ほむらは暗い空間にいた
歩くと水音がして地面に液体が流れているのがわかる
(ここは──?)
片手のソウルジェムの紫の明かりを頼りに前に進む
前も後ろもわからないそんな道だったが、その道を一瞬見失う
よく明かりを当ててみると一段下がってるのがわかった
──階段だ。血にも似た水が段差を打ち付けてほむらの顔にもかかる
手すりもないそこをせめて滑り落ちないよう一歩一歩確実に進んでいった
──ちりん
しばらくそうして進んでいると鈴の音が聞こえた
急に明るくなったので前を向いてみると、所々光源ができたように思える
修道帽をかぶった顔の無い石像は祈る様に手を重ねて僅かにこの階段を照らしている
ほむらは少しその石像に目を奪われた後、その前を横切って降っていく。その明かりは、ほむらが前を通ると消えるようだった
──ふりかえってはなりません
ぎん、という金属音と声が聞こえる
見知らぬ誰かがほむらの背後で戦っていた
(あれ、は……?)
忠告の通り振り返らずいくつかの石像の前を通りながら階段を降ると踊り場のようなところに出た
その先に強く眩しい光源がある。ほむらは相変わらず赤い水を踏みながら進んでいく
──エニューオ・テレーゼ。シ・プリード
その人は簡単な台と燭台が立てられていたそこの前に跪いてただ祈っていた
本当に眩しい。顔はないが、マルグリートと呼ばれていたあの純白の聖職者と特徴がにていることに気が付いた
「マル、グリート?」
目を細めながらほむらが告げるとその人は祈ることをやめて振り返った
後光らしきものがある。ここで見たどんな存在よりも光り輝いていて、それでいて温かい存在に思えた
──アケミ、ホムラ
そういって立ち上がり祈りながら丁寧に一礼する。ほむらもそれには応じて一礼を返す
マルグリートは重ねた手を離し、すっとその指で先を示した。よくみるとその先は黒く淀んでいて影のようにも渦のようにもなってしまっている
──がんばって
ほむらはマルグリートに目を向けてから、その示された指の先を見る
息を呑みつつも先を進んだ。嵐にもにたその領域に脚を踏み入れた
風が強い。しかし進めない程ではない。その中心に佇む後ろ姿が近付く度に大きくなる
日傘をさして、くるくるくるくると回しているのが分かった
その姿は、むしろここで出会ったどんな存在よりも暗く淀んで見える
「お姉ちゃん……?」
目を凝らす。ほむらがぽつりと零すとその人は振り返る
呆れたように片手を天秤のようにしていた
「暁美、ほむら」
その人にもやはり顔はない。しかしはっきりと声が聞こえた
姉であると言っていた存在の声そのものだった
「──よくぞ。よくぞ辿り着きました」
「多分、助けてくれたの。色んな人と、マルグリートが」
こくり、とその人はゆっくりと頷く。そんなほむらにふと疑問が浮かんだ
「あなたは……誰?」
「──さぁ? 名前なんてとうに忘れてしまいました。そもそも無かったのかもしれません」
その人は手を差し出す
ほむらはその手を見つめながらその顔を見た
「もうワスでいい?」
ほむらはそう訊ねながらその手を取る。その手はやはり死人のように冷たかった
「──ふふっ。なんですかその、適当極まる名付けは」
全ての名付け親の魔女からするとそれは落第だったようで。しかしその人は穏やかに笑っているようにも思えた
「──希望とは、奇跡とは。鹿目まどかであり、暁美ほむら……おまえでもあることを知りなさい」
その影と、自分とが重なる。ほむらは胸を抑えた
溢れる想いのまま意識が覚醒していくのがわかった
──暁美ほむら。最後の魔女にして唯一の悪魔……そして最愛なるわたくしの妹よ。その武運を祈っておりますよ
視界が明るくなる直前にそんな声が響いた
「はぁ……!」
血の涙が止まらない。魔力の放流が止まらない。めらめらと内側から燃えるようにも思えた
周りに歯車が浮かんでは落ちていく。ほむらの翼が大きくなる
「ほ、ほむら! そ、それ大丈夫なの!?」
「──大丈夫。美樹さやか」
溢れる。向け方によっては世界を一瞬にして破壊してしまうような力を感じた
ほむらの双眸が紅く輝く。背中から生える翼がまだまだ大きく広がる
その様子を変身解除した三人が見上げていた
「おー……ほむらがほんとーに悪魔になってしまったのです……」
「よくわからないけれど! 鹿目さんをよろしくね! 暁美さん!」
「──ぶつかんなきゃだよなぁ。悪魔なら」
マミがなぎさの頭を撫でながら口元に手を添え声を出す
その後ろで杏子も並び立ち、ぽつりと言葉を残していた
──鹿目まどかは、まだ。辿り着いていない
ほむらは一歩踏み出して飛ぶ。建物が自然と道を譲った
ほぼ真っ赤に染まっていて前が見えにくい。飛んでいるその間、人からカラスに成り下がらないよう制御するのが大変だった
名前を呼んでほしいという渇望が徐々に大きくなり、暁美ほむらという存在を削っていくのを感じる。今だけでももってと祈りつつ身体は空を切り続ける
──見つけた
とぼとぼと歩くその姿を。処刑台に向かう囚人にも見えるその後ろ姿をぼやけた視界内にようやく収めた
まどか。鹿目まどか。その思いが強くなるたび、ほむらは手放しそうな正気を呼び起こされるようだった
名前を呼んでほしいという渇望が弱まり内へ内へと仕舞われていく。それでも完全に消えることはないが、なんとかほむらは自分という存在を掴むことができた
「これは……わたしとまどかとの約束。これは、わたしのまどかへの執着」
呪詛のようにそれを告げる。円環の理が焦れたようにその巨大な片手を鹿目まどかへ伸ばしていた
──あれも、傷付けてはいけない。ほむらはそれを思いつつ、見るも巨大な歯車を出現させて低空飛行に移った
「──渡さない」
その二つに分かれた髪が眼前まで迫る
二対の赤いリボンが揺れるその小さな体を包みこんだ
「ほ、むらちゃ……」
黄金に輝く目は弱まっている。正気に戻ったようでまどかは抱えられた腕の中でその手を顔に伸ばしていた
「──出ていけ」
円環の理の前に障壁を作り徐々にではあるがこの領域の外へ外へと動かしていく
障壁を抑えて相手も抵抗しており、押し潰す危険も考えると力の加減が難しかった
「──ッ!」
円環の理が思い出したように立ち上がる
びりびり、とその風圧を肌で感じた。これにはなんとか耐えることに成功した
まどかはほむらの腕の中で安心したように眠っている
──わたくしたちを救ったのは、円環の理というただのシステムではなく。名前も知らない一人の少女だったのですね
内側から聞こえる声に耳を傾ける。障壁の目が更にきめ細かくなり進みが早くなった
押し出されに押し出されてやがて円環の理は障壁に弾かれる
「名前を呼んでくれて……ありがとう。まどか」
片目を黄金に染めながらほむらはまどかを見た。笑みを浮かべてよく寝ている
その片翼も純白に白く染まり、止め処なく流れる血の涙は漸く止まった
ほむらは円環の理が見えなくなるのを見た。無事だろうか、元気に還れるだろうかとそんなことばかりを考えてしまう
「──円環の、崩壊……?」
ほむらは姉のワスが知っていたその問題を正面から見た
「えっ。どうしよう……?」
取り敢えずは落ち着きなさい。という呆れたような声が内から聞こえた
地上に降りてからまどかを抱えながら慌てだす。そんな迷走を挟みつつ取り敢えず4人の元に戻るべく駆け出した
「と、取り戻したわ!」
まどかを抱えたまま駆け寄っていくと複雑そうな表情を浮かべるさやかを除いて各々静かにガッツポーズしていた