よろしくお願いします。
今回少し短めです。
2本目の主要根は、先ほど倒した1本目とは明らかに動きが違っていた。
最初の根が巨大な身体と重量を利用して岩盤ごと叩き潰そうとしてきたのに対し、今度の根は地面を這うように低く移動しながら、長い身体を鞭のようにしならせて横薙ぎの攻撃を仕掛けてくる。
しかも、1本目以上に動きが速く、こちらが避けようとすると、その動きに合わせて身体の曲がり方まで変えてくるのだ。
……おいおい、なんて器用な奴だよ。
『マキちゃん! 右ですわ!』
――分かってる!
俺は反射的に身体を低く沈め、横から迫ってきた巨大な根をやり過ごした。
強烈な風圧が頭上を通り抜け、栗色の髪を激しく乱す。根の先端は俺の頭上を掠めるようにして通り過ぎたものの、それで攻撃が終わったわけではなかった。
岩壁へ向かって伸び切った根が、今度は反対方向へ大きく身体をしならせ、ほとんど間を置かずに戻ってきたのだ。
……くそっ、戻りが速い!
俺は金剛を斜めに構え、迫ってくる根の側面に刃を叩き込んだ。
黄金の刃が黒い樹皮を削り、深い傷を刻む。だが、勢いの乗った巨大な根はほとんど速度を落とさずにそのまま横へ薙ぎ払おうとしたため、斧を握った両腕が強く引かれ、俺の身体まで大きく傾いてしまった。
「うおおっ!?」
足元の石屑が滑り、靴底が岩盤を擦る。
これ以上金剛を食い込ませたままにしていたら、斧ごと引きずられてしまう。
俺は金剛を【収納】すると、自由になった両手で身体の向きを変え、黒い巨体が通り過ぎる寸前で横に跳んだ。
根がすぐ脇を通過した際の風圧に身体を煽られ、着地した足が再び滑ったものの、近くの岩盤に手をつくことで何とか転倒だけは免れた。
……あっぶねえ!
やっぱり、こんな化け物とまともに力比べをするもんじゃねえな!
「マキ! こっちだ! 一度間合いを切れ!」
グレイヴが少し離れた岩棚から声を張り上げる。
俺は頷いてそちらに駆け出そうとしたが、その動きを見越していたかのように2本目の主要根が身体を大きくしならせ、今度は逃げようとする俺の足元に向かって先端を伸ばしてきた。
「……っ!?」
咄嗟に横へ跳ぼうとしたものの、踏み込んだ右足が細かな石屑に乗り上げ、そのまま岩盤の上を滑ってしまう。
……しまった!
先ほどから何度も主要根が岩盤を削っていたせいで、この辺りの足元には細かな砂利が散乱していたのだ。
慌てて姿勢を立て直そうとするが、既に巨大な根の先端が迫っている。
――このままじゃ避けきれねえ!
「マキッ!!」
次の瞬間、俺と黒い根の間にカイルが大盾を構えて飛び込んできた。
「《シールドパリィ》!! おおおおっ!!」
淡い光をまとった分厚い金属の盾は迫ってきた根を正面から受け止めようとはせず、その側面に斜めにぶつかる。
カイルは盾を傾け、根の進もうとする方向へと衝撃を逃がしながら、ほんの少し攻撃の軌道を逸らそうとしただけだった。
それでも、重さ10トンを軽く超えるだろう根の勢いは尋常ではなく、突き進む黒い樹皮が盾の表面を削り、カイルの身体が横に押し流されていく。
「……ぐおおっ!!」
「カイル!」
「俺に構わず早く退け!」
怒鳴り返された俺は踏ん張りの利く岩盤へと足を掛け直して根の進路から大きく離れ、それを見届けたカイルも盾を引くと岩棚の陰へ転がり込むようにして退避する。
僅かに軌道を逸らされた根は背後の岩壁に激突し、凄まじい轟音とともに岩片を撒き散らした。
「……くっ!」
岩陰から立ち上がったカイルが頭を振りながら低く呻く。見ると、大盾の表面には新しい傷が幾筋も刻まれ、縁の一部が僅かに歪んでいた。
副根や枝の攻撃が直撃しても表面に少し傷がつく程度だったカイルの大盾が、主要根の進路を僅かに逸らしたあの一瞬だけで、あんなことになるとは。
「カイル! 大丈夫か!?」
「ああ、問題ない。だが、流石に何度も受けられるものではないな」
カイルは苦笑しながら答え、再び大盾を構え直した。
「……悪い。俺が足を滑らせちまったせいで……」
「気にするな。それより、お前は自分の仕事に集中しろ。俺は俺の仕事をするだけだ」
そう言って笑ったカイルは、再び根の動きを警戒し始めた。
……まったく、頼りになる奴だぜ。
だが、同時に思い知らされた。
どれだけ強い神斧を持っていようと、足元を見誤れば簡単に危険な目に遭う。そして俺が失敗すれば、その分だけ仲間たちへ負担を掛けることになるのだ。
……しっかりしろよ、俺。
前世から合わせて20年近くも山で仕事してきたんだろうが。
足場を確かめることなんて、木こりにとっては基本中の基本だ。それを目の前の化け物に気を取られて忘れちまうなんて、情けないにもほどがある。
俺は小さく息を吐くと、周囲の岩盤へと目を向けた。
主要根が何度も薙ぎ払った場所には細かな石屑が積もり、足場としては随分と頼りなくなっている。しかし、少し離れた場所にはまだ比較的しっかりとした岩棚が残っており、そのすぐ向こうには先ほど討伐した1本目の主要根が長々と横たわっている。
……ん?
俺はその巨大な根を見つめた。
瘤を破壊されたことで動かなくなっているものの、2本目の主要根に見劣りしないその巨大な身体は岩盤の上に横たわったままだ。
しかも、倒れた根のすぐ向こうには大きな岩壁があり、両者の間には狭い隙間しか残されていなかった。
……へへっ。お前にはまだ働いてもらうぜ!
「グレイヴ! ちょっと相談がある!」
俺が声を張り上げると、グレイヴは主要根の攻撃を避けながら振り返った。
「何だ! また何か手を思いついたのか!?」
「ああ。こいつが速すぎてまともに捕まえられねえなら、勝手に止まってもらおうぜ!」
「……あ?」
俺は動かなくなった一本目の主要根を指差し、続いてその向こうにある岩壁へと視線を向けた。
「1本目の根と岩壁の間に2本目を誘い込むんだ! あそこなら、いくら身体を横に振り回したくても自由には動けねえだろ!」
グレイヴは俺の指差した先を見つめ、やがて何かを理解したように目を細めた。
「……なるほどな。あの狭い場所へ追い込めば、確かに動きを制限できそうだ」
「だろ? どれだけ速く動こうが、身体そのものはでかいままだからな!」
「……へっ。面白えじゃねえか!」
グレイヴはにやりと笑うと、すぐにカイルとリゼットへ指示を飛ばした。
「カイル! もう一度俺たちで2本目も誘導するぞ! ただし、無理に進路を塞ごうとするなよ!」
「おう! 身に沁みて分かっているさ!」
「リゼットは瘤の位置が分かればその周りだけを凍らせろ! 副根みてえに全体の動きを止めようとする必要はねえ!」
「ええ! 魔力も節約しないといけないものね」
「フェルン! 引き続き牽制は頼んだぞ!」
「はい、任されました」
3人の返事を聞いて俺は満足げに頷いた。
……へへっ。話が早くて助かるぜ。
もっとも、2本目の主要根の先端だけを狭い隙間へ突っ込ませたところで、大した意味はない。
狙うのは、2本目自身が岩壁と1本目との間に深く入り込み、付け根に近い太い部分まで大きく曲げてしまう状況を作ることだ。
そうなれば、樹皮の奥に隠れた赤黒い瘤を露出させる機会も生まれるだろう。
……さて。俺が上手く追い込まなきゃな。
「おらっ! こっちだ、根っこ野郎!」
俺は金剛を【召喚】し、わざと主要根の正面へと歩み出た。
当然ながら返事なんぞ返ってこなかったものの、黒い根は俺に反応するように大きく身体をしならせ、猛烈な勢いで横薙ぎの一撃を放ってきた。
……よし、いいぞ!
俺は根が動き始めた瞬間に岩盤を蹴り、攻撃の軌道から大きく身をかわす。
そして、背後で岩盤が砕ける音を聞きながら少しずつ移動していく。
ただ逃げ回ることが目的ではない。
根が俺を狙って伸びてくるたびに、攻撃の終わり際を見計らって金剛を振るい、その側面に浅い傷を刻んでやる。
無理に根の勢いを止めるのではなく、こちらへ近づけば斬られると警戒させるための斬撃だ。
何度も続けているうちに、主要根は黄金の刃を嫌がるように身を捩り、俺のいる場所とは別の方向へ逃れようとする。
……そうそう。その調子だ。
「グレイヴ! 頼んだぜ!」
「おう!」
反対側からグレイヴが踏み込むと主要根はそちらに向かって横薙ぎの一撃を放ったが、グレイヴはその動きを見極めて後退し、根が伸び切った瞬間を狙って長剣を走らせる。
鋭い刃が黒い樹皮に傷を刻み、根が大きく身体を捩った。
グレイヴを避けた先では再び俺が斧を振るい、さらに俺を避ければグレイヴが剣を振るう。
そして、主要根が焦れたように縦に先端を叩きつけてくれば、飛び散る岩片をカイルが大盾で防ぎ、根が向かってくれば岩棚の陰へ退避できる位置を選びながら、その進路を牽制した。
そうやって俺たちは互いの位置を確かめながら、2本目の主要根を少しずつ1本目の残骸へ近づけていったが、主要根も簡単には誘導されてくれない。
しかし、2本目の主要根は1本目にぶつかりそうになると今度は大きく身体を反らし、俺たちの後方に先端を回り込ませようとしてきた。
「……ちっ!」
慌てて根の進路に向かって走ったが、俺が斧の間合いに踏み込むより早く、2本目は低い軌道のまま身体をしならせ、足元を薙ぎ払うように襲いかかってきた。
……まずい! 避けられねえ!
俺は咄嗟に金剛を両手で構え、バッティングのスイングのように横振りして、迫りくる黒い巨体に刃先をめり込ませた。
ところが、金剛の刃が食い込んだ瞬間、主要根は岩盤の段差を乗り越えるようにその先端を斜め上に跳ね上げ――根の繊維を金剛の刃が深々と引き裂くのを感じたあと、柄から手が離れて突然の浮遊感に襲われ、空と地面を通過していく太い根が交互に回転して見えた。
景色がスローモーションに見え、根の勢いを殺すことができずに上に弾き飛ばされたのだと気付いた時には、ほぼ真横の高さにグルートニーの樹冠が見え、浮遊感が落下に変わっていた。
「リゼット、風だ! フェルン、綱を張れ!!」
この声、グレイヴ? 高さ、――分からんけど高い。金剛で落下の力を分散、――根に刺さったままだ。五点着地、――いや、やり方分からん。金剛の風圧で速度を弱めて、――だから手元にないんだって。どうしよ――。
――……あ、俺、死んだ……。
「――ッ《
「マキ! 掴まって下さい!! バルドさん! 綱を――」
「おう! お前ら! フェルンと引綱を支えるぞ!!」
真下から突然吹き上がってきた風の塊が数秒間、落下を押しとどめ、ずっと下、――自分の身体と地面の間に強風に揺られる2本の細い綱が通されているのに気づいた。風の塊が霧散するのに合わせて落下を再開した俺は咄嗟に両手を伸ばして掴み取る。
しかし、体重がかかった途端に掴んだ綱がバウンドして手が綱から離れ、速度は緩んだがまた身体が落下していき、太い腕に受け止められた。
「マキ! 馬鹿野郎、お前死ぬ気かよ!!」
カイルの怒鳴り声のした方へと視線を持ち上げると、5〜6メートルほど上空に2本の綱が張られているのに気付いた。
どうやらフェルンは、グレイヴの指示を受けて向かいの岩棚にある大きな割れ目に鉤矢を射込み、そこに鏃の返しを引っ掛けたらしい。
そこから伸びる二筋の引綱をバルドたちが必死に引き絞り、俺が落ちてくる場所に張り渡してくれていたのが、岩陰に連れられていく道中で見えた。
目の前に見えた死の恐怖と、助かったという安堵感を脳がようやく理解したのと同時に、突然、心臓が早鐘のように打ち、全身から汗が吹き出す。
グルートニーの樹冠が目の高さにあったってことは、15メートルくらい上まで吹き飛ばされてたのか?
え? 俺、生きてる? 本当に?
もしかしたらここってあの世――。
「こんの大馬鹿野郎が!!」
「――痛ってえええ?!」
突然の痛みに頭を押さえながら視線を移すと、拳を握りしめたグレイヴが鬼のような形相で睨みつけていた。
「無理に追撃するんじゃねえ! 死んじまうところだったんだぞ!」
「……あ、……ごめん、なさい……」
思わず視界がぼやけて謝罪の言葉が口をついていた。
「たとえ魔樹を倒せても、俺達の誰か1人でも死んじまったら俺達の負けなんだ。それにな、職能協力者の、しかも子供を死なせでもしたら、俺たちはもう二度と冒険者を名乗れねえ」
「ッ俺は――」
「元は大人って主張は分かってる。だが、こいつは俺たち冒険者の矜持に関することだ。そこは受け入れろ」
「……ああ、悪かったよ」
無茶はしないと言っていたのに、斧を振るのに足場がどれだけ大事かなど分かりきっていたはずなのに、目の前のことしか考えられなくなっていた。
目の前の化物を倒すことばかり考えて、自分が死ねば何もかも終わってしまうという当たり前のことを忘れていた。
そのせいで、力で勝っていたから轢き潰されこそしなかったが、金剛の斧頭が食い込みすぎて止まった時に足元が滑って小石みたいに上空に弾き飛ばされてしまい、本当に墜落死するところだった。
前世では散々、新人たちに足場の確認と安全確保を教えてきたはずなのに、今の俺はその新人たちよりも酷いことをしてしまったのだ。
……情けねえ。
もしグレイヴが指示を出さなければ、リゼットが魔法で風を起こしてくれなければ、フェルンが引綱のついた矢を通してくれなければ、バルド達が綱を支えてくれなければ、カイルが受け止めてくれなければ、どれが欠けても死んでいたか、少なくとも大怪我をしていた。
そして、俺を助けてくれようとしたグレイヴ達ばかりかバルドたち村のみんなまで危険に晒した。
冷静に考えれば、無理に追わずもっと慎重に誘導すればよかったのだ。
『マキちゃん! びっくりしすぎて光輪が砕けてしまうかと思いましたわよ?!』
――……心臓が止まるかと思った、みたいな感覚でいいのか、それ?
『もう! 冗談ではございませんの! 今回は本当に反省してくださいまし!』
――……分かってるよ。心配かけて悪かったよ。
『……先ほどもグルートニーの力を利用して見事に倒したではありませんの! 今回だって、落ち着いて探せばきっと何か方法があるはずですわ!』
――……ああ、そうだな。
目頭をこすると、鉄の篭手がこすれて痛かったが、反省には丁度いい痛みだった。
……別にグレイヴが怖かったわけじゃねえ。8歳の体には殴られた頭が痛くて勝手に涙が出ただけだ。本当だからな!
マキちゃんくん
ふっとばされた!
金剛「団扇にされたり(第4話)、盾にされたり(第4話)、刺しっぱなしにされて振り回されたり(第21話)、俺の扱いなんか雑じゃないっすか?」
白銀「使ってもらっといて文句言うなや(4話以降ほぼ出番なし)」
金剛「ウス……」