昼休み。
給食を食べ終えた俺は、クラスの子たちと話をしていた。
「なあ、次なにして遊ぶ?」
「外行こうぜ。まだ時間あるし」
そんな話をしていたときだった。
「……あれ? その子だれ?」
友達が俺の後ろを指さした。
その指の先を確かめるように、俺も後ろを振り返る。
すると、澪が何か言いたげな様子で立っていた。
「うわぁ! 澪、どうした!?」
思わず声を上げると、澪は少し驚いたように肩を揺らした。それから、どこか焦った様子で口を開く。
「べ、別に……何をしているのかと思って」
澪はそう言いながら、俺のそばまで歩いてきた。
珍しいな。普段はわざわざ俺の教室まで来たりしないのに。
「どうしたんだよ。何か用?」
「用がないと来ちゃいけないの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
澪は俺の顔を見て、それから隣にいる子へと視線を移した。
「……私も、一緒にいていい?」
その言葉に、俺は少し驚いた。
けれど、断る理由なんてない。
「もちろん。いいか?」
友達にも声をかけると、その子は気にした様子もなく頷いた。
「いいよ。その子、紬の友達? 澪ちゃんっていうの?」
「幼馴染だよ。ずっと一緒なんだ」
俺がそう答えると、澪は小さく頷いた。
「……そうよ」
「よし! 澪ちゃんも一緒にやろう」
「うん。よろしくね」
澪は少しだけ表情を和らげた。
それを見て、俺もなんとなく嬉しくなった。
少し前から、澪はクラスの子たちとうまくいっていないようだった。
前はもっと普通にみんなと話していたと思うのだけど、いつからか、休み時間も一人で過ごすことが増えていた。
今も、前と同じようにみんなと話せるようになったのかは分からない。
それでも、こうして自分から俺のところに来て、一緒に遊ぼうとしてくれたのはよかったと思う。
これをきっかけに、少しずつでもみんなと過ごせるようになればいい。
そんなことを考えながら、俺たちは次に何をして遊ぶか話していた。
「じゃあ、鬼ごっこにしようぜ」
「えー、昨日もやったじゃん」
「いいだろ、別に」
そんなやり取りを聞きながら、澪は俺たちの話に耳を傾けていた。
「……鬼ごっこ、いいわね」
「うん。澪も一緒にやろうぜ」
俺がそう言うと、澪は小さく頷いた。
「……ええ」
「よし、じゃあ外行こうぜ!」
友達の一人がそう言って、俺たちは教室を出た。
校庭に出ると、さっそく誰が鬼になるか決めることになった。
「じゃんけんで決めようぜ!」
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
「よっしゃ、セーフ!」
「えー、俺が鬼かよ!」
友達の一人だけが負けたらしい。その子は不満そうに声を上げた。
そんな様子を見て、みんなが笑った。
澪もその輪の中にいた。
最初は少し遠慮しているように見えたけれど、鬼ごっこが始まると、澪もちゃんと走っていた。
「待てー!」
「捕まるかよ!」
俺は校庭を駆け回りながら、何度か澪の姿を目で追った。
澪は走るのが特別速いわけではない。それでも、捕まりそうになると方向を変えたり、ほかの子の後ろに回り込んだりして、うまく逃げていた。
「紬、そっち!」
「おう!」
澪に声をかけられて、俺は反射的に走る方向を変えた。
そのまま鬼を振り切る。
「危なかったな!」
「ええ。ぎりぎりだったわね」
澪はそう言って、少しだけ笑った。
俺も笑い返した。
こうして一緒に遊ぶのは、別に珍しいことじゃない。
昔から、俺たちはよく一緒に遊んでいた。
ただ、最近は澪と二人でいることが多かったから、こうしてほかの友達も交えて遊ぶのは、少し久しぶりな気がした。
昼休みが終わるまで、俺たちは何度も鬼ごっこを繰り返した。
教室に戻る頃には、みんな息を切らしていた。
「疲れたー!」
「次は別の遊びにしようぜ」
「いいな、それ!」
友達がそんな話をしている横で、澪は俺の隣を歩いていた。
「楽しかった?」
俺が聞くと、澪は少し考えてから頷いた。
「……ええ。楽しかったわ」
「そっか。また一緒に遊ぼうな」
「……うん」
澪は小さく答えた。
その声が、いつもより少しだけ弾んで聞こえた気がした。
それから、澪は昼休みになると、俺たちのところへ来るようになった。
毎日というわけではなかったけれど、以前よりも昼休みに一緒に過ごす時間は増えた。
俺が友達と話していると、澪もその会話に加わる。
みんなで遊ぶときには、自然と俺の近くにいることが多かった。
たまに、俺が別の友達と話し込んでいると、澪がこちらを見ていることもあった。
「澪、どうした?」
「……何でもないわ」
そう言って、澪は視線を戻す。
何か話したいことでもあるのだろうか。
そう思うことはあったけれど、澪が何も言わないなら、無理に聞くことでもないだろう。
それに、澪がみんなと過ごすことに慣れてきたのなら、俺としても嬉しい。
以前のように、もっと気軽に友達と話せるようになってくれればいい。
俺は、そんなふうに考えていた。
放課後。
帰り支度を終えた俺は、いつものように澪と一緒に校門を出た。
並んで歩いていると、澪がぽつりと言った。
「……最近、千夏と話すことが増えたの」
「千夏?」
「同じクラスの水野千夏。前に、絵を見せてもらったって話したでしょう?」
「ああ、あのときの子か」
「ええ。最近は、向こうから話しかけてくれることもあるの」
「へえ。よかったじゃん」
「……そうね」
澪は前を向いたまま、小さく頷いた。
千夏とのことは、まだ完全に解決したわけではないのだろう。
それでも、以前より話せるようになったのなら、一歩前進だ。
「澪が頑張ったからだな」
「私が?」
「うん。前より、相手の話を聞こうとしてるだろ。そういうのって、ちゃんと伝わるんじゃないかな」
俺がそう言うと、澪は少しだけ黙った。
「……千夏も、前より私の話を聞いてくれるようになったもの」
「じゃあ、お互い様だな」
「……そうかもしれないわね」
澪の声は、少しだけ柔らかくなっていた。
そのまましばらく歩いていると、澪が再び口を開いた。
「……この前のことなんだけど」
「この前?」
澪は少しだけ歩く速度を落とした。
「……私がみんなとうまくいっていなかったとき、千夏たちに私のことを話してくれたでしょう」
ああ、あのときか。
澪がクラスの子たちと距離を置かれているようで、どうにかしないとと考え、俺は澪のいないところで、あの子たちに澪のことを……?どうして知ってる?
「……あのとき、私のことを話してくれたでしょう」
「……えっ?」
思わず、澪の顔を見た。
「なんで、それを知ってるんだ?」
あのときの話を、澪が知っているとは思っていなかった。
俺が驚いているのを見て、澪は少しだけ視線を落とした。
「あのとき、忘れ物に気づいて教室に行ったの」
「……ああ」
そういうことか。
どうやらあのとき、見られていたらしい。
「……どうして?」
「どうしてって……」
俺は返事に困った。
どうして、と聞かれても。
「澪のことを知ってほしかったから、かな」
「……私のことを?」
「うん。澪はちゃんと考えてるし、みんなと仲良くしたいと思ってるだろ。澪には良いところがたくさんあるんだって、知ってほしくて」
自分で言っていて、少し恥ずかしくなった。
別に、大したことをしたつもりはない。
ただ、澪のことを誤解されたままなのが嫌だった。それだけだ。
澪はしばらく黙っていた。
何か言いたそうにしているのに、言葉が出てこない。そんなふうに見えた。
「……ありがとう」
やがて、澪は小さな声で言った。
「え?」
「……あのとき、私のことを話してくれて、ありがとう」
改めて言われると、どうにも落ち着かない。
「いや、別に……。俺が勝手にやったことだし」
「それでもよ」
澪は顔を上げた。
「……嬉しかったわ」
その言葉に、俺は少しだけ照れくさくなった。
「そっか。なら、よかった」
俺はそう答えて、前を向いた。
澪もそれ以上は何も言わず、俺の隣を歩いていた。
しばらくして、澪がぽつりと呟いた。
「……でも、あまりほかの子にああいうことはやらないでほしいな」
「え?」
思わず聞き返すと、澪は少しだけこちらを見た。
「……何でもないわ」
「いや、今、何か言っただろ」
「気のせいよ」
澪はそう言って、前を向いてしまった。
何だったんだろう。
よく分からなかったけれど、澪がいつもの調子に戻ったので、俺もそれ以上は追及しなかった。
夕方の道を、二人で並んで歩く。
昔から何度も繰り返してきた帰り道だ。
これからも、こうして一緒に帰るのだろう。
俺は、特に疑問を抱くこともなく、いつものように澪と話をしながら家へ向かった。
家の近くまで来たところで、俺は澪に声をかけた。
「そういえば、澪。このあと暇?」
「え? 特に予定はないけれど……」
「じゃあ、うち寄ってく? 久しぶりに家でも遊ぼうぜ」
学校が終わったあと、そのままどちらかの家に遊びに行くことも珍しくなかった。
最近は澪の元気がなくて二人で帰ることが多くても、家に寄って遊ぶことは少なくなっていた気がする。
「……いいの?」
「もちろん。ふたりとも澪が来たら喜ぶと思うよ」
澪は少し考えてから、こくりと頷いた。
「……じゃあ、お邪魔しようかしら」
「よし、決まり!」
俺たちはそのまま、俺の家へと向かった。
家に帰ると、母さんが台所に立っていた。
「あら、おかえり、紬。……澪ちゃんも一緒なのね」
「ただいま」
「お邪魔します」
澪はいつもどおり、きちんと挨拶をした。
「今日は遊びに来てくれたの?」
「うん。このあと暇だっていうから、俺が誘ったんだ」
「そうなの。ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
母さんはにこにこと笑いながら、俺たちを迎えてくれた。
「二人とも、手を洗っておいで。おやつも出すから」
「やった!」
「紬は、まず手を洗う!」
「分かってるって!」
母さんに注意され、俺は慌てて洗面所へ向かった。
その後、俺たちはおやつを食べながら、学校であったことや、最近遊んだゲームの話をした。
澪はいつもより少しリラックスしているようだった。
「それでね、今日の昼休みはみんなで鬼ごっこをしたんだ」
「へえ、澪ちゃんも一緒に?」
「うん。澪もちゃんと走ってたよ」
「紬のほうが、途中で転びそうになっていたじゃない」
「なっ……! あれは地面が悪かったんだよ!」
「ふふ、そうなの?」
母さんが笑う。
「紬は昔から、遊びに夢中になると周りが見えなくなるものね」
「母さんまで……」
「ふふ、ごめんなさい。でも、澪ちゃんもそう思うでしょう?」
「ええ。紬は夢中になると、周りが見えなくなることがあるわね」
「澪まで!」
二人は顔を見合わせて笑った。
……なんだよ。二人して。
俺は少しむっとした顔をしてみせたけれど、二人が楽しそうにしているのを見ると、それ以上は何も言えなかった。
しばらくして、玄関のほうから物音がした。
「ただいま」
父さんが帰ってきたらしい。
居間に顔を出した父さんは、俺の隣にいる澪に気づくと、少しだけ表情を和らげた。
「澪ちゃんも来ていたのか」
「こんばんは、おじさん」
「うん。いらっしゃい」
父さんはそれだけ言うと、持っていた荷物を置きに行った。
少しして戻ってくると、俺たちの様子を見て口を開いた。
「何してたんだ?」
「学校の話をしてたの」
「そうか。楽しかったか?」
「うん」
俺が答えると、父さんは小さく頷いた。
「なら、よかった」
それから父さんは母さんの手伝いを始めた。母さんが何か頼むと、父さんは短く返事をして、黙って手を動かす。
いつもどおりの光景だった。
夕食の時間になると、父さんも交えて、みんなで食卓を囲んだ。
学校であったことや、テレビの話。
母さんが料理を並べ、父さんがそれを受け取って食卓に置く。澪は母さんに料理のお礼を言い、俺は今日の学校であったことを話した。
「今日、昼休みにみんなで鬼ごっこしたんだ」
「そうか」
「澪も一緒に遊んだんだよ」
父さんは澪のほうを見た。
「そうなのか。楽しかった?」
「はい。久しぶりに、みんなと遊べました」
「……そうか」
父さんは小さく頷いた。
「よかったな」
「……はい」
澪は少しだけ笑った。
そのあとも、食事をしながら、ときどき話をした。
父さんは自分からたくさん話すほうではないけれど、俺たちの話を聞いて、短く返事をしたり、母さんの言葉に頷いたりしていた。
特別なことは何もない。
いつもと変わらない、穏やかな時間だった。
食事を終えたあと、澪は帰る支度をした。
「じゃあ、私、そろそろ帰るわ」
「もう帰るの?」
「ええ。遅くなると、お母さんが心配するもの」
「そっか。また明日な」
「……うん。また明日」
玄関まで見送ると、澪は靴を履いてから振り返った。
「紬」
「ん?」
「……今日は、楽しかったわ」
昼休みのことだろうか。それとも、家で過ごした時間も含めてだろうか。
俺は笑って頷いた。
「俺も。明日も一緒に遊ぼうな」
「……ええ」
澪は小さく笑って、帰っていった。
扉を閉めてから、俺は少しだけ考えた。
澪がみんなとどこまでうまくやれているのか、俺には分からない。
けれど、今日みたいに自分から来てくれたり、千夏と話すことが増えたと教えてくれたりした。
少なくとも、何も変わっていないわけではないのだろう。
いつか、澪がもっと気軽にみんなと話せるようになればいい。
そんなことを思いながら、俺は自分の部屋へ戻った。