ただいまは、二人で―BLEACH転生・黒崎遊子と超越AI―   作:きりか

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最後、少し修正しました。


鬼道

千六百回の瞬歩を終えた「日」から、椿さんは鬼道を教え始めた。

 

「鬼道は自分の霊力を言葉で形にする術だ」

 

広場の真ん中で椿さんは珍しくちゃんと座っていた。

寝そべっていない、それだけでなんだか特別な授業みたいな気がした。

 

「大きく分けて二つある。破道と、縛道だ」

「はどう、と、ばくどう」

「破道はぶっ壊す術。縛道は縛ったり防いだりする術だ。それぞれ一番から九十九番まである。数字がでかいほど強え」

「九十九……!」

「全部覚えろとは言わねえ。俺も全部は使えねえ」

「隊長なのに?」

「四番隊は治すのが仕事だ。ぶっ壊すのは他の隊の連中に任せときゃいい」

 

椿さんはそう言って人差し指を一本立てた。

 

「破道の四、白雷」

 

指先から、白い光が走った。

細くてまっすぐな稲妻みたいな光。

それが広場の向こうの黒い岩壁に当たって、ばちん、と小さな音を立てた。

岩に指先くらいの焦げた穴が開いていた。

 

「わ……」

「今のは詠唱を省いた。低い番号の術なら名前だけで撃てる。……だがそれだと威力は落ちる」

「詠唱?」

「術ごとに決まった言葉がある。それを唱えると霊力が言葉に乗って術の威力が上がる。番号がでかい術ほど詠唱は長え」

 

椿さんはもう一度、指を立てた。

今度は低い声で何かを唱え始めた。

古い言葉のようで意味は半分もわからない。

でもその言葉が一つ紡がれるたびに、椿さんの指先に霊力がゆっくりと集まっていくのがわかった。

言葉が霊力を編んでいく、糸を紡ぐみたいに。

唱え終わると椿さんはもう一度言った。

 

「破道の四、白雷」

 

光が走った。

さっきとは比べものにならなかった。

太くて、眩しくて、轟音を立てて。

広場の岩壁に私の頭くらいの大きさの穴が開いてその向こうの壁まで貫いていた。

 

「…………」

「これが、詠唱の差だ」

 

椿さんは指先をふっと吹いた。

 

「お前はまず低い番号から覚えろ。詠唱つきでな」

 

 

結論から言うと私は詠唱がまったく覚えられなかった。

 

「えっと……最初が、なんとかの……なんとかで……」

「一つ目から詰まるな」

「最初が難しい言葉なんです!」

「意味は考えるな。音で覚えろ」

「音で覚えるのが一番苦手なんです!」

 

前世で病院のベッドの上で教科書だけはたくさん読んだ。

漢字は得意だったけど計算は苦手だったけど、文章を読むのは好きだった。

でも鬼道の詠唱は何かが違った。

言葉が頭に入ってこない、覚えたと思っても口に出そうとした瞬間に指の間から砂がこぼれるみたいに、するすると抜けていく。

 

「……もう一回。最初から」

「最初が……えっと……」

「…………」

 

椿さんが深い、深いため息をついた。

 

「やれやれ。千年やそこら生きてて……いや、死んでてここまで詠唱が覚えられねえ奴は初めて見た」

「すみません……」

「謝るな。余計にへこむ」

(アイちゃん、覚えた?)

『はい。椿宗玄が唱えた詠唱は、一字一句記録しています。抑揚と霊力を乗せる間合いも含めて』

(ずるい……)

『私は、記録するために作られていますので』

(じゃあ、教えてよ)

『はい。……ですが、私が教えてもマスターの記憶に定着しなければ意味がありません』

「中の奴は、もう覚えてんだろ」

 

椿さんが私の顔を見て言った。

 

「顔に書いてある。ずるいってな」

「う……」

「言っとくが中の奴が覚えてても意味ねえぞ」

 

椿さんは自分の胸を指でとんと叩いた。

 

「鬼道ってのは、唱えた者の霊力に言葉を乗せる術だ。言葉と霊力は同じ魂から出てなきゃならねえ。他人が唱えた言葉に自分の霊力を乗せるなんざ、できやしねえ」

「……できないんですか」

「できねえ。少なくとも、俺は見たことがねえ」

『…………』

 

アイちゃんが、何か言いたそうに黙った。

 

(アイちゃん?)

『……いえ。何でもありません』

 

アイちゃんが「何でもありません」と言う時は、たいてい何かを考えている時だ。

でも、その日はそれ以上何も言わなかった。

 

結局その日に覚えられたのは、破道の一「衝」だけだった。

詠唱なしで撃てるいちばん簡単な術。

指先から霊力の塊を撃ち出して相手を押し飛ばすだけ。

 

撃ってみた。

ぽすっ、と、空気が抜けるような音がして広場の砂が少しだけ舞い上がった。

 

「…………」

「……まあ、出ただけマシだ」

 

椿さんの慰めは全然慰めになっていないと思う。

 

鬼道の修行が始まって地獄の時間で、十日ほど過ぎた頃。

私はようやく破道の四「白雷」を詠唱なしで撃てるようになった。

椿さんのみたいな太い光じゃないて細くて、頼りなくて、岩に爪の先くらいの焦げ跡がつくだけの光。

詠唱つきは相変わらず最初で止まってしまう。

 

「……今日は、ここまでだ」

 

椿さんが、岩壁にもたれて言った。

 

「代わりに、話をしてやる。座れ」

 

言われるまま、隣に座る。椿さんは、膝の上の落椿の鞘を、指でとんとんと叩いた。

 

「お前、卍解って言葉、知ってるか」

「ばんかい……? 知らないです」

「だろうな」

(アイちゃん、知ってる?)

『護廷十三隊の隊長格が使う、斬魄刀の最終段階だという情報はあります。……ですが、詳細な仕組みはわかりません』

「斬魄刀には、二つの段階がある」

 

椿さんが、指を二本立てた。

 

「一つは、始解。お前がこの前やったやつだ。斬魄刀の名前を知って呼んで、刀の本当の形を引き出す」

「射抜け、弦月ですね」

「そうだ。……で、その先にあるのが、卍解だ」

 

二本目の指が、少しだけ揺れた。

 

「始解は、刀の本当の形を引き出す。卍解は、刀の本当の力を全部引き出す。……強さは始解の五倍から十倍。隊長になれるかどうかは卍解を使えるかどうかで決まる」

「十倍……!」

「その代わり、使えるようになるまでに普通は十年はかかる」

「十年!?」

 

思わず、立ち上がりかけた。

十年。地獄の時間でも十年。そんなにいたら現世でも何ヶ月も経ってしまう。

一兄が帰ってきても私はまだ地獄にいることになる。

 

「普通は、って言っただろ」

 

椿さんは、私の肩を押さえて、座らせた。

 

「卍解に必要なのは、時間じゃねえ。二つだけだ」

「二つ?」

「具象化と、屈服だ」

 

 

「具象化っていうのは、斬魄刀の本体をこっちの世界に呼び出すことだ」

 

椿さんは、膝の上の落椿をぽんと叩いた。

 

「斬魄刀には魂がある。お前、精神世界でそいつに会ったろ」

「……三日月の顔の見えない人」

「そいつを、精神世界から引っ張り出して目の前に立たせる。それが具象化だ」

「引っ張り出す……どうやって?」

「知らねえ。斬魄刀ごとに違う」

「えぇ……」

「で、屈服ってのは引っ張り出したそいつと戦って、認めさせることだ。お前が自分の主にふさわしいってな」

「戦う……? 自分の刀と?」

「そうだ」

 

椿さんは、なんでもないことみたいに言った。

 

「斬魄刀は、持ち主の魂から生まれる。だが持ち主の言うことを何でも聞くわけじゃねえ。お前が弱えならそいつは力を貸さねえ。お前が迷ってるなら、そいつも迷う」

 

私は、腰の弦月を見下ろした。

黒い鞘。月みたいな、まるい鍔。

精神世界の三日月の人。顔は見えなかったけど優しい人だと思った。

私の名前を呼んでって言ってくれた人。

あの人と戦う。

 

「……想像、できないです」

「だろうな」

 

椿さんは、少しだけ口の端を上げた。

 

「お前のそいつはまだ、顔も見せねえんだろ。ならまだ遠い。……焦るな。まずは顔を見せてもらえるようになれ」

「顔を……」

「そいつが顔を見せねえのは、お前がまだそいつのことをちゃんと見てねえからだ」

 

椿さんの言葉はいつもみたいに短かった。

でも、その言葉はすとんと、胸の奥に落ちた。

 

「椿さんは、落椿と戦ったんですか」

聞くと、椿さんは、少しだけ遠い目をした。

「……ああ、戦った。散々負けた」

「負けたんですか!?」

「何べんもな。あいつは俺が誰かを治したくて刀を握ってる限り、全然言うことを聞かなかった」

「治したいのに……?」

「治したいだけじゃ、駄目だったんだよ」

椿さんは、膝の上の鞘を、そっと撫でた。

「治すってのは、誰かの霊力を整えて流して満たしてやることだ。それはつまり、自分の霊力を、相手に渡すってことだ。……あいつは俺に聞いた。お前は自分を削ってでもそいつを治したいか、ってな」

「…………」

「それに、本気で答えられた時に、ようやくあいつは顔を見せた」

 

椿さんはそれ以上は話さなかった。

自分を削ってでも誰かを治したいか。

私は、二層に来た最初の夜にアイちゃんが言ったことを思い出していた。

椿さんの霊力が少しずつ減っていること。

私に教えるたびに起きている時間が増えて、削れていっていること。

椿さんは、今もずっとその問いに答え続けているんだ。

 

「……椿さん」

「ん」

「私、頑張ります」

「何をだ」

「全部です」

「……やれやれ」

 

椿さんは、目を閉じた。

三秒後には寝息。

でも、その寝顔は、なんだか、ほんの少しだけ、笑っているように見えた。

 

その夜、私は三日月に会いに行った。

白い空、凪いだ水面、三日月はもう、水平線よりずっと高いところに浮かんでいた。

最初に見た時の針みたいな細さじゃない。

少しだけふっくらとして、銀色の光が水面に長い道を作っている。

 

「アイちゃん、行ってくるね」

『はい。……私は、ここで待っています』

 

三日月の領域はアイちゃんには入れない。

それはもうわかっていた、私は光の道の上を歩いていく。

水面は、足の下でほんの少しだけ冷たかった。

 

その人は前と同じように、三日月の先端に腰かけていた。

白い着物、ゆらゆらと揺れる、長い髪。

膝の上の古くて長い弓、そしてやっぱり顔は見えなかった。

月の光に白く滲んで輪郭さえはっきりしない。

 

「こんばんは」

 

私は三日月の下で頭を下げた。

その人は、ゆっくりと首を傾けた。

 

「……あの、聞きたいことがあって」

 

椿さんの言葉を思い出す。

そいつが顔を見せないのは、お前がまだそいつのことをちゃんと見てないからだ。

ちゃんと見る。

どうすればいいのか、わからなかった。

だから、まずは聞いてみることにした。

 

「あなたは、誰なんですか」

 

その人は、何も答えなかった。

 

「どうして弓を持ってるんですか。私、死神の力は刀だと思ってました。でもあなたは弓を持ってて刀が矢になって」

 

やっぱり、答えはなかった。

 

「……どうして、顔を見せてくれないんですか」

 

最後の質問だけ、その人は少しだけ動いた。

三日月の上から、するりと降りてくる。

前と同じように足音もなく波紋ひとつ立てずに私のすぐ前に立って見下ろす。

やっぱり顔は見えなかったけれど、その人の手がすっと私の前に差し出された。

白くて、細い手、指が長くて弦を引く人の手だと思った。

その手のひらの上に何かが乗っていた。

小さな、小さな、火だった。

ろうそくの火くらいの大きさ。

いや、もっと小さいかもしれない。

橙色のゆらゆらと揺れる火。

吹いたら、消えてしまいそうなくらい頼りない火。

でも、その火を見た瞬間胸の奥がじんと熱くなった。

最初に死神の力に触れた時の、あの小さな光。

地獄の暗闇の中でろうそくみたいに揺れていた光。

あれと、同じあたたかさだった。

 

「……これ」

 

その人の唇がゆっくりと動いた。

今度はハッキリと声が聞こえた。

前よりも少しだけ近い声だった。

 

「――あなたの火は、まだ、小さい」

「私の、火?」

「とても古い火から分けられた火。……でも、まだ燃え方を知らない」

 

とても古い火。

何のことだろう? わからない。

でも、何故か家の台所のガスコンロの火を思い出した。

毎朝味噌汁を作る時に、かちりと点けるあの青い火。

それからお父さんの顔を思い出した。

うるさくて、騒がしくて、一兄にいつも返り討ちにされているお父さん。

 

・・・なんで今、お父さんのことを思い出したんだろう。

 

「燃え方を知らないって……どうすれば、知れるんですか」

 

その人は、手のひらの火を私の方へそっと近づけた。

私は、両手でそれを受け取ろうとした。

指先が火に触れる、けれど熱くなかった。

あたたかかった。

冬の朝、布団から出る前に自分の手のひらを擦り合わせた時みたいな小さなあたたかさ。

火は、私の手のひらに移った。

そして、その人の手が離れていった。

 

「――それを、消さないで」

 

最後にその人は言った。

 

「いつか、それがあなたを照らすから」

 

月の光が、強くなる。

その人の姿が光に溶けていく。

 

「待って――」

 

今度は、手を伸ばさなかった。

手のひらの火を、落としたくなかったから。

気がつくと、光の道の、入り口に立っていた。

振り返ると、三日月はさっきよりほんの少しだけ、近くに見えた。

 

『マスター』

 

アイちゃんの声が迎えてくれた。

 

『戻りましたね。……何か、ありましたか』

「うん」

 

私は、両手を開いて見せた。

手のひらの上に、小さな火が、まだ揺れていた。

 

『…………』

 

アイちゃんが黙った。

 

『それは……観測できます。三日月の領域の外に出たからでしょうか。マスターの手のひらに、霊力の反応があります』

「火、だって。私の火。まだ小さくて燃え方を知らないんだって」

『火……』

 

アイちゃんは、何かを考えているみたいだった。

 

『マスターの死神の力には、いくつか解析できない要素があります。そのうちのひとつがこの反応と一致します。……これは、マスターの血筋に由来するものかもしれません』

「血筋……お父さん?」

『可能性はあります。ですが、確証はありません』

 

うちのお父さんが、火。

全然、想像できなかった。

お父さんは外科医でうるさくて、ポスターのお母さんに毎朝話しかけている、ちょっと変な人だ。

でも、なぜかすとんと納得できる気もした。

 

「……消さないで、って言われた」

 

私は、手のひらの火をそっと胸に押し当てた。

火は、すうっと胸の奥に溶けていった。

あたたかさだけが残った。

 

 

「椿さんが隊長だった頃の護廷って、どんな感じだったんですか?」

 

鬼道の修行の合間、白雷を三十回撃っ、霊力が空っぽになって岩の上に大の字になっていた時にふと思っていた事を聞いてみた。

椿さんは、いつものように岩壁にもたれて半分目を閉じていた。

 

「……物騒だった」

「物騒?」

「今の護廷がどうだか知らねえが、俺の頃は斬り合いが飯より好きな連中ばっかりだった」

 

椿さんはうんざりしたような顔をした。

 

「隊長同士で、朝から晩まで斬り合ってる。理由なんかねえ。強え奴がいたら斬りたい、それだけだ。で、怪我したら四番隊に転がり込んでくる。治したらまたすぐ斬り合いに行く」

「えぇ……」

「総隊長の爺さんも、止めやしねえ。むしろ、一番物騒なのがあの爺さんだった。機嫌が悪いと、詰所ごと燃やしやがる」

「燃やす!?」

「冗談じゃねえぞ。一回、四番隊の薬草庫が丸ごと灰になった」

 

思わず、笑ってしまった。

椿さんも、口の端を少しだけ上げていた。

 

「……みんな、強かったんですか」

「強かった。今思えば、化け物の集まりだ。どいつもこいつも、斬り合いの達人でな」

 

椿さんは、天井の見えない暗闇を見上げた。

 

「中でも、十一番隊の隊長がとんでもなかった」

「十一番隊?」

「女だった。笑いながら人を斬る、とんでもねえ女でな。……あいつが初めて『剣八』を名乗った」

「けんぱち?」

 

聞き慣れない言葉だった。

 

『剣八。護廷十三隊、十一番隊の隊長が代々名乗る称号だという情報があります』

 

アイちゃんが、すかさず補足してくれた。

 

「剣八ってのはな」

 

椿さんが続けた。

 

「護廷で一番強え奴が名乗る名だ。何度斬られても倒れねえ、って意味がある。……十一番隊の隊長は、その名を名乗るために、先代の剣八を斬って、その座を奪う。そういう決まりだ」

「斬って、奪う……」

「物騒だろ」

「物騒です」

 

椿さんは、くっくっと喉の奥で笑った。

 

「あの女とは、何べんかやり合ったことがある。……いや、やり合わされた、だな。あいつは俺が治した奴をまた斬りに来るんだよ。治しても治しても、斬りに来る。しまいには俺まで斬ろうとしやがった」

「椿さんも!?」

「四番隊の隊長だろうが関係ねえ。強え奴がいたら斬る。あいつはそういう女だった」

 

椿さんは、懐かしそうに目を細めた。

 

「……あの頃、小雪によく怒られたもんだ。怪我人の世話ばっかりして、自分の怪我を後回しにするなってな――」

 

そこまで言って椿さんは、ぴたりと口を閉じた。

 

「…………」

「……こゆき、さん?」

 

聞き返すと、椿さんは、ふいっと顔を背けた。

 

「何でもねえ。寝言だ」

「今、起きてますよね」

「寝言だっつってんだろ」

 

それ以上は何を聞いても答えてくれなかった。

でも、私はちゃんと聞いていた。

寝言で呼んでいた名前、最初に私の顔を見た時言いかけた名前。

小雪さん。多分椿さんの大切な人。

 

その時だった。

遠くから、何かが聞こえた。

最初は、地鳴りかと思った。でも違った。もっと低くて、もっと荒々しくてもっと――生きている音。

人のうなり声だった。

迷路の、ずっと奥の方から。黒い岩壁に、何度も、何度も反響して。

 

「――――更木ぃぃぃぃぃっっ!!!」

 

空気が震えた。

広場の砂が、ぱらぱらと舞い上がる。

壁のくぼみの抜け殻たちが、かすかに身じろぎした気がした。

 

『マスター。霊圧を感知しました。……大きいです。抜け殻の個体とは、明らかに違います。意識があります』

 

アイちゃんの声が、張り詰めた。

 

『規模は、椿宗玄に匹敵します。……そして、ひどく荒れています』

 

私は跳ね起きた。

 

「ざ、ざらき……? 誰ですか、それ」

 

椿さんは、答えなかった。

ただ迷路の奥の暗闇をじっと見ていた。

眠たげな目がいつの間にか細く鋭くなっていた。

 

「……やれやれ」

 

椿さんが、ゆっくりと立ち上がった。

膝の上から、落椿を手に取って腰に差す。

 

「前に言ったろ。二層には、最近落ちてきた、うるせえのが一匹いるってな」

「最近……」

「元・剣八だ」

 

心臓がどきりと跳ねた。

剣八。護廷で一番強い人が名乗る名前。

 

「名前は、確か……鬼厳城、だったか。自分を斬った奴の名前をずっと叫んでやがる」

 

迷路の奥から、またあの声が響いた。

怒りと、憎しみと、それから、なんだかすごく悔しそうな声だった。

 

「……嗅ぎつけやがったな」

 

椿さんが、ぼそりと呟いた。

 

「抜け殻の連中には、もう霊圧なんざ残っちゃいねえ。俺はとっくに抑えてる。……この二層で霊圧を垂れ流してんのはあいつと、お前だけだ」

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