Fate × モンスターハンター:ワールド ――鏡面世界の向こう側―― 作:丹波りん
「ズルい! 何で起こしてくれないの!?」
市場へ行っていたと聞かされたイリヤは、頬を膨らませて抗議した。
クロエはそんなイリヤを気にする様子もなく、
市場で見かけた珍しい食べ物や可愛らしい小動物のことを楽しげに話して聞かせる。
話を聞くほど、イリヤの頬はますます膨らんでいった。
「アンタがいつまでもぐーすか眠っているからでしょ。何度起こしても起きなかったじゃない」
呆れたようなクロエの指摘に、イリヤは「ぐぬぬ……」と唸る。
出かける前に起こそうとしてもらったのに、目を覚まさなかったのは自分だ。
そう分かっていても、楽しそうに市場の話をする
クロエを見ていると、どうにも悔しさが収まらない。
やり場のない不満をぶつけるように、イリヤはそばをふわふわと飛ぶルビーを振り返った。
「……ルビーも、起こしてくれたらよかったのに」
『いやぁ、ルビーちゃんは可愛いイリヤさんの寝顔を撮影するのに忙しかったので♪』
「いますぐ削除しなさい!?」
思いがけない返事に、イリヤは目を見開いた。
すぐさまルビーに手を伸ばすが、
当のルビーはひらりと身をかわし、届かない高さへと舞い上がった。
あと少しで捕まえられそうになるたびにするりと逃げられ、イリヤはむきになって追いかける。
「待ちなさい、ルビー!」
朝から始まった追いかけっこに、部屋の中はたちまち騒がしくなる。
そこへ寝室の扉が開き、凛が眠たげに目をこすりながら姿を現した。
「……もう、朝から騒々しいわね」
寝癖で乱れた髪をそのままに、凛は騒ぎの中心にいるイリヤたちを不機嫌そうに見やった。
半分閉じかけた目には、まだ眠気が色濃く残っている。
その姿に、ルヴィアは呆れたように息をついた。
「まったく、いつまで寝ていらっしゃるのかと思えば……。ようやくお目覚めですのね」
「何よ、朝から。……常に余裕を持って優雅たれ、よ……ふぁ」
凛は言い返しながらも、こらえきれずに大きな欠伸を漏らした。
口元を手で覆い、眠そうに目を細める。
その様子は、本人が掲げる信条とは裏腹に、どう見ても優雅とは言い難い。
それを見逃すルヴィアではなかった。
彼女は口元に意味ありげな笑みを浮かべ、わざとらしく凛の姿を眺める。
「では、その優雅なお姿を是非、シェロにも御見せなさいな」
「……何のことよ?」
何気なく聞き返した凛に、ルヴィアは楽しげに笑みを深めた。
「そろそろシェロが、朝食を届けにこちらにいらっしゃるはずですわ」
その言葉を聞いた途端、凛の表情が固まった。
数秒遅れて意味を理解すると、眠気も吹き飛んだように目を見開く。
「ちょ、ちょっと待って! 衛宮くんが来るの!?」
慌てて自分の姿を見下ろした凛の顔が、見る間に焦りで染まっていく。
寝起きの顔に、あちこち跳ねた髪。おまけに、まだ寝間着姿のままだ。
よりによって士郎が来るというのに、こんな格好を見られるわけにはいかない。
凛の変わりように、ルヴィアはとうとう堪えきれず、高らかな笑い声を上げた。
「おーっほっほっほ! 常に余裕を持って優雅たれ、ではありませんでしたの?」
「う、うるさいわね!」
顔を赤くして言い返すなり、凛は身支度を整えるべく洗面所へと駆け出した。
ところが、慌てるあまり敷居につまずいてよろめき、
体勢を立て直した直後には壁に肩をぶつけてしまう。
「痛っ~~あぁもう!!」
肩を押さえながらも、凛は足を止めることなく洗面所へと飛び込んでいった。
その後ろ姿を見送ったクロエは、呆れたように肩をすくめる。
「……優雅さの欠片もないわね」
美遊も思わず苦笑し、ルヴィアは満足げに笑みを深めた。
洗面所へ駆け込んだ凛の姿を見送り、クロエはもう一度、小さくため息をついた。
***
士郎が届けてくれた朝食を食べ終えると、
一同はテーブルを囲み、今日の探索で取り組む依頼を選び始めた。
昨日、部屋の本棚で見つけた植物図鑑を手元に置いた美遊は、
依頼書の内容と照らし合わせながら、候補を絞っていく。
最初に目を留めたのは、キノコの採集依頼だった。
図鑑に載った
クロエは名前の分かりやすさに感心し、イリヤもその鮮やかな色合いを不思議そうに眺めている。
一方、凛には毒キノコにしか見えなかったらしく、眉をひそめていた。
けれど、図鑑の説明によれば、食用になるだけでなく薬の材料にも使われるという。
思いがけない用途を知り、凛も青いキノコの写真を見つめ直した。
採集なら周囲の様子を確かめながら探索できるという美遊の提案に、
凛とルヴィアも賛同し、一行はまずキノコの採集を目標に定めた。
続いて検討したのは、ジャグラスの討伐依頼だった。
依頼書には、ジャグラスの数が増え、
本来は姿を見せないエリアにまで現れるようになったため、
討伐が必要になったと記されている。
さらに、親個体であるドスジャグラスも目撃されているらしい。
依頼書に描かれたジャグラスの姿を見て、クロエは映画で見た
体つきや爪は
凛も手元の図鑑を確認し、ジャグラスが肉食で群れを作るモンスターだと説明した。
小型に分類されているとはいえ、その大きさは人間の子供を上回るという。
まして親個体のドスジャグラスは、通常のジャグラスよりもはるかに巨大だ。
ここへ来る途中で見かけた
「ええっ、あれを丸呑みしちゃうの!?」
驚くイリヤに、ルビーが茶化すような声をかけた。
『イリヤさんも気を付けないと、ペロリと食べられちゃうかもしれませんねぇ♪』
「ちょっと!? 何で私が食べられる前提なのよ!」
『念のための注意喚起ですよぉ♪』
ルビーの軽口に、凛は呆れたように息をついた。
ジャグラスの数が増えているうえ、
親個体のドスジャグラスまで確認されているのなら、
初めての探索で討伐に挑むのは避けた方がいい。
まずは採集を優先し、その間も周囲には十分警戒する――凛の判断に、一同も異論はなかった。
依頼書をまとめていたクロエは、ふと市場で聞いた話を思い出したように顔を上げた。
「そういえば、市場で聞いたんだけど」
これから探索に向かう古代樹の森では、
体毛がピンク色をした珍しい
その個体は、捕獲すれば高値で買い取ってもらえるという。
「ピンク色のウサギ? そんな子がいるんだ!」
初めて聞く話に、イリヤの目が輝いた。
美遊も市場で見かけた個体を思い出したのか、見つけたら捕獲してみたいと微笑む。
キノコの採集ついでに見つけられれば一石二鳥だと、ルヴィアもすっかり乗り気になっていた。
凛も、探索中に見つけたら捕獲を試みることに異論はないようだった。
最初の探索で取り組むことが決まると、美遊は依頼書を重ねてまとめた。
ルヴィアも忘れ物がないか確かめ、ほかの三人も出発に向けて身の回りを整える。
準備を終えた五人は部屋を後にし、受付へ向かうことにした。
アステラの通路には調査団の人々が行き交い、仕事について話し合う声や、
あちこちから響くさまざまな物音が賑やかに入り交じっている。
昨日は新しい拠点を知るだけで精一杯だったが、
今日は自分たちも調査団の一員として、いよいよ新大陸の探索へ踏み出すのだ。
まずは受付で依頼を受け、必要な道具や持ち物を確認する。
そう手順を確かめながら、一行は人々の流れに沿って受付へと歩き出した。