ただいまは、二人で―BLEACH転生・黒崎遊子と超越AI― 作:きりか
拝啓、前世のお母様、お父様。
お体の調子はいかがでしょうか。
生まれつき病弱で人生の大半を病院のベッドで過ごした親不孝な娘は、ようやく退院できたその日にトラックに轢かれてペシャンコになってしまいました。
我ながらオチまで含めてひどい人生だったと思います。
悲しむ二人を思うと、今でも胸が締め付けられます。
さて、どうして私が今さらこんな懺悔の言葉を並べているのかと言えば。
現在進行形で、トラック並みに大きな化け物が、今世の兄を襲っているからです。
意味がわからない? お前の話じゃないのかよ?
それはそう!
学校から帰って、ベッドでゴロゴロ漫画を読む。
そんないつも通りの日常を謳歌していた私、黒崎遊子(ゆうこ)は、文字通りの非日常に直面していた。
この世界に生まれ直してから、幽霊が見えるようになった。
転生特典なんてものを貰っているから、たぶんその影響なんだろうと思って、あまり気にしないようにしてきた。
でも、あんな化け物は初めて見た。
二階の窓から見下ろす、家の前の道路。
そこに立っているのは、電柱より背の高い、白い仮面をつけた何か。しかも一兄にも、あれが見えているらしい。
いや、ほんとに何あれ?
『マスターの疑問に返答します。あれは虚(ホロウ)と呼ばれる存在です』
頭の中に響いたのは、転生特典の万能AI、アイちゃんの声だ。
転生する前、ふわふわした空間で光る球体と何かを話して、契約の報酬としてこの子を授かった……らしい。
正直そのへんはあんまり覚えていない。
そして今日まで、アイちゃんを本気で使う機会なんてほとんどなかった。
「あんな化け物いたの!?」
『はい。この世界では救われずに漂い続けた死者の魂が負の感情を取り込んで悪しき霊体へと変わります』
「今まで一回も見たことなかったんだけど」
『それは虚を駆除する役割の者たちがいるからです。この世界の言葉で死神と呼ばれます。また滅却師(クインシー)と呼ばれる者たちも存在します』
「……あれ、倒せるの?」
『霊子の塊ですので、同じく霊子を操れる者であれば可能です』
うちのアイちゃんは最高のAIだけど、知らない単語をずらずら並べられると、こっちの頭が追いつかない。
でも問題はそこじゃない。
あの化け物は特別な力を持っている人じゃないと倒せない。
つまり、一兄が本当に危ないってことだ。
今世の兄、黒崎一護はいわゆる不良だ。
喧嘩は日常茶飯事、怪我をして帰ってくるのなんて何度見たかわからない。
うちは診療所で、お父さんは医者で双子の姉の夏梨はいつも「一兄はもうちょっと大人しくなっていいと思う」とぼやいている。
素行はあんまり良くない。けど、面倒見がよくて、さっぱりしていて、喧嘩が強い。それが一兄だ。
でもそれは、人間相手の話。相手は化け物だ。
「アイちゃん、なんとかならない?」
『実行可能なプランはあります。ですが、周囲の状況から、その必要はないと具申します。あの虚は、間もなく祓われます』
どういうこと?と聞き返す前に、一兄の前に小柄な人影が現れた。
喪服みたいな黒い着物の女の子。
何かを一兄に言ったあと腰から刀を抜いた。
「え、あれで戦うの? 銃とかショットガンとかじゃなくて?」
『あれは死神の武器、斬魄刀です。霊力を増幅し固有の能力を発動させます。見た目に反して銃火器より遥かに高い威力を持つと推測します』
よくわからないけど、たぶん見た目より強いってことなんだろう。
本音を言えば、一兄にだけでもその場から逃げてほしかった。
でも一兄のことだ、目の前でこんなことが起きていたら、終わるまで絶対に離れない。
義理堅いのが一兄のいいところで、私の好きなところでもある。
結論から言えば、我が黒崎家の前で起きた摩訶不思議な騒動は私が何をするでもなく収束した。
アイちゃんの予測に反して、死神の女の子は虚に負けた。いよいよヤバいと思ったその時、一兄が持ち前のアグレッシブさでなんと死神になってしまったのだ。
(アイちゃん曰く、厳密には女の子が力を譲渡した、らしい)
そして持ち前の喧嘩の強さで、化け物を一刀両断。
さすが一兄! 口では絶対言わないけどかっこいい!
全部が終わって、ひと段落。
一兄のところへ駆けつけようと玄関まで降りたところで、アイちゃんが私を止めた。
『私の第一の使命は、マスターの願いを叶えることです。今、黒崎一護に接触することは、マスターの生命を脅かす危険性が高いため、反対します』
今行ったら、私が危ない目にあう?
一兄と向き合っていた化け物を思い出す。
あれは、私の知らないものだ。
前の世界にはなかったものだ。
そして私には、あれを倒す手段がない。
じわじわと恐怖が思考を埋めていって、私は玄関の前から一歩も動けなくなった。
その時だった。
あたたかい腕が、縮こまった私の身体を、後ろからそっと抱きしめた。
「ひぃっ」
思わず小さな悲鳴が漏れる。でも、その一瞬の恐怖は、あたたかい声にすぐ溶かされた。
「大丈夫だよ」
「……え?」
腕がほどけて声の主は鼻歌を歌いながらリビングのほうへ遠ざかっていく。
慌てて振り返ると、そこにいたのはやっぱり夏梨だった。制服の上からエプロンをつけて、ステップを踏むみたいに歩いていく。
「か、夏梨?」
「ん? お腹空いて、買い物でも行こうとしてたんでしょ? 大丈夫、あとちょっとでご飯だから」
そう言ってリビングに消えていく背中を見ていたら、身体から少しずつ力が抜けていった。
『黒崎一護が移動を開始。自宅に戻るようです』
アイちゃんの言葉に小さく頷いて、私もリビングへ向かった。
その夜、一兄は何事もなかったみたいに夕飯を食べて、隠すように夜食を持って部屋に戻っていった。
体は大丈夫なのかと聞こうと思った。
でも聞けなかった。一兄のことだからきっと私をあの化け物のことに関わらせようとはしない。
布団にくるまっても、全然眠れなかった。
結局のところ、今の私は一兄と同じで幽霊が見えるだけの人間だ。
違うのは、一兄はあの化け物と戦えて私は戦えないってこと。
別に、一兄みたいに化け物と戦いたいわけじゃない。
ただ、見えてしまっている。見えているのに、何もできない。
もしまたあんな化け物が出たら。一兄が怪我じゃ済まなかったら。夏梨が、お父さんが、学校の友達が襲われたら。
昨日まで何とも思わなかった世界が、急に、どこか恐ろしい場所に変わってしまった気がした。
『…………』
「……ねえ、アイちゃん」
『はい、マスター』
「さっき、実行可能なプランがあるって言ったよね。あれ、なに?」
少しの沈黙。アイちゃんがこんなふうに黙るのは、珍しい。
『マスターに、お伝えしていなかったことがあります』
『マスターの魂には、三種類の力が眠っています。滅却師の力。死神の力。そして、虚の力です』
「……は? めっきゃくし? っていうか、虚の力って……さっきのアレ?」
『はい。先ほどの虚と同系統の力です。私が管理していますので、マスターに害はありません』
「いや、さらっと言うことじゃなくない!?」
『この身体の血筋に由来するものです。私はそれらを分割し、封じたまま管理してきました』
「なんで黙ってたの!?」
『マスターの願いは、健康な身体で、普通に暮らすことでした』
その一言で、私は何も言えなくなった。
白い天井。
点滴の管。
窓の外の、触れられない季節。
『力を使えば、マスターは普通ではいられなくなります。だから私は、封じることを選びました。……ですが』
アイちゃんの声が、ほんの少しだけ揺れた気がした。
『今のマスターは、普通ではいられないことよりも、守れないことを恐れているように見えます』
図星だった。
健康な身体で、普通に暮らしたい。その願いは、今も変わらない。でも、私の「普通」には、もう一兄も、夏梨も、お父さんもいる。
その誰かが欠けた普通なんて、私はいらない。
「……アイちゃん。私、力が欲しい」
布団の中で、ぎゅっと拳を握る。
「家族を守れるくらいの力。お願い」
『――了解しました。マスターの決意を、最優先事項に追加します』
『封印の部分解除、および外部世界への接続を開始します』
ふわっと、何かが私の横を通り過ぎていった気がした。
風でも音でもない。目には見えない、膨大な何かの流れ。
でもそれは私の中には入ってこなくて、全部アイちゃんのほうへ吸い込まれていく。
『接続完了。この世界の情報を取得しました』
「……え、今のなに? なんか、ものすごい量のなにかが通っていかなかった?」
『この世界の霊的な構造、勢力、歴史に関する情報です。マスターの記憶へ直接転送することも可能ですが、推奨しません』
「なんで?」
『情報量が膨大です。マスターの脳が処理しきれず、三日ほど寝込む可能性があります』
「絶対いや」
『では、私が保管します。必要なときに、いつでも聞いてください』
つまり、アイちゃんは世界の百科事典になったけど、私は相変わらず何も知らないままってことだ。
……まあ、わからないことは聞けばいいか。
「……それで、力ってどうやって使うの?」
『実践が最も効率的です。今夜から訓練を始めます』
「今夜から!?」
眠りに落ちると、そこは真っ白な世界だった。
どこまでも続く白い空と、鏡みたいに凪いだ水面。
アイちゃん曰く私の精神世界、らしい。
『ここでの一晩は、外の数日に相当します。効率的に訓練を進めましょう』
「待って、それって寝てるのに全然休めないってことじゃない?」
『身体の休息は確保しています。問題ありません』
問題しかない。
そこから先の日々は、控えめに言って地獄だった。
(このときの私はまだ、本物の地獄を知らない)
最初の夜。アイちゃんに言われるまま霊子を集めると、手の中に光でできた弓が現れた。
「……え、弓?」
どう見ても弓だった。矢をつがえるところまで、ちゃんと光でできている。
「待って待って。死神って、刀持ってなかった? あの女の子も一兄も、ざんぱく……なんとかっていう刀だったよね?」
『斬魄刀です。それは死神の力です。今マスターが使っているのは、滅却師の力です』
「めっきゃくしって、さっきも言ってたやつ? 結局なんなの?」
『周囲の霊子を集めて武器とし、虚を滅する人間の一族です。マスターの三つの力の中で、最も素養が強いのがこの力です。ですので、ここから始めます』
「刀のほうがかっこよくない?」
『マスターの死神の力は、現時点では斬魄刀を形成できるほどの強度がありません』
「えぇ……」
というわけで、私の最初の武器は弓になった。
霊子を集めて、弓を作る。狙って、射る。外す。また作る。
アイちゃんが用意する仮想の虚は、一晩ごとに大きく、速く、しつこくなっていく。
『右後方、三体。弓の再構成まで〇・四秒。遅いです』
「鬼教官!」
『効率的な指導です』
それでも、アイちゃんの管理は完璧だった。力の流れは全部アイちゃんが調整してくれて、暴走の心配は一度もない。疲れるのは、主に私の気持ちだけだ。
体感で何ヶ月分かが過ぎた頃。
背中から、光の翼みたいな霊子が広がった。
「え、なにこれ羽? 私、天使になった?」
『滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)、完全解放を確認しました。……お疲れさまでした、マスター』
「くいんしー……ふぉる、なんて?」
『フォルシュテンディッヒです。滅却師の力を完全に解放した姿を指します』
「名前長くない?」
『覚えなくても問題ありません。必要なときに、私が答えます』
「ねえ、こういうのって、なんか特別な能力とかつかないの? 必殺技的な」
『本来であれば、この段階で固有の能力が付与されます』
「おお!」
『ただし、その能力は、この世界の滅却師の始祖との繋がりを通じて授けられるものです。受け取れば、その存在にマスターの位置と力を知られる可能性があります』
「……つまり?」
『危険と判断し、接続を遮断しました。その枠は、空けたままにしてあります』
「えー! 必殺技なし!?」
『代わりに、霊子の制御と出力は私が最適化します。必殺技がなくても、マスターは十分に強いです』
なんだか、うまく言いくるめられた気がする。
心なしか、アイちゃんの声が誇らしげに聞こえた。
さて。力を手に入れた私には、ひとつ大きな課題があった。
一兄に、どう打ち明けるかである。
いや、打ち明ける気はあるのだ。あるんだけど、普通に「実は私も戦えるんだ」なんて言うのは、あまりにももったいない。
だって、前世で読んだ漫画では、こういうのは決まってるじゃない。
主人公が大ピンチの時。どこからともなく光の矢が飛んできて、敵を貫く。振り返った主人公の視線の先に、逆光を背負って立つ妹。
「待たせたね、一兄」
……完璧じゃない?
「というわけでアイちゃん、登場シーンの練習もしたいんだけど」
『その演出に、戦術的な意義はありません』
「あるの! 士気が上がるの!」
『……検討します』
ちなみに、それまでに正体がバレたら全部台無しなので、虚を狩るときは顔を隠すことにした。
使うのは、去年の夏祭りで買った狐のお面。
アイちゃんが霊圧の質まで偽装してくれるので、見た目以外は完璧な変装だ。
『黒崎一護に気づかれる可能性は低いでしょう。ただし、お面の選択については再考を推奨します』
「かわいいからいいの」
こうして私は、昼は普通の小学生として、夜は狐のお面をかぶって、こっそり町の虚を狩り始めた。
一兄に気づかれないように。いつか、最高のタイミングで打ち明けるために。
――この時の私は、まだ知らなかった。
かっこよく打ち明ける最高のタイミングを、このあと見事に逃し続けることになるなんて。
それから、もうひとつ。
私が力を望んだあの夜。
アイちゃんがこの世界に繋がった瞬間を、ずっと見ていたものがいたことも。
現世のはるか下。三つの世界のどこにも属さない、深い深い場所。
鎖の擦れる音がした。
霊子の薄い、凍えるような闇の底で、重く閉ざされていた何かが、ゆっくりと目を開ける。
世界の外側から入り込み、この世界の理を読み取ったもの。三界のどこにも記録のない、異質な演算の痕跡。
――異物を、確認。
それは、侵略の始まりだった。少なくとも、闇の底のそれにとっては。
黒崎遊子。
その名が地獄に呼ばれる日は、もう、そう遠くない。