Fate × モンスターハンター:ワールド ――鏡面世界の向こう側―― 作:丹波りん
全員が驚きに固まっている中、案内役の男は軽く手を上げた。
まるで、ここまで案内すれば自分の役目は終わりだと言わんばかりの仕草だった。
そして、彼らの反応を気に留める様子もなく、踵を返して歩き出す。
「
リンが慌てて声を上げた。
男に向かって何かを伝えようと、言葉を発するが、
その姿は、行き交う人々の間に紛れて見えなくなった。
「……ああ、もうっ!」
リンは諦めたように、こめかみを押さえ、大きな溜息を吐いた。
それから、ようやく自分を取り囲む五人へと目を向ける。
若い自分と、見覚えのある少女。
どうしてここにいるのか事情を確かめるにしても、
この場所でいつまでも立ち尽くしているわけにはいかない。
「……とにかく、ここじゃ落ち着いて話もできないわ。中に入りましょう」
そう言って、リンは背後の扉を開け、五人に促した。
イリヤたちは、すぐには動けなかった。
目の前にいるのは、間違いなく自分たちの知る遠坂凛と同じ顔をした女性だ。
けれど、その姿は自分たち知る凛よりもずっと大人びている。
五人の間に、躊躇いが広がる。
そんな彼女たちの様子を見て、リンはわずかに息を吐いた。
「大丈夫。少なくとも、ここであなたたちをどうこうするつもりはないから」
安心させるように告げてから、家の中へ視線を向ける。
「詳しい話は、中で聞かせてちょうだい」
その言葉に、五人は互いの顔を見合わせた。
まだ戸惑いは消えない。それでも、ほかに頼れる相手も、行く当てもなかった。
イリヤたちは警戒を残したまま、開かれた扉の向こうへと足を踏み入れた。
***
室内へ足を踏み入れて間もなく、家の奥から足音が近づいてきた。
「リン? 外で何かあったのか?」
聞き覚えのある声に、イリヤたちは一斉に目を向けた。
姿を現したのは、二十代前半ほどの男性だった。
見慣れた顔立ちに、イリヤの目が大きく見開かれる。
凛たちも目の前の人物を見て息を呑んだ。
「「「お兄ちゃん!? シロウさん!? 衛宮くん!? シェロ!?」」」
驚きの声が重なった。
男性――衛宮士郎も、彼女たちの姿を目にして立ち尽くした。
「イリヤ!? ……ルヴィアに、それに……」
見覚えのある顔が並んでいた。
死んだはずのイリヤに、記憶にある姿よりも若いルヴィア。
そして、あの頃と変わらない姿の凛までいる。
目の前の光景を理解しようとしても、思考が追いつかなかった。
「なっ、なんでお兄ちゃんがここにいるの!?」
イリヤが混乱した様子で声を上げる。
「それはこっちのセリフだ! いったい何が……」
「士郎、待ちなさい」
リンが、問い詰めようとする士郎を制した。
彼を落ち着かせるように手を添え、それから五人へと視線を向ける。
「……一応、確認しておくわ」
リンは指先に魔術を込め、イリヤを指さした。
「なっ、何!?」
思いがけない仕草に、イリヤは思わず身構える。
「……その様子じゃ、私の知っているイリヤスフィールではないみたいね」
リンの表情から、わずかに張り詰めていたものが消えた。
少なくとも、目の前の少女は彼女の知るイリヤとは違う人生を歩んできたらしい。
そう判断したのか、警戒の色が少しずつ和らいでいく。
そのやり取りを見ていた凛が、たまらず声を上げた。
「いったい、何なのよアンタ!? 本当に誰なのよ!?」
「はぁ、落ち着きなさい。……常に余裕を持って優雅たれ……忘れたの?」
「……遠坂の家訓……」
凛は言葉を切り目の前の女性をまじまじと見つめた。
同じ顔、同じ声。そして幼い頃から身に染みついた遠坂家の家訓まで口にした。
「……やっぱり私なのね」
納得したような、まだ信じられないような声だった。
「いったいどういうことですの!? 説明してくださいまし!!」
今度はルヴィアが身を乗り出す。リンは呆れたように肩をすくめた。
「アンタも相変わらずね。ゼルレッチ卿の弟子を目指してるのなら、
ある程度は理解できるでしょう?」
「……第二魔法、並行世界」
凛は、はっとしたように呟いた。
「そう。私とアナタは、別の世界線の同一人物ってわけ。
まあ、この世界はそれとは違うみたいだけどね」
リンは、周囲を見渡すように視線を巡らせた。
私も、この世界について何もかもを把握しているわけではない。
それでも、ここで暮らしてきた年月の分だけ、
目の前の彼女たちより知っていることはある。
「こちらの世界について、何かご存じなのですの?」
「まあ、全てを理解してるわけじゃないけどね。
ここでの暮らしも長いし、ある程度なら質問にも答えてあげるわよ」
ルヴィアの問いに答えたあと、リンは五人の顔を順に見た。
イリヤは困り果てたように眉を下げ、
隣の美遊とクロエも、まだ状況を飲み込めずにいる。
士郎がここにいることも、自分たちの知る凛と、
同じ顔をした大人の凛の存在も、彼女たちには理解の追いつかないことばかりだった。
「えーっと、何が何やらなのですが……」
イリヤがおずおずと口を開く。
「……難しかったかしら?」
リンは少し考えるように目を伏せ、それから小さく頷いた。
「そうね。まずは、お互いのことを話し合いましょうか」
***
それから、どれほどの時間が経っただろうか。
テーブルを挟んで向かい合ったリンと士郎は、
自分たちが歩んできた世界について、ひとつずつ説明していた。
冬木の街で起きたこと。魔術師たちが求める聖杯。
そして、二人自身が身を投じた第五次聖杯戦争のこと。
七人の魔術師が、それぞれ英霊を召喚し、聖杯を巡って戦う。
あらゆる願いを叶えるとされる器を手にするため、
最後の一人になるまで互いに争う大規模な儀式
――それが、彼女たちの世界における聖杯戦争だった。
話を聞くうち凛の表情から戸惑いが消え、代わりに険しさが増していく。
「……ちょっと待って。冬木の地で、それほどの大規模な儀式が行われていたですって?」
思わず身を乗り出した凛に、リンは怪訝そうに眉を寄せた。
「ええ。少なくとも、私たちの世界ではね。……まさか、あなたは知らなかったの?」
「何をよ?」
「聖杯戦争のことよ。お父様から、何も聞かされていなかったの?」
凛は答えに詰まった。父の時臣は、彼女が幼い頃に亡くなっている。
聞かされていないことがあったとしても不思議ではない。
けれど、魔術師の家に生まれ、次期当主として育てられてきた自分が、
そんな大規模な儀式について何ひとつ知らなかったというのは、あまりにも奇妙だった。
「……父は、もう亡くなっているわ。
私が聞かされているのは、事故で亡くなったということだけよ」
「事故?」
リンの顔から、わずかに表情が消えた。
「……事故死? ……それ、本当かしら。
私の世界線では、父は第四次聖杯戦争の最中に亡くなっているわ」
凛は息を呑んだ。
父が亡くなったという事実は変わらない。
けれど、その死の背景に今まで知らされていなかった事情があったのだろうか。
「私だって、死因をそう聞かされただけよ。
……もし、本当は別の事情があったのなら、何かが隠されていたということになるわ」
「待ってください。それなら、記録はどうなっているんですの?」
話を聞いていたルヴィアが口を挟んだ。
普段の張り合うような調子は鳴りを潜め、思考を整理するように視線を巡らせている。
「聖杯戦争がそこまで大きな儀式なら、遠坂家だけでなく、
間桐家やアインツベルンにも何らかの記録が残っているはずですわ。
けれど、こちらの世界では、そうした話を耳にしたことすらありません。
……ほかの家も、何も反応していないのでしょう?」
「そうね。聖杯戦争を始めた大家のひとつである遠坂が、
次の当主になる娘に何も伝えていない。それだけでもおかしな話だわ
まして、間桐やアインツベルンまで何も知らないとなると……」
リンは腕を組み、考え込んだ。
世界が違えば歴史も異なる。
それは魔術師である彼女たちにとって、受け入れられない話ではない。
だが、冬木という同じ土地に根を張る魔術師の家々が、
聖杯戦争という儀式そのものを知らないとなれば、
単なる細かな違いでは片づけられなかった。
やがて、リンはイリヤへと視線を向けた。
「……それじゃあ、あなたのほうも聞かせて。
そっちのイリヤは、魔術とは無縁の普通の子として育てられたの?」
「は、はい。私、魔術のことなんて何も知りませんでした。
普通の女の子として暮らしていて、…凛さんたちに、あの任務に巻き込まれるまでは」
「……巻き込まれる?」
リンの視線が、凛とルヴィアへ移った。
二人はそろって、ほんのわずかに目を逸らす。
先ほどまで世界の違いについて話していたはずなのに、
いつの間にか自分たちの過去を追及される流れになっていた。
「……凛、ルヴィア。今の話、詳しく聞かせてもらえるかしら」
「い、いえ、これは、その……」
「……今度はそっちの話を聞かせてちょうだい。……誤魔化しは無しよ」
鋭い視線に射抜かれ、二人は観念したように顔を見合わせた。
やがて語られたのは、あまりにも魔術師らしからぬ一連の顛末だった。
大祖父であるゼルレッチ卿の弟子となるための試練として、
冬木の霊脈を乱す、散らばった英霊の力を宿すカードを回収する任務を命じられたこと。
ところが、その最中に言い争いが私闘へと発展し、
預かっていた魔術礼装に愛想を尽かされてしまったのだと。
慌てて後を追ったものの、追いついた時には、すでに礼装がイリヤと契約を結んでいたこと。
説明を聞き終えたリンは、額に手を当てた。
任務のために預かった魔術礼装を私闘で失い、
あげく魔術とは無縁だった少女を巻き込んだ。
その経緯があまりにも情けないうえ、一般人を危険に晒したという事実まである。
呆れと怒りが、隠しようもなく顔に表れていた。
「…アンタたち、馬鹿じゃないの?
これが時計塔に知られたら、大目玉では済まないわよ。
……私なら自害ものの失態だわ」
「……返す言葉もありませんわ」
ルヴィアは悄然とうなだれた。
若い凛も反論できず、気まずそうに口を閉ざしている。
目の前の自分が言っていることは、何一つ間違っていなかった。
それでも、話はまだ終わらなかった。
七枚のクラスカードは、紆余曲折の末にすべて回収されたという。
ところが、倫敦へ戻る際、回収したカードをルヴィアに横から奪われ、
時計塔で再び大喧嘩となり、講堂を破壊する騒ぎにまで発展。
最終的には大祖父のゼルレッチ卿から叱責を受け、
日本で一年間留学し、性格を修正してこいと言い渡されたらしい。
「…………」
リンは額に手を当てたまま、沈黙した。
もはや、かける言葉すら見つからない。
私闘に始まり、任務の対象だったカードを奪い合い、時計塔の講堂まで破壊する。
自分と同じ顔をした少女が、よくもそこまで騒ぎを起こせるものだと、
呆れるのを通り越して感心しそうになった。
そうして、ようやく一連の騒動が収まったのだと。
しかし、凛の話には、まだ続きがあった。
日本での生活を続けていたある日、再び地脈の流れに異変が起きた。
凛とルヴィアはイリヤたちを連れて調査へ向かったが、
任務の最中、足元の大空洞が崩落を始めた。
迫り来る岩塊から皆を守るため、イリヤはアーチャーのクラスカードを使った。
だが、その力を行使した直後、周囲の魔力が不自然に乱れ、
事態は思いもよらない方向へ転じた。
崩落が収まったとき、そこにはイリヤが二人いた。
一人は、皆が知るいつものイリヤ。
そしてもう一人は、褐色の肌に赤い衣装をまとった少女。
アーチャーのクラスカードは姿を消していた。
突然の出来事に誰もが動けずにいる間に、
もう一人のイリヤはその場から逃げ去ってしまったという。
その後、争ったり騒動を起こしたりと紆余曲折あったものの、
今では同じ家で暮らす姉妹のような存在になったのだという。
話を聞き終えたリンは、すぐには口を開かなかった。
視線は、イリヤの隣に座るクロエへと向けられている。
「……あの子が、クロエなのね」
その目に映るのは、見知らぬ少女の姿だけではなかった。
赤を基調とした衣装。弓兵のクラスを示す装い。
そして、記憶に焼きついた、あの英霊の面影。
アーチャー
――第五次聖杯戦争で、リンと契約を結び、
幾度となく意見をぶつけ合いながらも共に戦ったサーヴァント。
皮肉屋で、何かにつけてこちらの神経を逆撫でする男。
それでいて、いざというときには誰よりも確かな力を示し、リンの判断を支えてきた存在だった。
彼の正体を知った今となっては、その皮肉の裏にあったものも、
戦いの中で見せた行動の意味も、以前とは違って見える。
その英霊の力を宿したカードが、別の世界では一人の少女を変えてしまった。
そして、そこから生まれたという少女が、今はこうしてイリヤの隣に座っている。
リンは、クロエの顔を確かめるように見つめた。
もちろん、彼女自身はアーチャーではない。
目の前にいるのは、イリヤから別れ、
イリヤとは別の一人として生きている少女だ。
それでも、あの衣装を目にして何も感じずにいられるほど、
リンにとってアーチャーとの記憶は遠いものではなかった。
隣にいた士郎も、黙ってクロエを見ていた。
彼にとっても、あの赤い衣装は見過ごせるものではない。
かつて刃を交え、最後まで相容れなかった相手。
けれど、その正体を知ったあとでは、単に敵だったと割り切ることもできない。
アーチャーが何を信じ、何を守ろうとしていたのか
――その答えは、士郎自身が歩む未来にもつながっていた。
だからこそ、目の前の少女がまとっている衣装には、言葉にしにくい重みがあった。
クロエは二人の視線に気づいたのか、少しだけ首を傾げる。
何かを察したようにも見えたが、問いただすことはせず、ただ静かに二人を見返していた。
彼女はアーチャーそのものではない。
力を宿しているからといって、彼と同じ道を歩むわけでもない。
そう頭では理解していても、二人の胸に浮かんだ記憶が、すぐに消えることはなかった。
・注釈
【登場人物の時系列・表記について】
今回登場する、もう一人の凛と士郎は、
『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』ルートを基にしています。
時系列は、二人が時計塔を卒業し、
一緒に暮らすようになった後(独自設定)を想定しています。
年齢は、二十代半ばくらいの設定です。
また、今後の混同を避けるため、
プリズマ☆イリヤ側の凛は従来どおり【凛】、
UBW側の凛は【リン】と表記します。