今回は第三者視点(グレイヴ寄り)です。
第三者視点の時はタイトルで女神様がはっちゃけていません。
どうぞよろしくお願いします。
2本の巨大な根が同時に動いた瞬間、グレイヴは魔樹の狙いを悟った。
「マキ! 右に跳べ! 俺は左に回る!」
「おう!」
返事を聞くより早く、グレイヴは岩盤を蹴って左へ駆け出していた。
正面から振り下ろされる黒い巨体が、石切場の上空を覆う。
ただの一撃でも直撃すれば人間など跡形もなく押し潰されるだろう。しかも、今はその陰からもう1本の主要根が忍び寄り、正面からの一撃を避けられぬように退路を塞ごうとしていた。
グレイヴが恐れたのは魔樹の持つ圧倒的な破壊力や重量を感じさせないスピードではない。
魔樹が擁する2本の主要根が、互いの攻撃を妨げないように、或いは補い合うように動いていることだった。
「……ちっ! 厄介な真似を覚えやがって!」
グレイヴは低く舌打ちすると、正面の根が岩盤へ叩きつけられる寸前に身体を横へと投げ出した。
風圧が身体を叩いた直後、耳を劈く轟音とともに岩盤が砕け散り、無数の石片が空中へ弾け飛ぶ。
しかし、それで攻撃が終わったわけではなかった。
正面の根が深々と岩盤へ食い込んだ直後、その陰に潜んでいたもう一本が、地面を這うように太く長い身体を伸ばして這い寄ってきたのだ。
「マキ! 止まるな!」
「分かってる!」
マキは既に動いていた。
小さな身体を低く沈め、黒い巨体が横薙ぎに迫ってくるより早く岩棚の段差を蹴ると、両手の神斧を握り締めたまま、その攻撃の外側へと飛び出していった。
マキが避けきった背後を黒い根が猛烈な勢いで通り過ぎ、岩棚の縁を大きく削り取っていく。
「うおっ!? おいおい、そんなところまで削るんじゃねえよ!」
マキの抗議など意に介さず、這い寄ってきた巨大な根は岩盤の表面を擦りながら進み、さらに身体を大きくしならせた。
どうやら、逃れたマキを追ってもう一撃を放つつもりらしい。
グレイヴはその動きを見逃さなかった。
「カイル! マキの右後方へ回れ! そこの岩棚を使うんだ!」
「おう!」
カイルが傷ついた大盾を構え、マキの右後方にある岩棚に向かって駆け出す。
そして、大盾を構えたまま岩盤の張り出しに身を寄せて攻撃によって砕けた岩片を防げる位置を確保すると、マキの退路を妨げている細根に向かって剣を振るった。
「おらっ!」
剣に斬り払われた細根が黒い破片となって飛び散る。その隙にマキが岩棚へ駆け込むと、カイルはその背後へ回り込み、飛来した岩片を大盾で弾き返した。
「マキ! 上から来るぞ!」
「おう! 助かるぜ!」
カイルの声に反応してマキが身体を翻した直後、最初に岩盤へ突き刺さっていた主要根が大きく持ち上がり、今度は岩棚を斜めに横切るように叩きつけられた。
「……くそっ!」
グレイヴは長剣で牽制しながら、2本の根の動きを見比べた。
3本目は上からの叩きつけを主な攻撃手段とし、4本目は岩盤の上を這いながら横方向に攻撃してくる。
その組み合わせ自体は、先ほど倒した一本目と二本目によく似ているようで、だが明らかに違う点があった。
先ほどまでの主要根は、どちらも自分が積極的に攻撃することを優先して動いていた。
1本目の攻略中に2本目が攻撃を仕掛けてきたことはあったが、それはたまたま個々の攻撃のタイミングが噛み合っただけに過ぎず、連携などとは程遠い動きに過ぎなかった。
だからこそ、一度に相手をする根を1本に絞り込むことで各個撃破できたのだ。
だが、今度の2本は違う。
3本目が叩きつければ、4本目はそれを躱すだろう先へと回り込む。
4本目が横薙ぎに攻撃を仕掛ければ、3本目は逃げようとした相手の頭上に巨大な身体を持ち上げる。
しかも、どちらも相手の攻撃が終わる瞬間を見計らって動き始めるため、一方を避ければ直ぐ様もう一方にも対処しなければならない。
……タッグのベテランを相手にしてるみたいじゃねえか。
グレイヴは思わず奥歯を噛み締めた。
これまで幾度となく魔物を相手にしてきたが、巨大な植物の根を相手にこれほどの連携を見せつけられるとは思ってもいなかった。
いや、むしろ逆なのかもしれない。
人間や獣のような明確な手足を持たないからこそ、これほど長大な身体を自由に動かし、攻撃の軌道を自在に組み合わせることができるのだ。
しかも、その一本一本が岩盤を砕くほどの威力を持っている。
……洒落にならねえな。
「グレイヴ!」
不意にマキの声が響いた。
振り返ると、少女は岩棚の段差を利用して2本の根から距離を取りながら、2本の巨大な斧――金色の方が金剛で、銀色の方が白銀といったか、を構えたまま攻めあぐねているようだった。
「どうする!? このままじゃ近づけねえ!」
「分かってる! まずは2本の動きを見極めるんだ!」
「おう!」
マキは短く返事をすると、4本目の位置に視線を巡らせながら岩盤を蹴って横へと跳んだ。
その直後、3本目の主要根が彼女のいた場所へ叩きつけられ、岩棚の一部を砕いていく。
グレイヴはその様子を見ながら、僅かに目を細めた。
……あいつ、本当に懲りたみてえだな。
先ほどの2本目との戦いで、マキは致命的な失敗を犯している。
根を誘導しようとして無理に踏み込んだために逃げ場を無くし、横薙ぎに迫る主要根を相手に無理に斧を振るった結果、その勢いを殺しきれずに空高く弾き飛ばされたのだ。
あのとき、リゼットの風魔法とフェルンの綱、そしてカイルの救助が間に合わなければ、マキは間違いなく命を落としていただろう。
グレイヴ自身、あれほど肝を冷やした経験は久しぶりだった。あの小さな身体が空高く打ち上げられたのを見た瞬間、心臓が止まるかと思ったのだ。
だからこそ、助かったマキを思わず殴りつけ、叱り飛ばしてしまった。
まだ幼い子供を相手に手を上げたことに後悔がないと言えば嘘になる。
だが、それ以上に、命にかかわるような失敗を繰り返してほしくなかった。
そして、どうやらマキはグレイヴが思っていた以上に素直に叱責を受け止めたらしい。
今も、あれほど巨大な根が目の前へ迫っているというのに、決して無理に踏み込もうとはしない。
攻撃を避けるたびに足元を確かめ、退路となる岩棚の位置を確認しながら、大斧を振るうべき瞬間を待っている。
……まったく。本当に妙な娘だ。
グレイヴは小さく息を吐いた。
あんな幼いなりで、馬鹿げた大きさの斧を軽々と振り回して見せたうえ、ギルドの測定機でも測れないほどの規格外の筋力を持っているのが、まずもって異常だ。
大人への憧れが強いのか自分のことを成人していると言ったり、その態度も妙に年配の、それも言い方は悪いがおっさん臭い。
さらに、本来15歳にならなければ発現することのない《職業》を有していたり、実際に《樵》としての確かな知識や経験に基づいているとしか思えない技術を持ち、8歳とは思えないほど冷静な判断も見せる。
そうかと思えば、くだらない冗談を口にして笑い、突然誰かに怒鳴りつけるように大きな叫び声を上げ、ときには先ほどのように目の前の敵に夢中になるあまり危険な行動を取ってしまう。
だが、間違いを指摘されれば、それを素直に認めて反省し、次の行動に活かそうとする。
強いだけの奴なら、これまでに何人も見てきた。
だが、あれほどの力を持ちながら、自分の失敗を認められる奴はそう多くない。
まして、まだ8歳程の幼い少女が、それを当然のようにやってのけるのだから、驚くなというほうが無理な話だった。
セシリアが言うには、マキは自分のことを元38歳の木こりの男だったと言っていたそうだが……。
……いや、まさかな。
グレイヴは一瞬そんな考えを抱きかけたが、すぐに首を振った。
今は余計なことを考えている場合ではない。
何しろ、目の前で襲いかかってくる2本を含め、まだ6本もの主要根が残っているのだ。
「……よし。まずは2本を引き離すぞ!」
グレイヴは長剣を構え直すと声を張り上げた。
「マキ! お前は3本目を引きつけろ! ただし、攻撃は牽制だけでいい!」
「おう!」
「カイル! 4本目がマキの退路に回ろうとしたら、細根を払って逃げ道を確保しろ! でかい根を盾で止めようとはするなよ!」
「分かっている!」
「リゼット! 瘤が露出するまでは魔力を温存しておけ!」
「ええ!」
「フェルン! 2本の動きを上から見てくれ! 隠れた根が動いたらすぐ知らせろ!」
「はい! 任せてください!」
4人の返事を聞いたグレイヴは、大きく息を吐いた。
……さて、ここからは俺の仕事だな。
ギルドの支部を預かる立場になってからというもの、グレイヴは何度となく仲間の命を預かる判断をしてきた。
どれほど腕の立つ冒険者であろうと、1人だけでできることには限界がある。
敵の数が多ければ攻撃を分散させ、危険な魔物が現れれば地形を利用して有利な位置へ誘導する。仲間の体力や魔力を見極め、撤退すべき場面では迷わず撤退を命じる。そうした判断を誤れば、どれほど優秀な仲間がいても命を落とす。
だからこそ、グレイヴは支部長という立場になった今でも、剣を握るときには自分自身の腕だけに頼らないことを心掛けていた。
……特に、今回ばかりはな。
彼の視線の先では、マキが3本目の主要根を引きつけながら、岩盤の上を軽やかに駆け回っていた。
あの少女にはグレイヴたちには真似のできない仕事があり、その仕事を成し遂げるためには、まず自分たちが戦場を整えてやらなければならない。
「おらっ! こっちだ、根っこ野郎!」
グレイヴが4本目の主要根へ向かって駆け出すと、黒い巨体が反応するように身を捩る。
その動きを見て、グレイヴはにやりと笑った。
……少し付き合ってもらうぜ。
◇◆◇
4本目の主要根は3本目とは異なり、滅多に身体を高く持ち上げようとしなかった。
長い身体を岩盤の上に這わせ、石切場に残された段差や岩塊の陰を利用しながら、こちらの足元を狙って攻撃を仕掛けてくる。
しかも、3本目が正面から叩きつけを放つ瞬間には必ずその陰に移動し、相手の視線が3本目に向くのを待ってから側面へ回り込んでいた。
人間同士の戦いで言えば、1人が正面から敵の注意を引きつけ、もう1人が側面へ回り込んで挟み撃ちにするという、ありふれた連携に過ぎない。
しかし、それが直径2メートルにも及ぶ巨大な根となれば話はまるで違ってくる。
正面からの叩きつけは避けるしかなく、側面からの横薙ぎも受け止められない。
しかも、石切場の岩盤は先ほどから何度も砕かれており、安全な足場は少しずつ減っている。
時間が経つほどさらにこちらは不利になっていくだろう。
……こいつら、本当に面倒なことをしてくれるぜ。
「グレイヴ! 4本目がそっちに向かっています!」
フェルンの声が岩棚の上から響いた。
「おう! 見えてる!」
返事をしながらグレイヴが足を止めると、岩塊の陰から黒い根がゆっくりと姿を現した。
その先端は低く岩盤へ押しつけられ、まるで獲物に飛びかかる寸前の蛇のように身体を縮めている。
……来るな。
グレイヴは長剣を構え直し、足元の位置を確かめた。
すると、黒い根は彼の動きを追うように先端を揺らし、次の瞬間、岩盤を擦るような低い軌道で猛烈な勢いで突き出されてきた。
「……ふんっ!」
グレイヴが斜め後方に跳び、根の進路から外れると黒い巨体が先ほどまで立っていた場所を通過し、背後の岩壁に激突した。
だが、グレイヴは追撃を仕掛けなかった。
4本目の根が岩壁から身体を引き抜こうとするのを見守りながら間合いを保つ。
……もう一度来い。
予想どおり、黒い根は大きく身を捩ると今度は別の角度から横薙ぎの攻撃を放ってきた。
しかし、グレイヴはその動きに合わせて再び後退し、根が伸び切った瞬間に半歩だけ踏み込んで長剣を走らせる。
刃が黒い樹皮へ浅い傷を刻み、根がそれを嫌がるように身を捩った。
……よし。少しずつこっちへ来ているな。
グレイヴが狙っているのは、4本目を傷つけることではない。3本目と4本目の間隔を広げ、互いの攻撃が届きにくい場所に引き離すことだ。
もっとも、主要根は地中深くで巨大な幹と繋がっているため自由に遠くまで引っ張り出せるわけではない。
だが、片方を石切場の反対側に誘導できれば、少なくとも一方が攻撃している間に、もう一方がすぐさま援護へ入ることは難しくなるはずだった。
……あと少しだ。
そう思った時、フェルンの鋭い声が響いた。
「グレイヴ! 3本目が動きを変えました!」
「何だと!?」
反射的に振り返ると、少し離れた岩棚でマキが牽制を続けていた3本目の主要根が、突然その巨大な身体を大きく持ち上げていた。
しかし、その動きはマキに向かって振り下ろすためではなく、まるで4本目の動きを追いかけるように、その長い身体を横方向へ大きく曲げ始めていたのだ。
……コイツら、そうくるか!
「マキ! そいつを引きつけろ! こっちへ来させるな!」
「おう! やってみる!」
マキは2本の斧を手にしたまま3本目の正面に駆け出した。
「おらっ! こっちだ、でかぶつ!」
その声に反応したように3本目が先端を持ち上げるが、マキに攻撃を仕掛けることはなかった。
代わりに、その長い身体の中ほどを大きくしならせてグレイヴのいる方向へ向かって横に身体を伸ばし始めたのである。
「……ちっ!」
グレイヴは思わず舌打ちした。
どうやら、グレイヴたちが連携を崩そうとしていることを、魔樹の側も理解しているらしい。
……そう簡単には離れてくれねえってわけか。
「グレイヴ! 4本目が戻ってくるぞ!」
「分かってる!」
カイルの声でグレイヴが振り返ると、先ほどまでこちらへ向かって伸びていた4本目の主要根が大きく身体を縮めながら3本目の方に引き戻されていた。
しかも、その動きは明らかに先ほどまでよりも速く、グレイヴが追いかけても3本目の陰に隠れてしまう方が早そうだった。
……こいつは、まずいな。
グレイヴは一度足を止めた。
最初の誘導は失敗だったが、失敗したからこそ分かったこともある。
この2本は互いの位置を意識している。
どうやら3本目が正面へ出て4本目が陰へ隠れるという関係を崩されることを嫌がっているらしい。
……だったら、そこにつけ込む余地はあるはずだ。
グレイヴは改めて二本の根を見比べた。
場所が変わっても3本目と4本目の動きは付かず離れずで、3本目が上から、4本目がその陰からという動きに変化はないようだ。
つまり、こいつらは互いの動きを合わせているようで、其の実は互いに相手の行動に引っ張られているだけだ。
……だったら、その動きを逆に利用させてもらおうか。
グレイヴはにやりと笑うと、少し離れた岩棚に向かって声を張り上げた。
「フェルン! 4本目の先端を狙えるか!」
「……ええ! 動きを止めることはできませんが注意を引くくらいなら!」
「十分だ! 俺が合図したら撃ち込んでくれ!」
「はい!」
フェルンの返事を聞いたグレイヴは、続いてマキへ視線を向けた。
「マキ! 3本目が俺の方に動いたらすぐにそいつの反対側へ回れ!」
「……ん? どうするつもりだ?」
「コイツらを引き離すのは無理だ! だったら、今度は近づけてやる!」
一瞬、マキはきょとんとした顔を浮かべたが、すぐに何かを察したらしく、口元をにやりと歪める。
「……へへっ、なるほどな。そういうことか!」
「分かったなら、無理に近づくんじゃねえぞ!」
「おう! 任せとけ!」
返事を聞いたグレイヴは改めて周囲の地形を見回した。
石切場の中央には喰根の魔樹がそびえ立ち、その周囲には主要根に砕かれた岩盤が広がっている。
既に討伐した2本の主要根は岩壁の近くで動かなくなっており、そこから少し離れた場所には、マキが切り詰めた巨大な枝先が幾つも転がっていた。
枝の落下場所として使っていた採掘跡は、周囲より一段低くなっている。
その手前には比較的広い岩棚が残されているものの、両側には岩壁が張り出しているため、巨大な主要根が自由に身体を振り回すには少々窮屈な地形になっていた。
……あそこだな。
グレイヴは岩棚の位置を確かめ、小さく頷いた。
ここに2本の主要根をまとめて誘導する。
4本目は3本目の陰へ隠れようとし、3本目は4本目の動きに合わせて向きを変えてくる。
それなら、こちらから仕掛ける攻撃によって2本の動く方向をずらし、互いの身体が邪魔になるように仕向ければいい。
もっとも、先程のように相手がこちらの狙いを察して動きを変えてくる可能性は十分にある。
そのため、グレイヴは最初から無理に勝負を決めようとは考えていなかった。
……まずは、どこまで動くか試させてもらうぜ。
「よし。フェルン、頼む!」
「はい!」
グレイヴが叫ぶと岩棚の上から鋭い風切り音が響いた。放たれた矢は、3本目の陰に隠れていた4本目の主要根へ向かって一直線に飛んでいく。
しかし、矢は分厚い樹皮の表面に浅い傷を刻んだだけで弾かれてしまった。
だが、それで十分だった。
4本目の主要根は矢が飛んできた方向へ先端を向け直し、長い身体を大きくしならせたのである。
「……今だ!」
グレイヴは岩盤を蹴って踏み込み、4本目の側面に向かって長剣を振るった。
鋭い刃が黒い樹皮へ傷を刻むと、4本目は身を捩りながらグレイヴのいる方向へ向かって先端を突き出してきた。
「おっと!」
グレイヴは慌てず身体を逸らして攻撃の軌道から外れる。
巨大な黒い根が岩盤を削りながら通り過ぎた直後、その背後では3本目の主要根が大きく身体をしならせ、4本目の動きを追うように向きを変え始めていた。
……よし。やはりそう来たか!
「マキ!」
「おう!」
マキが3本目が振り下ろそうとする場所から大きく離れて駆け出していく。
すると、3本目は一度グレイヴのほうへ向けていた先端の向きを変え、今度はマキを狙おうと身体を大きく捩った。
「……おおっ!」
マキはそれを見ても慌てず、巨大な先端が振り下ろされるよりも早く岩棚の段差を利用してその身を躱した。
3本目は目標を捉えられないまま岩盤を叩きつける。
その衝撃を避けながら、グレイヴは3本目と4本目の位置関係を確認した。
……よし。近づいてきたな。
2本の根は先ほどまでよりも明らかに接近している。
しかも、3本目がマキを狙って身体を大きく曲げたことで、その中ほどが4本目の進路まで張り出していた。
これなら、4本目がもう一度グレイヴへ攻撃を仕掛けようとしたとき、3本目の身体がそれを邪魔することになるだろう。
……あと少しだ。
グレイヴは4本目の正面へ一歩踏み込み、長剣の切っ先を向けた。
「おらっ! こっちだ!」
予想通り4本目が反応するように身体をしならせる。
「グレイヴ! 待ってください!」
フェルンの鋭い声が響いた。
反射的に顔を上げると、4本目の主要根が突然身体を大きく縮め、こちらへ向かって突き出しかけていた先端を岩棚の陰に引き戻したのである。
……何だ!?
4本目が攻撃を諦めたのかと思ったが、すぐにその考えが甘かったことを思い知らされる。
3本目の主要根が急に先端の向きを変え、グレイヴの頭上へ向かって巨大な身体を持ち上げたのだ。
……まずい!
凄まじい風切り音が響き、巨大な黒い影が上空を覆う。
グレイヴが身体を斜め後方に投げ出して岩棚に飛び込んだ直後、3本目の主要根が先ほどまで立っていた場所に叩きつけられ、岩片が飛び散った。
「……ぐっ!」
衝撃で足元が大きく揺れ、起こしたばかりの身体が僅かに浮き上がる。
グレイヴは慌てて片膝をつき、岩盤へ手を伸ばしたが、その足元からみしりと岩盤がずれる嫌な音がした。
「……しまった!」
視線を落とした先では岩棚の縁に細かな亀裂が走っている。その亀裂は3本目の主要根が叩きつけられた場所からグレイヴの足元に向かって伸びていた。
……まずい!
「グレイヴ! そこから離れろ!」
マキの叫びが響いた。
グレイヴはすぐさま立ち上がり、亀裂のない岩盤に向かって跳ぼうとしたが、踏み込もうとした足の下で岩棚の一部が崩れ、身体が大きく傾いてしまった。
「……くそっ!」
咄嗟に長剣を岩盤の割れ目に突き立てて身体を支えようとしたが、砕けかけた岩はグレイヴの身体を支えるには不十分だった。
このままでは落下するか岩盤の崩落に巻き込まれる。
「グレイヴ!」
マキが駆け寄ってこようとする姿が視界の端に映った。
「マキ、来るな! お前まで巻き込まれるぞ!」
グレイヴは反射的に怒鳴った。
その声で少女の足が止まったのを見て、グレイヴは胸を撫で下ろした。
……そうだ、それでいい。
助けに来ようとしてくれるのはありがたい。
だが、今ここでマキが無理に踏み込んでくれば、2人揃って共倒れになってしまう。
それだけは避けなければならなかった。
「カイル! そっちに回れるか!」
「おう! 少し待て!」
カイルが岩棚の反対側へ向かって走り出す。
だが、その途中に4本目の主要根が姿を現し、進路を塞ぐように長い身体を伸ばしてきた。
「……ちっ!」
どうやら、この状況も魔樹の狙いどおりだったらしいと気付き、グレイヴは思わず歯噛みした。
4本目が攻撃を仕掛けると見せかけてグレイヴの注意を引き、その瞬間に3本目が岩棚を叩き壊す。
そして、崩れかけた岩棚に取り残されたグレイヴを次の攻撃で仕留め、仲間が助けようとすれば4本目がその進路を塞ぐ。
……畜生。
こいつら、ここまで考えて動いてやがるのかよ!
「グレイヴ!」
再びマキの声が響いた。
見ると、マキは崩れかけた岩棚の縁から少し離れた場所で左手に白銀だけを持っていた。
……何をするつもりだ?
マキは足元の岩盤を確かめてから身体を低く沈め、グレイヴのいる方へ向かって駆け出した。
「……おい! 来るなって言っただろうが!」
「分かってるって! そっちには行かねえよ!」
マキはそう叫び返すと崩れかけた岩棚には踏み込まずに手前で足を止め、グレイヴに手を伸ばすでもなく、目の前の岩棚をじっと見つめていた。
「……ん?」
グレイヴは一瞬、何をするつもりなのか理解できなかったが、マキの視線を追ったことで、ようやくその狙いに気づいた。
彼女が見つめているのは、自分が掴まっている崩れかけた岩棚の縁ではなく、岩棚の下に残された亀裂の入っていない岩盤の張り出しだった。
「マキ? お前、何を――」
「へへっ! ちょっと揺れるけど、我慢してくれよ!」
その言葉と同時に、マキは白銀を両手で握ると岩棚の張り出しに慎重に刃を当てた。
「……おい、まさか!」
「せいやっ!」
そして、気合と共に白銀の刃を岩棚に食い込ませると、銀斧の斬撃に沿って青白い光が奥へと走り、その張り出した部分を斜めに斬り裂いた。
「グレイヴ! こっちに跳べ!」
マキが叫んだ。
「下にまだ丈夫な足場が残ってる! そっちに降りればいい!」
……なるほどな。
崩れかけた岩棚の下には、まだ比較的しっかりした岩盤があったが、先ほどまでは岩棚の張り出しが邪魔をして安全に飛び降りることが難しかった。
しかし、マキがその邪魔な部分だけを切り落としてグレイヴが降りられる空間を作ったことでそれが可能となった。
しかも、マキ自身は崩れかけた岩棚には踏み込まず、あくまで亀裂の外側にある丈夫な足場から、斧の刃を届かせている。
……本当に懲りたみたいだな。
「おう! 行くぞ!」
グレイヴは長剣を引き抜くのと同時に、足元の岩盤を蹴った。
蹴りつけた衝撃によるものか、掴まっていた岩棚の一部が崩れたが、その身体は辛うじて崩落を避け、一段低い場所に向かって落下していく。
「……おっと!」
着地した足元が僅かに滑ったが、グレイヴは岩盤に片手をついて衝撃を逃がすと、すぐに立ち上がった。
その背後では、先ほどまで立っていた岩棚が大きく崩れ落ち、無数の岩塊が段差の下へ転がっていった。
「……ふう」
グレイヴは大きく息を吐いた。
……危なかった。
もし、マキがあの邪魔な岩盤を切り落としてくれなければ、崩れかけた岩棚と一緒に崩落に巻き込まれていたかもしれない。
「……マキ!」
「おう! 無事だったな!」
呼びかけると、マキが岩棚の上から顔を覗かせた。
「おかげさまでな!」
「へへっ! そいつは良かったよ!」
「……ったく。今度は俺が助けられちまったか」
グレイヴが苦笑すると、マキは少しだけ得意げに胸を張った。
「お互い様だろ!」
その言葉を聞いて、グレイヴは思わず笑ってしまった。
……ああ。そうだな、そのとおりだ。
しかし、二人が安堵できたのはほんの僅かな間だけだった。
「グレイヴ! マキ! 4本目がそちらへ向かっています!」
フェルンの言うとおり、4本目の主要根が長い身体をしならせて、今度はマキのいる岩棚に向かって接近していた。
しかも、その背後では3本目が再び身体を持ち上げ、同じように先端をマキに向けている。
……どうやら、こっちが態勢を整えるまで待ってくれるつもりはないらしいな!
「マキ! そっちも一度下がれ!」
「おう!」
マキはすぐに白銀を【収納】し、岩棚から下の段差に飛び降りた。
その直後、4本目の主要根が岩棚の上を横薙ぎに削り取り、続けざまに3本目がその上から叩きつけた。
凄まじい衝撃と共に、岩盤が砕け散るが、マキもグレイヴも既にその攻撃が届かない場所まで退避していた。
その場所からグレイヴは一度周囲を見回し、仲間たちの位置を確認した。
カイルは少し離れた岩棚に、リゼットもその後方へと退避している。
フェルンは高い岩棚から弓を構え、2本の主要根を含めた魔樹の動きを見守っていた。
さらに離れた場所にいるバルドたち村人も安全な岩陰に身を寄せているようだった。
幸い、今のところ誰も大きな怪我はしていない。
……よし、まずは全員無事だな。だが……。
戦場の状況は決して良くなかった。
3本目と4本目の主要根は、明らかに先ほどより連携の巧みさを増している。
しかも、こちらが2本を引き離そうとすれば、それを察したように動きを変えてくるうえ、足元はどんどん不安定にされていく。
このままでは、いつまで経っても瘤に近づけないばかりか、こちらが一方的に消耗していく。
打開策を探し、改めて2本の主要根を観察していると、先ほどとは違う点に気づいた。
3本目は巨大な身体を高く持ち上げ、4本目はその陰に隠れるように岩盤を這っている。
それ自体は先ほどと同じだ。
だが、何度も岩盤に叩きつけた影響によるものか、3本目の太い身体は大きく湾曲し、根元に近い部分の樹皮には幾筋もの深い皺が刻まれていた。
しかも、4本目が自らの陰に隠れやすい位置になるように立ち回るたびに、3本目はさらに身体を捩って位置を変えなければならなくなるため、その根元側には、先ほどから何度も大きな負担が掛かっているようだった。
さらに見ていると、4本目が左に移動すれば3本目も左に身体を曲げる。
4本目が右に回り込めば、3本目もその動きを追うように身を捩る。
そして、マキがその反対側へ回り込もうとすると、今度は先端を大きく持ち上げて彼女を狙う。
つまり、3本目は4本目を隠しながら、同時にマキたちへの攻撃も担当しているのだ。
また、傷ついた樹皮は黒い液体によって少しずつ再生しているようだったが、4本目を庇おうと絶えず身体を捩っているせいか、根元に掛かる負担までは解消できていないらしい。塞がりかけた傷口にも、次の瞬間にはまた深い皺が刻まれていた。
つまり、だ。コイツは……。
……案外と無理をしていやがるんじゃねえか?
グレイヴはにやりと笑った。
どれだけ巨大な根であろうと、1本しかない身体を同時に別々の方向へ動かせるわけではない。
4本目の動きに合わせて身を捩りながら、さらにマキを狙って攻撃しようとすれば、根元側には相当な力が掛かっているはずだ。
しかも、あれほど太い根の繊維が何度も上下左右に捩られれば、根元に大きな負担が集中するのは当然のことで、それが樹皮の皺となって現れているのではないか。
……へっ。だったら話は簡単だ。
無理に2本を引き離す必要なんて最初からなかったのかもしれない。
むしろ、2本が連携している状態を利用して、3本目により大きな負担を掛けてやればいいのだ。
……よっぽど4本目が大事みたいだな。なら、へし折れるまで大事に守ってみせろよ!
【冒険者ギルドの支部長について】
冒険者ギルド支部長の任期は最低5年。
任期満了の前年から後任者の選任を始め、翌年の任期満了までに次期支部長としての適任者が選任されなければ留任され、以降は1年ずつ任期が延長される。
任期中の支部長に不慮の事故があった時は、支部の等級B以上の冒険者からくじ引きで暫定支部長が選ばれ、ギルド職員の補佐を受けながら翌年最初の月まで支部長を務める。
そして、翌年最初の月に下記②〜⑤を経て承認されれば、正式に支部長として任命される。
この時に否決されれば、暫定支部長が推薦した者を下記②〜⑤で再度選任手続きを経ることになる。
冒険者は体が動くうちは好き勝手動き回りたい者が多いため、支部長は『外れ』という認識であり、割と公然と『生贄』と呼ばれていたりする。
任命方法は、
①ギルド支部所属の等級B以上の冒険者の中から現支部長が推薦
②ギルド職員組合の賛成
③投票日程(1ヶ月間)に都市にいるギルド所属員(等級C以上)の過半数が賛同
④所在する都市参事会(住民代表)の承認
⑤ギルド本部の許可
が必要となる。
ただし、①〜⑤の選任過程については、
①現支部長は碌でも無い後継を推薦すると職員のボイコットや所属同盟員の離脱を招くうえ、早く次の『生贄』を選ばないと自分が冒険者として好きに活動できる期間が減っていくことになる。
②ギルド職員組合は事務屋や傀儡になりそうな者が推薦されるまで否決を出していると首を切られたり(物理)、依頼人や冒険者から足元を見られることになるうえ、そもそも素行の悪い者や乱暴者を等級B以上に上げることはない。
③所属ギルド員はそもそも自分たちが信任した現支部長の推薦者で、自分たちの後ろ盾になる顔役にぽっと出の奴や弱い奴が選ばれないことは分かっているし、むしろそんな奴を選んできたら別の支部に移籍する。なお、投票義務を持つ冒険者が故意に3回投票を棄権したとみなされる場合はギルド員資格を3年間停止される。
④参事会はギルドが持ってきた代表予定者を拒否すると魔物素材の仕入れや物流護衛に支障が出るうえ、関係がこじれれば都市で暴動が起きる可能性もある。
⑤ギルド本部は支部の推薦者を蹴れば支部との関係が悪化し、最悪、武装蜂起による独立が起きかねないため、よっぽど問題のある人物でない限り承認する
といった関係性のため、基本的に支部長の推薦者が次期支部長になる。
……そう、基本的に。
ちなみにグレイヴ氏は元々等級A冒険者で、当時の支部長が病没したためくじ引きで『負け』て当選してしまった哀れな人。
なお、支部長歴9年目。
つまり、暫定くじ引き後に渋々正式選任されてから、任期満了のたびに推薦者を出しても「グレイヴが支部長を務め続けるほうがいい」とギルド職員組合、所属冒険者、市参事会、ギルド本部の皆から信任された結果として『生贄を押し付けられ続けている』ということ。可哀想だね。
ただし、再任の時から年間5回の『お願い権』があり、年間5回まではギルド職員を代理に立て、自分の好きな時、好きな場所に、1回あたり10日間以内の予定に限り、好きな依頼を受けたり旅に出ることが許されている。
10日以上になる場合は、たった1日であっても、もう1回分のお願い権が消費される。
ちなみにマキちゃんがギルドに現れた翌日の調査開始日からグルートニーとの決戦日まで既に9日経過、本日中にグルートニーを討伐して明日にはギルドに戻れなければ、お願い権を2回分使うことになる。
頑張れ頑張れグレイヴ君!
今年の残りのお願い権はあと2回分だ。