ただいまは、二人で―BLEACH転生・黒崎遊子と超越AI―   作:きりか

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黒い迷路

下り坂は思っていたよりずっと長かった。

細くて暗くて、ところどころで岩が崩れて道がなくなっている。

そのたびに椿さんは何も言わずにひょいと飛び越えて私は必死に後を追いかけた。

 

「椿さん、ちょっと、待って……」

「待たねえ。歩きながら覚えろって言っただろ」

「歩くのと覚えるのを、同時にやるのが大変なんです!」

「ガキのくせに、体力ねえな」

「前世……じゃなくて、昔は体が弱かったんです!」

 

危ない。

うっかり前世って言いかけた。

椿さんはちらりとこちらを振り返っただけで何も聞かなかった。

坂を下りるにつれて空気が変わっていった。

一層の肌を焼くような熱さじゃない。

じっとりと重くて、湿っていて、息を吸うたびに肺の奥に鉛を流し込まれるみたいな空気。

そして酷く静かな場所だった。

一層ではどこにいても遠くから罪人たちのうめき声が聞こえていた。

でも坂を下りるほどその声は遠くなって、やがて何も聞こえなくなった。

自分の足音だけが岩に反響している。

 

『霊子の濃度がさらに低下しています。一層の、さらに半分程度です』

(もっと薄くなるの……?)

『はい。弦月の始解で弓を形成する場合、一層よりも時間がかかります。注意してください』

 

坂道の終わりに狭い岩の裂け目があった。

椿さんが体を横にしてそこを抜け私もその後に続いた。

裂け目を抜けた瞬間、目の前が開けた。

 

黒かった。

どこまでも黒い岩が続いていた。

一層みたいな荒野じゃない、黒い岩の壁が何層にも何十層にも重なって入り組んだ迷路を作っている。

壁はどれも見上げるほど高く天井は見えない。

ただずっと上の方が、ぼんやりと赤く濁っている。

その迷路の底を川が流れていた、とても赤い川だった。

溶岩みたいに光ってはいないしもっと暗くてどろりとした赤。

流れる音すらほとんどしない。

 

「……血みたい」

 

思わず呟くと、椿さんが「似たようなもんだ」と言った。

 

「地獄が吸い上げた霊力が、溶けて流れてる。三層に向かってな」

「三層に……?」

「閻魔のところだ。地獄中から吸った霊力は、全部あそこに集まる」

 

赤い川を見下ろす。

これ全部誰かの霊力なんだ。

一層で潰され続けていた罪人たちの。

そして――。

 

「行くぞ。川には近づくな。落ちたらお前の霊力も持ってかれる」

「は、はいっ」

 

迷路の中を椿さんの背中を追って歩いた。

右に曲がって、左に曲がって、また右に。

椿さんは一度も迷わなかった。

まるで何百回も歩いた道みたいに。

そして何度目かの角を曲がった時。

私は足を止めた。

黒い岩の壁にくぼみがあった。

人がひとり座れるくらいの。

 

そこに人が座っていた。

ぼろぼろの黒い着物。

その上に色あせてところどころ破れた白い羽織。

膝の上に一本の刀を横たえている。

椿さんと同じ格好だった。

でも違うところがあった。

その人の目は開いていた。

大きく見開かれたまま、何も見ていなかった。

瞬きもしない、呼吸をしているのかもわからない。

ただ虚ろな目で、迷路の向こうの暗闇をじっと見つめている。

 

「……椿さん、この人」

「抜け殻だ」

 

椿さんは、立ち止まらなかった。振り返りもしなかった。

 

「前に話したろ。霊力を吸い尽くされて自分が誰だったかも忘れた連中だ。……ここから先、ごろごろいる。いちいち立ち止まるな」

 

言われて迷路の先を見た。

壁のくぼみがずっと先まで点々と続いていた。

そのひとつひとつに白い羽織の人が座っていた。

十人、二十人、もっと。

みんな目を開けたまま、みんな何も見ていない。

背中がぞくりとした。

この人たちはみんな昔は隊長だったんだ。

一兄を斬ったあの白い羽織の人みたいに、強くて誰かを守っていて名前があって。

それが今はここで何も見ずに座っている。

 

「……アイちゃん」

『はい』

「この人たちは生きてるの?」

『魂としては、活動しています。……ですが、意識と呼べるものは観測できません』

 

アイちゃんの声が少しだけ低かった。

 

『霊力はほぼ枯渇しています。それでも地獄はわずかに残った霊力をまだ吸い続けています。この迷路全体が、彼らから霊力を吸い上げる仕組みになっているようです』

 

迷路の底の赤い川。

あの川に流れているのはこの人たちの霊力なんだ。

私は前を歩く椿さんのぼろぼろの白い羽織を見た。

椿さんも同じ羽織を着ている。

 

「おい、遅れるな」

「……はい」

 

声が少しだけ掠れた。

 

迷路の中に少しだけ開けた場所があった。

黒い壁に囲まれた小さな広場みたいな場所。

抜け殻の人たちのくぼみもここにはない、椿さんはそこで足を止めた。

 

「ここで少し休む。……ついでに、歩法をやるぞ」

「瞬歩、でしたっけ」

「そうだ。死神の歩法だ。お前の、なんだ、ひれん……」

「飛廉脚です」

「それの死神版だ。見てろ」

 

椿さんは広場の端に立った。

次の瞬間、消えた。

 

「えっ」

 

風が頬を撫でた。

振り返ると椿さんは広場の反対側の端に立ってあくびをしていた。

 

「……今の、何ですか」

「瞬歩だ」

「全然見えなかったんですけど!」

「見えたら、瞬歩じゃねえ」

 

椿さんはまた消え、今度は私のすぐ隣に立っていた。

 

「霊力を足に溜めて、地面を蹴る。蹴った瞬間に溜めた霊力を一気に解き放つ。それだけだ」

「それだけ、って……」

「お前の飛廉脚は、周りの霊子を足場にしてその上を滑るんだろ。瞬歩は違う。自分の霊力で自分を前に撃ち出す。……弓で言や、お前自身が矢になるようなもんだ」

「私が、矢に……」

 

その言い方はなんだか、すごくわかりやすかった。

とはいえわかりやすいのとできるのは全然違った。

一回目、足に霊力を溜めて地面を蹴った。

しかし一歩も進まなかった。

ただその場でぴょんと跳ねただけだった。

 

「…………」

「溜めが足りねえ」

 

二回目。もっと霊力を溜めて蹴った。

体がものすごい勢いで前に吹っ飛んだ。

止まり方がわからなくてそのまま広場の壁に顔から突っ込んだ。

 

「いったぁ……!」

「解き放つのはいい。止めるのを考えてねえ」

「止めるのも考えなきゃいけないんですか!?」

「当たり前だろ。壁に突っ込む瞬歩があるか」

 

椿さんは寝そべり肘をついて私を眺めていた。

完全に見物する体勢だった。

三回、四回、五回。

壁に突っ込んだ、地面に転がった。

一回はあやうく赤い川の方へ飛んでいきそうになり椿さんが襟首をつかんで引き戻してくれた。

 

「……川には近づくなって言ったよな」

「近づきたくて近づいたんじゃないです……」

『マスター』

 

アイちゃんの声がした。

 

『飛廉脚の感覚を思い出してください』

(飛廉脚の?)

『飛廉脚は、霊子の足場の上を滑る技術です。瞬歩とは原理が違います。ですが、移動の感覚、着地の感覚、体の傾け方は、共通する部分があります』

(……そっか)

 

夜の空座町を飛ぶみたいに駆けた夜を思い出す。

屋根から屋根へ、電線を飛び越えて。

あの時私はどうやって止まっていたんだっけ。

――着地する瞬間に足場を少しだけ柔らかくしていた。

 

『補正は、しません』

 

アイちゃんが、静かに言った。

 

『剣の時と同じです。マスターの体で、覚えてください』

(うん)

 

六回目。

足に霊力を溜める。

全部じゃない、半分くらい。

地面を蹴り溜めた霊力を解き放つ。

そうすると体が前に撃ち出された。

景色が線になって後ろへ流れていく。

風が耳元で鳴る感覚。

広場の反対側の壁が、ぐんぐん迫ってくる。

 

――今。

着地する直前に足の裏に残っていた霊力をふわりと広げた。

精神世界で足場を柔らかくした時と同じように。

足が地面についた。

ずざざ、と少し滑って止まった。

壁まであと一歩。

 

「…………」

「…………」

「……でき、た?」

 

振り返ると、椿さんが寝そべったまま片眉を上げていた。

 

「……まあ、瞬歩の真似事くらいにはなったな」

「やったぁ!」

 

思わず両手を上げて飛び跳ねた。

飛び跳ねた拍子にまた霊力が足に溜まってぴょんと変な方向に跳んで転んだ。

 

「…………」

「……今のは、喜びすぎただけです」

「やれやれ」

 

椿さんは小さくため息をついた。

でもその口の端は、少しだけ上がっていた。

 

「真似事でも、瞬歩は瞬歩だ。番人から逃げるくらいなら、使えるだろ。……あとは、千回やれ」

「千回!?」

「足に覚え込ませるには、それくらいいる。俺が寝てる間にやっとけ」

 

そう言って、椿さんは目を閉じた。

 

『二・五秒です。記録を更新しました』

(そこは更新しなくていいよ)

 

私は、立ち上がって、広場の端に戻った。

足に霊力を溜める。半分だけ。

――あと、999回。

 

214回目の瞬歩で、私は、広場から飛び出した。

止まり方を間違えたわけじゃない。ちょっとだけ、霊力を溜めすぎた。体が思ったより遠くまで撃ち出されて広場の出口を抜けて迷路の通路に転がり込んだ。

 

「いたた……」

 

黒い岩の上で尻もちをつく。

顔を上げるとすぐ目の前に壁のくぼみがあった。

そこに抜け殻の人が座っていた。

大きな人だった。

椿さんより頭ひとつ分は大きい、肩幅も広くて白い羽織が窮屈そうに見える。

膝の上には太くて長い刀、目はやっぱり見開かれたままどこも見ていなかった。

 

「ご、ごめんなさい。うるさくして」

 

思わず、頭を下げた。

返事なんて返ってくるはずもないのに。

その時だった。

抜け殻の人の指が動いた。

 

ぴくり、と。膝の上の刀の柄に乗せられた、太い指が。

 

『マスター、離れてください』

 

アイちゃんの声が、鋭くなった。

 

『霊圧が、急上昇しています』

 

離れようとした。でも、それより早く、抜け殻の人が、立ち上がった。

見開かれた目は、相変わらず、何も見ていなかった。私のことも、見ていない。なのに、その体は、まっすぐ私の方を向いていた。

刀が、抜かれた。

音が、しなかった。

気づいた時には、もう、刃が目の前にあった。

 

「――っ!」

 

考えるより先に足が動いていた。

霊力を溜め、蹴り、解き放つ。

瞬歩。

214回も失敗して、転んで、壁にぶつかってそれでも足に覚えさせた動き。

体が横へ撃ち出された。

刃がさっきまで私の首があった場所を薙いでいった。

後ろの黒い岩の壁が紙みたいにすっぱりと斬れていた。

着地して止まる。……止まれた。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

心臓が、口から飛び出しそうだった。

抜け殻の人がゆっくりとこちらへ向き直る。

刀を構え直す。

その構えはすごく綺麗だった。

椿さんに教わった構え、右足を半歩下げて膝を曲げて、重心をお腹の下に落として。

でも私の構えとは比べものにならない。

何千回、何万回と刀を振ってきた人の構えだった。

自分が誰だったかも忘れているのに、体だけが覚えている。

 

『マスター。この個体の構えは椿宗玄に教わったものと同じ型です。ですが練度はマスターとは比較になりません。意識がなくとも、技術は失われていません。……正面からの戦闘は推奨しません』

(わかってる……!)

 

弦月の柄に手をかける。

でも始解するには、弓を作る時間がいる。

霊子がこんなに薄い二層では一層よりもっとかかる。

その時間を、この人がくれるとは思えなかった。

抜け殻の人の足が地面を蹴った。

 

――かん、と。

乾いた音がした。

抜け殻の人の刀が止まっていた、私の目の前ほんの指一本分のところで。

その刃を鞘に収めたままの刀が受け止めていた。

 

「……やれやれ」

 

椿さんだった。

いつの間にここに来たんだろう。

全然見えなかった、ぼさぼさの髪をかき上げながら、片手で抜け殻の人の刃を鞘ごと押さえている。

 

「起こすなって言ったろ」

「お、起こしたつもりは……」

「わかってる。お前じゃねえ。……こいつが、寝ぼけてるだけだ」

 

椿さんは抜け殻の人の顔を見上げた。

そして、静かに言った。

 

「――咲け、『落椿』」

 

鞘がほんの少しだけずれ、そこから椿の花がひとつだけこぼれ落ちた。

赤い花はふわりと宙を漂って、抜け殻の人の肩にそっと止まった。

一層の番人の時みたいに花が次々と咲き広がることはなかった。

肩に止まった一輪だけが、ほのかに優しく光った。

抜け殻の人の腕から力が抜けていく。

刀が下がる。

見開かれていた目が、ほんの少しだけ細くなった。

 

「……ほら。寝てろ」

 

椿さんが子どもを寝かしつけるみたいな声で言った。

抜け殻の人は、ゆっくりとくぼみの中に座り直し刀を膝の上に戻す。

そして、また何も見ていない目で暗闇の向こうを見つめ始めた。

肩の椿がはらりと落ちて消えた。

 

「……吸わなかったんですね。霊力」

 

私が聞くと、椿さんは少しだけ間を置いて答えた。

 

「こいつから吸うもんなんざ、もう、残ってねえよ」

「じゃあ、今のは」

「ちょっとだけ、流してやった。落ち着く程度にな」

 

吸うのも、治すのも、根っこは同じ。

霊力を流す向きが逆なだけ。

椿さんは、自分の霊力をこの人に分けてあげたんだ。

 

「……椿さん、この人のこと、知ってるんですか」

 

椿さんは、すぐには答えなかった。

抜け殻の人の大きな背中を見ていた。

その窮屈そうな、色褪せている白い羽織を。

 

「昔な」

 

ぽつりと言った。

 

「七番隊にいた奴だ。……馬鹿みてえに酒が好きでな。斬り合いで怪我するたびに四番隊の詰所に転がり込んできて、治療の礼だっつって酒瓶を置いていきやがった」

「……」

「俺は飲まねえって、何べん言っても、聞きやしねえ。……変な奴だった」

 

椿さんの声は、いつもと同じだるそうな声だった。

でも、その目はずっと遠くを見ていた。

気の遠くなるほど昔のどこかを。

その時、抜け殻の人の唇がかすかに動いた気がした。

声は聞こえなかった。

でも、その形は何かの名前を呼んでいるようにも見えた。

椿さんは、それに気づいたのか気づかなかったのか。

何も言わずに背を向けた。

 

「戻るぞ。瞬歩の続きだ」

「……はい」

 

椿さんの背中を追いかけながら、私は一度だけ、振り返った。

くぼみの中の大きな人は、もう、ぴくりとも動かなかった。

 

その「夜」、広場の隅で、椿さんは珍しく、すぐには眠らなかった。

岩壁にもたれて、膝の上に落椿を横たえて、天井の見えない暗闇を、ぼんやりと見上げていた。

私は、その隣に座った。千回の瞬歩は、まだ四百回とちょっとしか終わっていない。足が、棒みたいだった。

 

「……椿さん」

「ん」

「聞いても、いいですか」

「聞くだけならな」

 

少しだけ、迷った。

聞かない方がいいのかもしれない。でも、昼間の大きな人の、何も見ていない目が、どうしても頭から離れなかった。

 

「椿さんも、いつか……あの人みたいに、なっちゃうんですか」

 

椿さんは、すぐには答えなかった。

赤く濁った暗闇を、ずっと見上げていた。

 

「……さあな」

 

やがて、ぽつりと言った。

 

「寝てりゃ、当分は大丈夫だ。俺はしぶといって、言ったろ」

「当分って、どれくらいですか」

「さあな」

 

また、同じ答えだった。

 

「ここまで、もったんだ。あと同じくらい、もつかもしれねえ。……明日、もたねえかもしれねえ」

「明日……」

「ここは地獄だ。そういう場所なんだよ」

 

椿さんは、なんでもないことみたいに言った。

それから、ちらりと私の方を見た。

 

「お前が気にすることじゃねえ。お前は、帰ることだけ考えてりゃいい」

「でも――」

「寝ろ。明日も1000回だ」

「まだ400回しか……」

「なら、明日は1600回だな」

「増えてる!」

 

椿さんは、くっくっと喉の奥で笑って、目を閉じた。

今度は三秒より、少しだけ長くかかった。

 

眠りに落ちると、いつもの精神世界だった。

白い空。凪いだ水面。水平線の上には、あの三日月が前より少しだけ高い位置に浮かんでいる。

 

「アイちゃん」

『はい、マスター』

「椿さんのこと、ずっと見てたよね」

 

少しの間があった。

 

『はい。観測を続けています』

「教えて。椿さんの霊力、どうなってるの」

『…………』

 

アイちゃんが、黙った。

最近、アイちゃんが黙る時は、何かを言うかどうか、迷っている時だ。

 

「アイちゃん。お願い」

『……わかりました』

 

アイちゃんの声が、静かに続いた。

 

『椿宗玄の霊力は、一層の洞にいた時と比べて、減少しています』

 

心臓が、どきりとした。

 

『原因は、三つあります。一つ目は、二層の方が、地獄による吸収が強いこと。二つ目は、眠っている時間が、一層の頃より短くなっていること。……マスターの指導のために、起きている時間が増えています』

「…………」

『三つ目は、今日、抜け殻の個体に、自分の霊力を分け与えたことです』

 

水面に、私の顔が映っていた。泣きそうな顔をしていた。

 

「……私の、せい?」

『いいえ。椿宗玄自身の選択です』

 

アイちゃんは、はっきりと言った。

 

『それに、減少の幅はまだ小さいものです。本人の回復力を考えれば、すぐに危険な水準に達することはありません』

「すぐには、ってことは……」

『このまま地獄に留まり続ければ、いずれは。……それは、椿宗玄に限ったことではありません。

この場所にいる、すべての番人に共通することです』

 

明日、もたないかもしれない。

椿さんの言葉が、頭の中で繰り返された。

椿さんは知ってるんだ。

自分の霊力が減っていることも。

私に教えるたびに、少しずつ削れていっていることも。

知ってて、それでも起きて教えてくれている。

 

「……アイちゃん」

『はい』

「私、早く強くなる」

 

水面に映った、泣きそうな自分の顔を、ぎゅっと睨みつけた。

 

「早く強くなって、椿さんが起きてなくてもいいくらいになる。それで、閻魔のところまで行って、扉を抜けて帰る」

『……はい』

「それで、もし扉を抜ける方法があるなら」

 

そこまで言って、言葉が詰まった。

椿さんも、一緒に連れていけたらいいのに。

でも、椿さんは、地獄の番人だ。霊圧が大きすぎて、死んでも尸魂界の輪に還れなかった人だ。扉を抜けて、どこへ行けるんだろう。

わからなかった。

アイちゃんにも、わからないと思った。

 

『マスター』

 

アイちゃんが、静かに言った。

 

『わからないことは、二人で調べるしかない。……一層で、マスターがそう言いました』

「……うん」

『調べましょう。時間はかかるかもしれません。ですが、私はマスターの最優先事項に協力します』

「……ありがと、アイちゃん」

 

水平線の三日月が、ほんの少しだけ、強く光った気がした。

 

目を覚ますと、隣で椿さんがまだ眠っていた。

いつもより、少しだけ深い寝息。

膝の上の落椿の鞘から小さな椿の蕾がひとつだけ顔を出していた。

私は、そっと立ち上がって広場の端に戻った。

足に霊力を溜める。

半分だけ。

――412回目。

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