Fate × モンスターハンター:ワールド ――鏡面世界の向こう側――   作:丹波りん

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第7話 もうひとつの日常

リンたちの話は、いつしか専門的な内容へと移り変わっていた。

並行世界の理論や、それぞれの世界における違いについて、

四人は時折意見を交わしながら、熱心に話し込んでいる。

その一方で、イリヤは早々に話についていけなくなっていた。

最初のうちは何とか耳を傾けていたものの、

専門用語が次々と飛び交い始めると、次第に集中が途切れてくる。

美遊はまだ話の内容を追っているようだったが、

隣のクロエもまた、頬杖をつきながらどこか退屈そうな顔をしていた。

このまま聞いていても、すぐに話が分かるようになるとは思えない。

イリヤは小さく息をつくと、そっと視線を向かいに座っている士郎へと動かした。

自分の知っている兄とは違う。それは分かっている。

それでも、よく似た顔立ちに大人びた雰囲気が加わった姿を見ていると、つい考えてしまう。

 

「ねえ、クロ。お兄ちゃんも大人になったら、あんな感じになるのかな?」

 

イリヤはクロエと美遊に身を寄せ、小声で囁いた。

 

「どうかしら。ああして見ると、なんとなく想像できるんじゃない?」

 

「でも、なんだか不思議。お兄ちゃんが大人になった姿って、あんまり考えたことなかったかも」

 

「ふふん。イリヤもそういうことが気になるお年頃ってわけね?」

 

「ち、違うよ!? そういう意味じゃなくて!」

 

クロエがにやりと笑い、美遊も小さく微笑んだ。

 

『おやおや~? お兄さんの成長した姿に興味津々とは、イリヤさんも隅に置けませんねぇ』

 

「ルビー!? もうっ、静かにしてて!」

 

イリヤは胸元のルビーを押さえ、声を潜めて抗議した。

しかし、時すでに遅く、そのやり取りは向かいに座る士郎の耳にも届いていたらしい。

 

「どうしたんだ?」

 

士郎が怪訝そうにこちらへ目を向ける。

 

「な、何でもないよ!」

 

慌てて答えるイリヤに、士郎は不思議そうに首を傾げたものの、それ以上は追及しなかった。

やがて、三人がようやく落ち着いた頃、士郎がふと思い出したようにイリヤへ尋ねた。

 

「そういえば、イリヤたちは普段、どんな生活をしてるんだ? 学校にも通ってるんだよな?」

 

士郎に普段の生活について尋ねられたイリヤは、学校での出来事を楽しそうに話し始めた。

たくさんの友人に囲まれ、授業や休み時間、放課後のひとときを賑やかに過ごしているらしい。

話の合間にはクロエが茶々を入れ、美遊も微笑みながら耳を傾けていた。

からかわれて頬を膨らませたかと思えば、すぐに二人と顔を見合わせて笑い出す。

そんなイリヤの表情には、年相応の少女らしい無邪気さがあふれていた。

その笑顔を目にしたとき、士郎の脳裏に、かつて出会った別のイリヤの姿がよみがえった。

 

白い髪に赤い瞳。

バーサーカーを従え、自分たちの前に立ちはだかった少女。

アインツベルン城でギルガメッシュに追い詰められ、

命を奪われた彼女を、自分は救うことができなかった。

目の前で失われていく命を前に何もできなかった悔しさは、今も胸の奥に残っている。

だからこそ、クロエたちと笑い合う目の前のイリヤは、士郎の目にまぶしく映った。

かつて救えなかった少女と同じ面影を持ちながら、彼女は友人たちに囲まれ、

何気ない日常を当たり前のように楽しんでいる。

その光景は、過去の記憶を消し去るものではない。

それでも、別の世界でイリヤがこうして笑っていることに、士郎は確かな安堵を覚えていた。

士郎は胸の奥に生まれた感情をうまく言葉にできないまま、

楽しそうに笑うイリヤへと目を向けていた。

その姿を見ていると、どこか救われるような気がした。

 

学校での出来事をひと通り話し終えたイリヤは、

家での暮らしについても楽しそうに語り始めた。

両親は仕事で海外を飛び回っていて、家に帰ってくることはなかなかない。

それでも、家にはクロがいるし、メイドのセラとリズ、そして義兄の士郎もいる。

口煩く厳しいセラと、隙あらば怠けようとするリズは何かと揉めているし、

料理や家事を率先して引き受ける士郎も、

セラとはどちらが家事をするかで言い合いになるらしい。

困ったように笑いながら話すイリヤに、不満の色はなかった。

騒がしくても、いつもの顔ぶれに囲まれて過ごす日々。

それが彼女にとって、ごく当たり前で大切な暮らしなのだろう。

士郎は、その話を聞きながら、イリヤの父親である衛宮切嗣に思いを馳せた。

この世界では、切嗣は今も生きている。

自分をあの冬の日から救い出し、正義の味方になりたかったと語った人。

彼に憧れ、その夢を追いかけてきた士郎にとって、切嗣はかけがえのない父親だった。

だからこそ、別の世界では今も家族を築き、

イリヤの成長を見守っていると知り、胸の奥に複雑な感情が広がった。

もう会うことのできない人が、ここでは当たり前の日々を生きている。

そのことに切なさを覚える一方で、素直に喜ばしくもあった。

そして、この世界の自分もまた、士郎にとって不思議な存在だった。

魔術を知らず、イリヤの義兄として家族の中で暮らし、得意の料理や家事で皆を支えている。

セラと家事を巡って揉めるという話には、

自分と変わらないところもあるのだと、思わず苦笑しそうになった。

歩んできた世界が違えば、こんな日々もあったのだろうか。

切嗣が父親として帰りを待たれる家があり、

自分には妹がいて、賑やかな家族と何気ない毎日を過ごしている。

そんな暮らしを思い描くと、胸の奥に懐かしさにも似た感情が静かに広がった。

かつて救えなかった少女が、今は家族に囲まれて笑っている。

そして、自分と同じ名を持つ誰かが、その日常を支えている。

その光景は士郎にとって、簡単には言葉にできないほど、あたたかなものに思えた。

それが、士郎には眩しかった。

 

「……いい家族なんだな」

 

ようやく口にした言葉は、思いのほか静かだった。

 

「うん! みんな優しいよ」

 

イリヤは屈託なく笑った。

士郎は、その笑顔から目を逸らさなかった。

自分の世界では、もう叶わない日常。

それが別の世界では、当たり前のように続いている。

羨ましさがなかったわけではない。

それでも、目の前の少女が幸せに暮らしていることに、安堵せずにはいられなかった。

自分が救えなかった少女と同じ顔をした子が、ここでは家族に囲まれて笑っている。

その事実を、士郎は大切に受け止めたかった。

 

「……そっか。よかったな、イリヤ」

 

その言葉に込められた思いまでは、イリヤには分からなかった。

 

「うん!」

 

ただ、嬉しそうに頷くイリヤに士郎は微笑み返した。

胸の奥には、失ったものへの痛みが残っている。

それでも今は、目の前の少女が笑っていることを、素直に喜んでいた。

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