていく」
グレイヴは地図の石切場の中央に大きな黒い石を置き、その周りに数十個の石とたくさんの小石を並べながら俺を見た。
「マキ。お前さんには枝払いと根の切断を中心に頼みたい」
「ああ、任せろ!」
グレイヴが駒のひとつで石と小石を脇に動かしていくのを見ながら、俺は頷いた。
「フェルンは根の動きを警戒しつつ地上に出てきた瘤を狙う。リゼットは氷魔法で動きを鈍らせながら瘤を破壊する」
「わかったわ」
「了解しました」
二人が頷いた。
「カイルは全員の防御。俺は根の切断と全体の指揮を担当する」
「おう!」
カイルが拳で胸をどんと叩いた。
「その次は、幹の周囲にある8本の主要根との戦闘になる」
グレイヴは5個の駒を動かしながら石と小石をバラバラと脇に動かすと、地図の石切場の中央に8個の赤い石を置いた。
「ここからは厄介だぞ。こいつらはそれぞれ独立した意思を持ってるらしいからな」
「……つまり1本を相手にしてたら、別の1本が後ろから襲ってくるってことか」
「そういうことだ」
「……面倒くせえ奴だな」
「まったくだ」
グレイヴは苦笑した。
「だから、カイルには徹底して守りに回ってもらう。リゼットが瘤を破壊し、俺が切断する。その間にマキが別の根を引き寄せ、可能なら切り落としてくれ。瘤を壊すまでは再生するだろうが、手数は減るはずだ」
「……なるほど」
俺は、グレイヴが駒で払いのける地図上の赤い石を見つめながら、その状況をイメージした。
確かに理屈はわかる。分かるのだが、何となく嫌な予感がしてきた。
「……それで?」
「主要根を8本とも処理したら、残った枝を払い、幹を伐り倒す」
「……うん」
「最後に地下に残った根株を調べる。もし生きているようなら引き抜いて破壊する」
グレイヴは黒い石を取り囲むように5個の駒を並べて配置した。
「……うん」
「これで討伐作戦は完了だ」
「…………」
グレイヴの言葉を反芻しながら、もう一度地図を見つめた。
副根を示す何十個もの石。
主要根を示す8個の赤い石。
大量の枝を示す無数の小石。
グルートニーの幹と根株を示す大きな黒い石。
そして、それらをバラバラと脇に払う5個の駒、つまり俺たち。
……いやいやいや、待て待て待て。
「……おい、グレイヴ」
「何だ?」
「……これさ」
俺は地図を指差した。
「やることが多すぎねえか?」
「…………」
「いや、だからよ!」
俺は思わず椅子の上で立ち上がった。
「枝は山ほどあるわ、根っこは何十本もあるわ、おまけに8本のでけえ根まで相手にしなきゃならねえんだぞ!?」
「……ああ」
「それを俺たち5人だけで片づけるってのか!?」
グレイヴは苦々しげに唇を歪めた。
「……まあ、そうなるな」
「そうなるな、じゃねえよ! どう考えても手が足りねえよ!」
リゼットが困ったように眉を寄せた。
「……そうね。私も魔力には限界があるし、主要根を処理する前に副根相手に消耗しすぎるのは避けたいわ」
フェルンも静かに頷いた。
「矢の数にも限りがあります。それに、瘤を狙うためには根の動きを止めなければなりません」
「……だろ!?」
俺はグレイヴを見た。
「なあ、ギルドからもっと応援をもらえねえのか?」
すると、グレイヴはますます渋い顔になった。
「……それがな」
「ん?」
「……今、リーネルにいる手練れは、ここにいる連中で全部なんだよ」
「……は?」
「他に腕の立つ冒険者たちは、長期依頼で出払っちまってる。残ってる連中も街や周辺の村の警備で手一杯だ」
「……マジかよ」
「ああ。本部には一昨日のうちに応援を要請してあるが、いつ到着するかもわからねえ」
「…………」
俺は再び地図へ視線を落とした。
……冗談じゃねえぞ。
このままじゃ、あの化け物を倒す前にこっちがへばっちまう。実際、昨日の防衛戦でも俺は途中から随分と息が上がっていた。
STR9999という馬鹿げた筋力があっても、今の俺には8歳児相当の持久力しかない。朝から晩まで、巨大な根を相手に切った張ったなんて真似ができるとはとても思えなかった。
「くそっ。人手さえありゃ、何とかなりそうなんだけどな……」
「……だったらよ」
そのとき不意に、部屋の入口から声がした。
「俺たちにも手伝わせてくれねえか?」
「……え?」
声のした方へ振り向くと、そこにはバルドが立っていた。後ろには、ガント爺さんの姿もある。
村長へ被害状況の報告に来ていたのだろう。
どうやら二人とも今の話を聞いていたらしい。
「……バルド? ……お前、何言ってんだ?」
「聞こえなかったのか? 俺たちにも手伝わせろって言ったんだよ」
「……いや、聞こえたけどよ!」
俺は思わず声を荒げた。
「馬鹿言ってんじゃねえ! 相手は古代の魔物だぞ!? 昨日の馬鹿みてえな根っこを見ただろ!?」
「ああ、見たさ。あんな化け物、初めて見たよ」
「……だったら!」
「だからだ」
バルドの声が少しだけ低くなった。
「なあ、マキ」
「……何だよ」
「俺たちはな、昨日、あの化け物に家をぶっ壊されたんだ」
「…………」
「畑もやられたし、井戸も使えなくなった。下手すりゃ、家族だって失ってたかもしれねえ」
俺は何も言えなかった。
「……それをよ」
バルドは真っ直ぐに俺を見つめた。
「俺たちの村を守るために、お前やグレイヴさんたちが命懸けで戦ってくれるってのに、俺たちは黙って見てろって言うのか?」
「……っ!」
「そんなこと、できるわけねえだろうが!!」
部屋にバルドの声が響いた。
「……だけどよ! お前らまで怪我したら、俺はどうすりゃいいんだよ!」
「そいつは俺たちだって同じだ」
「……え?」
「お前が怪我をしたら、万が一のことがあったら、俺たちだって悲しいんだよ」
「…………」
バルドは少しだけ表情を緩めた。
「なあ、マキ」
「……何だよ」
「お前はよ、いつから俺たちを守るだけの立場になっちまったんだ?」
「……っ!」
「俺たちみんなのエルム村だろうが!」
その言葉に胸の奥が締め付けられた。
「お前一人に、全部押しつけて黙って見てられるかよ!」
「…………」
すると、今度はガント爺さんが口を開いた。
「……まったくじゃ」
「……爺さん?」
「マキ。お前さんは、儂らを何だと思っとる?」
「……何って」
「儂らは確かに冒険者ではない。魔法も使えんし、武器の扱いも大したことはない」
ガント爺さんはゆっくりと続けた。
「じゃがな、儂らは木を伐り、材木を運び、山で生きてきた人間じゃ」
「…………」
「綱を張ることも、滑車を使うことも、重い丸太を引きずり出すこともできる」
そう言って、ガント爺さんは地図上の石を指差した。
「お前さんらが戦っている間に、儂らが根を引っ張り出してやればよかろう」
「……え? ……根を、引っ張り出す?」
「そうじゃ。何も全員が剣を持って戦う必要などあるまい?」
「…………」
太い根。
地中に隠された瘤。
瘤を地表へ露出させれば破壊することができる。
だったらどうやって引きずり出すか。
人力だけで無理なら道具を使えば――。
「……滑車か!」
「そういうことじゃ。丸太を運ぶのとやることは大して変わらん」
その言葉に俺は思わず身を乗り出した。
……確かに、そうだ。
伐採した丸太を山から運び出すとき、俺たちは綱や滑車を使っている。
重い丸太を人間の腕力だけで動かすのは難しい。
しかし、滑車や巻き上げ機を使えば、少ない人数でもかなりの重量を動かすことができる。
もちろん、グルートニーの根は丸太とは違う。
生きているし、暴れるし、こちらを攻撃してくる。
だが、根を引き寄せること自体は不可能ではないかもしれない。
「……待ってくれ」
グレイヴがバルドとガント爺さんの方を見ながら口を開いた。
「あんたたちの気持ちはありがたい。だが、俺はギルドの支部長として、ろくに戦闘経験のない村人のあんたたちを、あんな化け物の前へ送り出すわけにはいかねえ」
「……わかってるさ。俺たちだって無駄死にしたいわけじゃねえ」
「……だったら」
「だから、どうすれば生きて帰れるか、あんたらと一緒に考えたいんだよ」
「…………」
グレイヴは腕を組んで黙り込んだ。
俺も何も言えなかった。
……そうだ。
昨日、俺は学んだはずじゃねえか。
自分一人で何でもできるわけじゃない。
危ないときは仲間を頼る。
そして、できる限りの準備をする。
それが、木こりという仕事なのだと。
それなのに、俺はまた全部自分たちだけで何とかしようとしていた。
「……まったく。本当に似た者同士だな、お前さんたちは」
「……何がだよ?」
俺が聞くと、グレイヴは肩を竦めた。
「揃いも揃って、頑固なところがだよ」
そして、地図を机の中央へ引き寄せた。
「……いいだろう。ただし条件がある」
バルドが顔を上げた。
「……何だ?」
「あんたたちに前衛を任せることはできねえ。根が直接襲ってくる場所に無防備に近づかせることもできねえ」
「ああ、そりゃそうだな」
「綱や巻き上げ機を使うなら、離れた場所から操作できるようにする。それに、危なくなったら迷わず撤退してもらう」
「わかった!」
「それと、参加はあくまで本人の意思だ。嫌がる奴を無理に連れてくるな」
「当然だろ!」
バルドが笑い、ガント爺さんも愉快そうに頷く。
「…………」
しばらくの間、俺は何も言えなかった。
……まったく、本当に、どうしてこの村の連中は。
「……馬鹿ばっかりだな」
俺は小さく呟いた。
「……あん?」
バルドが眉をひそめる。
「何か言ったか?」
「……いや、何でもねえよ」
俺は俯いたままくすりと笑い、そして顔を上げた。
「……だったら、みんなで考えようぜ」
俺は地図の中央に置かれた黒い石を指差した。
「……どうすりゃ、あの化け物をぶっ倒せるのかをよ!」
◇◆◇
それからの作戦会議は、さっきまでとは打って変わって賑やかなものになった。
何しろ冒険者だけでは考えつかなかった案が次から次へと出てきたのである。
「……まずは副根だな」
俺は地図に置かれたいくつもの石を指差した。
「こいつらは幹の周りだけじゃなく、石切場のかなり広い範囲に伸びてくる。おまけに、瘤を狙うと地面の下に隠しやがる」
「……ああ」
グレイヴが苦々しげに頷いた。
「昨日も、瘤を隠されて手こずったからな」
「だからよ、こっちから無理やり引っ張り出してやりゃいいんだ」
「……引っ張り出す、か」
ガント爺さんが顎を撫でた。
「じゃが、どうやって引っ掛けるつもりじゃ?」
「……そこなんだよな」
俺は腕を組んだ。
根に綱を巻きつけるためには、暴れ回る根に近づかなければならない。そんな危ないことを、村のみんなにやらせるわけにはいかない。
「……あの」
不意にフェルンが口を開いた。
「……ん?」
俺が顔を上げると、彼は少し考えるような仕草をしたあと静かに続けた。
「矢を使うのはどうでしょうか?」
「……矢?」
「はい。返しの深い鏃を使って、根に引っ掛けるんです」
「……おお! なるほど!」
確かに、それなら近づかなくてもいい。
だが、問題は――。
「……でもよ、矢を1本ぶっ刺したところで、あんな太い根を引っ張れるか?」
「……難しいと思います」
フェルンはあっさり認めた。
「普通の矢では根を引っ張る前に抜けてしまうでしょう。それに、引き寄せるために太い綱をつければ、今度は矢がまともに飛ばなくなってしまいます」
「……だよなあ」
「ですが、最初から太い綱を引っ掛ける必要はありません」
「……ん?」
「まず、細い引き綱をつけた鉤矢を射込むんです。その綱を利用して、より太い綱や補助の鉤を根に送り込めば……」
「……なるほど!」
俺は思わず卓を叩きそうになって手を止めた。
……危ねえ。
STR9999の俺が本気で叩いたら、卓が粉々になっちまう。村長に大目玉を食らうところだった。
「……へへっ。そいつはいいな!」
「……ふむ」
ガント爺さんが興味深そうに頷いた。
「ならば、矢の先端には深い返しをつけねばならんのう。引き綱を通す部分も、普通の矢より丈夫にしたほうがよさそうじゃ」
「はい。できれば複数の鉤で力を分散させたいです」
「……よし。そいつは、鍛冶屋にも相談してみよう」
ガント爺さんはにやりと笑った。
すると、今度はバルドが口を開いた。
「……で、その綱は俺たちが引っ張ればいいんだな?」
「……いや、ただ綱引きするのは危ねえぞ」
俺は首を横に振った。
「……ん? 何でだ?」
「相手は動かない木じゃなくて、生きて動く根っこだ。急に引っ張り返されたら、綱を持ってる奴がまとめて引きずられちまう」
「……確かにな」
「だから、滑車と巻き上げ機を使うんだ」
俺は地図に線を引いた。
「巻き上げ機は根から離れたところに置く。そこに丈夫な岩や杭を使って固定して、少しずつ引っ張る」
「……なるほど」
グレイヴが頷いた。
「それなら、村人たちが直接根の近くまで行かずに済むな」
「……ああ。ただし、綱が切れたときに危ねえから、引っ張る方向の真正面には誰も立たせねえ。それに根が暴れたらすぐ綱を緩められる仕組みも必要だ」
「……ふむふむ」
ガント爺さんが何やら楽しそうに頷いている。
「なんじゃ、マキ。お前さん、なかなか面白いことを考えるのう」
「当たり前だろ。こちとら、長いこと山で木を伐ってきたんだ。丸太を運ぶのに何度も滑車や巻き上げ機を使ってるからな」
「……ほっほっほ!」
ガント爺さんが笑った。
「そうじゃったな!」
しかし、その笑顔はすぐに真面目なものへ変わった。
「ただし、根がどれほど暴れるかはわからん。綱が切れたり、固定した杭が抜けたりする可能性もある。安全な場所を選ぶだけでは足りんぞ」
「……ああ。だから、実際に試してみねえとな」
その言葉にフェルンは小さく頷いた。
「僕も、実際に矢を射って確かめたいです」
「……よし」
グレイヴは地図へ新たな線を書き込んだ。
「副根はフェルンと村人を中心に処理する。ただし、魔樹の幹に近い場所には近づかせねえし、危険になったらすぐ撤退だ」
「……了解しました」
「おう!」
フェルンとバルドが頷いた。
「それから、主要根だが……」
グレイヴは地図の中央に置いた八個の赤い石を指差した。
「こいつらは副根とはわけが違う。一本一本が独立して動くなら、村人たちの装置で引っ張るのは危険すぎる」
「ああ。そっちは俺がやる」
「……どうやって?」
「鉤爪だよ」
俺は紙の端に簡単な絵を描いた。
大きな鉄の鉤爪。
アメコミヒーローの両手に付いてるやつじゃない、引っ掛けて引っ張る鉤だ。
その後ろに太い鎖を描き足す。
「こいつを根に引っ掛けて、俺が鎖を引っ張る」
「……おいおい」
カイルが目を丸くした。
「直径2メートルもある根を、綱引きみたいに引っ張るつもりか?」
「ああ。俺ならできるだろ?」
「……まあ、できるんだろうけどよ」
カイルは苦笑した。
「つくづく、とんでもねえ嬢ちゃんだな……」
「だから嬢ちゃんじゃねえっての!」
俺が抗議すると、室内に笑い声が広がった。
……まったく、本当に失礼な連中だ。
しかし、ガント爺さんだけは笑っていなかった。
ただ、俺が描いた鉤爪の絵をじっと見つめていた。
「マキ」
「ん?」
「お前さんの力に耐えられる鎖など、儂らには作れんぞ」
「……え?」
「お前さんは、自分の力を普通の人間と同じだと思っておらんか?」
「……いや、そんなことは」
「STR9999だったかのう。儂には、その数値がどれほどのものなのかはわからん。じゃが、お前さんが本気で引っ張れば、鉄の鎖など簡単に壊れてしまうじゃろう」
「…………」
……確かにそうだ。
ただの斧の一撃で丸太をおがくずに変えてしまうのが俺の筋力だ。石切場で神斧を試したときも、力加減を間違えてとんでもないことになった。
俺の力はあまりにも大きすぎる。
だからこそ道具を使うときには注意しなければならない。
「……つまり、どうすりゃいいんだ?」
「力任せに引くのではなく、少しずつ力をかけることじゃ。爪を何本かに分けて、1本にかかる負担を減らす工夫も必要じゃろう」
「……なるほど」
「それに、根が抵抗したときには道具のほうが先に壊れる可能性もある。そのことを忘れるでないぞ」
「わかった。気をつけるよ」
「……うむ」
ガント爺さんは満足そうに頷いた。
そして、今度はリゼットが口を開いた。
「それなら、私も協力できるわ。根を凍らせて動きを鈍らせれば、マキちゃんが引っ張るときの負担も減るはずよ」
「……おお!」
俺は思わず顔を綻ばせた。
「そいつは助かる!」
「ただし、主要根は幹に近いほど寒さへの耐性が強いそうだから、完全に止められるとは思わないでね」
「ああ、それでも十分だ!」
「だから、まず私が根の動きを鈍らせる。次にマキちゃんが根を引き寄せて瘤を地上に露出させる。そこを私が魔法で瘤を破壊する」
「……で」
グレイヴがにやりと笑った。
「俺が、そいつを斬り落とすわけだな」
「そういうことだ!」
俺も笑った。
カイルが大きな盾を軽く叩いた。
「その間の守りは俺に任せとけ!」
フェルンも頷いた。
「僕も主要根の動きを見て援護します」
「……へへっ」
……いいじゃねえか。
俺は地図を見つめた。
さっきまでは、どう考えても無理がありそうだった作戦が少しずつ形になっていく。
しかし、一番大きな問題が残っていた。
「……なあ、みんな」
俺はもう一度地図の黒い石を指差した。
「肝心なことが、もうひとつ残ってるんだよな」
「……根株か」
グレイヴが答えた。
「ああ。昔の英雄たちは、幹を伐り倒したところで討伐を終えちまった。だけど、もし本当に地下の根株が生き残ってるなら、そこまで始末しなきゃ意味がねえ」
「……そうだな」
「だから、最初から抜根の準備もしておきたい」
その言葉にガント爺さんが目を細めた。
「……抜根、か」
「ああ」
俺は地図に視線を落とした。
「まず、周りの根を切る。根株が地面と繋がってる部分をできるだけ少なくするんだ」
「……ふむ」
「それから、幹を伐り倒したあとで、切り株を調べる。もしまだ生きてやがるなら、そこに鎖を掛けて引っ張り出す」
「……なるほど」
グレイヴが頷いた。
「だが、そんな巨大な根株をどうやって引き抜く?」
「だからさ」
俺はガント爺さんを見た。
「でっけえ巻き上げ機が欲しいんだ」
「…………」
ガント爺さんはしばらく黙っていたが、じっとりとした目で俺を見た。
「お前さん、この老人に一体いくつ仕事をさせるつもりじゃ?」
「へへっ」
俺は思わず頭を掻いた。
「……悪い! 頼むよ」
「……まったく!」
ガント爺さんは呆れたように笑った。
「じゃが、そういうことなら考えてみるかのう」
「……本当か!?」
「ただし、一から作っていては間に合わん。村の林業用の道具を改造することになるじゃろうな」
「……ああ! それで十分だ!」
「十分かどうかは試してみねばわからんぞ」
「……わかってる!」
俺は力強く頷いた。
こうして、ようやく討伐作戦の全体像が見えてきた。
もちろん、成功する保証なんてどこにもない。
相手は、数百年前に大陸を脅かした古代の魔物だ。
しかも、過去の英雄たちを相手にして一度は生き延びたという、とんでもない化け物である。
それでも、と思う。
「……へへっ」
俺は地図に書き込まれた作戦を眺めた。
さっきまでは、どう考えても手が足りなかったはずだった。
それなのに、今ではきちんと道筋が見えている。
俺が根を引っ張り、リゼットが瘤を破壊し、グレイヴが根を斬る。
フェルンと村のみんなが副根を処理する。
カイルは俺たちみんなを守る。
最後に幹を伐り倒して、根株を引き抜く。
……うん。
「……これなら」
俺はにやりと笑った。
「これなら、何とかなりそうだぜ!」
グレイヴも同じように笑った。
「……ああ!」
その瞬間、俺ははっきりと感じた。
これまでとは違う。
昨日までは、俺たちはあの魔樹に襲われ、逃げるために戦うことしかできなかった。
しかし、今度は違う。
俺たちのほうから、あの化け物を倒しに行くのだ。
【当初の計画】
まず、襲ってくる細い根と枝を片端から切り払ってください。
次に、瘤を地上に引きずり出して破壊してから副根を切断しますので援護してください。
続いて、8本の巨大な主要根を、こちらも瘤を破壊してから切断します。貴方も切断要員です。
それが終わったら残った枝を全部刈り取りましょう。
そして、幹を伐り倒します。これはマキさんにしかできないので応援してますね。
最後に、切り株だけの状態になったら、根株を引っこ抜いて調べましょう。
ここまで終われば、討伐完了です。
マキ「やることが……やることが多い……!!」
なお、これを5人だけでやります。
マキ「…………(白目)」
駄『マキちゃん! もっと簡単な方法がありますわ! 最初から金剛と白銀で山ごとぶった斬ってやればよろしいんですわ!』
マキ「…………(白目)」