Fate × モンスターハンター:ワールド ――鏡面世界の向こう側―― 作:丹波りん
「きゃあああああああっ!?」
五人は一斉に踵を返し、木々と張り出した根が入り組む森の中へ駆け出した。
背後で、ずしん、と地面が沈むような音が響く。
振り返る余裕などない。太い枝がへし折れる音が次々と重なり、
恐竜は五人が通り抜けたばかりの木々を押しのけながら追ってきた。
「ちょっ、速い速い速い! あんな図体なのに、なんであんなに速いのよ!」
「文句を言っている暇があったら、前を見なさい! 根に足を取られますわよ!」
凛の叫びにルヴィアが言い返す。
その声も、枝葉をかき分ける音と荒々しい足音にかき消されそうだった。
視界を遮る木々の隙間を縫い、五人は必死に走る。
足元から突き出す根を飛び越え、垂れ下がった蔓を避けるたびに、
進路が左右へと振られた。後ろを確認する余裕はない。
それでも、背後から迫る重い足音は、少しも遠ざかってくれなかった。
「もう嫌ぁぁぁ! 絶滅したんじゃなかったの、恐竜って!?」
「今は絶滅したかどうかを議論している場合じゃないでしょ!」
「そんなこと分かってるよぉ!」
イリヤの悲鳴に凛が即座に返す。
その間にも、背後の木立が大きく揺れた。
恐竜が進路を塞ぐ幹を押し倒したのだ。
逃げ道をこじ開けるようにして、巨体がさらに近づいてくる。
「凛、あれを足止めできない!?」
クロエが肩越しに振り返り、すぐさま顔を前に戻した。
恐竜の大きな頭が木々の間にちらついている。
立ち止まって狙いを定める時間はなかった。
「イリヤ、美遊! 魔術で牽制して! 少しでもいいから、足を鈍らせるのよ!」
「ええっ、あれに!?」
「イリヤ、私に合わせて」
二人の杖先に魔力が集まり、光弾が木々の間を駆け抜けた。
続けざまに怪物の巨体へ命中し、白い閃光が散る。
「やった!?」
イリヤが期待を込めて振り返るも、恐竜は止まっていなかった。
それどころか、怒りに満ちた咆哮を上げ、ますます勢いよく突進してくる。
「やってない! 全然やってない!?」
「むしろ怒らせましたわね!」
「それ、最悪の結果じゃない!?」
クロエの声が裏返った、その直後だった。
恐竜が大きく口を開いた。喉の奥に赤い光がちらつく。
美遊の表情が変わった。
「みんな、走って!」
「えっ、まだ何かあるの!?」
答えを待つまでもなかった。
怪物の口から炎が噴き出し、森の景色が一瞬にして赤く染まる。
炎が下草を焼き、熱風が背中を叩いた。
「火ぃぃぃっ!?」
イリヤの悲鳴が裏返った。
「恐竜って火を吐く生き物だったっけ!?」
「そんなわけないでしょ!」
「じゃあ、何なのよあれぇぇぇ!?」
「いいから! 走りなさい!」
焦げた葉が舞い散るなか、五人は転びそうになりながらも必死に走る。
背後では燃えた枝が音を立てて落ち、恐竜の咆哮が再び迫っていた。
木の陰に隠れても、あの巨体を振り切れるわけではない。
むしろ、次に炎を吐かれれば逃げ場がない。
そのとき、前方の木々の向こうに人影が見えた。
「誰かいる……!?」
森の中に立っていたのは、見慣れない装備を身につけた人物だった。
こちらに気づくと、すぐに背後の恐竜へと視線を移す。
驚いて立ち尽くす様子はない。片腕を持ち上げ、腕に装着された器具を怪物へ向けた。
「え、ちょっと、何を――」
イリヤが言い終えるより早く、器具から小さな弾が撃ち出された。
弾は恐竜の頭上へ飛び、次の瞬間、強烈な閃光を放った。
「きゃっ!?」
凛とルヴィアは思わず目を覆う。森の中が一瞬、白く染まった。
恐竜の咆哮が途切れ、巨体がよろめく。
頭を振り、前脚を踏み直そうとするものの、
視界を奪われたらしく、動きが目に見えて鈍った。
人影が大きく手を振り、近くの木の根元を指さす。
そこには、巨大な木の根が幾重にも絡み合ってできた隙間があった。
大人が立ったまま通るには狭すぎるが、身をかがめれば抜けられそうだ。
その先には、木々の向こうに開けた空間がわずかに見えている。
「こっちに逃げろってこと!?」
クロエが問いかけると、相手は強くうなずき、もう一度隙間を示した。
「他に道はなさそうね。みんな、急いで!」
凛が促す。美遊が先に身をかがめ、根の間へ滑り込んだ。
続いてイリヤがルビーを抱え直して潜り、クロエも身をひねって後を追う。
「イリヤ、頭に気をつけて」
美遊の声に、イリヤは慌てて身を低くする。
頭上を太い根が覆い、肩が木肌にこすれた。
狭い隙間を抜けた先で、三人はすぐに身を起こし、凛とルヴィアが通れるよう脇へ寄る。
「こんなところを通らせるなんて……!」
文句を言いかけたルヴィアも、背後から聞こえる恐竜の咆哮に口をつぐんだ。
ドレスの裾を押さえ、身をかがめて隙間をくぐり抜ける。凛もその後に続いた。
最後に残ったのは、あの人物だった。
相手は一度だけ恐竜の様子を確かめる。
恐竜はまだ閃光の影響から抜けきれず、頭を振りながら立ちすくんでいた。
その隙を逃さず、人物は素早く根の隙間へ身を滑り込ませる。
直後、すぐ向こう側で恐竜が吠えた。
「ひっ……!」
イリヤが肩を跳ねさせる。
五人は互いに顔を見合わせたが、追ってくる足音は聞こえない。
どうやら、あの狭い隙間の向こうまでは入ってこられないらしい。
人物は五人に手招きし、根の陰から少し離れた場所へと案内した。
そこを抜けると、木々に囲まれた小さな空き地が現れた。
簡素な設備が整えられ、荷物や道具が置かれている。
森の中に設けられた野営地――そんな場所だった。
ようやく足を止めた五人は、息を切らしながらその場にへたり込んだ。
「はぁ……っ、はぁ……。た、助かった……?」
イリヤは胸元を押さえ、何度も呼吸を繰り返す。
ルビーを抱く腕にも、まだ力が入ったままだった。
「恐竜が生きてるだけでも信じられないのに、火まで吐くなんて……。
いったい、何なのよ、あれ……」
「少なくとも、普通の動物ではなさそうですわね」
ルヴィアも乱れた呼吸を整えながら、森の奥へと目を向けた。
あの巨体がまだ近くにいると思うと、落ち着いて座っていることさえ難しい。
「でも、助けてくれた人がいてよかったじゃない」
クロエはそう言いながら、案内してくれた人物を見た。
謎の人物は五人の様子を窺いながら、聞き慣れない言葉を口にした。
「
「えっと……ルビー、この言葉って分かる?」
『少々お待ちを。言語データを検索します――該当する言語は見つかりませんねぇ』
「サファイアも調べてみて」
『了解しました。各国の言語情報と照合します……該当なし。既知の言語体系には一致しません』
「やっぱり、分からないんだ……」
イリヤと美遊の言葉を聞き、凛は眉を寄せた。
「つまり、向こうが何を言っているのかも、こっちの言葉が通じるのかも分からないってことね」
「助けていただいたのは確かですけれど、意思疎通は難しそうですわね……」
謎の人物は五人の反応を気にする様子もなく、もう一度何かを話した。
「
「うん、分からない! 全然分からない!」
イリヤが両手を上げて首を振ると、謎の人物は少し首を傾げた。
ルヴィアが眉を寄せ、凛も腕を組み目の前の人物をじっと見つめた。
「助けてくれたのは確かだけど……。ここがどこなのかも、あなたが誰なのかも、さっぱりね」
人物は五人の顔を順に見たあと、
入口のほうを指さし、次いでキャンプの内側を示した。
まずはここで落ち着け、ということらしい。
「……とりあえず、敵じゃないって信じていいのかな」
イリヤが慎重に呟く。
「少なくとも、あの恐竜から助けてくれた人だものね」
クロエはそう言いつつも、相手の装備へ目を向けていた。
腕に取り付けられた器具も、見慣れない道具も、魔術師たちの知るものとはずいぶん違っている。
凛はもう一度、木の根が重なる入口を振り返った。
「……まずは、あれが入ってこないことを祈りましょう」
「賛成! 大賛成!」
イリヤが勢いよく頷く。
ここがどこなのか。なぜ鏡面界ではなく、こんな森に迷い込んだのか。
そして、自分たちを助けてくれた人物は何者なのか。
疑問は尽きない。ただ一つ確かなのは、
――あの恐竜にもう一度会いたいとは、誰一人として思っていないことだった。