The PlatinumS 〜魔導師見習いと白金のドラゴン〜 作:岩橋竜也
王立アルカナム魔導高等学院の6大寮の一つ——『アンブラ・ハウス(影月寮)』。
漆黒と深い宵紫を基調とした重厚な古城のような寮舎は、魔法と罠の秘術を修める契霊士(コントラクター)たちの拠点だ。 大霊導水晶での『鑑識の儀』を終えた僕は、自分の割り当てられた部屋に荷物を置き、あまりの広さに小さく息を吐いた。
「『特異生』……か。僕、本当にやっていけるのかな……」
パワーSの計測不能な破壊力と、最低ランクのコントロール力E。 暴走のリスクを抱えた危険物として、周囲の生徒たちからは好奇と畏怖、そして冷ややかな視線を向けられていた。
暗い気持ちで廊下へ出ると、後ろからパタパタと軽やかな足音が近づいてきた。
「ねえ、君がサイキ家のショーゴ君でしょ?」
振り向くと、そこに立っていたのは、宵紫のラインが入った制服を綺麗に着こなした同い年の少女だった。 艶やかな髪を揺らし、親しみやすい笑みを浮かべている。
「あ……うん。ショーゴ・サイキです」 「私はダリア。ダリア・ブラックウッドだよ! 同じアンブラ・ハウスの同級生。よろしくね、ショーゴ君!」
彼女の屈託のない笑顔に、張り詰めていた心がすっと軽くなるのを感じた。
「あの、ダリアちゃんは怖くないの? 僕のこと……『特異生』で、守護霊を制御できてないのに」 「全然! だって、組み分けの時のあの一瞬、君の守護霊(スピリット)……とっても綺麗だったもの。それに、私も高等部からの外部受験組だからさ。周りの雰囲気に気後れしちゃう気持ち、すごくよく分かるよ」
ダリアは優しく胸を張ると、自身の魔導書に手を添えた。 彼女の背後に、黒い三角帽子を被った可憐な魔法使い——生得守護霊《漆黒の魔導姫(ノワール・メイジ)》の幻影がそっと寄り添うように立ち現れる。
「困ったことがあったら何でも聞いてね。アンブラ・ハウスの仲間同士、助け合っていこう!」 「ダリアさん……ありがとう!」
初めてできた同級生の友人に胸を温かくしながら、僕たちは学園の広大な中央食堂へと向かった。
だが、食堂の賑やかさに足を踏み入れた途端、周囲の空気は一変した。
「おい、見ろよ……例の『特異生』だぞ」 「通常守護霊のパワーSなんて、どうせ何かの間違いだろ」 「中等部上がりの内部生たちが、かなり嫌がってるらしいぜ……」
ヒソヒソと交わされる不躾な噂話。僕が思わず身を縮こませた、その時だった。
「——おいおい! 周りのコソコソ言ってる雑音なんて気にしてんじゃねぇぞ、ショーゴ!」
どんと力強く背中を叩かれ、僕は思わず前によろめいた。 振り返ると、そこには赤毛を逆立て、胸元を大きく寛げた熱血漢の少年が立っていた。制服には烈火の象徴——『プロメテ・ハウス(紅蓮寮)』のエンブレムが輝いている。
「お前、組み分けの時のアレ、最高にシびれたぜ! 通常スピリットでパワーSだろ? めちゃくちゃ熱ぇじゃねぇか!」 「え、あ……君は……?」 「俺はジョウジ! ジョウジ・クラバだ! 俺も高等部からの外部生でね。よろしくな、ショーゴ!」
ニカッと白い歯を見せて笑うジョウジ。彼は自慢げに自身の生得守護霊——炎の剣を握りしめた力強い戦士《紅蓮の剣士(ヴァーミリオン・ブレイド)》の幻影を背後に燃え上がらせた。
「初対面でいきなり背中叩くなんて相変わらず乱暴ね、ジョウジ」 「へへっ、ダリアも一緒か! 良いじゃねぇか、外部生同士、今日から俺たちは親友(ダチ)だ!」
強引だがどこか憎めないジョウジの明るさに、僕の心にあった暗雲が吹き飛んでいくようだった。
だが——その穏やかな時間は、静かで冷徹な足音によって打ち破られた。
「——そこまでだ」
低く、規律に満ちた声が食堂全体を静まり返らせる。 現れたのは、ソーリス・ハウス(聖光寮)の筆頭——ライオネル・デイヴィスだった。
白銀の制服に身を包み、眼鏡のブリッジをすっと押し上げるライオネル。彼の後ろには、中等部から上がってきた内部生のエリートたちが従者として控えている。
「ライオネル・デイヴィス……」
ダリアが警戒するように身を乗り出す。ライオネルは僕たちを見下ろすと、アイスブルーの瞳で冷徹に言い放った。
「ショーゴ・サイキ君。君の存在は、アルカナムの規律と論理において明白な『不確定要素(エラー)』だ。コントロール不能な爆術を抱えたままキャンパスを歩き回るなど、安全管理の観点からも見過ごすことはできない」
「なんだと……!? てめぇ、中等部上がりだからって上から目線で物言ってんじゃねぇぞ!」
ジョウジが怒りを剥き出しにしてライオネルに食ってかかる。しかしライオネルはピクリとも眉を動かさず、毅然とした態度で粛々と告げた。
「事実を述べているに過ぎない。クラバ君、感情論で論理は覆らない。我がデイヴィス・コンツェルンが構築した『完全なるシステム』……我が生得守護霊《超重合竜キャノン・ドラゴン》の照準に、不確定な危険物の入る余地など存在しないのだ」
ライオネルの手元で、黄金の魔術陣が展開される。 そこに浮かび上がったのは、精密な金属パーツで組み上げられた巨大な機械超竜の威容だった。
「……ふん。ならば証明してみせるといい。君のその『パワーS』が、単なる危険な欠陥品ではないということをね」
ライオネルが静かに掲げたのは、黒魔術の決闘を申し込む『精霊戦(スピリットバトル)の挑戦状』だった。
「今日の放課後、第3決闘場にて待つ。逃亡は不合格と看做す」
そう言い残し、翻るマントとともに去っていくライオネル。
「なんなんだあいつは……! よし、ショーゴ! あんなすかした気取り屋、俺と格好良く返り討ちにしてやろうぜ!」 「ジョウジ君……」
冷徹なエリート・ライオネルからの挑戦。 僕は自分の胸に手を当てた。奥底で眠る『白金の龍』が、静かに、だが確実に熱く脈動しているのを感じながら。
「……逃げないよ。僕も、僕の守護霊と一緒に……ちゃんと戦う!」
僕たちのアルカナム学園での本当の闘いが、今まさに始まろうとしていた。