カゴ片手に両手を広げ駆け出す姉を名乗る厄災を追い掛けて食材や調味料……の種類にいちいち感動を残しながら。支払いをカードで済ませるところまで驚きの連続だったらしく、満面の笑みで荷物を全て持って家路についていた
「それではお野菜を全て入れ込みますわね!」
帰宅するなりなんなりそう言って駆け出すので踵を返す。そろそろ仕事の時間が近付いている
自宅に仕掛けは複数存在するし、ほっといても良いのかという格好の実験機会にもなる。この期を逃すほむらではなかった
自前の星が見守る空間の元で電話が鳴るのを待つ
──着替えは、既に済ませていた。きっと今夜もこの電話は鳴る。その確信があった
──ジリリリリ
あの娘が取る前に、取る。それが絶対だった
『あ、あのトカゲさんですか……?』
「あなたの骨を分けてくださいな」
『えっ?』
「あ」
このタイミングで、自宅に忍ばせておいたトカゲが異常を知らせる
手も使わず厳重な筈の玄関の鍵をこじ開け破壊した。外に出るや両手を広げて地面からその脚が離れて飛ぶ
今はかろうじて飛行した後ろ姿を捉え続けているが──迂闊だった、と頭を抱えていた
「約束を、覚えているわね?」
『は、はい!』
──いや。あえて用意した目の速さに合わせて飛行している?
ドローンに移り変わったその目から随時情報を得る。場合によっては自ら動く必要があるともしながら今にも死にそうなこの娘の命を差し出すのはなんとしても赦せず、折半案として話を早めることとする
「あなたはだけは──」
『わたしだけは──』
「納得できないことを──」
『納得、できないことを』
どんどんどん、とアジトの入口が揺れるのを感じる
一撃一撃がスティンガーを思わせるほどに凄まじい威力だ。とてもではないが、この異常を少女を操作しながらどうにかしてやることは不可能に近い
──選ぶ必要が、あった
「許すな」
『許すな』
それほど迷わず少女を救うことを選ぶ。歯車とともに変形して消え失せる入口はもはや気にしなかった
ただただ少女の手綱だけを握り、操作することに集中していた
──来るなら来い。片手間で終わらせてやる。そうした強がりがほむらを支えていた
「サンドウィッチできちゃいましたわ。絶品なゆえ新鮮な内に口に入れて差し上げますわね!」
「むぐっ!」
浮遊したそいつはこれでもくらえとばかりに手に持つバスケットからレタス、卵、トマトからなるサンドウィッチを口にぶち込む
なんとか咀嚼し、味は悪くないことを知る。若干涙目になりつつ、少女の手綱に集中していた
「まあまあ。食べるか弄ぶかどちらかにしたらよろしいのですのに」
そうやって苦悩してる間、頬に手を添えてこの女はくすくす笑いかけてきた
もしかしたら人の不幸がたまらなく好きなのかもなんて予感も脳裏を過っていた
『すごい……! すごいよ……!』
「ふんふん……なるほどなるほど。電話ごしに操り、間接的に悪しきを罰してやることで爽快感を得させてしまえとそういうことでしょうか? 」
いつの間にほむらの背後に浮いてきたそいつを睨んでいた
手元が忙しすぎる。出来ることはあるが、ワルプルギスの夜に大しての用意とするには心許ない。ここは宥めるのが得策と見ていた
「──あなたのサンドウィッチ、なかなかだったわ」
考えに考えそれしか浮かばぬ自分の無力を痛感しつつそれでもなぜか大人しくなってくれた災厄を好機とばかりに思い、的確に魔獣退治をこなさせることができた
「──悪魔よ。今一度問わせてほしいの」
「……なに?」
仕事が一段落して。片手にはグリーフキューブが集まるハート型の器を持つ
── 一時は、どうなることかと思った。今この瞬間に自分一人が消え失せてもなんら困らないが、それにより誰かが犠牲になることは良しとすることはできない。ほむらは自らが生んだこの矛盾に振り回されている自覚はあった
「言葉を選びませんがよろしいでしょうか?」
「……言って」
またも、荒唐無稽なことを言われるのだろうとそう思った
ある意味でそういう信頼を寄せつつあった
「回りくどい、ですわね?」
「……?」
少女にはっきりと告げられたが、これといってぴんと来ず疑問符で返すしかなくなっていた
「悪魔よ。あなたは奥ゆかしい。そこは素晴らしいことです。そこが尊く……儚く。素敵であると思いますわ。しかし、これは違いますでしょう?」
災厄は手を広げる。やはりいまいち要領を得ていない
ほむらは、そのまま出方を窺うことにした
「そもそも、マモノに似たあれはなんなのでしょう?」
そこからなのかと天井を見上げる。丁度さそり座がオリオン座を刺そうとしているところだった
「魔獣。魔女に変わる、新たな呪いの名」
「── 魔女に、変わる……個体名は?」
首を捻る。魔獣の名前、なんて考えたこともなかった
時間遡行の盾を手放した時にそのようなことがあった気はするが具体的にこれは思い出せない。この状態になってからは夢の内容と交ざることもあり、これは気にしないこととした
「付いてると思う? 人間ではないのよ?」
「……それは。マモノ、ではないのですか?」
にっこりとする。明らかに雰囲気が変わった
──そうこの感じだ。例えば、あの娘が最後に立ち向かったあの瞬間に感じた、または一緒に無理心中してやる気持ちで感じた迫力そのもの。この時、ほむらは全身の震えが止まらなくなった
「……!? だ、大丈夫ですの!?」
「ほ、放っておいて」
あいつが、アイツが目の前にいる。人型をもして。良い娘そうな顔をして。どうして?
絞るように声を出してほむらは胸を抱え蹲る。死人のように冷たい手ながら背中を擦られ複雑な思いを抱える
「──やはり。あのどこぞの馬の骨ともしらない娘に過ぎた力を与えたのでしょう?」
それは覗き込もうとしてやめていた。頻繁に目を逸らすことから目を合わせることになんらかの不調を来すと知られてしまっているらしい
大丈夫ですわよ、とほむらの頭を一撫でした
「──おまえを苦しめるそんなマモノなどわたくしが祓ってしまいますから」
決意めいたものを零して。そいつは嵐のように飛んでいきアジトを後にした
「──退屈」
災厄は欠伸をしていた
「もっと歯応えのある存在かと、そう期待してもいたのですけれど」
ぐしゃ、とドクロが歯車でとんだ
べぎ、とドクロが伸ばした腕がひしゃげて破壊させる
ならばとばかりに群れてみても、刺股が的確に首をはねる
「認めましょう。あなたたちはマモノではないようですわね」
その辺の廃墟を、引っこ抜いて投げつける
自分自身もくるくるくるくると回って
「こんなにも弱く、脆く、愚かだなんて! ああ、これでどれほどまでマルグリートに感謝されてしまうのでしょうか!」
アハ、とそいつは三日月のように口許を歪めて
自分自身を掘削装置のようにしてドクロの顔を貫いていく
「あはははは、あーっははははっ!」
バキバキ、べきべき。廻り廻りながら高笑いする少女の足元にはもはや無数と言えるグリーフキューブが連なることになった
「──なにを、してるの」
翼を持ったほむらが目の前に飛来する
それを確認してようやく災厄は止まった
「蹂躙、でしてよ? 見て見なさい。こんなにも弱く脆い。これでは動く塵芥ですわ! 楽しくなってしまうというもの!」
少女が指差した先歯車が飛来してドクロの顔がそれに轢かれる
──驚きという意味では、なかった。ほむらは息を呑みつつ、笑顔のまま空宙で逆さになっている災厄を正面から見つめた
「十分よ。もうやめて」
「──わたくし、これが蔓延るのはどうにも我慢ならなくてよ?」
そいつは目を見開きとてもではないが正気とは思えない
やむを得ないか、とほむらは災厄を相手する覚悟をきめていた
「……弓?」
「──出し惜しみは、なしでいく」
ほむらが片手を掲げると紫に輝く光が集まり、大弓を模った
ぎりぎり、と引き絞られる弦と輝く矢先を少女は見つめていた
「おお……!」
頬を染めて少し見惚れているような。そんな様子でワルプルギスの夜はいた
幾何学模様をはりめぐらせて空間が振動する。小規模の嵐と魔力とほんの一欠片の愛を矢先に圧縮していっていた
「──これは受け止めねば……なりませんわね?」
対する災厄は片手を正面に翳しただけに止める
未だに空宙で逆位置のまま、髪の毛も重力に逆らわず地面に向かって伸びたままの格好でこれを待っていた
「受け止めきれるのかしら?」
──殺る。ワルプルギスの夜を倒す。ほむらは出来ることならここで問題を片付けてしまいたかった
最後の仕上げとばかりにトカゲの模様が矢先に宿る。空間が、揺れる。間違いなく、今出来る全力を込めた一撃だ
「──どうぞ?」
「……っ!」
本当にこいつは不意に穏やかな顔をする。ほむらは矢先を上に向けてから、放った
どん、とおよそ矢を放った音ではないそれを置き去りにしつつはるか空の上に矢が弾ける
「まあ。直接貫かれるとそう思っていたのですけれども──」
ワルプルギスの夜がそう言って笑いかけてきたその瞬間に、天から矢の雨が降ってくる
「そうね──遠慮なく浴びなさい」
「あ、アハッ……! はは、ふふ……っ!」
ついでに魔獣も一層しながら人型のワルプルギスの夜へ矢の雨を浴びさせる
──グリーフキューブには、当分困らないわね。そんな風に思っていた
「う、ふふ……! ハハハ……!」
両手を広げたままただ耐える。ワルプルギスの夜はプロペラのように回る。盾の代わりに歯車を出すことすらしない
その、笑い声が重なる。ほむらはあるはずもない心の臓を鷲掴みされている錯覚を感じていた
「──あ、あはっ……はは」
そんな無数の矢の雨を全て受け切り災厄は落ちる
地に倒れ、仰向けのまま両手を伸ばしていた
「は、はは……」
ぼろぼろの衣装のまま少女は譫言のように笑う。ほむらはその側に降り立った
「悪く、思わないで」
──原型を保っている。こいつに対して仏心をもつなんてどうかしてた。思っても仕方ないことを考えていた
弓を向けて再び矢を作ろうとする。今度は、当てるとそう思い直していた
「……マル、グリート」
ぽつりとそいつが零す。ほむらは閉口した
「くっ……」
──こいつは、大きな勘違いをしている。わかってしまう部分があった
弓を引く手が、震えた。一度大きく息を吐いてからゆっくりと弓を降ろして霧散させる
「──どうしたものかしらね」
ほむら地面に指を滑らせた。拾える分のグリーフキューブを浮かせて拾い、新たに作ったハート型の器に押し込める
「……」
少し振り返り十字架のような形で倒れてるそいつを確認してから翼をはためかせた
折角作った世界の一角をとことん破壊してのそんな魔獣退治だった