「はぁ、はぁ……ふぅ。なんとか地の利を得た気がするよぉ」
セルマはわざとらしく額を手の甲で拭う
目下にあるのはニ階建ての一軒家、生い茂る木々のなかにぽつんと存在する洗面所が存在する鹿目家そのものだった
「──これでわたしに勝ったつもりなら、思い上がりも甚だしいわ」
片手を軽く翳すと淡く紫に光る半透明の障壁がその建物を護った
──絶対に割らせない。ほむらは手を拳にしてそれを二重、三重にも重ねていく
「守りながらわたしたちを相手できるのかな〜?」
なおも煽るセルマを少し無視して。未だに空中で両手を広げて静止してるワルプルギスの夜を見ていた
「──わたしには、あなたが誰なのかはわからない。ごめんなさい」
「ええ、わかっていました」
えいっえいっとセルマが針と糸巻きの異形を投げるのを地中より呼んだ竜にも似た巨大な骨でいなしつつ、ただ災厄を見る
「言ったはずですよ? わたくしはおまえに感謝すらしているのです。それは今も変わりません」
「……」
ほむらは道化のようでいて穏やかに笑うその人が涙を堪えているようにも思えた
少女の顔が青白く光る。祈るように重ねられた両の手から光り輝くソウルジェムのようなものがそこにはあった
「──悪魔よ。狡猾にもなりきれぬ、不器用なる悪魔よ。これは試練と知りなさい。わたくしを超えて、今こそその奇跡の意味を知るのです!」
光り輝く両の手を掲げて道化は消えていた
なにを、した。見失ったことを信じられず、周囲を確認する。セルマが竜のような骨に乗るマミと戦闘を繰り広げてるのが見えるのみだった
──違う。来る!
ほむらははるか上空から迫るその存在に目を見開いた
──アハハ、はは
ワルプルギスの夜。青と白のツートンカラーのドレスを身にまとった細身の女性のような姿をしている。スカートからはゆっくりと回転する巨大な歯車が顔を覗かせ、そちら側を上にして逆さまに宙に浮いていた
「あっはっはっは! 最強の魔女の登場だよおおおお!」
衣装がぼろぼろのまま、セルマが落ちていく。体に風穴を空けられながらも楽しげに叫ぶ
それをマミは容赦なく追って、再び一つ銃声が鳴った
──アハ、ははは……!
ワルプルギスの夜は後光のように光り輝く
小手調べとばかりに口から炎を吐いてきた
「……く、ぁゔっ!」
ほむらはそれを正面から食らう。熱で羽根がとけて空中でバランスを失い、落ちていく
地面に激突するその前に、内側から障壁を中和して鹿目家から飛び出す影があった
「余裕ぶってなにしてんの! 相手はワルプルギスの夜なんでしょ!?」
「──美樹、さやか」
美樹さやか。鹿目まどかを護れという意思を全うし、一日ずっとまどかから離れなかったマントを携えた騎士がそこにはいた
顔に目立っていた包帯は既になく、それでも抱えてくれている現状にほむらは目を丸くしていた
「まさかワルプルギスの夜に情でも移ったとか言わないでよ!?」
「──どうして、わたしを」
「そういうのは後! どー見てもあっちが先でしょうがっ!」
びたん、とその辺の道路に投げられて上空を指差される
──それは確かに、と硬い地面に打ち付けられながらもほむらは思う
「あんたが最高戦力なんだから……しっかりしてよ、ねっ!」
しゃきん、と一振りの剣を抜いて躊躇もなく切腹する
ほむらは一度見た奇行なのもあって深く頷いてから空を仰いだ
「──行くわよ。暁美さん!」
竜の骨に乗るマミのリボンが伸びる。ほむらはただ片手を伸ばしてそれに応じた
臓腑がひっくり返る、感覚。ほむらはまた空中に投げ出された
「──ふっ!」
ざら、と一息で片手を一振りする。魔力でできた巨大な手がワルプルギスの夜に付き従う刺股を手にした手下を丁寧に一体一体撃ち落としていった
「空中からだと、ちょっと狙いにくいのよねっ!」
竜の骨から飛び降り自由落下しながらマスケット銃を次々と発砲していく
ただでさえ独立した動きを見せる刺股を手にした手下だが銃弾を弾く個体もおり、マミの表情が曇っていた
「ワルプルギスはあたしがおさえる……!」
ぼーんぼーん、とハート型の頭を鳴らす。三つ目をもつ西洋の鉄兜を頭部を持ち、下半身は人魚になっている
オクタヴィア。その片手には巨大な剣を握られており、今はワルプルギスの夜の体を両断せんと振り下ろしていた
──ふふ、アハハ……!
ワルプルギスの夜は全く避ける様子もなくこれに立ち向かい、むしろ歯車の部分で刃を止めている
回転する歯車にただ打ち付けられた剣から火花が散る。くっ、とさやかもこれには歯噛みしていた
「ほむら、やっぱりあんたじゃないとダメだ! あんな出鱈目なやつ、出鱈目なあんたじゃないと倒せない!」
「黙りなさい美樹さやか……!」
ばさ、と竜の骨を媒体に大きく翼を付け直す。ほむらが片手を掲げると紫に輝く光が集まり大弓を模った
滑空してぎりぎり、と引き絞って放つ。とにかくなるべく全方向に放ち続ける。今回は手下の数が多いのでそちらの処理を優先していた
「マーミー! お待たせしたのですよ!」
「なぎさ!」
マミがならばと銃を鈍器にしていたところ、なぎさがしゃぼん玉に乗って現れた
そのしゃぼん玉が割れるとその中から杏子が飛び出してきた
「ぼさっとしてんじゃねーぞさやかぁ!」
「遅れてきてそれなの!?」
杏子が大きく跳躍して槍をいくつかに分離すると鎖がワルプルギスの夜を抑えるオクタヴィアに加わる
それにより、ワルプルギスの夜の動きが初めて鈍くなっていくようにも思った
「ほむら、今だ! すげー力だから、そんな長くはもたねぇ!」
杏子は祈る様に手を組んでワルプルギスの夜の拘束を保つ
ほむらはそれにただ一度頷いて弓を引き絞る
「──きっと最高の一撃に、するから」
誰に向けられた言葉でもなくそれを零し、幾何学模様をはりめぐらせる。弓の先端が紫に燃えて、空間が振動した。小規模の嵐と魔力と愛をできうる限り矢先に圧縮していく。辺りのトカゲを呼び寄せ、これも矢先に吸い込ませていった
そうしていると規模が規模なので少し時間がかかることを知る。その間にも仲間達が削られていると思うと急がねば、と気ばかり急いでしまう
──ふふ、アハハ
顔が、こちらを向いてる気がした
目を瞑る。姉と呼べと告げられた顔。冷蔵庫に感動する顔。日傘を取り戻した時の顔。なによりあのいつでも穏やかな、慈しむような笑顔。ほむらのため料理もたくさん勉強してくれたりもしていた
──わかっている。知っている。だからこれはもう、恨めない
「──恨んだことも悔しい思いをしたことも沢山あるけれど。忘れないわ。あなたのこと」
最後の仕上げとばかりにトカゲの模様が矢先に宿る。空間が、びりびりと揺れる。空が暗く沈みゴロゴロと鳴って光っていた
──わたしに、救済の力はない。これを滅ぼしてしまう。ほむらのその少しの戸惑いが魔力を練るのにも綻びを生んでいつまでたっても矢の形をなさなかった
「暁美さん! 早く!」
しかし息吐く暇もなくマミのリボンがワルプルギスの夜を瞬く間に巻き取って、オクタヴィアごとぐるぐる巻きにしてしまった
「とっとと打つのですーっ!」
引き摺られるマミの体を懸命に支えながらなぎさも一言告げる
泡を出して刺股をもつ手下を無数に浮かせているが、やはりこれもいつまで持つかわからない
「──さようなら。ワルプルギスの夜」
零された小さな雫が矢先に吸い込まれる。更に圧縮されて漸く矢の形をなしたそれを離そうとした時。鹿目家から一人の娘が飛び出してくる
まどか。その輝かしいまでの黄金の瞳と目が合いながら、弦から手を離した
そっか。干渉する力まで使っちゃったか。ほむらはそう思いながらも、微笑んでいた
瞑目する。ごーん、ごーんという鐘の音が遠くから聞こえてきた気がした