更新遅くなりすみません。
よろしくお願いします。
空気そのものが押し潰されるような凄まじい風切り音とともに、頭上を覆っていた巨大な黒い影が猛烈な勢いで落ちてきた。
「マキ! 右に跳べぇっ!!」
グレイヴの怒号に反応した俺は、ほとんど反射的に岩盤を蹴り、右手の金剛と左手の白銀を握り締めたまま、身体を横へと投げ出した。
その直後、さっきまで俺が立っていた場所に巨大な根が叩きつけられ、耳を劈く轟音とともに岩盤が粉々に砕け散った。
「……うおおっ!?」
衝撃で足元が大きく揺れ、着地したばかりの身体が宙へ浮きかける。激しい風圧と共に飛び散った岩片が顔の前を覆った黒柊の表面を叩き、砕けた石屑が顔へ降り注ぐなか、俺は慌てて腰を落としたが、靴底の下で砂利が滑り、思うように踏ん張りが利かなかった。
……くそっ! たった一撃でこの有様かよ!
「マキ! 止まるな! もう一度来るぞ!」
グレイヴの声に顔を上げると、もうもうと立ち込める土煙の向こうでは、岩盤へ叩きつけられた巨大な黒い根が、再びゆっくりと持ち上がろうとしていた。
……でけえ。
分かってはいたが、こうして目の前で見ると本当に馬鹿みたいな大きさだ。
根元に近い部分の太さは、優に直径2メートルもあるだろう。前世でも木こりとして大木を伐ってきた俺だが、これほど太い根が地上に張り出しているのを見たことはない。
しかも、その巨体は一本一本が意思のある大蛇のように途中で大きく弧を描きながら先端を高く持ち上げ、その身をくねらせていた。
先ほど岩盤に叩きつけられた部分には細かな傷こそ刻まれているものの、分厚い黒い樹皮が砕けた様子はなく、反対に石切場の岩盤には幅広い溝と無数の亀裂が深々と刻み込まれている。
……今までの副根とは冗談抜きで比べ物にならねえじゃねえか。
岩盤に打ち付けてもひび割れもしない硬い樹皮。根元に比べれば細いとはいえ、それでも俺の胴体を超える太さのある先端。それを樹冠と同じくらいの高さまで持ち上げ、重い胴体と一緒にとんでもないスピードで叩きつけてくる。
硬くて、デカくて、重くて、速い。
単純ゆえに強い、ある意味で脳筋の極みと言ってもいいだろう。
敵でなければルミエラといい酒が飲めたのかも知れない。
『マキちゃん! ご無事ですの!?』
――ああ、何とかな。コイツはお前の大好きな脳筋の極みって奴だな。
『まあ! マキちゃんったら何も分かっておりませんわね! 大きい者が力強いなど当然のことで、そこに美しさも尊さもありませんのよ? マキちゃんのように『あら〜、小さくて可愛らしいですわね〜……って力強っ!?』となるからこそ素晴らしいのですわ!!』
――こんな時に気の抜けるようなこと言ってんじゃねえよ!!
相変わらず騒がしい駄女神に心の中で怒鳴り返しながら、俺は改めて目の前の主要根の動きを思い返した。
最初の攻撃は、長い身体を大きく持ち上げ、その重量を利用して真上から叩き潰すような一撃だった。
速さも威力も尋常じゃないが、あれほどの巨体を振り下ろしたあとでは、さすがにすぐ次の攻撃へ移ることはできないらしい。岩盤を叩いた根は、一度身体を縮めるようにしてから、再び先端を高く持ち上げている。
ならば、狙うべきはその隙だろう。
もっとも、グルートニーには全部で8本の主要根があり、残る7本も幹の周囲で不気味に蠢いている。今のところ直接襲いかかってきているのは1本だけだが、だからといってほかの根が大人しくしていてくれる保証はない。
長引かせるのはまずそうだ。
「グレイヴ! あいつが地面を叩いたところを狙いたい!」
「ああ、俺も同じことを考えてたところだ! だが、真正面から受け止めようだなんて考えるなよ!」
「分かってるって! あんなもんを受け止めたら、俺の身体のほうが潰されちまう!」
STR9999という最強の筋力があろうと、身体はルミエラが言うとおり小さい幼女だ。足元が滑れば軽い身体は簡単に引きずられるし、どれだけ頑丈な斧を持っていようと巨大な根に上から押し潰されれば力だけでは押し返せない。
だからこそ、グレイヴも正面からの力比べをしないよう言っているのだろう。
「フェルン! マキの足元に細根を近づけさせるな! カイル! でかい岩片が飛んできたら頼むぞ!」
「はい。邪魔はさせません」
「おう! 任せておけ!」
「リゼットは無理に根全体を凍らせようとするな! 動きが鈍る場所だけを狙え!」
「ええ! 分かったわ!」
グレイヴの指示を聞きながら、俺は巨大な根の付け根へと視線を巡らせた。
黒い樹皮には幾筋もの赤い筋が走っているが、副根のときに見つけた赤黒い瘤はどこにも露出していないように見える。
……ん? いや、違う。
主要根が再び先端を持ち上げたとき、付け根に近い部分の樹皮が大きく曲がり、その皺の奥から赤黒く脈打つ筋が一瞬だけ覗いた。
目を凝らして根が伸び縮みするたびに変化する樹皮の皺を見比べると、どうやらあの奥に瘤らしきものが隠れているらしい。
「グレイヴ! 根元のほうを見てくれ! 赤い筋が見えるだろ!」
「……ん? ああ、樹皮の皺の奥か!」
「そうだ! 多分、あの奥に副根と同じような瘤がある!」
「なるほどな。だが、どうやって斬るつもりだ?」
「それは今から考えるんだよ!」
「……おいおい! 頼むぜ、マキ!」
思わず苦笑するグレイヴに肩を竦めながら、俺はもう一度周囲の地形を確かめた。
……仕方ねえだろ。こんな馬鹿でかい根っこを相手にするのは俺だって初めてなんだからな。
そのとき、少し離れた岩棚からフェルンの声が響いてきた。
「マキ! こちらからも赤い筋が確認できます!」
「おう! やっぱり見えるか!」
「ええ! ですが、副根とは違って随分と深くに埋まっているようです! 綱で少し捻った程度では露出させられないと思います!」
「……だよな」
あれほど太い根を村人たちが使っていた巻き上げ機で引っ張り上げるなんて無茶もいいところだ。仮に鉤矢が刺さったとしても、根の重量に耐えきれずに綱か装置が壊されてしまうだろう。
だが、だからといって手がないわけじゃない。
「グレイヴ!」
「ああ、何だ?」
「あの鉤爪を使ってみたい!」
俺は、少し離れた岩陰に置いておいた大型の鉄鉤と太い鎖を指差した。ガント爺さんとブラスに主要根対策として用意してもらった、分厚い樹皮に直接食い込ませるための大きな鉤爪だった。
鉄鉤には深い返しが設けられ、繋がれた鎖も船の錨鎖のように太く頑丈に作られている。
もっとも、どれだけ頑丈に作られていたとしても主要根の力に対して無制限に耐えられるわけではない。
だから俺が狙っているのは巨大な根を完全に縛り上げることではなく、岩盤と鎖を利用して僅かな時間動きを制限することだった。
「……分かった。俺たちが根を引きつけるから、その間に準備しろ!」
「おう! 頼んだぜ!」
俺は二振りの神斧を続けて【収納】すると、岩陰に向かって駆け出した。
背後では、グレイヴとカイルが根の左右にそれぞれ回り込み、こちらに注意が向かないよう牽制を始めている。
直後、頭上を風切り音が走り、巨大な根が再び岩盤に叩きつけられた。
凄まじい衝撃が石切場を揺るがすが、グレイヴたちは根の正面には立たず、振り下ろされる方向を見極めてから岩棚の陰へと退避していた。
その動きを確認してひとまず胸を撫で下ろすと、俺は岩陰に駆け込み、そこに置かれていた鉤爪と鎖を持ち上げた。
マキトの頃だったら、持ち上げるだけでも相当苦労しただろう感触が手元に伝わってくるが、今の筋力なら片手で扱えるどころか、万力鎖のように振り回すことだってできる。
とはいえ、持ち上げて振り回せることと、巨大な根に引っ張られて耐えられることは別の話だ。引っ張り合いで力負けしていなくても、ここまで石屑だらけにされた足元では引き留められずに身体ごと振り回されてしまう。
……正面きって綱引きしても勝ち目はねえな。
俺は周囲の地形を見回し、すぐ近くの岩壁から大きく突き出した岩盤の張り出しへ目を向けた。
そこには石材を運び出していた頃に使われていたらしい古い溝が幾つも残っており、張り出した部分も地面に転がっているだけの岩塊ではなく、岩壁そのものと一体になっている。
……よし、あれを使おう。
俺は鎖を岩壁から大きく突き出した岩盤の張り出しに回し、末端を鎖本体に折り返して頑丈な連結金具で留めた。
これなら、根が鎖を引っ張れば岩盤そのものが支点となり、こちらが力を込めなくても根の動く方向を制限できる。
もっとも、あの馬鹿でかい根が全力で暴れれば、鎖や鉤爪が耐えられる保証はない。無理な力が掛かれば鉤爪が樹皮を引き裂いて外れるだろうし、その際に弾ける鎖に巻き込まれてしまわないように十分に距離を取る必要があった。
……あとはこいつを食い込ませるだけだな。
『まあ! なんて大きな鉤爪! なんて重そうな鎖ですの! あんな重たい道具を小さな幼女が軽々と振り回そうだなんて、実に素晴らしい光景ですわぁ!』
――お前は本当にブレねえな。
『もちろんですわ! 力こそパワー! そして幼女こそ至高なのですもの!』
……はいはい。
いつもの調子で脳内に響いてくるルミエラの声を聞き流しながら、俺は鎖が絡まっていないことを確かめる。
そして、グレイヴたちが引きつけている主要根に向き直ると、ちょうど巨大な黒い根が再び先端を高く持ち上げたところだった。
「グレイヴ! 次の攻撃のあと右側に回り込む! 少しだけ注意を引いてくれ!」
「おう! 任せろ!」
返事を聞いた俺は右手で鉤爪を、左手で鎖を握ると根が振り下ろされる瞬間を待った。
巨大な黒い影が上空を覆うのを確認すると、その影から大きく離れ、根が岩盤を叩きつけようと凄まじい風切り音と共に落ちてきたところで、すぐさま側面へと駆け出した。
砕けた岩盤から土煙が噴き上がり、巨大な根が一瞬だけ動きを止める。その隙を逃さず、俺は右手を頭上に掲げて二度三度と鉤爪を振り回すと、伸び切った黒い樹皮に向かって投げつけた。
「そらよっ!」
『おほーっ! 素晴らしい光景ですわぁ!』
しかし、勢いよく飛んでいった鉄鉤は根に当たったものの角度が悪かったのか、分厚い樹皮の表面をガリガリ削っただけで甲高い音とともに弾かれてしまった。
「……ちっ! 外したか!」
しかし普通の木なら、こんな重たい鉤爪がかすりでもすれば樹皮も幹も爆ぜ割れて爪が刺さりそうなものだが、どうやらただぶつけるだけでは駄目らしい。
俺は慌てて鎖を引き、鉤爪を手元に回収すると、根の先端が再び持ち上がるのに合わせて後退した。
巨大な黒い身体が岩盤を薙ぎ払い、さっきまで鉤爪が転がっていた場所を粉々に砕いていく。
……あぶねえ! あと少し遅れてたら鉤爪ごと押し潰されてたぞ!
しかし、今の失敗でひとつ分かったことがある。
樹皮が硬すぎて上手く鉤爪が打ち込めないなら、枝を切り詰めたときと同じように根が曲がって樹皮の皺が開く場所や樹皮に傷が付いている場所を狙えばいい。
俺は鉤爪を構え直すと、根が再び身体を持ち上げる様子を慎重に観察した。
巨大な根が弓なりに反り返った瞬間、根の中程の地面と接している部分に大きな皺が寄り、黒い樹皮の奥に僅かな隙間が生まれる。
――そこだ!
「おらあっ!!」
俺が鉤爪を大きく振り、開いた皺に向かって投げ込むと、今度は鉄の先端が黒い繊維の奥へ深々と突き刺さった。
重たい手応えが鎖を伝わってくるのと同時に、返しのついた鉤爪が根の繊維に引っ掛かり、根が身を捩っても簡単には外れなかった。
「よっしゃ! 掛かったぞ!」
『はあぁぁ! 何たる眼福、堪りませんわぁ! ……金剛と白銀にも鎖をつけて振り回せるように……、良いですわね。星鋼の在庫は……、あら? ありませんわね。……管理局の備蓄庫に忍び込めば……』
――おい、やめろ駄女神! 俺の金剛と白銀を魔改造しようとするんじゃねえ!
だが、馬鹿な話をしていられるのも束の間だった。
巨大な根が拘束を嫌がるように身を捩ると、鎖が猛烈な勢いで引かれ、岩の張り出しを回っていた部分から耳障りな金属音が響いたのだ。
「……うおっ!?」
突然、手元に残っていた鎖が勢いよく引かれ、腕に力を込める余裕もなく俺の身体が思わず前につんのめる。いくら足に力を込めようとしても靴底が岩盤の上を滑り、22キロしかない身体では簡単に引きずられてしまった。
「無理に引くな! 鎖から離れろ!」
「ああ! 分かってる!」
グレイヴの叫びに従って、俺は手元の鎖を放して張り詰めた部分から大きく距離を取った。
直後、鎖が岩の溝を擦りながら滑り、鉤爪の掛かった根が僅かに向きを変える。根そのものを止めることはできなかったが、張り出しへ回した鎖が力の一部を受け持ってくれたおかげで、狙っていた方向へ根を引くことには成功したらしい。
俺は鎖が届かない場所から根の動きを観察し、岩壁から大きく突き出した別の張り出しに目を向けた。
その手前には深い窪みがあり、巨大な根がそこを通り抜けようとすれば、どうしても身体を大きく曲げなければならない地形になっている。
しかも、根の動く方向に鎖が掛かっているため、あの張り出しまで誘導できれば、逃れようとして身体を捩るたびに樹皮には大きな力が掛かるはずだ。
……よし、こいつ自身に仕事をしてもらおうか。
「グレイヴ! 右の岩壁にある張り出しが見えるか!」
「ああ! でかい岩が突き出してるところだな!」
「そうだ! あそこへ根を誘導したい!」
「……なるほどな!」
グレイヴはすぐに俺の考えを察したらしく、長剣を構え直してカイルへ声をかけた。
「カイル! 根の左側に回るぞ! 右へ逃げるように仕向けるんだ!」
「おう!」
二人が岩盤の上を駆け出すと、主要根はその動きを追うように先端を持ち上げ、巨大な身体を大きくしならせた。
俺たちの狙いは力任せに根を押し動かすことじゃない。グレイヴが左から近づけば根はそちらに攻撃を仕掛けようと身体を捩り、カイルが反対側に回れば今度はそちらを警戒するように向きを変える。
そうして根自身が動くたびに、樹皮に食い込んだ鉤爪と岩盤に回した鎖が張り、進もうとする方向に横向きの力を加えるのだ。
もっとも、あまりに強く引かれると鎖が切れてしまうかもしれないので、俺は無理に手を出さずに岩の張り出しと根の位置を見守っていた。
「グレイヴ! もう少し右だ!」
「おう!」
グレイヴが根の側面へ踏み込むと、その動きを追った巨大な先端が猛烈な勢いで振り下ろされた。
だが、グレイヴは攻撃の軌道を見極め、根が動き始めた瞬間には既に退避しており、岩盤に叩きつけられた黒い巨体が動きを止めると、すれ違いざまに長剣を走らせた。
鋭い刃が樹皮へ浅い傷を刻み、根がそれを嫌がるように身を捩ったことで、鉤爪に掛かる鎖が再び張り詰める。
その結果、巨大な根は少しずつ右へ右へと向きを変え、とうとう岩の張り出しに側面を押しつける形になった。
分厚い樹皮が岩肌へ擦れて重苦しい音を立て、根は岩壁から離れようとして身体を捩り続ける。
しかし、鉤爪に繋がった鎖が進路を妨げるため、かえって黒い樹皮を岩の角へと押しつけることになっていた。
……よし、掛かった!
「リゼット! あの皺の奥を狙ってくれ!」
「ええ! やってみるわ!」
リゼットが杖を掲げると、青白い冷気が岩壁へと押しつけられた根の付け根付近に向かって走った。
もちろん、直径2メートルにも及ぶ巨大な根全体を凍らせられるわけではない。彼女が狙ったのは岩肌へ擦りつけられて深い皺が寄り、黒い液体が滲み出している樹皮の裂け目だった。
冷気がその奥へと入り込み、滲み出た液体を凍らせていくと、内側で膨らんだ氷が楔のように分厚い樹皮の隙間を少しずつ押し広げ始めた。
「おおっ! やるじゃねえか、リゼット!」
「……喜ぶのはまだ早いわ! 幹に近いからか魔力抵抗も強いし、こんな大きな根、いつまでも抑えていられるわけじゃないんだから!」
「ああ! 十分だぜ!」
俺が笑って答えると、グレイヴは氷によって広がった裂け目に長剣を突き立て、樹皮の縁へ沿うように刃を走らせると、鋭い刃が黒い繊維を斬り裂き、その奥から太く赤黒い筋が僅かに姿を現す。
しかし、瘤はまだ分厚い繊維の奥に埋まっているらしく、グレイヴの長剣だけではそこから先へ刃を進められなかった。
「……くそっ! まだ届かねえ!」
「だったら、俺の出番だ!」
俺は右手を前へ突き出して金剛を【召喚】すると、両手で柄を握り直した。
鉤爪の掛かった主要根は今も岩壁から逃れようとしているが、鎖と張り出しに邪魔されて簡単には向きを変えられない。
もっとも、道具にあまり負担をかけ続けるわけには行かない。
「グレイヴ! ちょっと離れてくれ!」
「おう!」
グレイヴが素早く後方へ跳んだのを確認すると、俺は足元の岩盤を蹴り、氷と長剣によって切り開かれた裂け目に向かって踏み込んだ。
グルートニーの傷口は、あの異常な再生能力で少しずつ塞がろうとしている。だが、リゼットが瘤の周囲を凍らせてくれたおかげで、再生しようとする黒い液体の動きは明らかに鈍くなっていた。
幹に近いせいで魔力抵抗も強いらしく、瘤を完全に凍らせることまではできなかったようだが、傷口を開いたままにしておくには十分だったらしい。
……へへっ。こいつは助かるぜ。
俺の足元を狙って細い根が這い出してくるが、鋭い風切り音が二度三度と耳に届くと、そのすべてが矢に貫かれて岩棚に縫い付けられる。
「マキ! 行ってください!」
「ありがとよ! フェルン!」
本当にありがたくって泣けてくるぜ!
狙うのは、あの分厚い樹皮の奥にある赤黒い瘤だ。
そこに届くまでの邪魔な繊維を金剛でまとめて斬り裂いてやる。
「せいやぁっ!!」
黄金の刃が黒い樹皮へ深々と食い込み、分厚い木片を四方に撒き散らした。
斧頭に伝わってくる手応えは相変わらず重たかったが、グレイヴが広げてくれた裂け目から刃を入れたおかげで、今度は奥に隠れていた繊維まで断ち切ることができたらしい。
裂け目が大きく広がり、その奥から赤黒く脈打つ巨大な瘤が姿を現した。
――出た!
副根にあったものよりも遥かに大きく、分厚い樹皮の奥深くに埋まったその瘤は、表面に血管のような筋を幾重にも走らせながら、不気味な鼓動を繰り返している。
……おいおい。こんなもんが、あの馬鹿でかい根を動かしてやがるのか。
『マキちゃん! お気をつけくださいまし!』
――ああ! 分かってるって!
俺は金剛を引き抜き、露出した瘤に向かって踏み込もうとしたが、背後から耳障りな金属音が響いたことで足が止まった。
「……っ!?」
反射的に振り返ると、主要根が拘束を振りほどこうと激しく身を捩り、鉤爪の食い込んだ樹皮から黒い木片が飛び散っていた。
しかも、岩の張り出しに回していた鎖が猛烈な勢いで引かれ、金具の接続部分から嫌な軋みが聞こえてくる。
……まずい! もう持たねえぞ!
「マキ! 下がれ!」
グレイヴの怒号が響き、俺は一瞬だけ足を止めた。
今ここで引き下がれば、切断した繊維が再生して、せっかく露出させた瘤が再び隠れてしまうかもしれない。
だが、無理に踏み込めば主要根の反撃を受けるだろうし、足元の岩盤も何度も叩かれたせいで随分と傷んでいる。
……くそっ! どうする!?
俺は視線を巡らせ、根が押しつけられている岩の張り出しを見た。
たとえ鉤爪が外れたとしても、あれほど巨大な身体が岩の角に押しつけられている以上、瞬時に進行方向を変えられるわけじゃない。
しかも、瘤は今まさに目の前へ露出している。
……今、やるしかねえ!
俺は足元を確かめると、岩盤を蹴って一気に踏み込み、両手で握った金剛を赤黒い瘤に向けて振り下ろした。
「おおおおおっ!!」
黄金の刃が再生しかけていた繊維を再び断ち斬り、瘤に深々と食い込むと、その表面に幾筋もの亀裂が走った。
しかし、瘤の硬い殻はまだ完全には砕けておらず、傷口から赤黒い液体を噴き出しながら、不気味な鼓動を繰り返している。
「しつこい奴は嫌われるぜ!」
俺はすぐさま斧を引き抜くと、一撃目で刻んだ亀裂をさらに広げるように、角度を変えて二撃目を叩き込んだ。
「せいやぁぁぁっ!!」
甲高い破裂音とともに、赤黒い瘤が真っ二つに割れて砕け散った。赤黒い液体が勢いよく噴き出し、硬い殻が無数の破片となって飛び散る。
俺が咄嗟に黒柊の左甲で顔を庇いながら後方へ跳んだ直後、主要根が激しく痙攣し、岩盤に身体を叩きつけながら暴れ始めた。
「おおっ!?」
巨大な根が岩壁に激突するたびに地面が震え、砕けた岩片が周囲へ飛び散る。その勢いに耐えきれなくなった鉤爪は、分厚い樹皮を大きく引き裂きながら外れ、張り詰めていた鎖が激しく跳ね上がった。
そして、根の拘束から解放された鎖は岩の張り出しに掛かったまま力を失い、重たい金属音を立てながら岩盤の上へ垂れ落ちていった。
「全員、下がれぇっ!!」
グレイヴの声に合わせ、俺たちは一斉に根から距離を取った。
なおも暴れ続ける主要根は、何度も岩盤に身体を打ちつけたものの、瘤を破壊されたせいか動きは次第に鈍くなっていった。
やがて、持ち上げられていた先端がゆっくりと傾き、岩の張り出しから滑り落ちるようにして地面へ崩れ落ちる。
巨大な黒い根が岩盤の上に長々と横たわり、それきり動かなくなった。
「…………」
俺は金剛を握り締めたまま、しばらくその巨体を見下ろしていた。
……やった。
とうとう、あの馬鹿でかい主要根の1本を倒せたんだ。
「マキ! やったな!」
グレイヴの声に振り返ると、奴が長剣を肩へ担ぎながら歩いてきた。その後ろではカイルも大盾を掲げ、リゼットが安堵したように息を吐いている。
「……へへっ! 1本目ぇ!」
俺が金剛を掲げて笑うと、少し離れた岩棚からもフェルンの声が響いた。
「主要根1本目、討伐確認しました!」
その報告を聞いた後方からは、バルドたち村人の歓声も聞こえてくる。
……へへっ。やっぱり、みんなで仕事をするってのはいいもんだな。
もっとも、喜んでばかりはいられない。
まだようやく1本目を倒したばかりだ。残る主要根はまだ7本もあるのだから。
俺は金剛を肩に担ぎ直し、グルートニーの幹へと目を向けた。
その幹に開いた真っ赤な目のような瘤が俺を睨見つけたように感じたときだった。
すぐ近くの岩盤が突然、粉々に砕け散り、もうもうと舞い上がる土煙の向こうから、別の巨大な黒い影が猛烈な勢いで俺の方に迫ってきた。
「うおっ!?」
俺は反射的に身体を横へ投げ出したが、直後、さっきまで立っていた場所に迫ってきた主要根が薙ぎ払いながら背後の岩壁へ激突した。
「マキ! 油断するな! まだ7本も残ってるんだぞ!」
グレイヴの怒号に、俺は慌てて姿勢を立て直した。
どうも、グルートニーはまだまだ休憩させてくれるつもりはないらしい。
……ったく! 少しは子供を労ってほし……って違う! 違うぞ! 俺は38のおっさんだ!
この駄女神! ニマニマしてるんじゃねえよ!!
やった!! 1本目の攻略まで書ききれたぞ!
グレイヴ「まだ7本も残ってるんだぞ!」
アッハイ……
ちなみに今後、鎖斧の登場予定はありません。
ル「なななな、なっ、なんですってーーーーーー!!!???」