「──良き、方達でしたわね」
「そうでしょう?」
ほむらと少女は二人の背を外まで見送り自宅内に戻る
二人は再び向かい合って立っていた
「──美樹さやか。佐倉杏子。巴マミ。百江なぎさ。この街に存在する魔法少女は、一筋縄でなんかいかないんだから」
「清く負けを認めなさいと、そう仰っしゃりたいのですね?」
少女は片手で髪をかき分けてほむらを見据える
相も変わらず人好きのする笑みを含めていた
「これは勝ち負けのお話ではないと知りなさい。マルグリート」
先端が二つに分かれた長い突起が垂れ下がり、それぞれの先端に鈴らしきものがついた道化を思わせるようなそれを被り、そいつは笑う
一瞬にして道化を思わせる衣装に変身した災厄にほむらは眉をぴくり、とさせた
「なに? やる気なの?」
「おお、恐い……恐いですわ。近頃の若者は血気盛んでなりません」
両手で自分を抱き締め千鳥足のようにたたら踏む
一息ついてから、ほむらも魔法少女に変身する
「──わたくしも、少し見習う必要があるようです」
彼女の手が灯り、光の粒が何かを象る
「誰の領域だと思っているの?」
す、と片手を挙げるとぎょろりとした紅い目が無数に災厄に集中する。針を持つ子供たちがほむらのもとに集まる
硝子が割れてトカゲが一斉に口を開き、その舌を伸ばし。偽街の子供たちは針を投げる
「あら。あらあら……?」
手を貫かれ、太ももを貫かれ。丁度十字を象る形で災厄はその身を捕らわれる
ふん、とほむらは鼻を鳴らしていた
「──ふざけているの? あなたはそんなものじゃないでしょう?」
「──本気も本気ですわよ?」
床に落ちた光を象ったそれが何かに変わる
電話だった。昔ながらの、黒電話だ
「──電話?」
「言ったはずですわよ? わたくしはあくまでもあなたの味方。望むならばあなたの本当の願い、あなたの思い、叶えて差し上げましょう」
そいつは捕らえられたまま電話に目を落とす
じりりり、とその電話が鳴りわたった
「こんなもの……!」
ほむらが駆け出して爪先をそれに向けようとする
ふふっ、とそんな様子を演目を見るような目で笑みを浮かべる魔女がいた
「──よろしいのですか? その電話の先の娘に、爆音を届けることになりますが」
「本当に……あなたはっ!」
爪先を反らして脚を揃える。じりり、とその間もその電話は鳴り続けた
おやおや。とそいつは目を丸くしていてもいた
「娘は余程おまえにご執心な様子。さぁ、手に取って? その受話器を手に取りなさい。さすればわたくしの企みなど朝露にも等しいことを知るでしょう」
「……」
魔女はただただ促す。ほむらはそいつを睨みつけながら屈み、りんと鳴るその受話器を手に取った
『ほむら、ちゃん?』
耳にしてはっとした。瞳が揺れる
目を向けると魔女は捕らわれたままニコニコとしている
「鹿目、さん」
目を瞑る──大丈夫。彼女自身になにか異常があるわけじゃない
ほぼ随時まどかの動向を見守っているだけあって、根拠のある安堵を得ていた
『なんかね、目の前に電話が出てきて……それで気付いたらほむらちゃんに掛けちゃった』
「……そう」
相手が、相手だった。無碍にして切ることはできない
ある意味で一番質の悪いことをされた、とほむらは感じていた
『ほむらちゃん、なにか悩んでるの?』
「えっ」
電話口からでもわかるほど心配されたように問われてわかりやすく目が泳いだ
『悩んでるならなにか力になりたいなってそう思うんだけど。ダメ、かな?』
「わたしは……わたしは、別に」
なにを、悩んでいたんだっけ。なにが、したかったんだっけ。ほむらは鹿目まどかという存在を保つことしか頭にない自分に気が付いた
これは勝手にやったことで、自業自得だと言ってしまえばそれまでではあるのだが
『大丈夫、なの?』
まどかは様子を窺うような慮るような形で訊ねてきた
──この娘は、いつだってそうだ。ほむらは一呼吸落ち着かせてから口を開いた
「──鹿目さん」
ほむらは電話口に語りかけた。愛しいあの娘を呼んだ
「わたしは、大丈夫だよ」
『……そう、なのかな?』
うん、とこれに続ける。ふぅん、とまどかはなんだか探るような声を出していた
『ほむらちゃんはさ、いつもいつも考えてて。解決しようとしてて。すごいなってわたし思うんだ』
「……うん」
まどかの声一つ一つが臓腑の底にすとんと落ちていくようにも思えた
片手が拳になる。少し油断してしまうと、張りぼての強がりが崩壊してしまいそうなそんな感覚にすら陥った
『わたしじゃほむらちゃんの力になれるかわからないけど……でもね、ちょっとでもほむらちゃんの力になれたら嬉しいなってそう思うの』
「──そう、なのね」
『まどか!』
えっ、と告げられた名にほむらは口を開く
『まどかって呼んでよ! ねっ?』
ああ。この娘は本当に──
ほむらは胸元に手をやって握り締める
「ま、どか」
『うん! なぁに? ほむらちゃん!』
歯を食いしばりながらその名を呼んだ。その娘は当たり前のように返事をしてくれた
ほむらを包みこむようにただその声はあった
「お、おお……マルグリート……あなたから素晴らしき愛の放流を感じます……」
紅の双眼からだばーと涙を流すよく分からないのがそういえば磔になっていた
「あらー!?」
ふぅ、と嘆息してトカゲの拘束からは解く。念のため、針で打ち付けたところはそのままにしておいた
そうすると魔女は手を広げたまま倒れることとなった
『大きい音がしたけど、大丈夫?』
「多分、ネズミかしらね。ここも古いから。大したことじゃないわ」
そうなんだ、とまどかはそれで納得してくれたようだ
あっさりと認めてくれてほむらは胸を撫で下ろしていた
「──家族とは、よく話すの?」
『うーん。パパとはよく話すかも! 今日もね菜園で採れた野菜が……あっ、家に家庭菜園があってね! パパがそれをお世話してるの!』
ええ、だとか。うん、だとか。ほむらは曖昧な声でしかそれに返せなかった
まどかはそんな他愛のない日常を楽しそうに語っていた
『弟のタツヤとパパが買い物行くこともあって! そういう時は留守番をすることもあるんだけど。毎日が充実してるなぁってそう感じるの!』
「……そう」
ほむらはただ小さく笑みを作っていた
慈愛も憧憬も入りまざり、何とも言い難い感情になっていた
『ママもママでいつもわたしのこと、褒めてくれたりして。忙しい分ちょっと寂しかったりもするけど、自慢なんだ!』
「……愛されているのね」
本当のことをいうとこれはとうの昔に知っている内容でもあった
しかし、まどかという存在はいつだってそれを言葉にできる。誰よりも強く深い愛に溢れているとほむらは感じていた
『ほむらちゃんは、違うの?』
「──そうね。わたしはあなたとは違うかもしれない」
でもね、とほむらはこれに続けた
「わたしも、理解されたいとは思っている」
円環の理をまどかを貶めてしまったこと。今でもその後悔をしないことがない
それをよりにもよってまどかに理解を得させることはできないとそう思っていた。彼女が自分を恨むことすらあるんじゃないかと感じてもいた
『ええっ、わたしほむらちゃんが理解されないなんてことないと思うな!』
「そう、なのかしら」
妙にあっさりとした返答を聞いてそれを今言うのは卑怯だとも知った
罰は罰として受けるべき。そう覚悟してはいた
『もしも、間違っちゃったらごめんで良いんだよ。大丈夫! その時はわたしも一緒に謝ってあげるからね!』
「……ありがとう。まどか」
それでもその言葉には、救われてしまう自分がいた
この娘を人間に戻せて本当によかったと感じてしまう。それは罪深くも、確かな本心だった
「もう遅いから……切るわね。まどか」
『えっ。う、うん! また明日、学校でね。ほむらちゃん!』
物足りなそうに言い淀むまどかに目を細める
受話器を、置きたくない。ほむらはただ切れるのを待っていた
『──ふふ、切ってないでしょ? ほむらちゃん』
「……そうね、ごめんなさい。本当に切るわ」
『うん! おやすみ! ほむらちゃん!』
ちん、と黒電話の受話器を置く
「くっ……う、っ……!」
膝から床に崩れ、片手で口許を覆う。涙が、止め処なく流れた
なぜ泣いているのか自分でもよくわからなかった
「──良き、お話はできたかしら? マルグリート」
「な、んなの……。ほんと」
「あの見るにも眩しい娘にかかるおまえの術。それをほんの少し弱めてやりました」
「なにを勝手に!」
涙を散らしながら駆け寄って倒れ伏す魔女の首に硝子の破片を突きつける
その行動に意味はないと知っている。そいつはやはり笑みを浮かべていた
「あの娘は、全く抵抗をしませんでした。息吹けば泡沫の如く消えるそんなわたくしの術を全く疑いもせず受け入れ、あなただけを見て……全く、妬けてしまいますわ。これでは犬でも食いません」
「……っ」
ほむらは唇を噛んだ。正直、どんなことをされるよりも効いたとすら思う
硝子の破片を持つ手が震えていた
「──限りなく本音に近い言葉を引き出せたと自負してもおります」
「馬鹿言わないで。あの娘が。まどかが、わたしを……よく思うはずがない」
「──愛する者の言葉すら嘘やまやかしである、と?」
魔女の震えた瞳が今はわかる
良かれと思ってやったことなのだ、と理解するには十分ではあった
「──憐れな。やはりおまえは己の本心を醜いと包み隠すのですね」
「本心……?」
そいつはゆっくりと息を吐く
どこか遠くを見るようなそんな目をしていた
「後悔しているのなら、還して差し上げなさい。そうでないのなら、手に入れなさい。あなたは……それで壊れてしまわないのが、奇跡的ですらあるというのに。わたくしは、心苦しくてなりません」
「──それで結構。わたしは、わたし自身を赦さない」
硝子の破片を投げて立ち上がった
刺さった針の一本に手をかけた
「そして今はあなたのことも、知りたいとも思う」
「──よろしいのですか?」
ほむらは魔女の手や腕、太腿や足先に刺さる計4本の大きな針を抜いていった
「どうせこれは、あなたを封じるには心許ないもの」
「ふふ、ではそういうことに致しましょうか」
抜けていく針を眉根一つ表情一つも変えずに眺める
本当にこいつはなんなのだろう、とほむらは改めて考えてもいた