次の日、俺たちは園庭で虫を探していた。
「こっちにはいないわね」
「まだ探してないところもあるだろ」
「でも、さっき見た場所にはいなかったもの」
「じゃあ、別のところを探せばいいじゃん」
澪は少し考えてから、植え込みの向こうをのぞき込んだ。俺も隣からのぞいてみる。
「あ、いた!」
葉っぱの裏に、小さな虫がとまっていた。
「昨日のとは違うわね」
「そうなのか?」
「ええ。こっちは背中に模様があるもの」
澪はしゃがみ込んで、虫をじっと観察していた。俺も隣にしゃがんで、逃げないようにそっと葉っぱを押さえる。
「捕まえる?」
「待って。もう少し見ていたいわ」
結局、しばらく二人でその虫を眺めてから、別の場所へ移動した。
園庭をひと回りしたころには、二人とも靴に土がついていた。
「今日はこれくらいにしておくか」
「そうね。また明日も探しましょう」
「明日は別のところから探そうぜ」
澪はうなずいた。
家に帰ると、俺は母さんに今日のことを話した。
「それでね、葉っぱの裏に虫がいてさ」
「まあ、見つけたのね。何の虫だったの?」
「澪が知ってるかもしれないから、明日また図鑑で調べるんだって」
話しているうちに、母さんが夕飯の支度を始めた。俺はそのそばで今日あったことを話し続けた。
「ふふ、紬はお友達と遊ぶのが好きね」
「うん。楽しかった」
夕飯を食べて、風呂に入って、寝る支度をする。
布団に入ってから、明日は何をして遊ぼうかと考えた。虫探しの続きをするのもいいし、別の遊びをしてもいい。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠っていた。
それからも、澪とはよく一緒に遊んだ。
砂場で山を作ったり、教室でお絵描きをしたり。園庭で鬼ごっこをするときには、ほかの友達も一緒になった。
「紬ちゃん、次はこっちのチームね!」
「分かった。じゃあ、そっちは頼んだぞ」
そんなふうに声をかけられることも珍しくなかった。
みんなで砂場に山を作っていたとき、澪がふと思いついたように言った。
「ここにトンネルを作ったら面白そうね」
「いいな。やってみようぜ」
みんなで掘り始めたものの、途中で砂山が崩れてしまった。
「あーあ、壊れちゃった」
「もう一回作ろうよ」
「今度はこっちを残した方がいいと思うわ」
澪が指さした場所を見て、俺はなるほどと思った。
「じゃあ、そこは残しておこうぜ」
今度は別の場所から掘り始める。結局、思っていたようなトンネルはできなかったけれど、みんなで騒ぎながら遊んでいるうちに、いつの間にか別の遊びが始まっていた。
別の日には、教室で一緒にお絵描きをした。
「それ、何を描いてるんだ?」
「公園よ。ここに大きな木があって、こっちにベンチがあるの」
「へえ。じゃあ、遊具も描こうぜ」
「遊具?」
「滑り台とか、ブランコとか」
「いいわね。じゃあ、私は滑り台を描くから、紬はブランコを描いて」
「分かった!」
澪はそう言って、紙の空いているところに滑り台を描き始めた。
俺が思いつきで何かを付け足せば、澪もそれに乗ってくる。反対に、澪が何かを言い出して、俺が別の案を出すこともあった。
前世の記憶がある俺でも、子供らしく夢中になって遊ぶことはある。澪と一緒だと、互いの思いつきに乗ったり、自分の考えを話したりしているうちに、自然と遊びが続いていった。
ある日の夕方。
帰り支度を終えて園庭に出ると、澪がまだ友達と話していた。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、またね」
澪がこちらに気づいて、俺のところへやってきた。
「紬、帰るの?」
「うん。母さんが待ってるから」
「そう。じゃあ、また明日ね」
俺たちはそれぞれの母親のところへ向かった。
母さんは、澪と一緒に帰ろうとしていた女性に気づくと、俺の方を見た。
「紬、その子がいつも一緒に遊んでいる澪ちゃん?」
「うん、そうだよ」
「そうなのね。こんにちは。うちの紬がいつもお世話になっています」
母さんが挨拶すると、澪のお母さんも笑顔で会釈した。
「こんにちは。こちらこそ、澪から紬ちゃんのお話をよく聞いています」
「そうなんですか?」
「ええ。園で何をしたとか、どんな話をしたとか。家に帰ってから、いろいろ話してくれるんですよ」
澪は隣で、少しだけ居心地が悪そうにしていた。
「お母さん、そんなに話していないわ」
「そう? 私はけっこう聞いている気がするけど」
澪のお母さんがそう返すと、母さんが楽しそうに笑った。
「紬も、家でよく澪ちゃんの話をするんですよ。せっかくですし、今度一緒にお出かけしませんか? 週末なら、近くの自然公園でお昼でも食べられそうですし」
「いいですね。澪も喜ぶと思います」
澪は母親を見上げた。
「公園に行くの?」
「ええ。紬ちゃんたちも一緒よ」
「そう。行きたいわ」
その返事を聞いて、母さんはさらに嬉しそうな顔をした。
こうして、週末にみんなで公園へ行くことになった。
週末。
待ち合わせた自然公園には、広い芝生と木々があった。父さんは荷物を持ち、母さんは俺と並んで歩いていた。
「澪ちゃんたち、もう来てるかな?」
「向こうにいるんじゃないか?」
父さんが指さした先に、澪と両親の姿が見えた。
「お待たせしました」
「いえ、うちも今来たところです」
母さんたちが挨拶を交わしている間に、俺は澪のところへ駆け寄った。
「澪、何して遊ぶ?」
「まだ決めていないわ。あそこに広い場所があるから、走ることもできそうね」
「じゃあ、あとで鬼ごっこしようぜ」
「いいわよ」
昼食を食べる場所を決めてから、俺たちは芝生の近くで遊んだ。
少し走り回ったあと、持ってきた昼食を広げる。父さんが荷物を下ろして、弁当や水筒を取り出していると、母さんが言った。
「荷物を持ってくれてありがとう。助かったわ。私だけだったら、途中で何か落としていたかもしれないもの」
「……そうか」
「いつも頼りになるわね」
父さんは箸を持ったまま、少しだけ目を逸らした。
「別に、荷物を持っただけだ」
「あら、それでも助かったのよ?」
母さんは不思議そうに首を傾げた。
父さんはそれ以上何も言わず、弁当に目を戻した。
……また始まった。
俺は小さく息を吐いた。
母さんは本当に思ったことをそのまま口にする。父さんは褒められると、いつも少し困った顔をする。
いつものことだ。
それを見ていた澪が、俺に小声で尋ねた。
「紬のお父さんは、褒められるのが苦手なの?」
「たぶん。いつもあんな感じだよ」
「そうなのね」
澪は納得したように頷き、それから父さんを見た。
「でも、荷物を持ってくれたのなら、頼りになるというのは本当でしょう?」
「まあ、そうだけど」
「だったら、恥ずかしがることなんてないと思うわ」
「本人に言ってやれば?」
「そうね」
澪が真面目な顔で父さんのほうを向きかけたので、俺は慌てて止めた。
「いや、今はいいって」
「どうして?」
「……食べてるところだから」
「そう」
澪は素直に弁当へ目を戻した。
危なかった。
父さんがどんな顔をするか、少し見てみたい気もしたけど。
向かいでは、澪のお父さんが弁当を食べながら、澪と話していた。
「お父さん、木の下にいると影ができるでしょう?」
「そうだね」
「でも、さっきと比べると影の向きが変わっているわ。どうしてなの?」
澪のお父さんは、少し考えてから空を見上げた。
「太陽の位置が変わってきたからだよ。太陽の光が当たる向きが変われば、影の向きも変わるんだ」
「じゃあ、もっと時間が経ったら、影はもっと長くなるの?」
「夕方になれば、長くなるはずだね」
澪は芝生に伸びる影を見た。
「あとで確かめてみたいわ」
「いいね。帰る前に見てみようか」
そのやり取りを聞いていた澪のお母さんが、弁当箱を指さした。
「その前に、二人ともちゃんと食べてね。話に夢中になっていると、お昼が終わらないわよ」
「そうだった」
「分かったわ」
二人はそろって弁当に向き直った。
母さんがそれを見て、楽しそうに笑った。
「澪ちゃんのおうちも、よくお話しするんですね」
「そうですね。気になることがあると、つい話が長くなってしまって」
澪のお母さんは、そう言って夫の方を見た。
「お父さんの方が、特にね」
「えっ、僕だけかな?」
「この前も、買い物に行く前に話し込んでいたでしょう?」
「あれは、澪が聞いてきたから……」
「はいはい。分かってますよ」
澪のお母さんは笑いながら、夫の弁当箱に残っていたおかずを勧めた。
食事を終えると、俺たちは再び芝生の方へ向かった。
鬼ごっこをしたり、木の根元をのぞき込んだり、見つけたどんぐりを集めたり。澪は途中で木の影を確かめに行き、少し前と向きが変わっていることに気づくと、父親に報告していた。
帰るころには、俺のポケットはどんぐりでいっぱいになっていた。
「そんなに集めたの?」
「気づいたらいっぱいになってた」
「私ももっと探せばよかったわ」
澪が俺のポケットをのぞき込む。いくつか手に取って眺めたあと、自分が拾ったどんぐりも並べ始めた。
「こっちは少し大きいわね」
「ほんとだ。こっちの方が丸いぞ」
二人でどんぐりを見比べていると、母さんに声をかけられた。
「紬、そろそろ帰るわよ」
「はーい」
澪も母親に呼ばれ、名残惜しそうにどんぐりから手を離した。
「また明日ね、紬」
「うん、また明日」