紬と一緒に遊ぶようになってから、私はいつの間にか紬のことを気にするようになっていた。
ある日のこと。
おもちゃの車で遊んでいた男の子たちが、何やら言い合いをしていた。
「それ、ぼくが使ってたのに!」
「でも、もう使ってなかったじゃん!」
二人とも車を手に持ったまま、譲ろうとしない。
先生が来る前に、紬が二人の間に入った。
「じゃあ、こっち使えばいいんじゃない? 同じの、まだあるよ」
紬は近くにあった車を一つ拾って、片方の子に渡した。
「こっちは?」
「……いいよ」
少しすると、二人は何事もなかったように遊び始めた。
紬も、それを見届けると自分の遊びに戻っていった。
紬は、こういうことがよくある。
また別の日には、作っていた積み木のお城が崩れてしまい、泣きそうになっている子がいた。
紬はその子の隣に座ると、散らばった積み木を拾い始めた。
「もう一回作ろうぜ。今度はここを大きくしたら、倒れないんじゃないか?」
「……うん」
二人は並んで積み木を積み直していた。
紬は、先生みたいだ。
そう思った。
先生は、困っている子がいたら声をかけてくれる。紬も、そういうことをする。
でも、どうして紬は、何をすればいいのかすぐに分かるのだろう。
私は少し考えたけれど、よく分からなかった。
そんな紬には、ほかの子と少し違うところもあった。
着替えの時間になると、みんなは遊びをやめて着替え始める。
紬も遊んでいたおもちゃを片づけると、すぐに着替えようとした。
「紬ちゃん、そっちじゃないよ!」
女の子の一人が声をかける。
「え? ああ、そうか」
紬は一度手を止めて、女の子たちの方へ移動した。
私はその様子を見て、少し不思議に思った。
紬は、こういうことをあまり気にしていないみたいだった。
別の日、女の子たちが服の話をしていた。
「新しい服を買ってもらったんだ!」
「いいなあ。どんな服?」
「お花がついてるの!」
楽しそうに話す声が聞こえてくる。
「紬ちゃんも、こういうかわいい服が似合いそうだよね」
突然名前を出された紬は、少し困ったような顔をした。
「そうかな。動きやすい服の方がいいけど」
「えー、絶対かわいいよ!」
紬は笑ってごまかしていた。
私は、紬がかわいい服を着ているところを想像した。
……似合うと思う。
そう考えてから、私は何を想像しているのだろうと思った。
別に、紬がどんな服を着ていても、紬は紬なのに。
私は考えるのをやめて、本を開いた。
ある日、同じクラスの子が迷路の本を持ってきた。
「これ、家にあったんだ!」
その本を見て、紬が顔を上げた。
「あ、それ俺も持ってる!」
「ほんと? ここ、難しいんだよ」
「俺、ここまでやってるから、ここからやろう」
二人は本を広げて、迷路を始めた。
私は少し離れたところで、いつもの本を読んでいた。
あの迷路の本は、私も紬と一緒に遊んだことがある。
どちらの道を通れば早く進めるのか。途中で行き止まりになったら、どこで間違えたのか。二人で考えるのは楽しかった。
でも、今日は紬が別の子と遊んでいる。
私は手元の本に目を落とした。
さっき読んでいたところを、もう一度読む。
でも、向こうから声が聞こえると、つい顔を上げてしまう。
「違うよ、そっち行き止まりだよ!」
「えー、こっちじゃないの?」
「こっちだって。ほら、ここにつながってるだろ」
二人とも楽しそうだった。
紬、あんなに笑ってる。
私とやったときも、あんなふうに笑っていた。
私は本に目を戻した。
次のページを開いてみたけれど、なんだか読む気になれなかった。
もう一度、二人の方を見る。
紬が、こっちに気づいた。
「澪、これ見て! ここ、すごい難しいんだよ」
紬が本を持ち上げて見せてくる。
「……そうね」
「澪なら分かるかな?」
「分かるわよ。見せて」
私は立ち上がって、二人のそばに行った。
迷路は確かに難しかった。道がいくつも分かれていて、途中で何度も行き止まりになっている。
私は少し考えてから、指で道をたどった。
「ここから行けばいいんじゃないかしら」
「おお、ほんとだ!」
紬が声を上げた。
その隣で、もう一人の子も本をのぞき込んでいる。
私は紬の指の先を見た。
さっきまで、少しだけ嫌な気持ちだった。
でも、紬がいつもみたいに話しかけてくれたので、もういいことにした。
何が嫌だったのかは、よく分からなかった。
家に帰ると、母が夕食の支度をしていた。
「今日は紬ちゃんと何をして遊んだの?」
「迷路をしたわ」
「そう。楽しかった?」
「……ええ」
私は少し考えてから、そう答えた。
迷路は楽しかった。紬と一緒に考えるのも、楽しかった。
ただ、昼間のことを思い出すと、少しだけ変な感じがした。
「澪?」
「なに?」
「ううん。何でもないわ」
母はそう言って、また料理に戻った。
私もそれ以上は話さなかった。
それからも、幼稚園ではいつも通りの日々が続いた。
紬は私と遊ぶこともあれば、ほかの子と遊ぶこともあった。
私も、紬がいないときには別の子と遊んだし、一人で本を読むこともあった。
それでも、紬が近くにいると、つい何をしているのか見てしまう。
紬はよく笑う。困っている子がいれば手伝うし、誰かが言い合いをしていたら間に入る。
たまに、私にはよく分からないこともする。
でも、一緒にいると楽しかった。
だから、次の日も紬と遊んだ。
それでよかった。
やがて、幼稚園の卒園式の日が来た。
先生の話を聞いて、みんなで歌を歌って、最後に一人ずつ名前を呼ばれた。
私は返事をして、前に出た。
卒園証書を受け取るとき、少しだけ緊張した。
式が終わると、教室にはいつもよりたくさんの人がいた。お母さんたちが写真を撮ったり、先生にお礼を言ったりしている。
私も母と一緒に、先生に挨拶をした。
そのあと、紬を見つけた。
「澪!」
「紬」
「小学校も一緒だよな?」
「ええ。同じところよ」
「じゃあ、また遊べるな!」
「……そうね」
紬は、いつも通り笑っていた。
私は少しだけ、ほっとした。
幼稚園が終わっても、紬と会えなくなるわけではない。
それが分かって、よかった。
「また明日」と言いかけて、明日は幼稚園がないことを思い出した。
私は口を閉じた。
紬は気づかなかったようで、母親のところへ走っていった。
私も母の手を取った。
小学校に行ったら、どんな毎日になるのだろう。
まだ、よく分からない。
でも、紬も一緒なら、きっと大丈夫だと思った。