「あがって」
「──独り、暮らしですのね?」
玄関で靴を脱ぐほむらに習い少女も靴を脱ぐ
危うく土足で入られるところだ、とほむらは痛む頭に苦しんだ
「──そうよ。悪い?」
「いいえ。やる気が漲って踊り出したくなってきましたわ!」
少女は日傘はそのままに両手を広げて駆け出す
ほむらはその背を捕まえようと手を伸ばすが捉えきれず空を切った
「失礼は承知の上で言わせて頂きますが……殺風景ですのね?」
「お気に召さない?」
「いえ。むしろ落ち着きますわね」
少女は丁度リビングに位置するところにでて片手で椅子をふかふかとする
その背を追い掛けてほむらは一息つくと対面に座った
「──これ。変わった地図ですわね? 数字はなにを表しているのでしょうか?」
無遠慮に少女はとある地図を拝借していて机の上に片手で器用に伸ばして広げていた
「それは……統計よ。災厄にも似た存在の顕現する時間、場所が正確に書かれている」
「──確信はありましたが、やはりあなたはとても聡明なご様子。感服致しますわ」
ほむらは地図をくるりと回し逆向きにしたりして見ている少女のそんな様子をただただ見つめていた
異物と共に過ごす、静かな時間がただただ流れた
「こんなこと、独学でなさいましたの?」
「……そういえば、そうなるかしら」
未だに地図を片手に眺める少女にほむらは目を細める
顔を見ると必ず笑みを向けてくることそのものが答えのようなそんな気がしていた
「──でもミサイルも、爆薬も、培った経験もあなたには通用しなかった」
「わたくしにミサイル? それは適当ではないでしょうね」
明日の天気を話すような勢いで少女は告げた
ほむらの瞳が揺れる。動揺は隠しきれなかった
「──認めるのね?」
「わたくしは、救済を求めて彷徨うところでした。その事実は覆りません。否定するつもりもありません」
地図を机に置いてから少女もほむらの対面に座る
手持ち無沙汰なのかやはり日傘をくるくるとしていた
「──その顔」
まっすぐと指を差した
顔に注目すると目を合わせてきて眉を顰める
「どうしてわたしの顔を盗んだの?」
「少しでもあなたに近付くためですわよ?」
ほむらは片眉を吊らせる
これはこれであまりにも荒唐無稽な話にも思えてきていた
「……少なくともこれとあなたとは性質が違うようにも見えるのだけれど」
ゆっくりと腕を降ろす。腑に落ちないものがあった
目の前の少女があの災厄であり、呪いの集約だとは到底思えない。正確には要素としては納得はいくのだが、なぜ形だけでも大人しく振る舞えているのかは分からなかった
「やはり蜜より甘いのですのね、悪魔様は」
ほむらは腕を組む。少女はやはり笑みを向けていた
常に穏やかな笑みを向けられている気がしてならなかった。これでは本当にわからなくなってしまう気がしていた
「あえて断言致しますけれどわたくしはお淑やかでいるつもりは御座いませんわよ?」
「──嵐のような存在だってそう言いたいの?」
「わたくしの焦がれるこの思いはあなただけのもの。あとの興味はありはしませんから」
それを告げられるとほむらの顔がより険しくなる
まるで要領を得ていない気がしていた
「──この件についても保留にするべきね。よく分かったわ」
結局会話しているようでいて全部煙に巻いているだけなのだとほむらも分かり始めていた
「飲み込みが早いのも素敵でしてよ」
ワスは日傘をその辺りに放り投げて両手を広げて立ち上がる
ほむらは眉をぴくりとさせながらその背を目で追った
「……この大きなハコはなんですの!?」
「冷蔵庫」
れいぞうこ? と反芻してぴとぴとと扉に触れる
ふぅ、と息を吐いてほむらも立ち上がり少女に、ワルプルギスの夜の背に歩み寄る
冗談みたいなその状況と台所で剥き出しになった包丁を横目に見ていて、無防備なその背と見比べていた。──今なら、殺せるだろうか
「この取手をとると……開く」
「まあ。涼しいですわね!」
そんな愚かなことをすることはない。少なくとも彼女がそれで絶命することなどありはしない
そう思いながらもほむらは頭を半ば冷蔵庫に突っ込んだ天災少女に呆れてもいた
「なにやらなにやら、沢山の縦長の容器が保存されるご様子!? 非常食ですの!?」
「──それは」
紙パックのことを、知らない。ワルプルギスの夜は紀元前から存在するともされるそんな災厄だ。攻略する上で散々書面を漁ったので調べはついている
ほむらは目の前の少女が意外でもなんでもなく古い人間であるかもしれないと思ってはいた
「紙パック。飲み物ね」
一つ取り出して少女がこちらを向いてる隙に冷蔵庫をしめてしまう
頭を挟んでしまってもよかっただろうか、とすら思ったが興味津々な目を見てしまうとその気も失せてくる
「こうして飲むのよ」
ストローを挿し込んでほむらは自ら飲む
──実のところ喉は乾いていて、一パックすぐに飲み干してしまう。そんな様子を少女はただただ眺めていた
「喉が渇いたら使いなさい。自分の分は自分で出してね」
「──まあ素晴らしい! なんと画期的! これがあれば、いつでもどこでも飲み物にありつけるというわけですわね!?」
祈るように両手を組んでから無駄にきらきらとした瞳を向けずいずいと近付いてきた
え、ええ。とあまりの勢いにほむらは後退りしてしまう
「はぁ。わたくしの時代にもこのような魔法の容器がありましたら……あっ。今のは内緒でお願い致しますわね?」
飲み終えた容器をぶん取り得意顔を浮かべながら唇に人差し指をやる
ゴミだと思ったそれを取られるとは思ってなかったため不覚を取ったとほむらは少し歯噛みしていた
「──誰にも言わないわ。そんなこと」
「感謝致しますわ」
片手を出すと空の紙パックを返して来た。変な意思疎通ができて不愉快だったため、これを後ろに投げるようにしてから魔力も使いゴミ箱へ無理矢理いれた
この世界でわたしを脅かすことは、ありえない。その筈だったのだけれど。ほむらは複雑めいた思いを抱いていた
「時に悪魔よ」
「……なにかしら」
んー。とワルプルギス擬きが顎の辺りに指を置いて唸っている
きょろきょろと台所を見物しているようだ
「塩や蜜といった調味料すらないのは、どうしたことなのでしょうか?」
「──わたしは、悪魔である前に魔法少女。人間の食事なんて必要ない」
ええっ、とこれを告げると驚嘆してきた
どうやら気に触ったらしい。少女は両手を腰に当てている
「食事は精神を整える上でとても役に立ちます。決して蔑ろにしてはなりません」
ほむらを指差して珍しくも唇を尖らせている
その言葉はなんだか接敵してから見ても一番説得力がある気がしていた
「……今は外で食べることも出来るのよ」
「その様子では、碌な料理ではないのでしょう?」
口を噤んでしまう。そんなほむらに仕方ないとばかりに肩を竦ませていた
「食材を、買いますわよ」
「──わたしにはその暇すら惜しいわ」
「わたくしとの時間は?」
それは問題が来たから対応に当てているだけ、というのが喉まで出た。さっきから痛いところを的確についてくる
守るべきものも多いほむらとほむらしか興味ないと豪語するワルプルギスの夜。この口論においては勝てる気がまるでして来なかったのも事実だった
「心配なさらないで。無事に買い終えましたらわたくしが腕を振るいましょう!」
「……それ、心配な要素しかないのだけれど」
「こう見えても料理は大の得意ですのよ? きっとあなたを唸らせて見せますわ!」
もうこれは決定なのだろうか、と思いつつも渋々頷く自分が腹立たしくも思った
──こんなのが、ワルプルギスの夜。わたしは、こんなのに今も負け続けているの? 疲れた脳で考え出すと迷宮入りしかねないためいよいよをもって考えるのをやめることとしていた