Fate × モンスターハンター:ワールド ――鏡面世界の向こう側―― 作:丹波りん
市場を抜けた一行は、リンの案内で次の場所へ向かおうとしていた。
見慣れない品々が並ぶ店先から離れ、周囲へと目を向けていたクロエは、
ふと思い出したようにリンへ声をかけた。
「ねえ、食事処ってどこにあるのよ?」
「あそこよ。調査団の人たちは【星の船】って呼んでるわ」
リンは拠点の上方を指差した。
その先、岩壁の頂に鎮座する巨大な帆船は、拠点に到着したときにも目にしたものだ。
新大陸への航海に使われた船を資材として再利用したもので、
現在は甲板を利用した酒場となっている。
食事場としてだけでなく、任務の依頼を受けたり、
調査団の仲間たちが集まったりする場所としても活用されているという。
「……改めて見ても、やはり不思議な光景ですわね」
ルヴィアは船を見上げ、わずかに眉を寄せた。
船というものは海に浮かべるためのものだ。
あれほど巨大な船が岩壁の頂に据えられているのだから、違和感を覚えるのも無理はない。
視線を周囲へと移せば、岩場の起伏や高低差を利用し、
建物や通路が幾重にも配置されているのがわかる。
地形を大きく変えるのではなく、自然そのものを活かして拠点を築き上げているのだ。
複雑に重なり合う足場や通路も、ただ無秩序に築かれたものではない。
限られた土地と資材を活かし、調査や生活を続けるための工夫が積み重ねられているのだろう。
「……興味深い造りですわ」
ルヴィアは感心したように息をついた。
***
一行はリンの案内でリフト乗り場へと向かった。
岩場に沿って設けられた通路を進むと、やがて上下の階層を結ぶ昇降設備が姿を現した。
頭上には太い鎖が渡され、木材と金属を組み合わせた機構が岩壁に沿って組み上げられている。
その近くでは、崖上から流れ落ちる水を受けて水車が回り、
周囲には昇降機を動かすための設備が組み合わされていた。
水音と、機構が動く低い音が重なって響いている。
「わあ……! これに乗って上まで行くんだよね? なんだか遊園地のアトラクションみたい!」
リフトを見上げたイリヤは、目を輝かせて身を乗り出した。
「まったく、子供なんだから……」
クロエは呆れたようにため息をつくも、
リフトを支える鎖や複雑な機構へと興味深そうに視線を向けていた。
その様子に気づいたイリヤが、にんまりと笑う。
「えー、クロだって気になってるんでしょ? さっきからずっと見てるじゃない」
「仕組みが気になるだけよ!」
クロエは慌てて視線をそらしたが、取り繕うような返事は
かえって図星だと認めているようなものだった。
そのやり取りに、美遊は困ったように、けれどどこか楽しそうに苦笑する。
「はいはい、二人とも。はしゃぐのはいいけど、
手摺がないんだから、身を乗り出して落ちたりしないでね」
リンは呆れたように肩をすくめ、軽い口調で注意を促した。
『お二人とも、子供ですねぇ~』
ルビーの揶揄う声に、クロエは不満げに顔をしかめる。
そんなやり取りを続けながら、一行は順にリフトへと乗り込んでいった。
***
一行がリフトに乗り込むと、ほどなくしてゆっくりと上昇が始まった。
足元が少しずつ高くなり、先ほどまで歩いていた通路や建物が下へと遠ざかっていく。
上昇するにつれて視界が開け、アステラの街並みが次第に見渡せるようになった。
岩場の高低差に沿って建物や通路が幾重にも重なり、
異なる高さに設けられた施設同士が階段や足場でつながっている。
地上から見ていたときにはわかりにくかった拠点の広がりも、上から眺めるとよくわかった。
さらに視線を遠くへ向ければ、拠点の外側にはどこまでも続く大海原が広がっていた。
青い海面の先では水平線がかすみ、岸辺には船着き場が伸びている。
停泊する船や桟橋を行き交う人々の姿も見え、
この拠点が大陸への玄関口として機能していることを感じさせた。
「わあ……!」
イリヤは、どこまでも広がる海と水平線に目を奪われていた。
やがて視線を拠点へと戻すと、先ほど通り抜けた市場が目に留まった。
店々を覆う屋根を今度は上から見下ろせる。
その形を確かめるように目を凝らしたイリヤは、思わず声を上げた。
「あれ……もしかして、船?」
屋根に見えていたものは、船体を逆さにしたものだった。
船底を上に向けた船が建物の上に据えられ、市場を覆う屋根として利用されている。
「本当だわ……。下から見ただけじゃ、気づかなかったわね」
クロエも意外そうに目を向けた。
新大陸では、物資をいくらでも補充できるわけではない。
使えるものを別の用途に転用し、限られた資材を無駄なく活用しているのだろう。
リフトはそのまま上昇を続け、やがて巨大な星の船の下部へと差しかかった。
頭上に開いた大きな開口部を通り抜けると、周囲は木材に囲まれ、
外の景色も見えなくなっていく。ほどなくしてリフトの上昇が止まった。
一行がリフトを降りると、すぐ先には上へと続く階段があり、
その先からは人々の話し声や賑やかな笑い声、食器の触れ合う音が聞こえてきた。
階段の上には、活気に満ちた空間が広がっているようだ。
***
階段を上りきると、目の前に広々とした甲板が開けた。
木材を組み合わせた床にはいくつものテーブルが並び、酒場らしい活気に満ちている。
食事を楽しむハンターたちの笑い声や、
酒を片手に語り合う人々の声があちこちから聞こえてくる。
時折響く豪快な笑い声が、周囲のざわめきをかき消すほどだった。
頭上には、船の構造をそのまま活かした梁や柱が連なっている。
かつて海を渡った船も、今では多くの人々が集う憩いの場として、新たな役割を担っていた。
その光景は、イリヤたちの目にはとても新鮮に映る。
「凄い……! ここでご飯を食べるんだね!」
イリヤは目を輝かせ、甲板をぐるりと見渡した。
食事を運ぶ人々が忙しそうに行き交い、
テーブルには肉料理や野菜を使った料理が次々と並べられている。
漂ってくる香ばしい匂いに、思わずお腹が鳴りそうになった。
先ほどから歩き続けていたこともあり、食欲が刺激されたのだろう。
「ずいぶん賑わっていますわね。
これほどの人数が集まるとなると、食事を用意するだけでも大変そうですわ」
ルヴィアは行き交う人々やテーブルに並ぶ料理へ目を向け、感心したように呟いた。
酒場として人々が食事を楽しむだけでなく、
調査団の仲間たちが日々顔を合わせ、情報を交換する場所としても利用されているのだろう。
そんな光景を眺めていたリンは、ふと甲板の奥へと視線を向けた。
そこには比較的広いテーブルがいくつか並び、全員で腰を下ろしても余裕がありそうだ。
「士郎、悪いけど、あそこの席を確保しておいてくれる?
それと、みんなが食べられそうなものを適当に注文しておいてほしいの」
「わかった。先に席を取っておくよ」
士郎は快く引き受けると、空いているテーブルへと歩き出した。
その背中を見送ったリンは、残った一行へ向き直る。
「私たちは受付に行きましょう。あなたたちのギルドカードを作っておかないとね」
「ギルドカード?」
聞き慣れない言葉に、イリヤが首を傾げた。
隣にいる美遊たちも、初めて耳にするものらしく、リンの説明を待っている。
「この世界で身分を証明するためのものよ。
調査団で仕事を受けたり、住居を借りたりするときにも必要になるの。
これからここで過ごすなら、持っておいた方がいいわ」
「なるほど……。この世界で活動するなら、必要なものですね」
美遊は説明に納得したように頷いた。
これから見知らぬ世界で行動することを考えれば、身分を証明するものが必要なのも当然だ。
「そういうこと。手続き自体は難しくないから、みんなも一緒に来て」
リンに促され、一行は受付へと向かった。
受付には、調査団の手続きを担当する女性が立っていた。
リンの姿を認めると、彼女は親しげな笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げる。
「あら、《衛宮婦人》。こちらにいらっしゃるのは珍しいですね。
お連れの方々については、すでにお話を伺っております。皆様の登録にいらしたのですか?」
「ええ。流石、耳が早いわね。この子たちの登録をお願いするわ」
リンは特に驚いた様子もなく、いつもの調子で受付嬢に応じた。
一方、《衛宮婦人》という呼び名を聞いた凛たちは、思わず互いの顔を見合わせる。
言葉の意味がわからないわけではない。
むしろ、その意味がわかってしまうからこそ、すぐには受け入れがたいものがあった。
とはいえ、受付嬢とのやり取りを遮ってまで問いただすわけにもいかない。
誰も口を挟めないまま、ひとまず話の成り行きを見守ることになった。
「かしこまりました。それでは、こちらの用紙にお名前などをご記入ください」
受付嬢は人数分の用紙を取り出し、一行へ差し出した。
イリヤたちはそれを受け取り、記入欄に目を通してから、それぞれ名前を書き込んでいく。
全員分の用紙が戻ってくると、受付嬢は一枚に記された名前を見て、ふと手を止めた。
「……遠坂、凛さん? リンさんと同じお名前なのですね」
用紙に目を落としたまま、彼女の視線が目の前のリンへと移る。
「ええ。遠い親戚のようなものよ」
リンはごく自然な調子で答えた。
特に動じる様子もないその返事に、受付嬢は納得したように頷く。
「そうでしたか。同郷の《転移者》の方々なのですね」
それ以上、受付嬢が詳しく尋ねることはなかった。
「ギルドカードのお渡しは、少しお時間をいただきます。
お食事が終わる頃に、またこちらへお越しください」
「わかったわ。ありがとう」
手続きを終えたリンは礼を告げ、イリヤたちを連れて受付を離れた。
「士郎が待ってるわ。こっちよ」
リンの後について、イリヤたちは甲板の端へと向かう。
そこでは士郎が、全員で座れる大きなテーブルのそばで待っていた。
テーブルには、すでにいくつかの料理が並んでいる。
大皿の上には、太い串に刺された厚切りの肉が豪快に盛りつけられ、
表面には香ばしい焼き色がついていた。焼き目の間から肉汁がじんわりと滲み、食欲をそそる。
そばには彩り豊かな野菜のサラダが添えられていた。
みずみずしい葉物に赤や黄色の野菜が混じり、鮮やかな色合いが目を引く。
別の器には湯気を立てるスープも用意され、温かな香りが鼻をくすぐった。
周囲の賑やかな音も相まって、食事への期待がいっそう膨らんでいく。
「わあ、美味しそう!」
イリヤは歓声を上げ、並んだ料理に目を輝かせた。
クロエも身を乗り出すようにして大皿を覗き込む。
「へえ、見た目からして豪快ね。こういうの、嫌いじゃないわ」
「ほら、みんな座って。料理が冷めちゃうわよ」
リンに促され、一行はそれぞれ席に着いた。
食事が始まると、イリヤはさっそく串に刺さった肉へと手を伸ばす。
厚みのある肉にかぶりつけば、香ばしい表面の下から熱い肉汁が溢れ、
噛むたびにしっかりとした旨味が口いっぱいに広がった。
「ん~! これ、すっごく美味しい!」
イリヤは頬を緩め、夢中で肉を味わう。
その隣ではクロエも一口頬張り、満足そうに目を細めていた。
「本当ね。見た目だけじゃなくて、味もしっかりしてるわ」
美遊も肉を一口味わってから、フォークを手に取り、サラダへと伸ばした。
新鮮な野菜は歯触りがよく、肉の濃厚な旨味の合間に口の中をさっぱりとさせてくれる。
温かなスープも、歩き回って疲れた身体に心地よかった。
ルヴィアもまた、上品に肉を口に運んでいた。
普段から上質な食事に慣れている彼女も、この肉の美味しさには感嘆したようだ。
口の中で旨味を確かめるように味わってから、感心した声を上げる。
「まあ……! このお肉、実に美味ですわね。
香ばしさもさることながら、噛むほどに旨味が広がりますわ」
その感想に、リンはどこか悪戯が成功したような笑みを浮かべた。
「でしょ? それ、【アプトノス】の肉よ」
「……アプトノス?」
聞き慣れない名前に、イリヤたちは顔を見合わせた。
口の中には、まだ肉が残っている。
咀嚼を続けながら何のことだろうと首を傾げていると、リンは楽しげに説明を続けた。
「ここに来る途中、出会わなかったかしら? 拠点の近くに生息している草食竜よ」
その瞬間、凛たちの動きがぴたりと止まった。
脳裏に浮かんだのは、道中で見かけた大人しい恐竜のような生き物。
草を食べながら、のんびりと歩いていたあの姿だった。
「……えっ。もしかして、あの大人しい恐竜のお肉?」
イリヤは手にした串を見つめながら、恐る恐る問い返す。
「ふふ、そうよ」
リンは笑顔のまま、あっさりと肯定した。
「そ、そんな……!? 恐竜のお肉、食べちゃった……」
イリヤは串を手にしたまま、呆然と呟いた。
つい先ほどまで美味しいと夢中になっていた料理の正体を知り、
なんとも言えない気持ちになったらしい。
一方、凛は慌てて串を皿へ戻すと、リンを睨みつけた。
「ちょっと!? そういうことは先に説明しなさいよ!」
「この世界で、普通の牛や鳥の肉が食べられると思う?」
リンは悪びれる様子もなく、むしろ面白がるように肩をすくめる。
「早めに慣れることね。それに、美味しかったでしょう?」
「そ、それは……」
凛は言葉に詰まった。
自分も先ほどまで美味しいと思って食べていたのだから、否定するわけにもいかない。
「ぐぬぬ……」
納得できない気持ちを押し殺すように唸る凛を見て、士郎は苦笑した。
「まあまあ。元の世界に帰ったときには、いい土産話になるじゃないか」
「誰が信用するのよ、そんな話……」
凛はがっくりと肩を落とした。
異世界で恐竜の肉を食べたなどと説明したところで、信じてもらえるとは思えない。
そもそも、自分自身でさえ、少し前までそんな経験をするなど想像もしていなかったのだから。
テーブルを囲む一行の間には、先ほどまでとは違った笑いが広がっていた。
アプトノスの肉に驚かされはしたものの、その美味しさまで否定することはできないようだった。