見滝原中学校からの下校道。ほむらは渋々といった様子で日傘をさす少女が隣を歩くのを許していた
「それで──狙いは何?」
その目線は前を歩くさやか、まどか、仁美の三人の背から離さずいるが、冷静になってきたのかその言葉はしっかりとしたものに戻っていた
「狙い、とは穏やかではありませんわね。マルグリート」
「……その、マルグリートっていうのやめて」
きっ、と睨まれても少女は笑顔を向ける。ほむらは付き合いをやめたい気分になっていた
「ではどう呼称するのがよろしいのかしら悪魔様?」
少女の眼が妖しく光る。ほむらはここでようやく笑みらしきものを作った
「──あなたがその態度ならわたしにも考えがある」
「わたくし、どのようにされますの?」
笑みを作る二人の視線が交差する
しばらくそうしていて、ほむらが一度小さく嘆息し視線を前に戻した
「──ねぇ、どうしてそのような悲しき眼であの三人を見つめるのですか?」
「あなたには関係ない」
ぴしゃり、とまるで取り付く島もないように告げた
そんなほむらの様子に少女はどこか遠くを見て仕方ないとばかりにやはり笑みを作っていた
「大アリ、でしてよ」
じ、と三人の背を見つめる。その少女の横顔をほむらはやはり睨んでいた
「──ええ、ええ。確かに。ことに中心に立つあの娘は特別に輝いて見えますわ。しかし、あなたは眩しいわけではないのでしょう?」
「何が、言いたいの?」
まどかのことを指摘されて声を低める。そんなほむらの反応が分かりやすかったのかくつくつ、と少女は口許に片手をやって笑ってしまっていた
「失礼。一度素直になり、あの娘に仲間に入れてほしいと伝えられたらとそう思ってしまいまして」
「──もう一度言うわ。あなたには関係ない」
そう? と少女はほむらの顔を覗き込むようにして少し首を傾げる。そんな少女の眼を直視することは実害もあるため耐え難く、ほむらは目を逸らし続けていた
「──その奥ゆかしさ、わたくしだけは理解してあげたい気持ちもありますけれど」
ほむらはついに無視を決め込む
未だに談笑する三人の背を見ることに集中していた。少女もそれに合わせるように沈黙を守る
「──どこまで、ついてくるつもり?」
「許されるのであればどこまででも」
足取りを早めてみても付いてきて少女は隣から離れない
諦めたようにほむらは小さく息をついていた
「──まどかを害するつもりは、ないのね?」
「それはどなた?」
「……わからないの? 本当に?」
うぅん、と少女は口許に指を添える
ほむらはその一挙手一投足を見逃さないように眉を顰めていた
「見分けが付きませんわ。一人特別輝いてることは認めますが、そもそもあなたほどは惹かれません」
少女は首を横に振り手を天秤のようにする
頭を抱えるようにして髪を掻き分けてほむらは重い口を開いた
「ひとつ、訊いて良いかしら?」
「いくつでもよろしくてよ?」
こう? と少女はほむらのように髪を掻き分ける
しかしその優雅な所作からは、先程ほむらがしたような乱雑さは失われていた
「──何を、しに来たの?」
少女はそれを訊ねられてぱちくり、としてしまう
「ようやくわたくしに興味を持って下さり感激ではありますけれど──それは愚問ですわね」
「どういう意味?」
より追求するようにほむらは詰めるが少女の表情はまるで変わらなかった。ずっと変わらず誰かに微笑みを向けていた
「わたくしはあなたに一目会うそれだけのために数多の夜を超えて参りましたから」
「──そう。つまり、はぐらかそうという魂胆なのね」
小さく頷いてからほむらは言い放つ
くるくると一度日傘を回すと首を横に振っていた
「期待に添えない答えになってしまうとは分かっていても心苦しいものですわね」
ぽつり、と少女はそう零していた
「──ねえ悪魔よ」
「……なにかしら?」
「三人が別れ別れになりましてよ?」
ほむらはそれを確認すると口を結ぶ
二人はいつの間にか並んで歩いているだけになっていた
「あなたについては──飛んで火に入ってくれたと、そう捉えるわ」
す、と胸の前で両手を合わせようとする
そんなほむらの様子をただ少女は空虚に見つめていた
「わたくし、加減はしませんわよ?」
目を細め笑顔を張り付けたままのそんな忠告を聞く。ほむらは一瞬、悩むようにして両手を下ろした
「──わたしは、忙しいの」
地面に目をやっていた
そんなほむらの顔を覗き込むように少女は身を屈める
「──あなたにかまけてなんて、いられないの」
「それは……残念ですわね」
少女は言葉通り残念そうに肩を落とす
そんな反応を見て、少し考え込むようにほむらは顎に指を添えていた
「わたしの近くから、離れない。約束できる?」
「それは望むところですわね」
即答されるとは思わず、ほむらは目を見開く
「──なら、それでいいわ。目の届くところにいてね。それだけでも手間が省ける」
これはそういう存在なのだ、として理解をやめることにしつつあった
「けれど……あなたの目、というのは複数存在しますわよね? 全部含まれていると考えても宜しいのでしょうか?」
少女はあれとか、あれとかと空や電柱、塀の上を歩くトカゲを指差していく
そうやって確認されていくにつれてほむらの表情は曇っていった
「あなた、それ本気で言ってる?」
「わたくしが冗談を言ってるように見えますの?」
「そうね。全て冗談のようにしか聞こえないわ」
言い終えてからほむらは再び紅く輝く瞳を見る
不発弾にも似た危うさが無遠慮にぶち撒けられている気味の悪さを感じた
「わたくしは常に本気であなたに──!」
「黙って」
ほむらは少女の言葉を遮り、自らの唇に人差し指を添える
「──魔法少女に、手を出さないこと。それもお願いできる?」
「魔法少女……? 強く輝くあの娘だけではなく?」
「できるの? できないの?」
──これが飲めないのであればこの存在を許すわけにはいかない。口約束にはなるが、それもできないのならそれまでだ
余裕の態度を保つ少女とは違い、ほむらの内心は穏やかではなかった
「ふふ……あなたは本当に奥ゆかしい方ですわね。いいですわよ」
「──なら、それで手を打ちましょう」
少女の真意はその表情からは読み取りにくい
根負けするような呆れたような気持ちにほむらは陥っていた
「つまりはわたくしにそれほど歩み寄って下さるってことですわよね?」
そういうつもりではないのだけど、とこれにほむらは渋面する。今、少女の顔は一番自然に笑みを浮かべている気がした
そんな無邪気そうな顔ですら、恐ろしい。しかし彼女が浮き足立っているのもわかる。その扱いをほむら自身も決めかねていた
「ではではわたくしもなにかお返しして差し上げなくては……!」
上の方に視線をやって少女は珍しく考え込むような仕草を取る
まともな提案になる気はしないが一先ず待ってみることにした
「あなたが特別に輝くあの娘にご執心なのはわたくしもよくわかりました」
「──それは」
「そうなのでしょう?」
む、とした顔をほむらは向ける
少女はどこ吹く風で髪を耳にかけていた
「わたくしが特別に口利きして差し上げましょう!」
「いらないわ。あなたの手なんて必要ない」
天に手を差し出したそんな少女の提案にぴしゃりと即答した
「それならばこちらも横車を押すは愚劣というもの。わかりましたわ」
ハッキリ拒絶してやると腕を組むようにして物知り顔で引き下がる
少女はこんなやり取りでさえ嬉しそうにこなしていた
「そういえば顔が窶れて見えます。きちんと食事をとっているのですか?」
「それは──余計なお世話よ」
ほむらが手のひらで顔を擦る
ああ、ああ。と嘆いて少女はその頬に触れていた
「……折角の美人が台無しでしてよ? 淑女たるもの健康的であらねばなりません」
片手でなぜか歯茎を露出させて眺める。満足そうに頷いていた
ぴしり、とそんな少女の手をほむらは払った
「──それならこき使わせてもらうけれど、いいのかしら?」
「そうしてくださる?」
微笑を浮かべて挑発的な態度を取る
少女もそんなほむらに習って同じような表情を向けていた
「回りくどいやり口は得手としていません。必ずやわたくしをお姉ちゃんと呼ばせて見せましょう」
ふんすとばかりに息巻いてから薄い胸を張る
途中でなんとか少女を巻こうとして足を速めたこともあってそろそろ自宅が見えてきている。気疲れは感じるが問題が大きくならなかったことは及第点としていた