TS転生した俺、サキュバスらしい   作:ほんきょー

11 / 12
11. 作り置き

 家に帰ってきたのは、昼前だった。

 

 玄関で靴を脱ぎ、荷物を自分の部屋に置く。二人とも旅行に出ているせいか、いつもと変わらない家が少し広く感じた。

 

 冷蔵庫を開けて、昼飯を探す。母さんが作っておいてくれたおかずがあったので、それを温めて食べた。

 

 食器を洗い終え、時計を見る。

 

 まだ昼過ぎだ。

 

 二人は、旅行先で何をしたんだろう。

 

 どんなところだったのか。何を食べたのか。楽しかったのか。

 

 母さんは、きっと写真でも撮っているだろう。父さんは父さんで、何かしら話の種を持って帰ってくるに違いない。

 

 二人がどんな土産話を聞かせてくれるのか今から楽しみだ。

 

 そう思いながら、自分の部屋に戻った。

 

 漫画を読んだり、ゲームをしたりしているうちに、窓の外の光が少しずつ傾いていった。

 

 そろそろ帰ってくる頃だろうか。

 

 時計を確認して、また漫画に目を落とす。

 

 そんなことをしていると、玄関のチャイムが鳴った。

 

「はーい」

 

 俺は立ち上がり、玄関へ向かった。

 

 宅配便でも来たのだろうか。そう思って扉を開けると、警察官が二人、立っていた。

 

「……はい?」

 

 思わず、間の抜けた声が出た。

 

 警察官の一人が、俺の顔を確かめるように見た。

 

「高瀬紬さんですか?」

 

「……そうですけど」

 

「突然すみません。少し、お話をさせていただけますか」

 

 警察官はそう言って、手に持っていた帽子を握り直した。

 

 俺は二人の顔を見比べた。

 

 何かあったのだろうか。

 

 近所で事件でもあったのか。それとも、何か――。

 

「ご両親のことで、お伝えしたいことがあります」

 

 その言葉に、背筋が伸びた。

 

「……父さんと母さんに、何かあったんですか?」

 

 警察官はすぐには答えなかった。

 

 ほんの短い沈黙だったはずなのに、やけに長く感じた。

 

「本日、ご両親が乗っていた車が交通事故に遭いまして」

 

「……事故?」

 

 聞き返した声が、自分でも妙に遠く聞こえた。

 

 事故。車。父さんと母さん。

 

 言葉は分かるのに、それがどうつながるのか、うまく頭に入ってこない。

 

「……怪我、したんですか? どこの病院ですか」

 

 早く教えてほしかった。

 

 どこの病院なのか分かれば、そこへ行けばいい。怪我をしているなら、二人に会って、話をすればいい。

 

 警察官の手が、帽子を握る力をわずかに強めた。

 

 そして、二人そろって頭を下げた。

 

「……お二人とも、搬送先の病院で亡くなられました」

 

「……え?」

 

 何を言われたのか、分からなかった。

 

 亡くなった。

 

 父さんと母さんが。

 

 さっきまで、旅行の話を聞くつもりでいたのに。

 

「……え、だって」

 

 続きが出てこなかった。

 

 何か言わなければいけない。そう思うのに、何を言えばいいのか分からない。

 

 警察官が何かを説明していた。事故が起きた場所や、病院のことだったのかもしれない。

 

 けれど、ひとつも頭に残らなかった。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられなかった。

 

     *

 

 案内された部屋には、二つの台が並んでいた。

 

 その上に、白い布を胸元まで掛けられた人が横たわっている。

 

 父さんと母さんだった。

 

 顔を見れば分かる。間違えるはずがない。

 

 父さんは目を閉じていた。母さんも、いつも眠るときと同じように目を閉じていた。

 

 ただ、二人とも、俺が来たことに気づかない。

 

「ご両親で、間違いありませんか」

 

 そばにいた人が、静かに尋ねた。

 

 返事をしなければいけない。

 

 そう分かっているのに、声が出なかった。

 

 父さんの顔を見る。

 

 母さんの顔を見る。

 

 何度見ても、二人は目を開けない。

 

 昨日の朝、二人は「行ってきます」と言って出かけていった。

 

 帰ってきたら、旅行の話を聞くつもりだった。

 

 どこに行ったのか。何を食べたのか。楽しかったのか。

 

 聞きたいことが、いくらでもあった。

 

 なのに。

 

「……っ」

 

 喉の奥が詰まった。

 

 息を吸おうとしても、うまく吸えない。

 

 目の前が滲んだ。

 

 手でいくら拭っても、涙はとめどなく溢れてくる。

 

 父さん。

 

 母さん。

 

 呼びたかった。いつもみたいに、二人の名前を呼ぶように声をかけたかった。

 

 でも、何を言っても、もう返事は返ってこない。

 

     *

 

 家に戻るころには、外は暗くなり始めていた。

 

 警察の人と、これからのことを相談するために来てくれた人が一緒だった。俺が一人きりにならないよう、しばらくそばにいてくれるらしい。

 

 何を話したのか、あまり覚えていない。

 

 聞かれたことには答えたと思う。けれど、明日からどうするのか、これからどこで暮らすのか。そういう話をされても、考えることができなかった。

 

 今は、何も考えたくなかった。

 

 それでも、家に帰ってきたら、腹が減っていることに気づいた。

 

 昼飯を食べてから、何も口にしていない。

 

 夕飯を食べないと。

 

 いつもなら、母さんに何か聞けばよかった。

 

 今日の夕飯は何?

 

 冷蔵庫に何かある?

 

 これ食べていい?

 

 そんなことを聞けば、母さんは台所から顔を出して、すぐに教えてくれた。

 

 俺は台所へ行き、冷蔵庫を開けた。

 

 中には、作り置きのおかずが並んでいた。タッパーには、それぞれ中身が分かるように名前が書いてある。

 

 母さんの字だった。

 

 何を食べよう。

 

 そう思って、手を伸ばしかけたところで止まった。

 

 これを食べ終えたら、もう母さんが作ってくれた料理はなくなる。

 

 明日も、その次の日も、母さんが台所に立つことはない。

 

 夕飯のときに今日あったことを話したり、冷蔵庫の中身を聞いたり。そんな何気ないやり取りも、もうできない。

 

 タッパーに伸ばしかけた手を、ゆっくり下ろした。

 

 俺は、冷蔵庫の前に立ったまま動けなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。