「──はぁ」
壊された鍵や扉を簡単に直してから帰宅する。悪魔形態を解除すると背からトカゲが出てきて走っていった
ちょっとした体の重みを感じる。本当に久方ぶりに弓を使った
「……」
リビングのテーブルの上には皿に綺麗に盛られたサンドウィッチがあった
二人で食べようとしていたのか、二人分皿が置いてある
(本当に、なんなのかしら。あいつ)
思いながら手を洗うと照明がちかちかと明滅し陶器類がかたかたと震えだした
小さく息を吐いてから水を止める。破壊されるのは二度とごめんなので鍵を開けておくことにした
「──やはりお強いのですね、悪魔よ」
扉を開けてやるとそいつは飛び込んできた
両手を広げて浮いている。先程までボロボロだった服は綺麗に直っていた。出鱈目な存在であることを改めて確認した
「──正気を見失わないで」
「それは少し、難しいかも知れません」
珍しくその笑みが陰る。未だに地面から浮いてる少女を真正面から見た
やはり目線を絶妙にそらしてくる。よくそんな細かい配慮ができるとも思う
「靴は脱いでね」
「そ、それは脱いで参ります」
浮遊しながら玄関に引き返していく。ほむらは手をタオルで拭いてテーブルの前に座った
じ、とサンドイッチを見つめてしまう。力を使ったからか結構おなかは空いていた
「──お邪魔しますわね」
ふわふわと浮いたかと思うと地面に脚をついて優雅に歩いている
──ワルプルギスの夜は集合体であるとされている、といったことが脳裏を過った
「あらあら……?」
首を振ってきょろきょろと部屋内に目を走らせる
ほむらはその背をみて立ち上がった。なにを探しているのかはわからないが投げた場所なら知っていた
「これ……しっかりした作りね」
台所辺りで広げてひっくり返っているそれを掴む
日傘。手に持ってみるとわざわざ細かく魔力で作られていることがわかった
「傘が好きなの?」
「──その、わたくしが好きなのはマルグリートですけれど」
そいつは胸の辺りで手を重ねもじもじとしていた
日傘を畳んで差し出す。多分この人は比較的穏やかなのだろう、みたく思っていた
「感謝致します」
包みこむように日傘を受け取る。探し物は見つかったようで大事そうに抱えていた
出鱈目な存在だが人間らしい一面ももつらしい。それは認めつつはあった
「──お腹すいたわね。食べましょ」
「ええ。そう致しましょう!」
日傘を一旦虚空にしまい、両手を広げて台所へ駆け出す。少女は押すと出てくる水に笑みを深めながら手を洗っていた
用意してるタオルではなくハンカチで手を拭うそんな様子をただ眺めた
「実のところ先に食事を済ませてるかと思っていました」
少女はそう言いながら椅子の前に歩み寄りほむらの対面に座る
玄関扉の補修に時間をかけたという話をしようかほむらは少し迷っていた
「──こうして向かい合えると新鮮ですわね」
「……そうね」
こくり、とほむらは頷く
そもそも自宅で人と向き合って食事をとるなど途方もない昔にあったことのようにも思う
「母よ、あなたの慈しみに感謝しこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたくしたちの心と体を支える糧としてください。わたくしたちの主によって。アーメン」
食事の前で両手を組み祈る様にして呟いている
言い淀むことさえもなく、姿形さえ違えば敬虔な聖職者に見えなくもない
「──信心深いのね」
サンドウィッチを両手でもってから話す
ほむらは神に祈ったことはない。元からそういう性分だが、今はそれに加えてあの娘にも失礼な気がしてもいる
「まあ習慣、のようなものですわね」
笑みを向けつつ、フォークとナイフでサンドウィッチを切り分けてから口に運んでいた
そのお行儀が良過ぎる所作が妙に似合ってるようにも見えた
「──還りたいの?」
サンドウィッチを置く。聞きたくもないことを訊ねていた
「どこへ?」
「──あなたは、こことは違うところから来たんでしょう?」
ああ、とこれを告げるとそいつは頷いてくる
少し考え込むように視線を上にやると口を開いていた
「円環の理のことですわね?」
あっさりとその名を言われて口を噤む
ほむらのそんな反応が分かりやすかったのかもしれない。そいつはくすくすと笑っていた
「──アレはもう使い物になりませんわ」
「どういう意味?」
片眉を吊らせる。円環の理になにか異常があるということなら一応聞いておきたくはあった
あの娘の命にも関わるかもしれない。そう思えば意識せざるを得なかった
「そのままの意味でしてよ? ある日突然、お人形のようになってしまいましたから」
少女は肩を竦ませていた
自分が行ったことへの罪悪感が、ないわけではなかった
「人形……」
「そう。とてもとても冷たいお人形」
ほむらは息を呑んだ
円環の理から人間の部分だけを剥がした。そうなるのも当然なのかもしれない、とは思った
「一応機能としては残ってはいましたが、わたくしが満足できるものではありませんでしたわね」
機能はしている、と聞いてほむらは少し安心を得ていた
これまでも円環の理に負担をかけないことに関しては意識していたので、これを続ければ良いのだろうと思ってもいた
「……わたしを見つけたのはいつ?」
「あなたのことは、前々から気にはなっていましたわ」
射抜かれるような視線を感じる
ワルプルギスの夜として知っているという意味も含むのなら、それは自分が犯した罪過について知ってるのかとすらほむらは思った
「わたくしにとってのあなたは絶望の終点でもありますから、深く深く感謝してもいます」
少女が向けてくる笑顔はやはり穏やかなままそこにあった
「だから……わたくしが帰る場所はここですわね」
器用にフォークで口に運びながらこれに答えていた
預かり知らないところで深く感謝されている。つまりはそういうことらしい
「未練がないのは、わかったけれど」
──円環の理が機能してないからそれには拘りがない。これにはしかし、腑に落ちない部分があった
「わたしを恨んだりとかは、本当にしてないの?」
耐え難いものもあって多分訊ねても仕方ないことを訊ねてしまっていた
「恨む? どうして……?」
訊ねられてそいつは紅い瞳を丸くしていた
本気であるとわかったようで息を止めていた
「──それだけは、ありえません。断言致しますわ」
笑みを絶やさないままそれを静かに告げる
それで痛む胸にほむらは難儀した
「そう」
空虚な言葉が漏れる。多分嬉しくはなかった
事情を知らないこの少女が理解できなくても仕方がないとも思っていた
「──あなたが終わらせてくれても、それはそれで良いのかも知れないわね。皮肉もきいているし」
ほむらは嘆息するとサンドウィッチを今度こそ持ち上げて口を開く
視線は感じながらも無視してこれに噛み付いた
「──月並みな言葉にはなりますけれど」
そいつはほむらが食べ始めてからフォークとナイフを置いた
「例えば世界全てが敵になったとしても……わたくしだけはおまえの味方でいたいと思ってますわ。マルグリート」
目を伏せた。災厄が悪魔に味方したいと告げ続けている
バカバカしくもあった。しかし、口に広がる優しい味からも真意がわかる
とても惨めにすら思った。こんなことなら、正面から恨んでほしかったと思わなくはなかった
「沢山お食べ? 足りないのでしたら、お代わりも作りますからね」
そいつはほむらが食べるそんな様子を面白くもないだろうに眺めていた
──これでは姉ではなく母なのでは。僅かながら浮かんだその予感を忘れるように食事に集中した