TS転生した俺、サキュバスらしい   作:ほんきょー

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18.いつものこと

 あれから、二年近くが過ぎた。

 

 俺は中学生になっていた。

 

 朝、制服に着替えて鏡の前に立つ。

 

 去年買い替えたばかりの制服も、少し窮屈になっていた。袖を引っ張ってみるけれど、やっぱり短い。

 

 また大きくなったらしい。

 

 「はあ……」

 

 ついため息が出る。

 

 身長だけではない。身体つきも、少しずつ変わっている。昔の服はもう着られないし、鏡に映る顔も、以前とはずいぶん違って見えた。

 

 そうした変化とは裏腹に、生理はいつの間にか来なくなっていた。

 

 最初の頃は毎月のようにあったのに、サキュバスになった影響だろうか。

 

「……まあ、面倒がなくていいか」

 

 口にしてから、小さく笑った。

 

 この身体になってよかったことなんて、何もないと思っていた。

 

 でも、生理が来ないのは少しだけ楽だ。

 

 そんなことを、よかったことに数えている自分がおかしかった。

 

 別に嬉しいわけじゃない。

 

 ただ、もうどうでもよかった。

 

 

 

 

 教室では、いつも何人かが俺の周りにいた。

 

 その日も、テストが返ってくると、隣の席の女子が答案を覗き込んできた。

 

「紬、やっぱすごいね」

「そう?」

「そう? じゃないよ。これも満点じゃん」

 

 答案を見せると、相手は呆れたように笑った。

 

「勉強してるの?」

「まあ、家に帰っても暇だし」

「それでこんなに取れるんだ……」

 

 何かを目指して頑張っているわけではない。施設に帰ってもやることがないから、問題集を解いているだけだった。

 

「ねえ、今度の日曜日って空いてる?」

 

 答案をしまっていると、別の女子が声をかけてきた。

 

「どうして?」

「みんなで遊びに行こうって話してて。紬もどうかなって」

「その日は予定があるから」

「そっか。じゃあ、また今度ね」

 

 相手は残念そうにしながらも、すぐに別の話題へ移っていった。

 

「紬ちゃんって、ほんと綺麗だよね」

 

 その言葉に、別の女子が頷く。

 

「分かる。制服着てるだけなのに、なんか目立つもん」

「そんなことないよ」

 

 適当に笑って返す。

 

「いやいや、絶対そうだって。男子もよく見てるし」

 

 そう言われて、少しだけ教室を見回した。

 

 確かに、こちらを見ている男子が何人かいた。目が合うと、慌てて視線を逸らす。

 

 こういうことは珍しくない。

 

 休み時間に話しかけられることもあるし、授業で分からなかったところを聞かれることもある。俺から誰かに話しかけることはほとんどないけれど、向こうから来る分には普通に返事をしていた。

 

 容姿についても、よく褒められる。

 

 鏡を見れば、自分の顔が整っていることくらい分かる。周りからどう見られているのかも、もう理解していた。

 

 褒められて嫌な気分になるわけではない。誰かに好意を持たれることだって、悪いことばかりではないのだと思う。

 

 でも、相手が見ているのは今の俺の姿だ。そこに俺がどう思っているかなんて、関係ない。

 

 俺が化け物だということを知ったら、どうせ全員離れていく。だから仲良くなったところで意味なんてない。

 

 放課後、帰ろうとしていたところを男子に呼び止められた。

 

「あの、ちょっといい?」

 

 またか。

 

 声をかけてきた男子は、妙に落ち着かない様子だった。

 

 周囲を気にしながら、何度も口を開きかけては閉じている。

 

 何を言いたいのかは、すぐに分かった。

 

「好きです。付き合ってください」

 

 俺は少しだけ悩んだふりをして、首を横に振った。

 

「ごめんなさい」

 

「そっか……急にごめん」

 

 男子は気まずそうに笑って、そのまま離れていった。

 

 その背中を見送ってから、俺は鞄を持ち直した。

 

 こういうことは、これが初めてではない。

 

 手紙を渡されたこともあるし、直接呼び出されたこともある。相手は違っても、言われることは大体同じだった。

 

 まあ、自分が男だったら、告白の一つくらいしたくもなるのかもしれない。

 

 そんなことを考えて、少しだけ笑った。

 

 俺は、もう女として見られている。

 

 それをわざわざ訂正する気もなかった。

 

 以前なら、そんなふうに見られること自体が嫌だったはずだ。

 

 今でも、男に好意を向けられても嬉しくない。

 

 ただ、否定したところで何も変わらない。周りにとっては、俺は最初から女の子なのだから。

 

 

 

 

 施設に帰ると、いつものように食事を済ませ、自分の部屋に戻った。

 

 宿題を終わらせ、問題集を開く。

 

 何問か解いたところで、身体の奥に小さな違和感を覚えた。

 

 ……そろそろか。

 

 俺は問題集を閉じ、机の端に置いていた手帳を開いた。

 

 今週は、明日なら時間が取れる。明後日は学校の課題があるし、その次の日は施設で予定が入っていた。

 

 なら、明日の帰りにするか。

 

 空いている時間を確認して、予定を書き込む。

 

 場所はどうしよう。

 

 最近はいつもの場所へ行くと、こちらを見てくる男が増えた気がする。

 

 以前なら、力を使ったときだけだった。けれど最近は、何もしていないのに視線を向けられることがある。

 

 この前も、何度か目が合った。

 

 目を逸らしても、しばらくするとまた視線を感じる。

 

 最初は偶然だと思っていた。けれど、別の日にも同じようなことがあった。

 

 どこかで噂にでもなっているのだろうか。

 

 今まで使っていた場所は、そろそろ避けた方がいいかもしれない。別の場所を探そう。

 

 手帳に書いた予定を見つめる。

 

 明日の帰り。場所は別のところ。

 

 たったそれだけのことだった。

 

 ペンを置こうとして、手が止まった。

 

 明日になれば、またあれをする。

 

 相手を探して、近づいて、力を使う。

 

 何度繰り返しても、好きにはなれなかった。

 

 相手の顔を思い出すこともある。自分が何をしたのか、忘れたわけでもない。

 

 あの夜のことだって、今でも思い出したくない。

 

 それなのに、手帳には明日の予定として書き込んでいる。

 

 まるで、学校の課題や施設の予定と何も変わらないみたいに。

 

「……ほんと、最悪」

 

 小さく呟いた。

 

 書いた予定を消そうとは思わなかった。

 

 飢えを放っておくことはできない。何もしないまま限界を迎えれば、またあの夜のようになるかもしれない。

 

 それだけは避けたかった。

 

 嫌なものは嫌だ。

 

 何度やっても、慣れたくなんてない。

 

 それでも、やらなければ生きていけない。

 

 俺は手帳を閉じ、再び問題集に目を落とした。

 

 その日の夜も、いつもと同じように過ごしていた。

 

 宿題を終わらせ、風呂に入る。髪を乾かして、部屋に戻る。

 

 机の上には、明日の授業で使う教科書が置いてあった。

 

 少しだけ予習をしておこうと思ったけれど、今日はもういいかと閉じた。

 

 ベッドに腰を下ろす。

 

 窓の外は暗く、部屋の中には時計の音だけが響いていた。

 

 明日は何の授業があっただろう。

 

 そんなことを考えながら、机の上に置いた時間割に目を向ける。

 

 明日も学校がある。

 

 帰ってきたら、食事をして、宿題を済ませる。時間があれば、受験勉強も進めて、それから寝る。

 

 いつもと同じだ。

 

 ふと窓を見ると、そこに自分の姿が映っていた。

 

 昔は、こうして自分の姿を見るたびに違和感を覚えていた。

 

 どうしてこんな身体になってしまったのか。

 

 どうして自分が、こんな目に遭わなければならなかったのか。

 

 元に戻りたいと思っていた。

 

 母さんと父さんが生きていた、あの温かい日常に戻りたかった。

 

 普通の人間として生きたい。

 

 そう願っていたはずだった。

 

 けれど、今はもう違う。

 

 元に戻れるわけがない。明るい未来を考えることにすら、疲れてしまった。

 

 元に戻る方法を探すことも、誰かに助けを求めることもしていない。

 

 ただ、明日もいつもと同じように起きて、学校へ行き、帰ってくる。

 

 そんな日々を繰り返していくだけだった。

 

 俺は布団を引き寄せ、目を閉じた。

 

 ……私は、これからもこんな意味のない日を生きるのか。

 

 ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。

 

 自分のことを考えていたはずなのに、いつもと違う言葉だった。

 

 私は。

 

 そう思ってから、少しだけ間が空いた。

 

 今、俺は何を考えた?

 

 もう一度、頭の中で言葉を繰り返す。

 

 私は。

 

 今、自分のことをそう呼んだ。

 

 以前なら、すぐに否定していたと思う。

 

 俺は男だった。

 

 今の身体がどうであろうと、それだけは変わらない。

 

 そうやって、何度も自分に言い聞かせていた。

 

 けれど、今は何もする気になれなかった。

 

 違う、と否定するのも。

 

 俺は俺だ、と主張するのも。

 

 もう、疲れていた。

 

 どうでもよかった。

 

 私は、明日も学校へ行く。

 

 帰ってきたら食事をして、宿題を済ませて、眠る。

 

 それだけだ。

 

 ……私は、なんで生きてるんだろう。

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