髪をショートに切り揃えたなんとも勝ち気そうな少女、美樹さやかにとってこの日常とは不可解の連続である
「こないださぁ、先生が騙されたって話聞いて本当に肝が冷えたよ〜。あぁほんとにあたしも気を付けなきゃ〜って」
「──先生が? 騙された……? それはなんのことですの?」
昼休み。さやかがそう切り出すと対面に座る仁美に首を捻られる
確か先生は……騙されて詐欺の話を切り出したんじゃ。自分の記憶を疑いだすとそうじゃなかったような気がしてくる
「大きな詐欺グループが捕まったってお話なら、あったよね?」
「ああ。それは本当に良かったお話ですわよね!」
わかりやすく近くにいたまどかからの助け舟があった
髪を纏めている2つのリボンの色がいつの間に赤く変わっているのに、見慣れた光景のように思えてくる
「ああ、それだったかも〜」
包帯で巻かれた首を掻く。騙された先生なんていなかったのか、なんてことを思いながら鞄から弁当を取り出した
「屋上でもいこっか!」
まどかや仁美に笑いかけながら弁当を見せる
二人もそれに頷いたことを確認し、席を引いた
「うーんまどかのお弁当はいつ見てもかわいい感じですなぁ」
「やめてよさやかちゃん。ちょっと恥ずかしいんだから」
さやかが茶化しながら色彩鮮やかな弁当を覗き見る
まどかはピックに刺したミニトマトとチーズを一つつまんで口に運んでいた
「お二人が羨ましいですわ。わたくしのと少し交換致しませんか?」
「おー、きたきた仁美弁当との交換! これがなきゃ昼食やってられないよね!」
あはは、とさやかに合わせるように二人も笑みを作る。その反対側から視線を感じた
──屋上の一角を三人で陣取る丁度対角線のところに二人してちょこんと座って昼食をとっている姉妹がいた
「卵焼きとハンバーグは高レート交換でしょ。仁美?」
「そこはせめてからあげを頂きたいところですけれども……!」
さやかと仁美がわけのわからないせめぎ合いをしている横でまどかが弁当箱と箸を置いて立ち上がった
よせば良いのにと思いながらその背を見守る。さやかはそんな親友の姿を何度となく見ている気がしていた
「まどかさんは姉派なのでしょうか。妹派なのでしょうか……!?」
仁美がそんな実況をつけつつ。向かった先は両方の間だった
ほむらはなにを考えてるかわからない顔でまどかを見上げ、先輩の方は相変わらずにこやかに妹の顔を見ている
恐らく一緒に食べようという旨を言ってるんだろう、と思う。さやかは本当に仕方ない気持ちになっていた
──まどかはいつもそうだ。仲間外れにすることを絶対にしない
顔だけは良いがどう見ても怪しく陰気臭いほむらを好意的に捉えられるのはこの娘しかいないとすら思うことがある
ほむらは弁当を抱えて姉と示し合わせたように一息で立ち上がる
そんな筈はないが双子を思わせるほど似ているようにも思えた。正直、似すぎていてなにか違うような不安になる絵を見てる気分にもなる
──気のせいであってほしい。そう願ってもいた
「先輩とほむらちゃんが一緒に食べよって!」
「えらいぞまどか!」
まどかのためなら道化にだってなれる。会釈してきた二人を横目にさやかは笑いかけていた
「──そこでわたくしが、そうはいくものですかという気持ちを込めてチョークを二本の指で止めたのですわよね!」
「あははっ!」
話題は先輩の授業風景について語られていた
まどかが、大口を開けて笑っている。まあ確かに妹よりは話せるなと思えなくはなかった
「そ、それって見ずして雰囲気だけで掴み取ったということですの!?」
「そうですわよ? わたくしこう見えても反射神経には自信しかありませんの!」
「特技の癖が強すぎますわ!」
仁美ともなんかですわですわ言い合ってウマが合うみたい
言葉がとても丁寧な二人だから同じくらいの家柄なのかなと思わなくはなかったのだけれど、ほむらは別にそうじゃなかったなと思ったりしてさやかは首を捻った
「──その顔。道化を取られて淋しいってところかしら。美樹さやか」
そんなさやかの様子にほむらは隣へ座ってきて仏頂面で指摘してくる
仁美からチョップを受けて白刃取りに失敗しているそんな姉を珍獣を見るようなそんな目で見つめていた
「あれに張り合うのはやめておきなさい?」
「そ、そんなこと考えてもないから」
そんな反応のどこが面白いのか、ライスコロッケを一口しながら微笑みを浮かべていた
やっぱりこいつキライ。さやかは苦手意識を強めていた
「──そういや、あんたがまともな弁当食べてるの初めて見たかも」
「……作ってくれたものは食べるのよ」
ふぅん、とさやかはその弁当を覗いた。ライスコロッケと野菜とエビにチーズ……とてもバランスが良さそうで舌を巻いていた
これはこれで無駄を徹底的にまで削いだこいつらしい弁当にも思えた
「──どうせ、このあと暇よね? 食べ終えたら保健室に来てね」
「あ……っ。う、うん」
三人が盛り上がって話しているとなんだか肩身が狭くなる。その隙にいつもの約束を取り付けられてしまった
ほむらから包帯を巻いてもらわないといけない。さやかはなぜかそう思っていた
「鹿目さん。ちょっと美樹さんを借りるわね」
「あ。う、うん。さやかちゃん、またあとでね」
空になった弁当を包んでから持ってまどかに手を振る
黒髪が揺れるその背を追いかける。ほむらはまどかの方を見ようともしない。なんだかそれが一番腹が立つ気がした
「──最近、変わったことはなかった?」
「変わったことって……無かったとは、思うけど」
そう、とほむらは短く答えた。階段を下り、長い廊下をただただ歩く
「──あ、そうだ。そういえばビュッフェに誘われた」
「ビュッフェ?」
がらがら、と保健室の扉を開かれる
さやかはその中に誘われるように進んだ
「ケーキとかパフェとか用意してくれるんだって。名前は……なんて言ったかな」
ほむらはベッドの縁に座る。今日はベッドにいるはずのさやかが珍しくほむらの前で立っていた
「よく、思い出して?」
「う、うん……」
さやかはほむらの目に吸い込まれる錯覚を得た
よくよく考えてみると、杏子が名前を言ってた気がする
「セルマ」
「──ふぅん」
ほむらは目線を上にやるとすらっとした脚を組んだ
──無駄にスタイルが良い。そんなとこもキライだった
「まどかも誘われたと見てよさそうね」
「う、うん」
なんの確認だろう、と思ったがほむらはかなり難儀しているようにも思った
首を捻り、答えのない答えにいるようなそんな気はした
「──あいつはわたしの足止め……やっぱりそういうことなのかしら」
ぽつり、とほむらはそれを零す
どこか寂しそうにも悲しそうにも映った
「ねぇ美樹さやか」
「な、なによ」
猫なで声みたいなものを発せられて真っ直ぐに見られる。背筋がぞくりとしてまた変なことをされるんじゃないかという悪寒が止まらなかった
──どうしちゃったのよ。ほむらのそんな様子にそう思ってもいた
「──あなたなら鹿目まどかを護れるわね?」
「そりゃそーでしょ!」
「絶対?」
「あったりまえじゃない!」
この答えを得てほむらは満足そうに笑みを深めていた
その顔が本当に穏やかで申し訳なさそうで、ちくりと心が痛んだ
「そうね……言うまでもないけれどいざとなったら巴マミや佐倉杏子を頼りなさい」
「マミさんや杏子も一緒だって! あとなぎさも!」
「あらほんと? それは余程死にたいのかしら……?」
ほむらは目を丸くしてからまた首を捻る。しかし今度はすぐに頷いた
「まあ楽しんでらっしゃい。わたしはもう行くわ」
ほむらはベッドから降りると踵を返す
えっ、とさやかがその背に声を零す
「ほ、ほむら。包帯は!?」
「んー……そのままが良いと思うわ。分断されないという保証もないし。当日はまどかと自分の身だけを考えて頂戴ね」
ほむらはそう言ってつかつかと足早に進んで保健室を後にしてしまった
偉そうになんなの。本当に言葉が足りないやつ。さやかはほむらの釈然としない態度に今日もイライラとしていた