ただいまは、二人で―BLEACH転生・黒崎遊子と超越AI―   作:きりか

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撒き餌の夜

それから一週間、私はだいぶ真面目に虚退治をしていた。

一晩に二体まで。

必ずアイちゃんの索敵を待ってから動く。

一兄の霊圧が近づいたらすぐ撤退。

 

『本日も黒崎一護との接触なし。良い傾向です』

「でしょ。私だって学習するんだから」

 

狐のお面のゴムがゆるくなってきたので、輪ゴムで補強した。

視界の狭さにもだいぶ慣れた。

そんなある夜のことだった。

 

『マスター。北西千二百メートルに、霊子の収束反応があります』

「虚?」

『いいえ。……マスターと同種の反応です』

「同種って」

『滅却師です』

 

思わず霊子の足場の上で立ち止まった。

私以外に、滅却師がいる?

 

ビルの屋上のさらに上、給水塔の陰に身を潜めて、私はそっと下を覗き込んだ。

駐車場の真ん中に男の子が立っていた。

一兄と同じくらいの年で、眼鏡をかけて白い服を着ている。

左手首から下がった十字の形をした飾りが、月明かりにきらりと光った。

その手の中に光の弓があった。

 

「……私と、同じだ」

 

男の子が弦を引く。

放たれた矢は一本じゃなかった。

光の矢が雨みたいに降り注いで、駐車場の虚をあっという間に蜂の巣にしていく。

速くて正確で、しかもすごく綺麗だった。

私の矢よりずっと細くて鋭い。

まるで何年も何年も、毎日同じ動きを繰り返してきたみたいな矢だった。

 

『霊圧の型は、マスターと同系統です。……滅却師です』

「私以外にも、ほんとにいたんだ……」

『年齢は、黒崎一護と同程度と推測します。……そしておそらく、数少ない滅却師の生き残りです』

「生き残り、って……」

 

この前ルキアさんが言っていた言葉を思い出す。

滅却師は、とうの昔に死神によって――。

 

「アイちゃん。前に長くなるって言ってたやつ、今聞いてもいい?」

『はい。手短にまとめます』

 

アイちゃんの声が少しだけ静かになった。

 

『滅却師の矢は、虚の魂を完全に消滅させます。死神の斬魄刀が虚を浄化して尸魂界へ送るのとは違います』

『魂の総量が減り続ければ、現世と尸魂界の均衡が崩れます。それを危惧した死神たちは、約二百年前に滅却師を殲滅しました。生き残りはごくわずかです』

「…………」

 

言葉が出なかった。

殲滅って、皆殺しってことだ。

そしてもうひとつ、もっと怖いことに気づいてしまった。

 

「……ねえ。じゃあ、私が今まで倒した虚も、魂ごと消えちゃったってこと?」

 

あの公園の虚も、河川敷の虚も。

あれも全部、もとは誰かの魂だったのに。

手のひらが急に冷たくなった気がした。

 

『いいえ』

 

アイちゃんはきっぱりと言った。

 

『マスターの矢は私が調整しています。命中の瞬間に虚の霊子を分解して、魂の核だけを周囲へ還元しています。消滅はさせていません』

「……え?」

『マスターの願いは、普通に暮らすことです。均衡を崩して死神に狙われる生き方は、普通ではありません。ですので、最初からそうしています』

「最初から……?」

『はい。お伝えしていませんでした。聞かれなかったので』

「聞かれなかったので、じゃないよ!」

 

思わず大きな声が出そうになって、慌てて口を押さえる。

でも胸の奥で、固まっていた何かがほどけていくのがわかった。

私は誰の魂も消していなかった。

アイちゃんが、知らないうちに守ってくれていたんだ。

 

「……アイちゃん」

『はい』

「ありがと」

『どういたしまして』

 

声はいつも通り平坦だった。

 

下の駐車場では、眼鏡の人が弓を下ろして手首の十字の飾りをそっと握りしめていた。

その横顔は、なんだかすごく寂しそうに見えた。

 

「あの人、ずっと一人で戦ってたのかな」

『可能性は高いです』

 

生き残りはごくわずかで、あの人はたぶんその一人。

そこまで考えて、ふと引っかかった。

 

「……ねえ、アイちゃん。じゃあ、なんで私の中に滅却師の力があるの?」

『以前お伝えした通り、この身体の血筋に由来するものです』

「血筋って、誰の?」

『……わかりません。黒崎家の誰から受け継いだものかは、私には判断できません』

 

アイちゃんにもわからないことだった。

お父さんの顔を思い浮かべる。

うるさくて騒がしくて、毎朝一兄に返り討ちにされているお医者さん。

弓を引いているところなんて、全然想像できない。

お母さんのことは、少しだけ覚えている。

いつも笑っていて、あったかい人だった。

でもお母さんが弓を引いているところは、見たことがない。

命日の夜、アイちゃんは言っていた。

お母さんには、あの虚が見えていたのかもしれないって。

死神に殲滅されたはずの滅却師の力が、どうしてうちにあるんだろう。

わからないことは聞けばいい。

でもこれは、聞いても答えが返ってこないことだった。

 

「……ねえ、私もあの十字のやつ必要だったりする?」

『不要です。あれは霊子を集めるための触媒です。マスターの場合、私がその役割を担っています』

「アイちゃん、触媒だったんだ」

『それ以外の役割も多数担っています』

 

ちょっとだけむっとした声に聞こえたのは、気のせいだろうか。

眼鏡の人がふと顔を上げた。

こっちを見た気がして、私は給水塔の陰に引っ込む。

 

『大丈夫です。気づかれていません』

「よかった……」

 

同じ滅却師で、たぶん一兄と同じくらいの年。

話してみたい気もしたけど、話したらきっと正体がバレる。

 

「……今度にしよう」

『その「今度」は、いつですか』

「今度は今度!」

 

その夜はそれで終わった。

まさか数日後、あの眼鏡の人が町中を巻き込むとんでもないことをしでかすなんて、この時の私は思ってもいなかった。

 

その日は放課後の帰り道から、何かがおかしかった。

空気が重くて、息を吸うと喉の奥がざらつく。

すれ違う人たちは誰も気にしていないのに、私の肌だけがずっとぴりぴりしていた。

 

『マスター。空座町全域で、虚の反応が急増しています』

「急増ってどれくらい?」

『現在二十三。……二十九。三十四。増え続けています』

 

思わず足が止まった。

一晩に二体なんて言ってた私が馬鹿みたいだ。

 

「なんで!?」

『町の中心部で、虚を引き寄せる何かが使われた痕跡があります。そこに残っている霊圧は……駐車場で見た、あの滅却師のものです』

「あの眼鏡の人が!? なんでそんなこと……」

『理由はわかりません。ただ、その直前まで黒崎一護の霊圧がすぐ近くにありました』

「一兄と何かあったってこと……? でも、これじゃ町の人たちが巻き込まれるじゃん!」

『はい。巻き込まれます』

 

アイちゃんの答えはいつも通り事実だけだった。

この前駐車場で見た、あの眼鏡の人の寂しそうな横顔を思い出す。

何か理由があるのかもしれないけど、今はそれどころじゃない。

 

「アイちゃん、家族は!?」

『黒崎一心は診療所にいます。周囲に虚の反応なし。黒崎一護はすでに交戦中です』

『黒崎夏梨は――河川敷のグラウンドです。接近中の虚、一体』

 

心臓がぎゅっと縮んだ。

夏梨は今日、友達とサッカーをするって言っていた。

 

ランドセルを路地裏に放り込んで、パーカーのポケットから狐のお面を引っ張り出す。

輪ゴムで補強したゴムが、こんな時に限って髪に引っかかった。

 

「もうっ!」

『左耳の上です』

「ありがと!」

 

お面をかぶってフードを深く下ろし、地面を蹴る。

霊子の足場を駆け上がって屋根の上へ。

町は見たことのない景色に変わっていた。

電柱の上にもビルの壁にも道路の真ん中にも白い仮面が蠢いていて、普通の人たちには見えないまま、そのすぐ隣を化け物が這い回っている。

 

『進路上に虚、二体。迂回すると到着が四十秒遅れます』

「迂回しない! まっすぐ行く!」

 

走りながら弓を作って引く。

 

『照準、補正済み』

 

放つと、屋根の上の一体が崩れる。

もう一本放つと、電柱に絡みついていたもう一体も霧になって消えた。

止まっている暇なんてない。

河川敷が見えてきた。

グラウンドの隅でサッカーボールが転がっていて、子どもたちが何が起きているのかわからないまま怯えた顔で固まっている。

その中心に夏梨がいた。

夏梨の前に、大きな虚が覆いかぶさろうとしていた。

 

「夏梨っ!」

 

声が出そうになるのを、歯を食いしばって堪える。

弓を引いたけど、角度が悪い。

このまま射ったら夏梨に当たるかもしれない。

 

『射線上に黒崎夏梨。射撃不可』

「じゃあどうすれば――」

 

その時、夏梨と虚の間に大きな背中が割り込んだ。

背の高い、褐色の肌の男の人だった。

一兄よりもずっと大きいその人が、右腕を突き出して虚の一撃を真正面から受け止めていた。

その腕が普通じゃなかった。

黒くて硬そうな、鎧みたいなものに覆われている。

 

(あれ……茶渡さん?)

 

一兄の友達で、何度か家にも来たことがある人だ。

無口で大きくて、でもすごく優しい。

 

『あの右腕から霊圧が発生しています。……霊的な力に目覚めつつあるようです』

 

茶渡さんが虚を押し返して、虚の体がぐらりと夏梨から離れた。

射線が空いた。

 

『今です』

 

言われる前に指を放していた。

光の矢が虚の仮面を貫いて、大きな体が崩れて黒い霧になって消えていく。

グラウンドに静けさが戻った。

 

茶渡さんが、ゆっくりとこちらを振り返った。

土手の上に立つ私を見て、少しだけ目を見開く。

でも何も言わずに、小さく頷いただけだった。

私もお面の下で小さく頭を下げた。

そして、夏梨。

夏梨は茶渡さんの後ろから、まっすぐに私を見上げていた。

怖がっている顔でも、驚いている顔でもなかった。

夏梨はほんの少しだけ口の端を上げた。

 

「――遅いよ」

 

声は出していなかった。

でも唇の動きで、確かにそう言った気がした。

 

「……え?」

『マスター。新たな虚の反応、北に三体。黒崎一護の交戦地点の近くです』

 

アイちゃんの声に引き戻されて、私は慌てて夏梨から目を逸らした。

今のはなんだったんだろう。

見間違い? それとも――。

考えている暇はなかった。

私は踵を返して、北へ向かって地面を蹴った。

背中に夏梨の視線がずっと刺さっている気がした。

 

北へ向かう途中で三体、商店街の上でさらに二体。

射っても射っても虚は湧いてきて、腕がだんだん重くなってきた。

 

『マスター、霊子の消費が増えています。補正で効率は維持していますが、疲労は蓄積します』

「まだいける!」

『まだいける、は、限界の手前で人間が使う言葉です』

「そういうのは知ってなくていいの!」

 

雑居ビルの屋上に降り立った瞬間、真横から光の矢が飛んできた。

 

「わっ!?」

 

反射的に身を引く。

矢は私の目の前を通り過ぎて、背後に迫っていた虚の仮面を射抜いていた。

振り返ると、隣のビルの屋上に白い服の男の子が立っていた。

駐車場で見た、あの眼鏡の人だった。

弓を下ろさないまま、眼鏡の奥からじっと私を見ている。

 

「……今の矢」

 

静かな声だった。

 

「さっき、ここから見えた。君の矢だろう。霊子の集め方が、僕らと同じだ」

私は何も言えなかった。

「君は――滅却師なのか?」

 

その人の視線が私の手首に落ちる。

 

「十字も持たずに、どうやって霊子を集めている。それに、その霊圧の薄さはなんだ。君は、いったい……」

『この滅却師は、マスターに強い関心を持っているようです。会話を続ければ、声から年齢層を推測されます』

(どうしよう、すごい真剣な顔してる……)

 

本当は話してみたかった。

この人がずっと一人で戦ってきたなら、同じ滅却師がもう一人いるって知ったら、少しは嬉しいかもしれない。

でも。

 

(……ごめんなさい)

 

私はぺこりと頭を下げて、全力で逃げた。

 

「なっ、待て!」

後ろでその人が叫んだけど、追ってはこなかった。

ちらりと振り返ると、その人は弓を握ったまま私のほうをじっと見ていた。

その顔は怒っているというより、何かを探しているみたいだった。

 

『黒崎一護の反応、前方二百メートル。交戦中。虚四体に包囲されています』

「一兄が!?」

 

駅前のビルの屋上で、一兄が戦っていた。

大きな刀を振り回して一体、二体と虚を斬り伏せていくけど、相手が多すぎる。

一兄が正面の虚に刀を振り下ろした瞬間、その背後で別の虚が大きく口を開けた。

一兄は気づいていない。

 

(――あ)

 

時間が止まった気がした。

大ピンチの一兄。

背後から迫る敵。

そしてそれを狙える位置にいる私。

これは、これは、まさに。

 

(私が考えてた、最高の登場シーンじゃない!?)

『マスター、射撃を』

(わかってる!)

 

弓を引く。

今までで一番丁寧に、一番綺麗に。

放った矢が一兄の肩の横をすり抜けて、背後の虚の口の中に飛び込んだ。

虚が内側から弾けて消える。

一兄が驚いた顔で振り返った。

 

「……お前」

目が合った。

今度は私が助ける側だ。

月明かりはないけど夕焼けがあって、逆光はばっちり。

 

(いける。今だ。お面を外して、言うんだ。待たせたね、一兄って――)

 

私はお面に手をかけた。

 

「黒崎! 無事か!」

 

隣のビルから、あの眼鏡の人が飛び移ってきた。

 

「石田!?」

 

一兄が、あの人をそう呼んだ。

石田さん。

一兄の知り合いだったんだ。

 

「一護! 大丈夫か!」

 

反対側の階段からルキアさんが駆け上がってきた。

 

「…………」

お面に手をかけたまま、私は固まった。

一兄と石田さんとルキアさん、三人の視線が全部私に集まっている。

 

(……人、多くない?)

『観客は三名です』

(多いよ! 一兄だけに見せるつもりだったのに! しかも石田さん、さっき逃げたばっかりなのに!)

『登場シーンの条件は満たしていますが』

(満たしてない! 観客が多すぎる! それに一兄だけって、アイちゃんと約束したし!)

 

私はお面から手を離して、くるりと背を向けた。

 

「おい、待て! またかよ!」

 

一兄の叫び声を背中に聞きながら、私は全力で空へ駆け上がった。

 

「なんなんだあのちっこいの! 助けといて逃げるか普通!」

「黒崎、あの子と知り合いなのか?」

「知らねえよ!」

「……私も、正体は掴めておらぬ」

 

三人の声がどんどん遠ざかっていく。

『五回目です』

(数えなくていいから!)

 

少し離れたビルの陰で、私は膝に手をついて息を整えた。

顔が熱くて、お面の中が蒸し風呂みたいだ。

 

「……せっかくの、最高のタイミングだったのに」

『はい。最高のタイミングでした』

「追い打ちかけないで……」

『次の機会を待ちましょう』

 

アイちゃんが珍しく慰めるようなことを言った。

でもその声はすぐに硬くなった。

 

『マスター。上空に異常な霊圧の集中を検知』

「え?」

 

顔を上げると、夕焼けの空に亀裂が走っていた。

まるで空そのものがガラスでできていて、そこに大きなひびが入ったみたいに。

ひびはみしみしと音を立てながら、少しずつ広がっていく。

その向こうから、何かとてつもなく大きなものがこちらを覗いていた。

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