TS転生した俺、サキュバスらしい   作:ほんきょー

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2.明日も一緒に

 もう、慣れたものだった。

 

 何をすればいいのかも、どうすればいいのかも分かっている。

 

 相手の反応を確かめながら、必要なことを淡々とこなす。

 

 初めての頃のように戸惑うことも、躊躇うこともなくなった。

 

 そうしなければ生きていけないのだから、仕方がない。

 

 そう自分に言い聞かせても、嫌悪感は消えてくれなかった。

 

*

 

 自分が女になったという事実には、少しずつ慣れてきた。

 

 最初は何をするにも戸惑ったけど、毎日過ごしていれば慣れるものらしい。服も、食事も、母さんや父さんとの暮らしも。

 

 もちろん、今でもふとした瞬間に思い出すことはある。

 

 それでも、今の生活は思っていたより悪くなかった。

 

 そうやって生活していくうちに、幼稚園に通うようになった。

 

 友達もできたし、先生から頼まれごとをされることもある。友達と一緒になってはしゃぐこともあるし、虫を見つければつい追いかけてしまう。

 

 前の人生の記憶があるとはいえ、今の俺は子供だ。身体だって小さいし、できないことも多い。周りの子たちと遊んでいれば、案外普通に楽しんでしまう。

 

 そんな幼稚園でのある日、園庭の隅から言い合う声が聞こえてきた。

 

「今、タッチしたじゃん!」

 

「してないわ。髪の先に少し触っただけでしょう?」

 

「触ったもん!」

 

「髪に触ったらタッチになるの? それなら、髪が長い人のほうが捕まりやすいことになるじゃない」

 

「そんなの知らないよ!」

 

「知らないなら、決めておかないと駄目でしょう?」

 

 声を上げているのは、あまり話したことのない女の子だった。

 

 長い髪を背中に垂らしたその子の周りには、何人かの子が集まっている。どうやら鬼ごっこの途中で揉めたらしい。

 

「もういいじゃん、澪ちゃん!」

 

「よくないわ。次からどうするのか決めないと、また同じことになるもの」

 

 澪と呼ばれた女の子は、周りの子たちを順番に見ていた。

 

 どうやら、まだ納得していないらしい。

 

「澪ちゃんって、ほんとめんどくさい」

 

「どうして? 私が間違っているなら、どこが間違っているのか教えてよ」

 

 話が堂々巡りになっている。

 

 周りの子たちは、もう鬼ごっこを続けたいのだろう。正しいかどうかより、いつまでも言い合いが終わらないことに困っているようだった。

 

 でも、彼女の言い分も分かる。

 

 髪に触れたらタッチになるのか。そういうルールを決めていなかったのなら、どちらの言い分も分からなくはない。

 

 遊びなんだから多少はいいだろう、という考え方もあるけど、それなら次からルールを決めればいい。

 

「髪に触っただけでタッチになるか、決めてなかったんだろ? なら、今のはなしにして、次から決めればいいんじゃねえの」

 

 気づけば、口を挟んでいた。

 

 何人かがこっちを向く。

 

「でも、触ったじゃん!」

 

「触ったのは分かるけど、髪でもいいって決めてたわけじゃないんだろ?」

 

「でも、触ったのは本当だし……」

 

 相手の子は、まだ納得していない様子だった。

 

「うーん……」

 

 周りの子たちも顔を見合わせている。

 

「じゃあ、今回はなしにして、次から決めればいいんじゃないか?」

 

 そう言うと、何人かが頷いた。

 

「……まあ、紬ちゃんがそう言うなら、いっか」

 

「じゃあ、次からは髪はなしね!」

 

「うん、それでいいよ。もう遊ぼう!」

 

「次はぼくが鬼ね!」

 

 そんな声が上がり、子供たちは再び遊び始めた。

 

「……そういうこと」

 

 彼女がこちらを見た。

 

「最初からそう言ってるのに、みんな聞いてくれないんだもの」

 

「まあ、どこまでがタッチなのか決まってなかったら、また揉めるしな」

 

「そうでしょう?」

 

 彼女は少し嬉しそうにうなずいた。

 

 自分の考えを分かってもらえたのが嬉しいのか、彼女の顔には小さな笑みが浮かんでいた。

 

 俺なら、途中で話を切り上げてしまうかもしれない。そもそも、ここまで細かく考えずに遊んでいると思う。

 

 でも、彼女は違う。

 

 自分が正しいと思ったことを、相手に伝わるまで説明しようとする。相手が納得していないなら、どこが違うのかを知ろうとする。

 

 それがいつも上手くいくわけじゃないことくらい、見ていれば分かる。それでも、彼女は自分の考えを簡単には引っ込めない。

 

 俺には、そこまで真っ直ぐに考え続けることはできない気がした。

 

 彼女はその場に残っていた。俺も、特に急いで戻る必要はなかったので、近くにいた。

 

「ありがとう」

 

「別に。俺もそう思っただけだし」

 

「うん」

 

 彼女は少し考えるようにしてから、俺のほうを向いた。

 

「あなた、名前は?」

 

「高瀬紬」

 

「つむぎ? どんな字を書くの?」

 

「糸へんに、由って書く」

 

「ふうん……」

 

 彼女は何かを考え始めた。

 

 幼稚園児に漢字の説明をしても、ちゃんと伝わるかは分からない。けど、聞かれたからには答えてみた。

 

「紬って、糸を紡ぐことと関係あるのかな」

 

「さあ。どうなんだろうな」

 

「糸を紡いで、布を作るんでしょう?」

 

「たぶん」

 

「じゃあ、人と人をつなげるって意味もあるのかもしれないね」

 

 思わず彼女を見た。

 

 名前の漢字から、そんなことを考えるのか。

 

 俺は自分の名前の意味なんて、ろくに考えたこともなかった。

 

「人と人をつなげるって、どういうこと?」

 

「糸をつなげて布を作るみたいに、人と人をつなげるの。そういう人になってほしいってことかもしれない」

 

 彼女は自分の考えに納得したようにうなずいた。

 

「いい名前だね」

 

 なんでもないことのように言われて、返事に困った。

 

 自分の名前に、そんな意味があるかもしれないなんて考えたこともなかった。

 

 父さんと母さんは、どんな気持ちでこの名前をつけたんだろう。

 

 今度、聞いてみようか。

 

「……そうだな。いい名前かもな」

 

 少し遅れて、そう答えた。

 

「私は白石澪。水が流れるところの、澪」

 

「へえ。どういう意味なんだ?」

 

「船が通る水の道のことなんだって。お母さんが教えてくれたの」

 

「水の道?」

 

「うん。船が迷わず進めるようにする道なんだって」

 

 彼女は少し得意そうに続けた。

 

「私、この名前が気に入ってるの」

 

「そうなんだ」

 

「紬の名前もいいと思う。人と人をつなげるって、なんかいいでしょう?」

 

 澪は自分の名前の意味を話すのが好きらしい。

 

 あまりにも嬉しそうに、自信満々に名前のことを語るものだから、なんだか俺の名前にも本当にいい意味があるように思えてくる。

 

「まあ、悪くないな」

 

「でしょう?」

 

 彼女、いや澪は満足そうにうなずいた。

 

 少しおかしくなって、俺は笑った。

 

 そのあと、俺たちは一緒に遊んだ。

 

 次の日、澪は一人で図鑑を見ていた。

 

「何見てるんだ?」

 

「虫の図鑑」

 

「好きなの?」

 

「好きというか、昨日見た虫が何なのか知りたいの」

 

「昨日の?」

 

「あなたが見ていた虫よ」

 

 そういえば、そんなこともあった。

 

「もう見つけたのか?」

 

「まだ。色と形が似ている虫がいくつかあって、どれなのか分からないの」

 

「へえ」

 

「昨日の虫、どんな色だった?」

 

「黒っぽかったと思う」

 

「黒っぽい、だけ?」

 

「そんな細かく覚えてねえよ」

 

「そう……」

 

 澪は少し残念そうに図鑑へ目を戻した。

 

 俺は隣からページを覗き込んだ。

 

「これとか、似てないか?」

 

「どれ?」

 

「これ」

 

 澪は指の先を見て、図鑑と俺の顔を交互に見た。

 

「確かに似ているわね。でも、足の形が違う気がする」

 

「そこまで分かるのか」

 

「だって、ここに描いてあるもの」

 

 澪は図鑑の絵を指でなぞった。

 

 俺には、どれも似たような虫に見える。言われてみれば違いがあるのかもしれないが、そこまで気にしたことはなかった。

 

「よく見てるな」

 

 そう言うと、澪は少しだけ顔を上げた。

 

「……そう?」

 

「うん。俺には同じに見える」

 

「違うわ。こっちは足が長いし、触角の形も違うもの」

 

 澪はまた説明を始めた。

 

 正直、全部を理解できたわけではない。

 

 それでも、話を聞いているうちに、さっきまで同じに見えていた虫が少しずつ違って見えてきた。

 

 こういうのは、ちょっと面白い。

 

 自分一人だったら、虫を見つけて終わりだっただろう。名前を調べようとも思わなかった。

 

 澪といると、自分では気に留めないことに気づかされる。

 

 それから、俺たちは少しずつ一緒に過ごすようになった。

 

 毎日ずっと一緒にいるわけではない。ほかの子に誘われればそちらで遊ぶし、澪も一人で図鑑を読んでいることがある。

 

 それでも、気づけば近くにいることが増えていた。

 

 澪は相変わらず、気になったことをそのまま口にする。

 

「どうしてそう思ったの?」

 

「なんとなく」

 

「なんとなくじゃ分からないわ」

 

「じゃあ、分かるまで考えてみれば?」

 

「……そうね」

 

 澪は本当に考え始めた。

 

 冗談のつもりだったのに。

 

 そういうところは、少し面白いと思う。

 

 俺が何かを話せば、澪はちゃんと聞いてくれる。分からなければ質問するし、自分と違う考えでも、すぐに否定することはない。

 

 だから俺も、澪の話を聞く。

 

 知らなかったことを知るのは、思っていたより楽しかった。

 

 ある日の帰り際、澪が言った。

 

「明日も、虫を探す?」

 

「虫がいたらな」

 

「じゃあ、明日も一緒に探しましょう」

 

「いいな」

 

 澪は満足そうにうなずき、先生のところへ戻っていった。

 

 俺も帰り支度をしながら、明日は何をして遊ぼうかと考えた。

 

 明日も、澪と一緒に遊ぶことになりそうだった。

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